表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
5:訪問者、いろいろ
144/186

XX. 子供の意思と、必要なこと

 ラディが二階の自室へ引っ込むのを見送ってから、十数分後。

 階段の方から物音がするなとブレイズがそちらを見ると、木箱を抱えたウィットがそろそろと下りてくるところだった。


「ウィット、お前まだ寝てなかったのか」

「あ、ブレイズ。ちょっと場所と明かり借りていい?」

「……? まあ俺から見えるとこにいるなら構わねえけど」


 訝しく思いつつも頷いてやる。

 するとウィットは、ロビーの応接スペースからテーブルと椅子を一つずつ、ブレイズの近くまで引っ張ってきた。

 受付カウンターに置きっぱなしだったランプをそちらへ移し、テーブルの上に木箱を置いて、蓋を開ける。


 木箱の中にあったのは、昼間も目にした鋼の蜘蛛だ。

 デズモンドが宿に持ち帰ったはずだったが……。


「借りてきたのか?」

「うん。もうちょっと調べてみたいって言ったら、箱ごと貸してくれた。自分はマークのついてるお腹の部品(パーツ)だけあればいいからって」


 ウィットは箱から蜘蛛を取り出しながら言う。

 ちらりと横目で見れば、その蜘蛛には確かに腹の甲殻がなく、中身が――ブレイズには『内臓』としか表現できないものが丸見えだった。

 うわ、と思ったが、声には出さない。……顔にはちょっと出たかもしれない。


「ってことで、しばらく明かり借りるね。自分の部屋でやるの、ランプの油がもったいないから」

「……あんま遅くまではやらせねえからな」

「はーい」


 ウィットはどこからか工具を取り出して、蜘蛛の『内臓』を一つ一つ取り外し始めた。

 取り外したものをひっくり返したり、ランプに近づけたりして、何かを検分するように目を(すが)めている。

 何をしているのか分からなかったが、聞いても理解できる気がしなかったので、ブレイズはそちらを見るのをやめた。一応は警備中だ。あまりウィットばかりに注意を向けてもいられない。


 かち、ぱち。

 小さく弾けるような音が、がらんとしたロビーに落ちる。


 しばらくそれを聞いていて、そうだ、とブレイズは思い出した。

 東方大陸に行くかどうかの件、ウィットの意思も確認しておくべきだろう。


「ウィット」

「んー?」

「昼間のバッセルさんの話、お前はどう思う。……その『蜘蛛』が見つかった場所に行ってみるか、ってやつ」

「あー、あれね」

「……行きたいか?」


 ……本当は。

 本当は、行く必要なんかないだろう、と言いたかった。

 ずっとここにいればいい。このギルドの、ファーネ支部の一員として、一緒に暮らしていけばいい。そう言ってしまいたかった。

 けれど、「それを決めるのはウィット自身だ」とラディに釘を刺されたばかりだ。だから、そんなことは言えない。


 そんなブレイズの内心を知らないだろうウィットは、「行くよ」とはっきり頷いた。


「僕には、やるべきことがある。そのためには、行かなきゃいけない」

「やるべきこと?」

「……この前、『白の小屋』に連れてってもらった時にさ。中に、『穴』が残ってるって言ったでしょ」

「ああ」


 破られた『開かずの扉』の先の部屋で、ウィットに聞かされたことだ。

 言われるまま木の枝をその『穴』に突っ込んで、跡形もなく消えてしまった衝撃は、まだ記憶に新しい。


「あの『穴』の先に用があるんだ」


 蜘蛛をいじくっていた手を止めて。

 それまでより少し低い声で、ウィットは言った。


「その用事を済ますために、解決しなきゃならない問題があるんだけど……僕にはちょっと、手が出せない部分なんだ。でも、僕以外に、あの建物の――『白の小屋』の大元になった建物の関係者がいれば、ひょっとしたら、なんとかなるかもしれない。いなくても、解決のための手がかりがあるかもしれない」


