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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
5:訪問者、いろいろ
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XX. 新しい警備員

すみません、リアルでバタバタしてて遅れました。

 それからファーネ支部の視察で一日使い、合計三日の滞在の後、デズモンドは王都へ帰っていった。


 東方大陸へ行くことにした件についても、きちんと話をした。

 ラディがうっすら予想していた通り、ブレイズたちにその気がなければ、ギルド本部からの無理強いがないように庇ってくれる気でいたようだ。

 要らぬ心配だったなとデズモンドは笑っていたが、実際ウィットが行くつもりでなければ断りたかったので、その配慮には礼を言っておいた。


 そんな、おっかない顔とおっかない役職の、実のところは気のいいおっさんがいなくなって、そろそろ半月といった頃。

 日課の鍛錬を済ませて昼まで寝るかと考えていたブレイズの耳に、ドアベルの軽やかな音が届いた。


「やあ」


 扉をくぐって入ってきたのは、よく見知った琥珀色の肌の偉丈夫。地精使いのリカルドだ。

 警備として扉の横に立っていたラディに軽く会釈して、受付カウンターのほうへ歩いてくる。


 職員スペースの端っこで暇を持て余していたウィットが、跳ねるように立ち上がった。


「リカルド、いらっしゃい!」


 カウンター越しに声をかけてから、「あ」と何かに気づいた顔をして。


「……『おかえりなさい』のほうがいいかな?」

「これからはね」


 こてんと首をかしげた子供に、リカルドは優しく微笑んで返した。




 リカルドがファーネ支部での就職を希望している、とデズモンドから聞いたのは、彼がファーネを出立する朝だった。

 告げるのが出発直前になったのに深い理由はなく、単にこちらを驚かせたかっただけだという。しょうもないことを考えるおっさんだ。

 ちなみに支部長も聞かされていなかったようで、驚くのと文句を言うのと、どちらを優先すべきかと複雑そうな顔をしていた。


 それはともかく。

 人手不足のファーネ支部に、馴染み深いリカルドを断る理由はない。二つ返事で了承し、実際に彼がやって来たのが、およそ半月後の今日である。


 本来なら、デズモンドが王都に帰り着くまでに半月ちょっと、そこからリカルドがファーネに到着するまで更に半月ちょっとで、合計ひと月半ほどかかるはずだった。

 それが半月に縮まったのは、どうせファーネ支部がリカルドを断ることはないだろう踏んだデズモンドが、彼を王都からイェイツまで同行させていたからだ。

 大街道沿いにあるイェイツの街なら、万が一こちらがリカルドの受け入れを断ったとしても、無駄足にはなりにくい。乗合馬車ですぐ王都に戻れる。

 ……こうして思い返すと、本当に用意周到なおっさんである。逆に、このくらいできなければ、ギルド幹部などやっていられないのかもしれないが。




 リカルドは特に職種の希望を出さなかったので、一番人員に余裕のない警備員として働いてもらうことになった。

 これまでも臨時で警備をしてもらうことは何度かあったので、早い話が即戦力である。


「改めて、これからよろしくね、『先輩』」

「その呼び方は勘弁してくれよ……」


 にこやかに言ってくるリカルドにげんなりしながら、ブレイズは彼の差し出した手を握り返した。

 正直なところ、こちらが色々教えてもらったりと世話になってばかりなのだ。『先輩』などと敬ってもらう理由がない。

 さらに、もう少しして警備主任になったら、この頼れる兄貴分を今度は部下として従えなければならないわけで……やめよう、いま考えても頭痛がするだけだ。


 ひとしきりブレイズをからかった後、リカルドは荷物からいくつか小包を取り出した。


「ここまで来るついでに、ギルドの荷運びの依頼も受けてきたんだ。カチェルさんの手が空いた時でいいから、処理を頼むよ」

「それなら俺がやっておく。こっちに持ってきてくれ」


 リカルドを出迎えるために医務室から出てきていたセーヴァが、そう言って手招きする。

 それに頷いて、リカルドがそちらに歩いていった。手持ち無沙汰なブレイズとウィットも、なんとなくついていく。


 セーヴァのデスクで開封された小包の中身は、大半が手紙の束だった。


「ウィット、大まかにでいいから仕分けを頼む。ブレイズも暇なら手伝え」


 そう言って受領の書類を用意するセーヴァに従って、ブレイズはウィットと共に手紙の仕分けに入る。

 ファーネの住民宛が六割で、三割ほどが国軍の兵舎宛、残りの一割以下がギルド宛だ。

 ギルド――というか、カチェル宛の手紙は、だいぶ少なくなった。「喧嘩を売られた」とウッキウキで王都に帰っていった、どこぞの殿下の顔が脳裏に浮かぶ。……よく分からないが大暴れしたのだろう、たぶん。


