XX. ミューアの方針と姉妹喧嘩
すみません、ネット回線まわりでごたごたしてて遅くなりました。
だいたい説明回です。
関わりたくなかったが、こうして絡まれてしまっては仕方がない。
ここで無視して、ミューア家からギルドへの心証を悪くする理由もないし。
そう考えて、ブレイズはロイドと少し話すことにした。
わざわざ話しかけてきたということは、何か言っておきたいことでもあるのだろう。
「あんた、お嬢様の従者だろ? あっちはいいのかよ」
「『少々デリケートな話をするから男は出ていけ』と追い出されまして」
「うちの支部長は?」
「部屋の前で見張りをしてくださっています」
……たぶん、目の前の男も、お嬢様にそれを求められていたんじゃないかと思うのだが。
いけしゃあしゃあとした顔つきで立っているロイドにブレイズが呆気にとられていると、近くで様子を見ていたウィットが口を開いた。
「お兄さんは見張りしなくていいの?」
「最初は支部長殿とご一緒させていただいたのですが、二秒ほどで飽きまして」
「早えよ」
「そのノリでよくクビにならないねえ……」
「ご当主様からは『お前のような者を市井に解き放つなど人道的に許されん』と言われております」
ひでえ言われようである。あと、間違ってもそんな堂々と言うことではないと思う。
「私としてもご当主様にご心配をおかけするのは心苦しいので、『解雇されたらされたで裏通りで成り上がって立派な犯罪組織のボスにでもなってみせます』と常々申し上げているのですが……」
「うん、ご当主様が心配してるのはお兄さんじゃなくて市井の皆さんのほうだと思うな」
話題を変えよう、とブレイズは思った。
このままロイドのペースについていく自信がない。
では何を話そうか、と少し考えて。
「……結局のところ、カチェルはどうなるんだ?」
この際だからと、気になっていることを尋ねてみることにした。
何しろこちらは『ミューア家がカチェルの出入国に関する手続きをしに来る』としか聞いていないのだ。拒否できることではないとはいえ、聞けるものなら聞いておきたい。
ロイドはミューア家の家人なので、少なくともミューア側の考えは知っているだろう。素直に教えてくれるかは別として。
「当家……というより王国側としては、なるべくカチェル殿の希望に沿う形に持っていく所存ですね」
しかし、ロイドはあっさりと答えてくれた。
「これについては、ケヴィン殿下のご意向もございますが。カチェル殿の意思を無視してこちらのギルド支部から引き離すような真似はしないように、とのことです」
「じゃあ、カチェルが『このままギルド員でいたい』って言うなら何も変わらねえわけか」
「そうなりますね」
ロイドは一つ頷いてから、「ただ」と付け加えるように言う。
「これはお嬢様からカチェル殿へも伝えるでしょうが……王国に残る場合、正式にケヴィン殿下の『勧誘』を受けたほうがいいでしょうね。あのお方は見栄っ張りかつ負けず嫌いなので何も仰らないでしょうが、保留のままでは守るのもそろそろ限界です。どうせ配下になったらなったで殿下の一存でギルドに配置するだけでしょうから、あなたがたから見れば何も変わらないかと」
「配下をギルドに置くって、それ通るのか?」
「魔境の森に面する防壁に国軍が駐留しているでしょう? 彼らは名目上、第三王子の配下ですから。自分の部隊のために配下の治癒魔術士をつける、という理屈でなんとか通すのだと思います。殿下は大声に定評がありますからね。世の中、大抵のことは声の大きな者が勝つものです」
「それ、物理的な声の大きさって意味じゃないと思うな……」
「案外ビビらせた者勝ちみたいなところがあるのですよ。王侯貴族の間でもね」
ウィットのコメントに涼しい顔で言い返すロイド。上流階級のそんな裏話は知りたくなかった。
というか、これ口から出任せ言ってるんじゃねえかな……とブレイズはちょっと疑い始めたのだが、ロイドは構わず話を続ける。
「加えて、殿下の配下には軍医がおりません。何かあればこちらのギルドの医師に診てもらう。連携のために治癒魔術士と医師は同じところに置いておく……つまりギルドに置くのが最善、と」
「……つまり、うちの医者を軍医代わりに使うってことか」
「表向きはそういうことになります。まあ軍医がいないのは本当のようですので、衛生兵の手に負えない傷病者が出れば、実際にこちらへ担ぎ込まれるでしょうが」
「ふうん……」