 そこまで一気に言って、ふ、と息をつく気配。


「だから、僕は行かなきゃいけない。行って、確かめないと」


 ブレイズはそれを、黙ったまま聞いていた。

 ウィットが言い終えた後、少し間を置いて。


「それは……お前にとって、必要なことなのか?」

「うん」

「そうか」


 ためらう様子もなく即答したウィットに、ブレイズはひっそりとため息をついた。


「それなら……連れて行って、やらないとな」


 個人的には気が進まないが、それでも。

 口の中が苦い気がしたが、その言葉ごと呑み込んでしまう。


 ――それでも、『これ』は俺がやるべきことなのだ、と。

 その考えが、胸にすとんと落ちてしまったのだ。



 ◇



 明朝。

 警備の交代に来たラディに、ブレイズは「行くことにした」と告げた。


「ウィットが行かなきゃならねえんだと。……だったら、連れてってやらねえとな」

「気が進まなくても?」

「ああ」


 念押しのようなラディの問いに、はっきりと頷いてみせる。


「それが、ウィットを拾った俺の責任だ。俺が、やるべきことだ」

「……そうか」


 ラディは、どこか眩しそうな顔でブレイズを見上げてきた。

 その表情に少し距離を感じて、それが気に食わなくて、彼女の手を捕まえる。


「お前もだ。一緒に行くぞ」

「え?」


 ラディがきょとんと目を丸くした。

 そんなに驚くようなことを言っただろうか。彼女を置いていくものだと思われていたなら、ちょっと腹が立つ。

 握った手に少し力を込めつつ、ブレイズは続けた。


「警備を本部の連中に丸投げすることになるから、ちょっと悩んだけどな。まあ支部長がいれば、そう悪いようにはならねえだろ。……だから、お前も一緒だ」


 ――警備が心配なら、私を置いていけばいい。

 ラディにそう提案された時、ブレイズの中に生まれたのは、形容しがたい拒否感だった。

 その考えにも一理あると、頭では理解できる。筋も通っている。彼女の力量にも、不安はない。

 それなのに、どうにも引っかかるものがあった。


 拒否感のような、嫌悪感のような、焦燥感のような。

 その感覚は、『白の小屋』で棺を前にした時に覚えたものとよく似ていて。

 本当にそれでいいのかと、こちらを責めるような声が、自分の内側から聞こえてくるような。


 この感覚の正体を、ブレイズはまだ、正確に見抜けてはいない。

 だけど、『そう(・・)してはならない』と自分の中の何かが警告を発していることだけは、間違いないことだった。


 ブレイズは、直感というものを信じるほうである。

 だから、まだよく分からないけれど、それに従うことにした。


「……ラディ?」


 言うだけ言った後。

 黙ったままの相棒に、ブレイズはにわかに不安になった。


 思えば、昨夜ちょっと相談してから、ブレイズ一人であれこれ決めてしまった。

 勝手が過ぎたか、と気まずくなってくる。


「あー、でも、その……お前が嫌なら、無理には――」

「ううん」


 取り繕うように言いかけた言葉を、ラディの小さい声が遮った。

 捕まえていた手を、きゅっと握り返される。


「行くよ。……一緒に」


 ブレイズがラディの顔を見ると、彼女はどこか嬉しそうに、はにかむように微笑んでいた。

 その表情が妙にあどけなく見えて、心臓がわずかに強く脈を打った。

ぐだぐだ悩むターンはここで終わりで、あとは雪解けまで旅立ちに向けてわーわーやってる章となります。

章としてのまとまりに欠けますが、一章まるまる引っ張るほどの悩みでもないのでこんな形に。


旧ツイッターのほうでもご挨拶しましたが、あけましておめでとうございます。

本年も改稿作業と並行のため、またリアル仕事に振り回されているため、もうしばらく隔週更新が続きます。

のんびりお付き合い頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他作品もよろしくお願いいたします!

【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