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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
1:王都の訳アリ三人組
15/185

15. 領主の息子

一週間ルール守れたと思ったら守れていなかった件(すみません)

 ルシアンが街の外で野焼きしてゲロ吐いていた頃、ブレイズたちは既にギルドへ帰り着いていた。


 道中でケヴィンに事情を聞いた限りだと、ブレイズたちと別れた後、宿に戻ったところ部屋が荒らされていて、リアムの姿がなかったのだそうだ。

 マーカスは一足先に捜索へ走らせて、ケヴィンはギルドに駆け込んで協力を求め、ルシアンがリカルドと警備を交代して同行した、という流れらしい。

 ブレイズたちと合流できたのは、強い魔術の発動をルシアンが感じ取ったからだ……と言っていたが、これはラディが起こしたものだろう。ラディがリアムの居場所を感じ取れたのも、リアムが弱い火の魔術を断続的に発動し続けていたからだ。ブレイズにはよく分からない感覚だが、大抵の魔術士はそういう魔力の動きを感じ取れるらしい。


「最悪、領兵に見つかることも覚悟の上でした。……みなさんに見つけて頂けたのは、運が良かったと思います」


 そう言って、リアムは力なく微笑んだ。その右頬には、セーヴァに貼り付けられた白い綿布(ガーゼ)がある。

 市場で拾った眼鏡は既に返してあるが、レンズにヒビが入っていることもあってか、装着はしないようだ。


「領兵を警戒してたのは、きみの顔を知っているからか」

「全員が、というわけではありませんが……同郷がいないとも限りませんから」


 ラディの言葉に、リアムはこくりと頷いた。

 なるほど、だからリアムだけ偽名だったのかとブレイズは合点する。

 実際、あの無精髭の男はリアムの名前と年頃で彼の正体に思い至ったようだし、隠していて正解だったのかもしれない。


「お水だよー」


 のんびりした声に振り向くと、ウィットが、トレイにコップと水差しを乗せて近づいてくるところだった。

 リアムの後、念の為にセーヴァの診察を受けさせていたのだが、もう終わっていたらしい。


「セーヴァは何だって?」

「火傷すると身体が渇くから、意識して水飲んどけって」


 言いながら、ウィットはリアムの前にコップを置いて、なみなみと水を注ぐ。

 ついでとばかりにブレイズと、同席していたケヴィンにも水を配る彼女に、ブレイズは「そうじゃねえよ」と首を横に振った。


「お前のことだよ」

「え? 別に怪我したわけでもないし、なんともないよ」

「……手も? 無傷だったのか?」

「そうだけど」


 きょとんと首を傾げるウィットに何を言うべきか迷って、リアムとケヴィンの前だということを思い出す。

 ……あのこと(・・・・)については、この二人の前でする話でもないだろう。


「ならいい」

「んじゃ、僕はラディとお出かけしてくるね」

「おう。……悪い、頼んだ」

「ああ」


 後半、ラディへ財布を渡しながら言うと、彼女は視線を合わせて小さく頷いた。

 リアムの件で流れてしまっていたが、ウィットの衣類を買いに行く途中だったのだ。店が開いているうちに、最低限の買い物は済ませておきたいところだ。

 結局ラディに丸投げする形になってしまったが、目の前の客人二人を放って買い物に行くわけにもいかない。


 女ふたりを見送ってリアムとケヴィンに視線を戻すと、ちょうどリアムがコップの水を飲み干したところだった。


「ここまでお世話に……というか、巻き込んでしまった以上、ある程度の事情は説明すべきと思いますが……先輩?」

「ああ、構わん。……ルシアンは知っているようだしな、黙っている意味もあるまい」


 ケヴィンの同意を得て、リアムはひたりとブレイズを見る。

 ファーネの状況を話していた時と似た、寂しげな顔をしていた。



 ◇



 リアム・レ・ナイトレイは、現領主カーティスの、齢四十を過ぎた頃に生まれた一人息子だ。

 母は王国西端にあるミューア領の領主の遠縁の娘で、ミューア家の現当主は父カーティスの相婿(あいむこ)にあたる。

 もとは傭兵団の団長であった父や、その部下たちからは武術や戦術を。母の伝手で招いた家庭教師たちからは各種の学問をそれぞれ教えられ、何不自由なく育ってきた。


 領の経済状況も悪くなかった。大街道沿いの街が領地に含まれており、そこでの商いによる関税が主な収入源となっていた。

 父やその部下たちは貴族になったからと贅沢を好むこともなく、商いで儲かる分、領民に課せられる税を軽くした。当時は税が軽い領地と評判で、他領からの移住者も多かったと聞く。

 傭兵団の育成で培った手腕で訓練された領兵たちは、領の内外にその精強さを誇示した。商いが盛んになっても、治安が低下することはなかったという。


「表面だけ見れば、理想的な領主だったでしょう。しかし内側は穴だらけでした。……十年前にファーネで起こった大襲撃で、それが露見したのです」


 魔物の大襲撃を食い止めるために、領兵を多く失った。

 領兵の頭数が減り、治安維持にだんだんと支障が出てくる。


 遺族への補償金、領兵の補充、新兵の訓練。

 費用がかさむのに対して治安は悪くなり、商業の勢いは衰えていった。


 結果、ほぼ唯一の収入源となっていた関税がすっかり入らなくなり、何もかもがうまく回らなくなってしまって、現在に至る。


「……詰んでね?」

「ところが、そうでもないんです」


 うわあ、と引くブレイズに対して、リアムは苦笑いで答えた。


「近隣の領に助けを求めるという手があります。治安維持なら兵を借りる、資金不足なら借金を申し込む、といった具合ですね。ある領地が失敗す(コケ)ると周囲(まわり)にも影響があるので、余程のことがなければ話くらいは聞いてもらえますし、最悪、国から補助を出してもらうこともできるんですが……」

