XX. ミューア家の人がやってきた
すみません遅れました
「お貴族様……ミューア家だっけ? あの手紙の返事、もう届いたかな?」
「返事を出したのは……半月くらい前か。そうだな、早ければ届いてるかもしれない」
ウィットが「そういえばさ」と振った話に、ラディが壁の地図を見ながら返す。
丸一日非番で暇を持て余していたブレイズは、少し離れた場所からそれをぼけっと眺めていた。
本日、昼の警備担当はリカルドである。
彼が警備当番に加わったことで、ブレイズたち警備員の仕事はだいぶ楽になった。
必ず一人余るようになったので、誰か一人が体調を崩しても、他の二人でフォローできるようになったのだ。
ブレイズが具合を悪くすることはあまりないのだが、ラディはたまに貧血を起こすことがあるので、彼女に無理させずに済むようになったのはありがたい。
これまでは座りっぱなしでも問題ない夜警当番に回すなどして、なんとか警備を続けてもらうしかなかったのだ。
……反面、仕事に余裕ができたせいで、ブレイズはこうして暇をしているのだが。
警備と鍛錬と市場の見回り、たまに剣の手入れをするだけの毎日だったので、ぶっちゃけ時間を持て余している。
(今日の鍛錬はもう済ませちまったしな……)
鍛錬はやり過ぎると体を痛めてしまうし、見回りだって時々ちょっと見に行けば十分だ。
剣の手入れだって、毎日やるほどのものではない。
どうしたものかと考えつつ、ふわあと殺しきれなかった欠伸を漏らす。
「――ゥお邪魔しますわァァァァッッッッ!!!!」
バカでかい声がロビーに響き渡ったのは、その時だった。
なんだなんだと声のした方向――ギルドの正面出入口を見てみれば、いつの間にか開け放たれた扉の前で、一人の少女がふんぞり返っている。
年頃はラディと同じくらいだろうか。太陽の光を集めたような長い金の髪に、夏の晴れ渡った空のような碧眼。厚手のマントの下には、見るからに質のいいワンピースを着ているようだった。
その後ろに従者服を身に着けた男を従えているのを見るに、お忍びでやってきたどこぞのお嬢様といった様子である。
ロビーにいる商人たちの視線を一身に集めたお嬢様(推定)は、それを気にかける素振りも見せず、ずかずかと中に入ってきた。
ばさりと地面に脱ぎ捨てられたマントを拾いつつ、従者らしき男がそれに付き従う。
その二人から少し距離を置いて、軽鎧と兜で武装した一人の女兵士が続く。先ほどは気づかなかったが、ブレイズから見えない位置にいたのだろう。
兜のせいで顔は分からないが、隙間からわずかに覗く髪は銀色だ。カチェルの銀髪に近いかもしれない。
この兵士は二人の護衛だろうか、とブレイズが思ったところで、くいっと袖を引かれる。見れば、いつの間にかラディがそばに寄ってきていた。
どこか焦ったような顔をしている。
「どうした?」
「あの兵士の兜。側面にある印を見てみろ」
そう耳打ちされたので、言われた通りに見てみれば、兜の側頭部に丸っこい意匠の印がある。
どこかで見たような、とブレイズが眉をひそめると、ラディが再度耳打ちしようと背伸びして――。
「あなたがカチェル・カティアさんでよろしくてッッッッ???!!!!!」
お嬢様(多分)のクソでかい声が再びロビーに響き渡り、ラディの声がかき消された。
視線をずらせば、受付カウンターのカチェルの前にお嬢様(おそらく)が立っている。カチェルが応対していたはずの商人は、気圧された様子で横にずれていた。
「わたくし、先ごろお手紙を出しましたミューア家のお嬢様なのですけれどッッッッッ!!!!」
「自分で言った……」
ブレイズの近くにいたウィットがぼそりと言う。
