XX. カチェルの妹もやってきた
サブタイあとで変えるかもしれない
「カノット?!」
近衛兵――カノットの顔を見て、カチェルが受付の椅子から音を立てて立ち上がった。
カウンターから身を乗り出して、よく似た顔と顔が突き合わされる。
「びっくりしました?」
「まあ、あんたの性分からしたら兵士が適職だろうなとは思ってたけど……まさか近衛にまで上がってるとは思わなかったわよ。身元の審査どうしたの?」
「そこは皇が口添えしてくださいまして」
「皇って……そういえばさっきアメスユーディって言ってたけど、あのアメス?」
「ええ、私たちがお社で修行してた頃の同期のアメス皇女です」
「継承権低くなかった?」
「上の方々が不貞したり不正したりバラムツでお腹壊したりで……」
「最後のは別にいいでしょ」
「いえそれが運悪く公衆の面前で粗相をされてしまいまして。それ以来、人前に出るのは嫌だと継承権ぶん投げて離宮に引きこもっていらっしゃいます」
「かわいそう……」
……こうして見比べてみると、カノットのほうがやや背が高いだろうか。靴のせいかもしれないが。
カチェルのほうが若干ふっくらしているように見えるのは……まあ、現役の兵士と比べるのも酷か。カチェルが太っているわけではない。
「生き別れた双子のおよそ十年ぶりの再会……感動的ですわね」
「左様でございますね」
カノットを紹介したお嬢様と従者が、ひと仕事終えたような顔でカチェルたちを眺めている。
彼女らの会話のどこらへんに感動を見出したのかブレイズには理解できなかったが、それ口にするのはやめておいた。あの主従にはちょっと関わりたくない。ケヴィンに輪をかけて面倒くさそうな予感がする。
そのケヴィンがファーネの街にいるなら、すぐにでも兵舎から連れてきて相手を押し付けるのだが。しかし曲がりなりにも王族の彼は、現在年越しの公務のため王都へ帰ってしまっている。
――それにしても、と。
お嬢様主従から視線を外し、ブレイズは再びカノットを見る。
カチェルに妹がいると本人から聞いたことがあったが、双子だというのは初耳だった。
思えば、先程カノットの声が妙に耳に馴染んで聞こえたのも、カチェルの声に似ていたからだろう。
(武器は……剣か)
お嬢様の勢いが初っ端からアレすぎてすっかり意識から外れていたが、改めてカノットを観察すると、その武装に意識が向いた。
金属製の胸甲と、脱いで小脇に抱えている兜には、ハルシャの国教の象徴が刻印されている。
腰には刺突剣。先ほど顔の浮かんだどこぞの殿下もレイピア使いだが、彼が使っているものより大型だ。見たところカノットは盾も短剣も装備していないようなので、片手剣と両手剣の違いだろう。
……とはいえ、女性の腕にあの剣はちょっと重たすぎないだろうか――そう思ったところで、奥からラディとウィットが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ない、部屋の準備ができたようです。どうぞこちらへ――」
支部長の案内で、お嬢様主従とカノットがカウンター内側の職員スペースに入り、カチェルと共に奥の居住スペースへ歩いていく。
ちょうどラディが近くに来たので、ブレイズはわずかに腰を折って相棒の耳元にささやいた。
「別室ってどこだ?」
「一階の空き部屋の一番奥。ウィットと二人で掃除して、テーブルセット運び込んできた」
「そういう力仕事なら呼べよ。ていうか俺も連れ出してくれよ……」
「いや、貴族のお嬢様がいるのに、警備がリカルド一人になるのはダメかと思って……」
その配慮は間違っていないが、こちらのメンタルにもちょっと気を向けてほしかった。置いていかれて地味に傷ついていたので。
まあ言っても仕方がないことだが、と思っているうちに、支部長たちは奥へ消えていた。
それまでカチェルが座っていた受付の椅子に、いつの間にか医務室から出てきていたセーヴァが座る。