ブレイズは受付にいるセーヴァの背中をちらりと見た。
事務作業で忙しそうだから、いまの話は聞いていないだろう。あとで話しておいたほうがいいかもしれない。
そんなブレイズを横目に、今度はウィットが質問した。
「ちなみに、カチェルが『ハルシャに帰りたい』って言った場合はどうするの?」
「それならそれで構いません。ハルシャとの関係を考えれば、カチェル殿をお返ししたほうが無難ではあります。ご本人の意思に問題がなければ、国としてもミューア家としても返さない理由はありませんね。なので、もし引き留めたいのであれば、ギルドの皆様で頑張って説得してください」
「残ってくれるといいけどなあ……」
ウィットが少し俯いて、どこか寂しげに言う。
ブレイズにとっても、カチェルは十年ほど面倒を見てくれた姉のような母のような存在だ。ずっといてほしいとは思うが……引き留めたいかというと、少し迷う。
カチェルにはカチェルの過去があり、故郷に家族がいるのだ。それをないがしろにするのは、ちょっと違うというか。
「ブレイズを一日女装させる権利とかで釣れないかな」
「おい」
思わずウィットの後頭部を引っ叩いた。
しんみりしてると思った矢先に、ろくでもねえことを考えやがる。
あと、カチェルはラディやウィットのような若い女を着飾らせるのが好きなだけだ。でかい男を飾り立てて楽しむ趣味はない。
「面白そうなのでやる時はぜひご連絡ください。私のポケットマネーから特注のドレスをお贈りいたします」
「無駄遣いすんな」
ロイドもぶん殴りたいが、彼は一応貴族の関係者なので、下手に殴ると面倒なことになる。
主であるお嬢様から、許可が得られれば殴れるだろうが……。
そんなことを考えていた時だ。
ギルドの奥が、にわかに騒がしくなった。
扉が開く音。直後、怒っているような声で、誰かが何か言っている――声からしてカチェルかカノットのどちらかだろうが、壁越しだと判別がつかない。
荒い歩調で廊下を足早に進む音が、複数。
「話し合いが終わったようですね」
ロイドが居住まいを正す。
足音が近づいてきて、奥へ続く扉が勢いよく開かれた。
「ルオオオォォォォォイド!!!!」
飛び込んできたのは、カチェルでもカノットでもなく、ミューアのお嬢様だった。ロイドから名前を教えてもらった気がするが、ちょっと思い出せない。
「わたくしのいる部屋を守らずこんなところで駄弁っているのはどういう了見かしらァァン??!!!」
「暇だなーと思いまして」
「暇も余暇も与えた覚えはないのよ仕事しろっつってんでしょゴラァ!!!!」
お嬢様はロイドの胸ぐらを掴んでガックンガックン揺さぶっている。
ブレイズは止めなかった。貴族のお嬢様に下手に触れるわけにいかなかったし、声がでかいだけで言ってることは間違っていなかったしで、止める理由も特になかった。
……まあ、やかましくはあるのだが。気持ちは分からんでもないし。
そんなお嬢様の後ろから、次に出てきたのはカチェルだった。
不機嫌そうな顔で主従の横を通り過ぎ、セーヴァのいる受付カウンターへ歩いていく。
「姉さん、まだ話は終わってませんよ!」
そんなカチェルを、カノットの苛立ったような声が追った。
彼女もまた、不満だと言わんばかりの険しい表情をしている。
明らかに様子のおかしい二人の後、困り顔の支部長が入ってきて、扉を静かに閉めた。
ウィットが姉妹を交互に見て戸惑いの声を上げる。
「え、なに、どうしたの?」
「何でもないわよ。……セーヴァ、お疲れさま。代わるわ」
「姉さん!!」
怒鳴るような妹の声を無視して、カチェルはセーヴァの処理していた書類を奪うように手に取った。
補佐をしていたラディが、困ったような顔で二人の様子をうかがっている。セーヴァはこちらに背を向けているのでどんな顔をしているのか分からない。
ふと、出入り口に立つリカルドと目が合った。
彼は少し顔をしかめて周囲の商人たちを視線で示すと、小さく首を左右に振る。――おそらく、『人目に晒すべきではない』と言いたいのだろう。
ブレイズは小さく頷きを返して、とりあえずカチェルとカノットをギルドの奥へ戻そうと足を踏み出して。
「――カチェル・カティア! 精霊神の御名において、あなたに決闘を申し込みます!!」
カノットの言葉に、思わず足を止めた。
「私が勝ったなら、先ほどのふざけた言葉を撤回し、アメス陛下に忠誠を誓ってもらいます。……さあ、代理人を指名なさい!!」