「……お」


 ギルド宛の手紙をざっと見ていると、自分とラディの名前が並んだ封筒を見つけた。

 裏を返して差出人を見れば、そこにはフォルセの名前がある。まだ受領の処理が終わっていないので、この場で開封はできないが、夜になったらラディと一緒に読もう。


「ああ、そうだ」


 その様子を見ていたリカルドが、何か思い出した様子で腰のポーチから封筒をひとつ取り出した。


「ロアからの手紙を預かってたんだ。これはギルドを通してないから、手続きはいらないよ」

「え、ロア?」


 仕分けをしていたウィットが、目を輝かせて振り返る。


 ロア・ソレイルは、ブレイズたちが仕事で王都まで行った際、一緒に旅をした風の精霊使いだ。

 彼とは王都で別れてそれきりだったが、普段ファーネに引きこもっていることの多いブレイズたちにとっては、長い期間を共に行動した数少ない人物である。

 特にウィットは色々と世話になったからか、彼によく懐いていた。


「これを預かるときにロアが言っていたけど」


 ウィットに封筒を渡しながら、リカルドが口を開く。


「春が近くなったら、王都を出て東に向かうそうだよ」

「え、そうなのか」


 ロアは故郷を魔物に滅ぼされ、その際に離れ離れになってしまった妹と伯父夫婦を探して旅をしていると言っていた。

 王都で同郷のシルビオと会うことができ、しばらくは彼の伝手をあたってみると言っていたが……。


「じゃあ、まだ妹たちは見つかってないのか」

「そのようだね。場合によっては、東方大陸に渡ることになるとも言っていたよ」

「……マジか」


 東方大陸、という単語に、思わずウィットと顔を見合わせる。


「あいつとも、またどこかでばったり会うかもな」

「そうだね」


 ウィットは飾り気のない封筒に視線を落として、「会えるといいなあ」と小さく呟いた。




「……ん?」


 引き続きギルド宛の手紙を確認していると、妙に質の良い封筒を見つけた。

 ご丁寧に蝋で封じてあり、紋章のような印が押してある。どこからどう見ても貴族からの手紙だ。

 宛名を見れば、予想通りカチェルの名前があった。


「支部長、これ」

「……またかい」


 セーヴァの手続きが終わるのを待って支部長のデスクに持っていくと、支部長は顔をしかめながら封筒を受け取った。

 うんざりした表情を隠しもせず、封蝋を外そうとしたところで――くっきりとしわを寄せていた眉が、ぱっと開く。


「おや、この紋章は……」


 支部長はデスクの引き出しから羊皮紙を一枚取り出して、封筒と見比べ始めた。

 しばらくして、ふう、と安堵したように息を吐く。


「やっぱりか。見覚えがあると思ったら……」

「どうしたんだ?」

「これはミューア家の紋章だよ」


 様子を見守っていたブレイズが声を掛けると、支部長は封蝋を指でつつきながら答えた。


 ミューア家は、王国西端に位置する貴族家だ。隣国ハルシャとの外交と交易の窓口でもある。

 その関係上、ハルシャからの治癒魔術士の派遣についても大きな実権を握っており、基本的に治癒魔術士には困っていない――ブレイズの知る限り、そういう家のはずだ。


 なので、ブレイズは首を傾げた。


「ミューア家がカチェルに何の用だ? 勧誘ってわけじゃねえだろ?」

「さて、何の用だろうね?」


 言いながら、支部長が封蝋を外す。

 封筒から取り出した便箋を広げると、ふわりと花のような香りがした。香水でも染み込ませていたのだろうか。


 手紙に目を通した支部長が、「なるほど」と納得したように頷いた。

 彼は受付で仕事中のカチェルをちらりと見て、ブレイズにだけ聞こえるような小声で言う。


「カチェルの出国手続きについてだったよ。……ほら、あの子は派遣先の家から逃げて国を出ただろう? 正式な手続きを踏んでないんだよ」

「あー、そういう用事か」


 そういう理由なら分からないでもない。

 治癒魔術士は国に管理されているのだと、以前カチェルから聞いたことがある。国の許可を得ずに国を出ることは、本来ならあり得ないのだろう。

 カチェルがハルシャ出身の治癒魔術士だと発覚したことで、密出国も発覚したというわけだ。


「まあ、これは素直に受けたほうがいいね。『悪いようにはしない』ってこの手紙にも書いてあるし」

「……信用できるのか?」

「カチェルはケヴィン殿下の庇護を受けているだろう? ミューア家は殿下の婿入り先だよ、ブレイズ」


 訝しむブレイズに、支部長が笑いながら答える。


「それに、うちのご領主――リアム様の母方の親戚でもある。万が一があったら、殿下かリアム様か、どちらかに泣きつけばいいよ」

「それならまあ、大丈夫か……?」


 リアムはともかく、ケヴィンに泣きつくのは――これ以上借りを作ることは、あまりしたくないのだが。

 とにかく、まずは信用しようということで、話がまとまった。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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