「待たせたな、受付再開だ。さっきカチェルが応対してた旦那は誰だ?」
「ああ、俺だ。……ったく、せっかく美人の姉ちゃんと話せてたっていうのに、途中から野郎に代わるなんざ運がねえなあ」
先ほどお嬢様に押しのけられていた商人のおっさんが、愚痴りながら小椅子に腰掛けた。
その言いぐさにセーヴァが片眉を跳ね上げ、皮肉げに笑う。
「俺だって好き好んでおっさんと顔突き合わせる趣味はねえよ。そっちこそ色っぽい女商人にでも生まれ直してくれ」
「俺が色っぽい女商人だったら、わざわざこんな田舎街まで来たりしねえよ! 身の危険があるからな」
「そりゃそうだ」
ははは、とロビーに笑いが満ちて、空気がいつもの軽さに戻った。
セーヴァは淡々と処理を進め、ロビーにたむろする商人たちは世間話で待ち時間を潰す。
ラディがセーヴァの手伝いに回ったので、ブレイズは邪魔にならないよう職員スペースの端に寄って、ロビーの様子を見守ることにした。
「……色っぽい女商人は来ないけど、貴族のお嬢様は来たんだよね」
ブレイズにくっついて端っこにいたウィットが、ぼそりと呟く。
一応訂正したほうがいいかと考えて、ブレイズは口を開いた。
「いや、普通は貴族のお嬢様だって来ねえからな?」
もちろん土地によって差があるが、一般的に、女が安心して旅をできるほど、この国の治安はよろしくない。
普通に旅していたら普通に野盗や山賊に襲われるだろうし、護衛を雇うにしても、人選を誤ればその護衛に襲われる可能性だってある。街中にだって、女を力ずくでどうこうしようとする輩がいないわけでもないのだ。
自分の身を自分の手で守る手段があるか、間違いなく自分を裏切らないと言える護衛に心当たりがない限り、安全な旅などできるわけがない。
「あのお嬢様は必要だから仕方なしに来たんだろ。まあ、貴族だって分かるように護衛でガチガチに固めときゃ手を出す馬鹿もいねえよ」
「ところがそうでもないのですよ」
「うおっ?!」
背後からウィットではない声がして、ブレイズは思わずその場から飛び退いた。
見れば、いつの間にかお嬢様の従者が自分たちの背後に立っている。
「お嬢様はちょうど暇だったからとご自分で立候補されましたし、今回はミューア家の竜車でカッ飛ばして参りましたので、メンバーはお嬢様と私とカノット殿の三人のみです」
「りゅーしゃ?」
「おや、黒髪のお嬢さんは見たことがございませんか? 馬ではなく竜種――大きなトカゲに牽かせる馬車です。竜種は馬よりも早い上、肉食ですので、ちょっとした護衛にもなるのですよ。もう少し寒くなると冬眠してしまうのが欠点ですが」
へー、と感心したようなウィットをどこか満足げに見てから、従者の男はブレイズに向き直った。
慇懃に一礼して、再び口を開く。
「申し遅れました。私、ミューア家でお嬢様の世話役を務めておりますロイド・グラントと申します。ついでに先ほどのお嬢様はリズシェイラ・レ・ミューア様。ミューア家の現当主、ウォーレン・エドガー様の一人娘でいらっしゃいます」
「ついでって言った……」
ウィットが呟いたが見事に黙殺して、ロイドと名乗った従者は小さく微笑んだ。
「あなたがブレイズ・オーデット殿でいらっしゃいますね?」
「ああ、そうだけど……」
「ケヴィン殿下に微妙にウザ絡みされているという」
「それ頷いたら不敬になるやつじゃねえの?」
「では、ケヴィン殿下から若干気持ち悪い執着じみた友情を向けられているフォルセ・ルヴァード殿の幼馴染として対抗心を抱かれているという」
「初耳なんだが」
フォルセあいつそんなことになってんの? 気なる反面、あんまり深くは聞きたくない。
(……聞かなかったことにしよう、うん)
この場にいない件の幼馴染には、「まあ強く生きてくれ」と胸中で適当な応援を送りつつ。
関わりたくないなあと思っていた主従の従のほうに普通に絡まれてしまったブレイズは、こっそりとため息をついた。




