XX. 冬のはじまり
リズ様御一行は、次の日の朝にファーネを去っていった。
カノットはあちらの王の名代だと言っていたので、一応は公文書にも記載されるような公式の訪問だろうに、随分とメチャクチャをやって帰っていったような気がするが……まあ、自国の貴族と隣国の近衛兵がやったことである。平民の自分たちに口を差し挟む余地はない。
出立の挨拶に来た彼らをギルドの入口で見送ってから、今日で三日。
隣街のエイムズまで、以前ブレイズが荷馬車に乗せてもらって向かった時には五日弱ほどかかった。彼らが乗ってきた竜車というのは馬車より速いそうだから、ひょっとしたらそろそろ到着しているかもしれない。乗り心地の方は知らないが。
で、それはともかくとして。
「本っ当に、面倒をかけた……!」
今度こそ平穏の戻ってきたギルドのロビー。おなじみ商談用の応接スペースで、非番のブレイズは一人の客と向き合っていた。
赤茶色の髪を刈り上げた、三十半ばの男。
ファーネに常駐する国軍の隊をまとめている、レスター・ケネス・レ・テイラーである。
レスター隊長は頭痛をこらえるような顔で指をこめかみに当て、低い声でつぶやく。
「よりによって私が森に入っている時に、あの悪ガキ二号が来るとは……」
「一号が誰だか聞いたら不敬なやつ?」
「分かっているなら聞かんでくれ……」
ウィットの質問に返す声にも力がない。
そんなレスター隊長を気の毒そうに見ながら、ブレイズと同じく非番のラディが、彼の前に茶を置いていく。
リズ様御一行が来る前日から、レスター隊長は『白の小屋』とその周辺の調査のため、森に泊まり込んでいたそうだ。
本来なら部下だけで行かせて報告を受け取るだけでいいのだが、彼自身が現場の空気を忘れたくないために、時々参加しているのだという。
つまり、ギルドでカノットがカチェルに決闘を申し込んだ際、レスター隊長は不在だった。
騒ぎについては国軍の兵士連中にも伝わっていたのだが、森にいる彼にわざわざ報告を届けるほどでもないと判断されたらしい。
ファーネの街中で何かあった時に対処するのはナイトレイ家の領兵である。彼らを差し置いて国軍が手を出す理由がない以上、その判断は間違っていなかった。
仮にもしその段階でレスター隊長に報告があり、その報告の中に『リズシェイラ・レ・ミューア』の名があったなら、彼は森からすっ飛んできたのだろう。
実際彼に報告がなされたのは今朝のことであり、そこからギルドにすっ飛んできて、当事者であるブレイズたちから話を聞き終えて、現在に至る。
「私は軍におけるケヴィン殿下の目付け役の一人でね。リズシェイラ嬢とは、殿下との婚約が結ばれた頃からの付き合いなのだが……」
出された茶を一口飲んで息をつき、レスターは遠い目で話す。
「あの娘は、一言で表すなら邪道を好むタイプだ。何かあると相手を驚かせたり、隙をついたり、言葉巧みに引っ掛けたり、そういう真っ当でない手段ばかり使う。それを殿下が面白がって焚きつけるものだから、また始末が悪いのなんの。よその令嬢でなければ、拳骨のひとつふたつはとっくに落としているよ」
マジで悪ガキの扱いである。
ブレイズからすると従者のロイドのほうがよっぽどタチが悪かったと思うのだが、まあ従者についての責任は主人が負うものと考えれば、全責リズ様にあると言っても過言ではない……のかもしれない。
「……さてと」
そんな話をしながらカップの茶を飲みきったレスターは、話を仕切り直すように姿勢を正した。
「もう去ってしまった者のことは、ひとまず置いておくとして。……春になったら、きみたちは東方大陸に行くのだったか」
「ああ、はい。つっても西部は積もるほど雪は降らねえんで、少し早めに王都まで行って、寒冷地で着る服やらマントやらを調達する予定なんすけど」
「そう、それについて話したかったんだ」
こちらの言葉に、レスターが楽しげに口元を緩める。
何か彼の琴線に触れるようなことを口にしただろうか、とブレイズが訝しんでいると、彼は懐から一通の封書を取り出してテーブルに置いた。
