XX. 旅立ち前のあれやそれ
ここから新章となります。引き続きお付き合いいただけたら幸いです。
【前回までのあらすじ】
・なんやかんやでギルド本部から「YOU東の大陸まで出張しない?」って言われたよ
・正直めんどくせえなって思ったけど面倒見てる子供が「行く!」って言うからほな行くかあ……ってことになったよ
・それはそれとして声のでかいお嬢様と言動のおかしい従者と貞操観念のやべー女戦士がウザ絡みするだけして帰っていったよ
「あーーーーら、妙にうるさい見た目の野郎がいると思ったらどこぞの放蕩殿下じゃありませんの! いい歳してまた目下の者に構ってちゃんしていらっしゃるの?」
「なんだ、貴族らしい見た目の割に時候の挨拶もできないバカがいると思ったらどこぞの騒音女じゃないか! 僕は寛大な第三王子だから教えてやるが、こういう時はまず自分の喉を刃物で掻っ捌いてから『ごきげんよう』とお辞儀をするのが基本のマナーだぞ? いまからでも遅くないから実践したらどうだ」
春の初め、ファーネの街の北門にて。
深緋色をした、炎のように波打つ長髪の男と、金髪碧眼のお嬢様が笑顔で互いを挑発し合っているのを、ブレイズ・オーデットは遠い目で眺めていた。
早朝の空気にはまだ冬の名残があって、きんと冷たく澄んでいる。息をするだけで目が覚めていくようだ。
「まあ野蛮。その生まれつきパーの頭を矯正してやりましょうか」
「貴様、全世界の天パから袋叩きにされたいようだな……!」
なお余談ではあるが、お嬢様、もといリズ様の髪はツルサラストレートである。
「離せマーカス! これは新年一発目の婚約者との交流の一環だ!! 僕が直々にその喉掻っ切ってやる!!」
「婚約者との交流は一発二発とか数えないし喉を掻っ切りにも行かないんすよ! ……おいそっちのお嬢様も止めろよロイド・グラント! 助走つけて何する気だよそれ?!」
「お嬢様、さすがに顔は殿下の公務に差し支えます! なのでジャンピング・ニーよりもレッグ・ラリアットのほうがよろしいかと!」
「てめえマジふざけんなよ??!!!」
抜き身の刺突剣を頭上に振りかざしているのは、第三王子ケヴィン・クライヴ・レ・アーリス。
新年から始まる一連の公務を片付けて最近ファーネの街に戻ってきた彼は、ブレイズたちがギルドの仕事で東方大陸に向かうと聞いて、護衛のマーカスとともに見送りに来てくれた。
……と、ここまでなら気さくな王子殿下の素敵なエピソードで終わったのだが、そこに彼の婚約者であるリズシェイラが現れたあたりから風向きが変わって、現状に至る。
ケヴィンの利き腕を片手で押さえつつ、もう片方の手でリズ様の飛び蹴りをなんとか受け止めている気の毒なマーカスから、ブレイズはそっと視線を外した。
マーカスがかわいそう過ぎて見ていられない。あと関係者だと思われたくない。
なお、こういう時に二人まとめて雷を落とすことができるレスター隊長は、ケヴィンと入れ替わりで遅い里帰り中であった。肝心な時にいつも不在なのは、偶然なのかリズ様が狙っているのか。
(……狙ってるんじゃねえかなあ。どうやってかは知らんけど)
そんなことをぼんやり思っていると、近くからウィットの声がした。
「なんか仲良く……いや仲悪く? 喧嘩してるけど、やっぱお互い政略結婚だから不本意なの?」
「いえ、婚約は政略で結ばれたものではありませんよ? ご当人方の個人的な利害の一致です」
「恋愛ですらないの?!」
話し相手はリズ様の従者、ロイド・グラントである。
そいつはここにいる面子の中で飛び抜けて言動がおかしいので、ウィットにはあんまり近づかないでほしいのだが……。
ちなみにラディはとっくにブレイズの背に隠れて気配を消していた。変人の許容量を越えた……というか、余裕でぶっちぎったらしい。無理もない。
「お嬢様は昔から『領主としての仕事がしたい』と仰っていまして。しかしこの国はハルシャと異なり、女性が責任ある立場につくことは難しく。結婚相手には、お嬢様の仕事を奪わない男を求めておいででした。一方ケヴィン殿下ですが、将来的には王位継承権を放棄して臣籍に下るご予定でした。しかし国軍のお仕事が大変性に合っているご様子でして、ぶっちゃけ貴族として領地もらっても運営とかやりたくない、と」
「ああ、利害の一致ってそういう……」
「ええ、そういうことです。もともとお嬢様には、旦那様が婿にと考えていた男が別にいたのですよ。しかし、お嬢様が王都の学院に在学中、勝手に殿下と話をつけてしまいまして」
「え、それじゃあ元々の婚約者さんどうなったの? 慰謝料払って和解?」
「いえいえ、正式な婚約もまだだったので、さほど大事にはなりませんでしたよ。その男というのもミューアの分家の息子だったので、内々でなんとか片付きました。それでまあ、王家からも特に反対はされなかったので、そこから条件すり合わせて婚約と相成ったわけです」
