XX. 港街ドリス
王国の東端、港街ドリス。
西の港街と同じく『大街道』の終点であるこの街は、カーヴィルが隣国ハルシャとの貿易港であるのと同様に、東方大陸との貿易港として栄えている。
貿易の主力は鉱物と細工物。王国の東部は比較的鉱山が多く、東方大陸は鍛冶や金属細工などの技術が高い。王国から鉱物を輸出して、東方で武具や細工となって返ってくる、という関係らしい。
「東方大陸が鉱山資源に乏しいから成り立ってる商売なので、『鋼の蜘蛛』が新種の生き物だったりした場合、ちょっと危なかったんですよね。ここだけの話ですけど」
そんなことを話しているのは、馬車の御者をしているルシアンだ。
現在、ブレイズたちの乗る馬車はドリスの検問待ちの列に並んでいる。雪で街道が閉ざされている間、ドリスで留め置かれていた荷物を受け取りに来た商隊が一気に詰めかけているようで、列は遅々として進まない。
要するに暇だった。
「『鋼の蜘蛛』が自然の生き物だと、捕まえて金属がとれるから、王国から輸入してもらえる量が下がるかもってこと?」
「そうそう、そういう心配をギルドの上層部の人たちがね。……だからウィットが『人工物だ』って言ったの、すごく影響が大きかったんですよ」
「……ひょっとして」
ウィットとルシアンの話を聞くともなしに聞いていると、ブレイズの向かいに座っていたラディがぽつりと口を開く。
「私たちに『現地に行ってみないか』って話が来たのとか、やけに待遇がいいのとかって……」
「……ほんっとうに、ここだけの話にしといてくださいよ? そうですよ、貿易に関わるからですよ。商業ギルドとしても商工会としても、東方大陸で金属が取れるのかどうか、ちゃんとはっきりさせておきたいんです」
なんか小難しい話をしてるな、と相棒を横目で見てから、ブレイズはぼんやりと外を見た。
すっきりと晴れた青空の下、徒歩で来たらしい行商人のマントが風でばさばさとめくり上げられ、寒そうだった。
◇
検問を抜けて街の中に入れたのは、日が傾きかけた頃だった。昼食は馬車の中で保存食で済ませる羽目になったので、夕食はちゃんとしたものを食べたいものだ。
そんなことをぼやきながら、まずはドリスの商業ギルド支部へ向かうことにした。
道中でドリスまでの荷運びの依頼をいくつか受けているし、出国する前に『ドリスまでは来ていた』という記録をギルドに残すためでもある。それに何より、宿代は商業ギルド持ちなのだ。船の乗船料もだが、そちらは明日でもいいだろう。
ギルドの場所を知っているというルシアンに案内してもらって、検問から伸びる大通りを進む。
歩いていて視界に入る建物は、どれも傾斜のきつい三角屋根だ。雪で潰れないようにという工夫らしい。ほどなくして到着した商業ギルド支部も同様で、六角形を半分にしたような、途中で角度がほぼ垂直に変わる不思議な形の屋根だった。とにかく雪を下に落とすのだという強い意思を感じる。
壁に据え付けられた窓は縦に長く、上辺は天井近くまで伸びている。採光にはいいだろうな、と思いつつ、締め切られた扉を開いて中に入った。
「いらっしゃい」
やや疲れたように受付で応対してくれたのは、壮年の男性だった。
ルシアンが代表して用件を告げると、軽く目を見開いた後、でっかいため息をついて立ち上がる。
「身内ならあんまり気を遣わなくていいな。別室で話そう」
そう言って受付カウンターから出ると、近くの扉を開けて中へ入っていった。
空になった受付には、奥から別の男性職員が出てきて、席に腰を下ろした。
「適当に座っててくれ」
通された部屋は、小さな会議室のようだった。
部屋の雰囲気や調度品の違いはあるが、本部でよく通された部屋と似たような構成だ。どこの支部にもこういう部屋があるらしい……いや、ファーネ支部にはないので、ある程度大きな支部だけなのかもしれないが。
