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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. 火族の男(後)

 黙り込んでしまったミゲルを訝しく思っていると、注文していた料理が届き始めた。

 ひとまず彼はそっとしておいて、ブレイズたちは料理を受け取ることにする。


 貝柱と白身魚のバターソテー、薄切りにした黒パンの上に茹でた赤エビを乗せたもの、様々な魚介をワインと香草で煮込んだ具沢山のスープ。

 厚切りにして炙ったベーコンは、ミゲルが注文したものだ。(イグニ)族は、水場でとれる魚介類をあまり好まないのだという。

 飲み物は薄めのエールにした。水や茶よりも安かったのだ。


「いっただっきまーす!」


 料理を並べ終えると、ウィットが声を弾ませて、いそいそと食器を手に取った。よほど海の魚が嬉しいらしい。

 家や故郷を恋しがる様子がないので気に留めていなかったが、食べ物への未練はそれなりにあったようだ。

 この手のことであまり我慢させたくないが、魚に関してはファーネで暮らす以上どうしようもない。今後の流通に期待することにして、いまのうちに満足するまで食べておいてもらおう。


 そんなウィットを見て何を思ったのか、ミゲルが表情を緩めて小さく息を吐いた。料理の受け取りを任せてしまったのをこちらへ詫びつつ、エールをひと口飲んで食事を始める。

 彼の胸中で何があったのかは分からないが、この様子なら心配することはなさそうだ。そう判断して、ブレイズとラディも食事に手をつけた。せっかくの温かい料理だ、冷めてしまってはもったいない。




「さっきは取り乱して悪かったね」


 ある程度食事が進んでひと息ついたあたりで、ふとミゲルが口を開いた。

 彼は早々に食事を終えて、いまは追加で頼んだハムや野菜の酢漬け(ピクルス)をつまみにエールを飲んでいる。暖炉の火の近くにしばらく座っていたおかげか、廊下で拾った時に比べて随分と顔色が良くなっていた。


「それは別にいいけど、やっぱ同郷だったのか?」

「そうだね。シルビオさんは知ってるから、同じ村の子……だと思う」


 やや自信がなさそうなのは、あまり面識がなく記憶が薄いためらしい。

 ロアは五歳かそこらで(トゥルボ)族の師匠に預けられたと言っていたはずなので、十年以上、故郷の人々との交流がなかったことになる。それなら、ミゲルの記憶があやふやなのも仕方がないだろう。


 そんなことを思いつつ、ブレイズは近くにあるバターソテーの皿を引き寄せる。

 ラディが食べきれなくて、こちらへそっと押しやったものだ。……まあ、半分は食べられたようなのでよしとしよう。


「ロアは、シルビオさんが知ってる同郷の人に会って回るって言ってたけど……」


 まだ食べているウィットが、黒パンをスープに浸しながら口を開いた。


「ミゲルさんは会わなかったの?」

「あー、それだとたぶん、入れ違いになったんだと思う。この国に家を持ったんだけど、ここしばらく帰ってないから」


 ブレイズたちが王都でロアと別れたのは夏の頃だった。ミゲルの家を訪ねるのが秋になったとしても、その頃から今日まで帰っていないとなると、半年ほど家を空けていることになる。

 長く留守にしているのだな、と思ったが、ブレイズはそれ以上の言及を避けた。なんとなく、彼が東方大陸へ行こうとしている『事情』をあまり話したくなさそうなのと関係あるのだろうと思ったからだ。

 ラディはこういう場では聞き役に徹することがほとんどなので心配いらないとして、ウィットは――。


「お仕事? 大変だねえ」


 それだけ言って、スープを吸ったパンを口に運んだ。

 なんだかんだ空気は読めるやつなので、ひょっとしたらミゲルの口ぶりから何か察したのかもしれない。

 ミゲルは「まあね」と曖昧に応じ、エールに口をつけた。わずかに肩の力が抜けたところを見るに、やはり詮索しなくて正解だったようだ。


「ところで、そのロアくんは、どうしてまた同郷を訪ねて回ってるんだい? ルフィノさん……ロアくんのご両親の安否なら、シルビオさんからでも聞けたと思うんだけど」

「妹を探してるんだと」


 ウィットがまだ口をもぐもぐさせているので代わりにブレイズが答えると、ミゲルは軽く目を見開いた。


「妹?」

「ええっと確か……ルフィア? ルビア? そんな名前だったような……」

「母方の伯父さん夫婦が、その妹さんを連れて行ったらしい。それを追っていると言っていた」

「母方……ってことは、トニアさんの兄弟――」


 ミゲルの視線が、記憶を探るように宙に浮く。

 直後、その両目がすい、と細まった。


「テルセロか」


 重く、冷えたような低い声。

 ブレイズは少しびっくりして、ソテーを片付ける手を止めてしまった。ラディとウィットも驚いた様子でミゲルを見ている。

 ミゲルは凍りかけた空気にすぐ気付いたようで、誤魔化すように手をぱたぱたと振った。


「ごめんごめん。ちょっとね、僕あの人あんまり好きじゃなくて」


 そう言って、自分の口を塞ぐようにエールのコップに口をつける。

 残り少なかったのか、そのまま一気にコップを干して、近くにいたウエイターに追加のエールを注文した。


「……僕の予想だと、あの人がいるのは東方大陸のどこかだと思う。海の近くには居つかないだろうから、たぶん内陸かな」


 言っている間にエールが来た。それを受け取りつつ、ミゲルは続ける。


「火の精霊は土地を暖めるから暑い地域に多いってよく言われるんだけど、実は冷やしたがりもいてね。そういうタイプは、寒いところに多くいるんだ。寒い地域は暖かくするために火を起こすし、火の精霊を信仰する人も多いから、意外と彼らの力が強い。僕たち(イグニ)族にとっては、一周回って過ごしやすい土地ともいえるんだ」

「ああ、火の魔術で水を凍らせたりするものな。そう考えれば、火の精霊がものを冷やすことだってできるか」

「そうそう、そういうこと」


 ラディはその説明で納得したらしい。

 ブレイズは火種を作る時くらいしか火の魔術を使わないので、感覚的にぴんとこない。

 まあ、ラディが頷くのなら、理屈としては筋が通っているのだろう。


「ロアに会ったら教えてあげないとね」


 スプーンで器に残ったスープをかき混ぜながら、ウィットが言った。


「いまどこにいるんだろ。場合によっては東方に渡るかも、って言ってたらしいけど」

「そうなんだ。じゃあ東方(あっち)で会えるかもね」

「うん。ちょっと期待してるんだ」


 そう言ってはにかむウィットに頷いて、ミゲルはふと、手元のコップに視線を落とした。

 なみなみと注がれたエールが、(ふち)のすぐ下で波打っている。


「そうか。……ルフィノさんの子が、来てるのか」


 どこか神妙な様子で、ぽつりと呟くのが聞こえた。

Q. ラディさん貝とかタコとか大丈夫なの?

A. (原形を見なければ)大丈夫


貝柱だけポンと出される程度なら大丈夫だけど、丸ごと焼く貝なんかはアウトかもしれない。

ヌメヌメとブニブニがダメなので、刺し身やカルパッチョみたいな生食もたぶんキツい。

あと食用じゃないけどウミウシあたりは見た瞬間奇声上げてブレイズの背中行きだと思います。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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