それが聞こえてしまったようで、お嬢様(確定)の碧眼がこちらを向いた。
「ストレートに言ったほうが分かりやすいでしょう?」
「いや普通に話せるのかよ」
ブレイズも思わず突っ込んでしまった。
ラディはいつの間にかブレイズの後ろに身を引いている。だからお前は俺を変人からの盾にするのをやめろ。
「受付の順番に割り込んでしまうことになりますし、身分差ということで納得していただくにも手っ取り早いですわ。……というわけですので商人の皆様、ごめんあそばせ」
いきなりまともなことを言う――いや言ってることは最初から普通だったか。おかしいのはさっきまでの声量だけで。
なんかどこぞの殿下を思い出すお嬢様だな、と思ったところで、彼女がその殿下の婚約者だと聞いたことも思い出した。似た者同士のようらしい。
ぱちぱちぱち。
色々な意味で気圧されて静まり返るロビーに、従者らしき男の拍手が響く。
「流石はお嬢様。羞恥心をどこかへ置き去ったような堂々としたお振る舞い、ご立派でございます」
「本来わたくしに代わってわたくしの身分を知らしめるべき存在はこのザマですし。少しは仕事なさい減給するわよ」
「はっはっは」
「はっはっはじゃねーんですのよこのクソボケ従者」
なかなか口の悪いお嬢様と勤務態度のおかしい従者の掛け合いの後ろで、女兵士がちょっと居心地悪そうにしている。兜で表情は見えないが、なんとなく、雰囲気が。
それを見かねたのか、席を立ってカウンター近くまで来ていた支部長が口を開いた。
「その……お嬢様」
支部長もさすがにやりにくいのか、恐る恐るといった口調だ。
「あいにく当支部には応接室のような設備はございませんが、すぐに別室を用意いたしますので、どうぞそちらへ。それから、後ろにいらっしゃるのは隣国の方とお見受けしますが――」
「ああ、そうでしたわね」
その言葉で、ブレイズはその女兵士の兜にある印のことを思い出した。
以前、カチェルが『ハルシャの国教の象徴だ』と言って見せてくれた、ペンダントの意匠と同じだ。
先ほど、ラディはこれを言いたかったのだろう。
そのラディだが、いつの間にかブレイズの背後から姿を消していた。ウィットもだ。
どうやら、支部長の言う『別室』の用意をしに行ったらしい。お嬢様のインパクトが強烈で気づかなかった――というかこれ、自分は置いていかれたんじゃないだろうか。
「あなたが支部長さんでよろしい? ええ、おっしゃる通り、こちらはハルシャ皇国の近衛兵の方ですわ」
ちょっと傷ついているブレイズをよそに、お嬢様は女兵士を手招きで呼び寄せながら言う。
「カチェルさんの出国の件、早い話が国際問題ですので、王国側である当家のみで処理するわけにもいかず。ひとまず立会人として来ていただきましたの」
「――いやあ、なかなか紹介していただけないので焦りました。外交窓口の跡取りがコレで次代の国際関係大丈夫かな? ってちょっと不安になってきてたところで」
ぺこりと支部長に会釈して、女兵士――近衛兵が初めて口をきいた。
ややハスキーな、妙に耳に馴染む声だ。言っていることはなかなかに遠慮がないが。
「ご安心くださいまし。わたくし口喧嘩には自信がありましてよ」
「はい、お嬢様の勢いと声のデカさは王族すら圧倒した実績がございます」
それは実績じゃなくて前科なんじゃねえかな、とブレイズが思っていると、近衛兵は両手で兜に手をかけた。
彼女が兜を脱ぐのに並行して、お嬢様が再び口を開く。
「こちら、ハルシャ皇アメスユーディ様の名代としていらっしゃいました、近衛兵のカノット・カティア様です」
「やっと会えましたね、姉さん!」
兜を脱いだ近衛兵の顔は、カチェルに瓜二つだった。
ミューア家の人(ガチ)