案内してくれた男性は慌ただしく部屋を出ていってしまったので、言われるまま適当に椅子に座って待つことにする。しばらく待っていると、男性は何やら書類の束を右手に持ちつつ、左手で簡素なティーワゴンを押して戻ってきた。
「こっちは茶だ。飲みたかったら、悪いが自分で入れてくれ」
「じゃあ私が」
「あ、手伝う手伝う」
ラディが立ち上がってワゴンに向かっていくのを、同じく立ち上がったウィットが追う。
つられてブレイズも席を立とうとしたが、「あなたはこっちの話を聞くのが仕事でしょ」とルシアンに引き留められてしまった。
こぽぽぽぽ、と茶がカップに注がれる音を聞きつつ、ルシアンが口を開く。
「お忙しそうですね」
「この時期はどうしてもな。毎年のことだし、冬は暇してるわけだから仕方ねえっちゃ仕方ねえが、どうにかならんもんかね」
話を聞くと、雪解けで街道が開通したばかりのいまの時期は、それまで止まっていた国内の物流が一気に動くのでとても忙しくなるそうだ。
受付でくたびれた様子だったのも、ギルドに来る商人が多く、相手に疲れていたらしい。
そんな愚痴まじりの世間話をしつつ、男性は書類の束をいくつかの塊に仕分け、その一つをルシアンに突き出した。
「ハズウェル、お前さんの仕事の資料だ。質問は後でまとめて聞くから、ちょっと読んでろ。……で、お前さんらは船と宿だな」
そう言って、男性は手元の書類を睨むように見る。どうやらこちらに読ませるものではないようで、ブレイズは内心ほっとした。
茶を入れ終えたラディとウィットが、手分けしてそれぞれの前にカップを置いていく。
「お、すまんな。……船だが、直近だと二日後に出る便に空きがある。それでいいか」
ラディとウィットのほうを見る。どちらも異論なさそうだったので頷くと、男性は「席を押さえてくる」と言って一度部屋を出ていった。こうしている間にもギルドの受付に人はやってきているので、後回しにしていると埋まってしまう可能性があるのだろう。
茶を配り終えたラディとウィットは、ブレイズの近くの椅子に並んで腰を下ろしている。ウィットはワゴンに置いてあったらしい焼き菓子も持ち出してきて、遠慮なくもぐもぐしていた。夕飯も近いのによく食べるやつだ。
「船が出るのが明後日なら、明日は街を見て回れるよね」
「買い出しのついでにならな」
わくわくした様子でウィットが言うのにそう返す。王国で買っておいたほうがいいものがあるなら、あちらに渡る前に買っておくべきだろう。
そういった買い物は何かあるかとラディを見ると、彼女は少し考えて、「さっきの人に聞いたほうが早いんじゃないか」と言った。これといって思いつかなかったらしい。
ルシアンは渡された書類を読むのに集中しているようで、視線を向けても気づく様子はなかった。
そんな話をしているうちに、先ほど出ていった男性が戻ってきた。
「席取れたぞ。二日後の朝だ、遅れるなよ」
そんな言葉と共に、乗船券代わりの木札を配られる。
見たところ、一枚の板に焼印を押して、それを二つに割った片割れらしい。端には数字が同じように焼き付けられている。
乗船する際に同じ番号の木札と突き合わせ、焼印がぴったり合えば、正式なものと認められるらしい。木札はそこで回収され、また別の便に再利用されるのだと男性が補足してくれた。もし木札を失くしたり壊したりした場合は、ギルドに言えば対処してくれるそうだ。
「それから、宿も押さえといた。個室と二人部屋で、二泊分な」
乗船券とは別に、宿の予約を示す木札を二枚渡される。代表してブレイズが受け取って、腰のポーチにしまい込んだ。
それを見届けてから、男性は得意げにニヤリと笑う。
「三軒隣にある『旅立つカラス亭』だ。西部から来たんなら、海の魚はあんまり食べたことないだろう? ここは飯がうまいから期待していいぞ」
やった、とウィットが弾んだ声を上げた。