「王都の服飾業界で、我がテイラー家はそれなりに力を持っていてね。商業ギルドからの紹介もあるだろうが、この紹介状と合わせれば、選べる店を多少は増やせるだろう」
「え、いいんすか?」
「目的は東方の未調査域だろう? 同じ未調査域である魔境の森に関わっている身としては、何かの巡り合わせのようなものを感じなくもないからね」
ありがたい話だが、受けていいんだろうか。
判断に困ってラディと顔を見合わせ、彼女も困り顔だったので二人で支部長のほうを見ると、話を聞いていたのか、ちょうど支部長がカウンターから出てくるところだった。
「ブレイズ、ありがたくお受けしなさい。……テイラー様、ありがとうございます」
「なに、私も彼らとの付き合いは大事にしていきたいし……個人的に、一度きちんとした格好をさせてみたかったんだ」
「きちんとした……ですか?」
「ああ」
ラディが首を傾げると、レスター隊長は目をきらりとさせる。
「西部は暖かいし、以前のファーネの布地の流通を考えれば、きみたちが軽装なのは自然の流れだと分かっているのだが……やはりこう、もっとしっかりした布地で仕立てた服を着せてみたいと常々思っていてね。オーデットくんは黒革のジャケットが似合っているがちょっとインナーに差し色が欲しいし、レイリアくんはもう少し鮮やかな色もいける気がするし、ウィットくんはフリルシャツなんかも似合うと――」
「……テイラー家はね、服飾職人から始まったお家なんだよ」
まくしたてるような勢いのレスター隊長にちょっとびっくりしたが、支部長の補足で納得した。要するにお家柄というやつか。
テイラー家は国軍の中で力を持つ武官の家だそうだが、それも、国軍で軍服を始めとした衣料品を多く受注している関係からなのだそうだ。
「テイラー家の傘下の店なら、軍人や賞金稼ぎ向けの、戦闘のことも考えられた服が買えるだろうね。そういう意味で、紹介状をもらえたのはとてもありがたいことなんだよ」
「王都の商業ギルドも下手な店は選ばないだろうがね」
支部長もにこにこしているので問題ないと判断して、ブレイズはテーブルに置かれた封筒――紹介状を取り上げる。
最近やたら封筒をもらうな、と思いながらラディに渡し、レスター隊長に頭を下げた。
「ありがとうございます。……いい服を、用意させてもらいます」
「礼は戻ってきたら着ている姿を見せてくれればいいよ。気に入ったら、ファーネでも秋冬の装いに加えてくれ」
機嫌良さそうに返して、レスター隊長は席を立った。
彼の用はこれで済んだらしい。
「きみたちが不在の間、警備は王都のギルドから人が来るそうだね?」
「そっすね。……雪で王都から動けなく前に出発するとは聞いてますけど、いつ頃になるかまではまだ」
「大まかな時期が分かったら教えてくれ。南の防壁の責任者として、代表者と顔合わせはしておきたいのでね」
そう言って、レスター隊長はギルドを出ていった。国軍の兵舎に戻るのだろう。
出入り口のドアベルが鳴りやんだあたりで、ラディが静かに口を開いた。
「警備の補充人員か。……業務の引き継ぎに何日使えるか分からないし、覚え書きくらいは作っておくべきだと思わないか? ブレイズ」
「………………そうだな」
「ものすっごい嫌そうに言うじゃん」
ラディの言葉に返す言葉もないし、茶化すウィットに言い返す余裕もない。
この冬に片付けるべき書類仕事があるのだと相棒に思い出させられ、ブレイズはげんなりとため息をついた。
5章は以上で終了となります。
ぶっちゃけ本編としては東方大陸に行くことになった点だけ語れればよかったので、その後は章としてのボリューム水増しというか、使い所の決まってないガソリンでかさ増ししとくか…くらいの感覚で書いてました。ここから一冬時間が経過するので、本編進めるには中途半端だったのもあり。
とりあえず、本シリーズで用意していた挙動のおかしい女は以上で打ち止めです。お付き合いいただきありがとうございました。