「ですが?」

矜持(プライド)が許さないようでして」

「そんな場合かよ」


 ですよねえ、とリアムが同意する。

 礼儀正しい言葉遣いだったのが、話が進むにつれて崩れていく。あるいは、こちらが本来のリアムなのかもしれない。


「ミューア家とか当主と相婿なんですし、ハルシャとの交易でお金持ってるはずなんで、頭下げれば融通してくれると思うんですけど」

「……こいつはそれを言って家を追い出され、フォルセ経由で僕のところに転がり込んできたんだ」


 それまで黙っていたケヴィンが、頭痛を堪えるような表情で口を挟んだ。

 リアムは乾いた笑いを浮かべて、「あれほど学院で得た人脈をありがたく思ったことはないですね」と返す。


「話を戻しますが、そんなナイトレイ家のお偉方も、何も考えなかったわけではありません。ない(・・)知恵絞って、なんとか収入を増やそうとしたのです」

「……なんかもう、聞いてるだけでダメだって予感がバシバシするんだが」

「ええ、ダメなやつです。……今回助けて頂いた件にも関わるのですが、父たちはですね、最初の形態に立ち返ることにしたのです」


 そこで、リアムは笑うのをやめた。顔から感情が抜け落ちる。


「関税を上げる。商人たち――ひいては商業ギルドに、全ての負担を被せたんです」


 ……経済に明るくないブレイズでも分かる、ダメなやつだった。


「ご存知でしょうが、ナイトレイ領は塩が取れませんので、全量を他領(そと)からの輸入に頼っています。それ以外にも、鉱石類や寒い地方でしか育たない農作物は輸入するしかありません。……輸入せざるを得ないものに高い関税をかければ安定した収入になる、と考えたんですよ」

「誰も止めなかったのか、それ?!」

「止めるようなのは、私より前にだいたい追い出されてましたね」


 輸入せざるを得ないものは、生活するのに必要だから輸入しているのだ。そこに高い税をかければ、当然、生活必需品の価格が上がる。

 ……領民や商人の足元を見ているとしか思えない。


「実際、イェイツやエイムズといった領主のお膝元の街では物価が跳ね上がっていますよ。品薄でもあります。……だから、ファーネの物価はそれより酷いだろうと思っていたのですが」

「品薄はともかく……物価はそこまで上がってねえな」

「ええ」


 思ったことをそのまま口にすると、リアムが首肯する。


「関税とファーネまでの輸送費、輸送の効率……まだ机上で計算しただけですが、安すぎます。輸送費は削ろうと思って削れるものでもないですし、道の状態からして輸送効率も何もないでしょう。とすれば――」

「関税をケチる。抜け荷、密輸か。……言っとくけど、うちは何も知らねえぞ」


 多分、と心のなかで付け足した。

 支部長のキースは、住民の生活を維持しようと身を削っている男だ。そういうことに手を染めるとは思えない。


(いや、どうしようもなくなったらやる(・・)か……?)


 内心でなかなか酷いことを考えるブレイズをよそに、リアムは「でしょうね」とブレイズの言葉を肯定した。


「領内の商業ギルドなら……関税を取りまとめているエイムズ支部と、大街道沿いのイェイツ支部あたりでしょうか。……ですが、あの、オーデットさん。私は、この件を揉み消すつもりでいたんです」

「へ?」

「こうなったのは、本を正せば、うちの父の失政が原因なわけですし……悪い言い方をしますと、私がナイトレイ家を継いだときに、商業ギルドを味方につけるための弱みを握ったとも言えるので」

「ひょっとして、誘拐されてた時、あの連中を『燃やせ』って言ったのって……」

「計算結果をまとめた紙を取られたんですよ。まさか気づかれるとは思ってなくて、机に出しっぱなしにしてた私も悪いんですが」

「なるほどなあ……」


 根拠や証拠となるものがなければ、商業ギルドに疑いをかけても追及は難しい。

 ルシアンの「身ぐるみ燃やす」という言葉はそういう意味だったのか、と合点する。あの場でリアムが彼に訴えていたのはこの件だったのだろう。


「……これからどうするんだ?」


 色々と腑に落ちて、なんとなく浮かんできた疑問を口に出す。

 リアムはケヴィンのほうをちらりと見た。


「明日の朝、王都へ戻る」


 口を開いたのは、ケヴィンのほうだった。


「宿で誘拐騒ぎが起きた以上、リアムが領兵の目を避けるのは難しくなるだろうし……少々、やることもできたからな」

しいて言えばリアムの親父とその周辺が本作前半におけるヘイト&ざまあ担当になります。

言うてあんまり出番がないので、いわゆるテンプレよりはマイルドになるかと思いますが…。

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2022/03/13 08:58 退会済み
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