「すごい話だなあ……」
すごい話というか、割とミューア家の恥部じゃないだろうか。
これ俺らが聞いていい話だったのかな……と思っていると、ひとしきり喧嘩してすっきりしたのか、リズ様とケヴィンたちがこちらへ近づいてきた。
「お待たせしましたわ。それでは、お約束のモノをお渡ししますわね」
そう言ったリズ様の先導で、ブレイズたちは一台の竜車に案内された。
魔境でもなかなか見ないくらい巨大な体躯の竜種に、人を乗せる客車が繋がれており、御者席には壮年の男が一人。
リズ様とロイド、それぞれがその巨大な竜種を手で示して言った。
「ミリーちゃんですわ!」
「ミルドレッドといいます」
そのままロイドのみ、竜種を指していた手をすすっと御者のほうへスライドさせる。
「そしてこちらは御者のハミルトンちゃん」
「……ハミルトンちゃんです」
「いい年した大人に何言わせてんだ」
思わずブレイズは突っ込んだ。ロイドから答えは返ってこなかったが、元々まともな返しは期待していなかったのでそのまま流す。
とりあえずハミルトンちゃん、もといハミルトン氏に自己紹介しつつ頭を下げた。これからしばらくお世話になる予定なので。
秋の終わり頃、ファーネのギルド支部で起こった、カティア姉妹の決闘騒動。
カチェル側の決闘代理人として巻き込まれたブレイズは、勝者の権利として、リズ様の家であるミューア家に何か一つ要求してよいことになっていた。
とはいえその場では特に何も思いつかず、後日ウィットが「竜車ってどのくらい速いんだろう」と言ったのを耳にして、じゃあ乗せてもらうか、となった。
ちょうど東方大陸へ向かう予定があったので、移動手段に使わせてもらえないかと問い合わせてみたら、こうして御者もセットで快く貸し出してもらえた――という次第である。
「まあ、東部の気温に耐えられる子じゃないので、お連れできるのは王都までになりますがね」
御者のハミルトン氏は、ちょっと困ったように眉を下げて言った。
ブレイズはとんでもないと首を横に振る。
途中までとはいえ、移動時間が短くて済むだけでも助かるし、客車を借り切りにできるのもありがたい。前回ギルドの仕事で王都に行った際、満員の乗合馬車にずっと乗り続けるのは結構な苦痛だった。ラディなんか潰されてたし。
「ところでオーデットさん、行きだけでよろしいの?」
ハミルトン氏との話が一段落したタイミングで、リズ様が話しかけてきた。
「あちらの調査が終われば戻ってくるのでしょう? 帰りは竜車でなくていいんですの?」
「いや、そりゃ帰りも使わせてもらえれば助かるけど……いつ戻るか分かんねえのに、待っててもらうのも悪いだろ」
……確実に帰ってこれるとも限らないし、という一言だけは、口に出さず胸に秘めておく。
ラディは覚悟しているだろうが、ウィットにはまだ聞かせたくなかった。
命を賭けるほどの仕事ではないと思っているし、危険だと思ったらすぐ引き上げるつもりではいる。
けれどいつだって、万が一というのはあり得るのだ。
「オーデット。こいつに遠慮しなくていいんだぞ」
今度はケヴィンが口を挟んでくる。
「どうせ、もう少し暖かくなったら、交易で西の貿易港から王都まで竜車を往復させるんだ。きみたちが王都まで戻ってきた時に、居合わせた竜車を一つ空けることくらいできる」
「まあ遠慮が無用という点には同意しますし、そういう調整もできると提案するつもりでおりましたけれど……なにゆえ殿下が我が物顔でそれを言うんですの?」
「こういうのは先に言った者勝ちだろう?」
「ムカつきますわー」
さらりと文句を言ってから、リズ様がこちらを見た。
「で、どうなさいます?」
「そういうことなら、お言葉に甘えとくわ……」
「ええ、承りました。みなさんが戻っていらしたら、王都の商業ギルド経由で当家の御者に連絡が行くように話を通しておきますわね」
にっこり笑顔で頷くと、リズ様はさりげなくブレイズたちから離れていった。
入れ替わるように、ケヴィンがマーカスを伴って寄ってくる。
「三人とも気をつけろよ。僕はもう二度と、知人友人が死にかけだなんて報告は受けたくないからな」
「ま、やべえと思ったら情報だけでも持ち帰るつもりでさっさと帰ってきなよ。……言葉は悪いけど、『帰ってこれない』ってのは一番の無駄死にだからさ」
いつになく真面目な顔のケヴィンと、苦笑するマーカス。
二人の声がけにそれぞれ頷いて、ブレイズはラディとウィットを振り返った。
「じゃあ、行くか」
まずは王都だ。
リズ様も暇じゃないので出すかどうか迷ったのですが、金曜にRiJでおビンタゲーを見たので出すことにしました。
おシナリオが進むにつれておビンタの定義がフワッフワになっていく良きバカゲーでしたわ~!
20240812 殿下とリズ様が婚約した理由がすっぽ抜けてたので加筆しました




