130. 番外編:王都の酒場にて(後)
ちょっとみじかめ
ロアが頼んだザライ鳥は、ローレ湖周辺に棲む鴨の一種だ。
いまの時期は冬に備えて脂がのっていて、あちこちの店で料理が提供されている。
つまり、別のこの店でしか食べられないわけではない、珍しくもない料理だ。
そんな料理をロアが頼んだのは、単なる食の好みである。
南方民族は、部族によって好んで食べるものがはっきりと分かれていた。
火族はしっかりと火を通したもの。特に、直火で炙ったものが好まれる。
水族は魚や水鳥、海藻など、水中や水の近くに生きるもの。
風族は空をかける鳥や、速く駆ける獣。
地族は野菜やきのこなど、地に根を張り実るもの。
もちろん他のものを受け付けないわけではないので、なければ普通にあるものを食べる。
しかし、選べるなら好きなものを選ぶのは当然だ。
なので、風に寄った火族のロアが焼いた鳥を選ぶのも、純粋な地族のリカルドが野菜たっぷりのシチューを選ぶのも、南方民族の彼らからすれば、意外でもなんでもないことだった。
「そういえば、きみはこの先どうするんだい?」
出てきた料理を半分ほど平らげたところで、リカルドが聞いてきた。
「王都に根を下ろすつもり……ああ、すまない」
「んぐ」
ロアはちょうど肉を口に入れたところだった。
話しかけるタイミングを間違えてしまったと、リカルドが謝ってくる。
首を左右に振って否定しながら、急いで咀嚼してエールで流し込んだ。
「……このまま手がかりがないようなら、東に行ってみようかと。シルビオさんの伝手に話を聞いて回った限り、大街道沿いに進んでったみたいなので」
「東部か……私はあまり行ったことはないんだけれど、東に行けば行くほど寒いと聞くね。火族って寒さには強いのかい?」
「そこは人によりますけど……極端に冷えるのも火の精霊の力ですし、寒い土地は火精信仰が強いので」
「ああ、そう考えると王都より火の精霊の力が強くて、むしろ住みやすい可能性があるのか」
納得したように言って、リカルドはグラスを傾ける。
「まあ、行くにしても少し待ったほうがいいね。これから冬だ。余所者が歓迎される時期じゃない」
「そうなんですか?」
「土地によっては雪で身動きが取れなくなるし、そうでなくても食料が乏しくなるからね。……外から来た人間に、食べ物を売る余裕がある所は少ないと思うよ」
「……ありがとうございます。痛い目を見るところでした」
雪はともかく、食料については考えもしていなかった。
冬の間に王都を発つつもりでいたが、認識が甘かったらしい。
「まあ、大街道沿いならある程度は大丈夫だろうけどね。雪も少ないし、西から食料の流通もあるから」
フォローするように付け足されたが、その『ある程度』の加減が分からないのだ。
リカルドの言う通り、冬の間は王都周辺で大人しくしていたほうが無難だろう。
ちょっと痛い目を見るだけで済めばいいが、場合によっては命取りになりかねない。王国の冬がどのくらい寒いのかも分からないし。
……ふと、妹は大丈夫なのかと思った。
生きているなら十四になるはずだ。
肌の色が異なるせいで、王国での南方民族は目立つ。閉鎖的な土地で、苦労してはいないだろうか。
本来なら、しなくてもいい苦労だ。
暖かい南方の故郷で、両親と幸せに暮らしていたはずの妹。
そう考えると、伯父夫婦への暗い感情で胸のあたりが重くなる。
――ふ、と息を吐いて、小さく頭を振った。
いまはリカルドと話している最中だ。こんな時に考えることではない。
そんなロアの様子に気づかないはずはなかっただろうが、リカルドは特に言及しなかった。
パンをちぎってシチューに浸しながら、再び口を開く。
「東方大陸にも行くつもりかい?」
「王国で見つからなければ、そうなりますね」
「あちらは王国とは段違いに雪が深いそうだ。春が来ても、暖かくなるまでは海を越えないほうがいいね」
そう言った後、リカルドがふいに手を挙げた。
寄ってきたウエイトレスに、先程とはまた違う酒の水割りを追加で注文する。
見れば、いつの間にか彼のグラスは空になっていた。早すぎないか?
「きみはどうする? またエールにするかい?」
「え」
「この店はワインも置いてるよ、一種類だけど。ザライ鳥なら赤かな?」
「いや、まだ二杯目が残ってるので大丈夫です」
そうか、と引き下がったリカルドはちょっと残念そうだった。
「……なんで残念そうなんですか」
「若い子にはいっぱい飲み食いしてほしいんだよ。……ルシアンは胃腸が弱くて無理させられなかったから」
「俺にも無理させないでください」
「きみは別に少食ってわけじゃないだろう?」
「人並みには食べますけども。……とりあえず、酒はもういいです。あまり強くないので」
エールごときで潰れるほど弱いつもりはないが、それでも飲みすぎれば明日に響く。
というかこの人、さっきから水割りかぱかぱ空けてるけど顔色がまったく変わらない。言動にも酔いは見られない。
相当に酒が強いのだろう。……これに合わせていたら酔い潰されてしまう。
ウェイトレスには水を頼んで下がってもらい、ぬるくなったエールを一口。
「さて。きみの話も聞かせてもらったし、次は私から話そうか。ブレイズたちが大怪我した時の話でいいかい?」
そう言ったリカルドに頷いて、皿に残る肉を口に運んだ。
いつもお付き合い頂きありがとうございます。
リアル多忙のため、次回更新日はまた間をあけまして6/10~11目安とさせてください。




