XX. 決闘騒動(3)
お嬢様、もといリズ様がバカでかい声で開始の合図を叫んだ直後。
剣を正面に構えていたブレイズは、その剣を反射的に横へ払っていた。それと同時に、上半身を剣とは逆方向へずらす。
がきん! と金属音が響いて、視界の端を銀閃がかすめた。
「――ふっ!」
カノットが息を吐いて、そのままブレイズに斬りかかってくる。
合図と同時に踏み込んでの、首を狙った刺突。それが防がれても怯まず、流れるように連撃に移る。
まさに速攻、先手必勝で畳みかけると言わんばかり。刺突剣とはいえ、よく研がれた刃から繰り出される斬撃は、思っていたよりもずっと鋭かった。
しかし、対処しきれないほどではない。
「っらぁ!」
襲い来る斬撃を、払って、払って、払いのける。
カノットの剣を下へ押さえつけ、押し返そうとする彼女の力を逆に利用して、斜め上へと斬り上げた。
うまくいけば、胸甲で守られている胴はともかく、二の腕は傷つけられただろう。しかし、一歩後退しつつ姿勢を立て直したカノットによって、ブレイズの斬り上げは更に上へと流される。
その切っ先が兜を引っ掛け、カノットの頭から跳ね飛ばした。
ややあって、かしゃん、とどこかに落ちる音が聞こえてくる。
「……ッ、お見事。思ったより鋭い剣ですね」
軽く頭を振って、カノットが口元に笑みを浮かべた。
兜を飛ばした時に刃がかすったのか、その頬に浅い切り傷ができている。
……カチェルと同じ顔に、自分の剣で傷をつけてしまった。
ブレイズは少々複雑な心境になるものの、目の前にいるのはカチェルではないのだと自身に言い聞かせる。そういう雑念を持っていられるほど弱い相手でないのは、いまの打ち合いで理解した。
間合いを取り直して再び剣を構えつつ、カノットが話しかけてくる。
「ちなみに私の特性について、姉はあなたに教えましたか?」
「いや、特にそれっぽい話は聞いてねえな」
「そうですか。私もあなたのことは何も聞いていないので、公平といえば公平ですが……」
やや不満げに眉を寄せた彼女は、「まあいいか」と小声でつぶやいて、どこか楽しそうにブレイズを見た。
「私がこの大きさの刺突剣を片手で軽々と扱えるのを、不思議に思いませんでしたか?」
「あ、それは思ってた。近衛兵だから鍛えてるんだろうけど、そんなに腕が太いわけでもねえし」
「ふふふ。ちゃんと理由があるのですよ」
いまって決闘してる最中じゃなかったっけ、とブレイズは思ったが、気になっていたのは確かなので、カノットの話を大人しく聞くことにする。
とはいえ剣は下ろさない。あちらも下ろしていない。たぶん、気を抜いたら即座に終わらせにかかってくるだろう。
「姉と私は双子なので、生まれ持ったものはだいたい同じです。容姿しかり、才能しかり。……つまり、私にも治癒魔術の才はあるのですよ」
そう言って、カノットは小さく首を傾けた。先ほどブレイズがつけた頬の傷が、音もなく癒えていく。
傷が完全に消えた後、彼女は空いている方の手で、頬に残った血を拭い去った。
それを見て、そういえば彼女は決闘前に、『即死でなければ死なない』などとわけのわからないことを言っていたなと思い出す。
あれはつまり、『即死するような傷でなければ自力で癒せる』という意味だったのだろう。……ずるくないか、それ。
ブレイズの胸中を知ってか知らずか、カノットは再び口を開いた。
「ただ、私のほうは魔力にちょっと異常がありまして。自分自身にしか作用しないのです。自分しか癒せないわけですね」
「ああ、だから治癒魔術士にはなれねえのか。他人を治せねえから」
「そういうことです。ちなみに魔力の問題なので、初級魔術で火をつけたりなんかもできません。自分に火をつけることならできそうですけど、やったことはないですね」
「そりゃそうだ」
やったことがあったらドン引きである。誰も何も得しない。
……自分に火をつけて体当たりとかならまだ意味があるかと一瞬思ったが、よく考えなくても、受けるダメージと与えるダメージの釣り合いが取れなさそうだった。何より絵面が最悪すぎる。
「ちなみに俺も初級魔術すら使えねえぞ。魔力がほとんどねえんだ」
「おや、お揃いですね」
こちらも手札の有無くらいは開示しておくべきか、とブレイズが申告すると、カノットはちょっと嬉しそうに笑った。
「まあ、それはともかく。私は自分しか癒せませんが、その代わりなのか、『できること』が多いのです」
言いつつ、刺突剣を持つ手首を回して、切っ先でくるりと円を描いてみせる。
「たとえば――筋肉を過剰に『治癒』して、本来出せる以上の力を発揮する、ですとか」
「……なるほどな」
両手剣に匹敵するサイズの刺突剣を、細腕で軽々と扱っている理由はそれか。
彼女は言わなかったが、おそらく脚力を強化すれば素早く動けもするのだろう。
それに、筋肉というのは生まれ持った鎧でもある。自己治癒もできるなら、急所以外は見た目以上に頑丈だと思ったほうがいい。であれば、兜と軽鎧で最低限の急所を守るだけで十分なのも頷ける。
(ラディの真逆みたいな人だな……)
筋力の維持に日々苦労している相棒を頭の片隅に思い浮かべつつ、両手で剣を握り直す。
話が一段落したようだし、そろそろお喋りは終わりだろう。そんなブレイズの考えを肯定するように、カノットもまた刺突剣を構え直した。
「まあ、何が言いたかったのかというとですね。技巧とか、しなやかさとか、そういう『女らしい剣技』は期待しないでほしいということです」
「普通に力あるもんな」
「ええ」
カノットは頷くと、ブレイズと視線を合わせて、小さく笑みを浮かべる。
これから再び斬り合うとは思えないような、柔らかな笑顔だった。
「……王国人でありながら、女だからと油断を見せなかった、あなたの誠意に感謝を。――では改めて、参ります!」
直後、それまで浮かべていた笑みが嘘のように、カノットの目つきが鋭くなった。
一気に踏み込みながらの、利き腕を狙った斬り下ろし。
上体をひねってそれをかわしたブレイズが、そのままぐるりと体を回転させつつ側面から横に剣を薙ぐ。
しかしカノットは大きく後ろに跳んで、その斬撃を回避した――と思ったと同時、また踏み込んで突きを放ってくる。
(動きが違う……!)
最初のような立て続けの連撃を想定していたブレイズは、変化したカノットの動きに意表を突かれつつも、辛うじてその刺突を剣で弾いた。
頬にぴりっとした痛みが走る。驚いた分だけ動きが遅れたか、今度はこちらの頬が浅く切られたようだ。
やり返されたな、と口の端を吊り上げて笑う。カノットも、どこか得意げに笑みを浮かべていた。
さて、受けてばかりでもいられない。こちらからも攻めかかるべきだろう。
ブレイズは頭上に大きく剣を振りかぶると、先ほどのお返しとばかりに、カノットの腕めがけて振り下ろした。
カノットさんは自身の特性を『筋力強化』だと思っていますが、実際のところ彼女がやっているのは『リミッターはずし』です。(『火事場の馬鹿力を任意に出す』とも言います)
もっと身も蓋もないことを言うと、ガチの全力を出すことで発生する筋損傷などを即座に治癒できるせいで、リミッターがバカになってるだけです。
ハルシャ皇国に限らず、この世界ではこのへんの研究がまだ進んでいません。




