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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
1:王都の訳アリ三人組
13/185

13. 異能

前話、ちょっと分かりにくいなと思ったのでこっそり加筆修正してます。

 とすっ、と。

 少し声を出すだけで、たやすくかき消えてしまいそうなくらいの、小さな音がした。


「……は、?」


 ナイフを振り下ろしかけていた、禿頭の男が、呆けたような声を出す。

 男の視線をたどってみれば、その手に握っていたナイフの刀身が、根本から跡形もなく消えていた。


「……なっ」

「っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛?!」


 ブレイズが声を上げかけた直後、男の絶叫が周辺に響き渡った。

 ラディが作り出した炎の壁に半身を焼かれているのに、ようやく気づいたようだ。

 柄だけになったナイフが、男の手からこぼれ落ちる。


「ウィット、下がれ! 早く!!」

「へ? あ、うん……」


 ラディの声に、ウィットがこちらを見た。

 先ほどの一瞬、緑に見えたと思った瞳は、元の青色で困惑に揺れている。

 曖昧に頷くと、リオンを助け起こして炎から遠ざかった。


 二人がブレイズの後ろまで下がったところで、男の頭上から水が落ちてくる。

 男を焼く炎が完全に消えたところで、無精髭の男が蹲る仲間に駆け寄っていった。


「おい、生きてるか?」

「うぅ、う……」


 苦悶の声が返ってきて、無精髭が険しい顔になる。

 男たちから視線を外せないので振り返れないが、後方のウィットとリオンには、ラディがついているようだ。


「リオン、これを頬に。ウィットは怪我してないか?」

「っ、すみま、せん」

「僕は大丈夫……だと、思う」


 ウィットの声に張りがない。先ほどのあれ(・・)からずっと、ぼうっとしているように感じた。


(そういや、あのナイフは……)


 男たちの周辺に視線を走らせる。

 ナイフの柄は、彼らの足元にあった。そこから少し離れたあたりで、キラリと何かが白く光る。


 何だ、と思って目を凝らすと、それは消えたと思っていたナイフの刀身だった。

 刃先が木の床に刺さっている。


 折れた、というのは都合が良すぎだ。

 折った、と考えるのが正しいのだろうが……ウィットが、素手で?


(信じられねえな)


 何度か触る機会があったが、ウィットの手はぷくぷくとしていて柔い。せいぜい、指先に胼胝(たこ)のようなものがある程度だ。刃物をへし折れるとは思えない。

 それに、柄にくっついていたはずの根本側を見ると、折れたにしては断面が妙にでこぼこしている。鉄だろうと銅だろうと、あんな折れ方をするだろうか?


「――っと、動くな!」


 じり、と空気が動いたのを感じ取って、ブレイズは男たちを怒鳴りつける。

 無精髭の男だろう、小さく舌打ちが聞こえた。ナイフに気を取られていると見て、仲間と共に逃げようとしたか。

 捕縛してしまえばそれで済むのだが、あいにく縄も、代わりに使えそうなものも持っていない。だからといって無抵抗の相手を斬り捨てるのは気が進まないし、後でこちらが罪に問われる恐れもあった。


「ラディ、火球を……」

リアム(・・・)!!」


 撃ち上げて領兵たちに知らせろ、と言おうとしたところで、後ろからでかい声がした。

 次いで、鞘から剣を引き抜く音。一瞬そちらに目をやれば、目に眩しい深緋色の髪をした男が、剣を構えながらブレイズの横に並ぶところだった。


「あんただけか?」

「きみのところのルシアンも一緒だ。マーカスは先に探しに行かせたんだが……見ていないか」

「見てねえな」


 男たちを見張る目が増えたので、首を巡らせてラディたちのほうを見る。

 まず目に入ったのはルシアンだった。警備兵を示す腕章が腕にない。リカルドと代わってもらったのだろう。

 右の頬にハンカチを当てているリオンが、彼に何事か訴えているようだ。

 そこから少し離れたところで、ウィットがぼうっと自分の手を見ていた。

 ラディと目が合い、彼女がちらりとウィットを視線で示したので、小さく頷いて視線を前に戻す。こちらに加わるよりも、ウィットを見ていてくれたほうがいい。


「『リアム』……?」


 戻した視線の先で、無精髭の男が訝しげに呟いた。

 先ほどケヴィンが叫んだ名だ、と思い出したのと同時、すぐ横から「あ」と小さく声が上がった。


(……ああ、なるほど)


 それがリオンの本名か。慌てるあまり、うっかり呼んでしまったのだろう。

 しかし、それだけ聞いてもぴんとこない。そもそもファーネにいると街の外の情報などほぼ入ってこないので、貴族の名前など聞かされても、どこの誰だかなんてさっぱり分からないのだが。


「リアム……あの年頃でリアムというと……」


 男はぶつぶつと独り言を呟いていたかと思うと、さぁっと顔を青ざめさせた。


「リアム・レ・ナイトレイ(・・・・・)……?! ……くそったれ!!」

「あっ、待て!」


 それまでの慎重さはどこへやったのか。

 男は、生きているだけで精一杯の仲間を担ぎ上げると、脱兎のごとく裏口へ走りだした。


「逃がすか……!」


 後を追おうとしたところで、後ろから肩を抑えられる。

 何だ、と振り向くと、ルシアンがにこにこと笑顔で立っていた。


「僕が行きます」

「えっ」

「ブレイズは彼らを連れてギルドへ戻っててください」


 一方的にそう言うと、ルシアンはブレイズを追い越して、男の消えた裏口へ駆けていく。

 建物を出る直前、こちらを振り返ってウインクをひとつ。


「ご安心を。身ぐるみ燃やしてすっぽんぽんにしてやります」



 ◇



 ルシアンが走り去った後。

 とにかくリオン――本名はリアムだったか――が顔に負った火傷を急いで治療するべきだろう、ということで、ギルドに戻ることになった。

 ブレイズとしても、ウィットの様子が気にかかるので、戻ることに反対する気はない。


リオン(・・・)、戻る前にもう一度ハンカチを冷やしておこう」

「あ、あり、がと、ございま……っ」

「無理に話さなくていい。痛むだろう」


 ラディの言葉に頷いて、リアムが頬に当てていたハンカチを差し出す。あらわになった右頬は赤く、ところどころ水ぶくれができていた。

 ラディは受け取ったハンカチを水の魔術で濡らしてから、軽く凍らせてリアムに返す。


「細かい制御が上手いんだな」

「やらねえぞ、俺の相棒だ」


 ケヴィンの呟きに短く返して、ブレイズは焼け焦げた床のほうへ歩いていった。

 落ちていたナイフの柄を拾い上げ、刺さっていた刀身を引き抜いて、つながっていただろう部分を観察する。


 遠目で、妙にでこぼこしているように見えた断面は、近くで見ると、ぐにゃぐにゃと波打ったような形をしていた。

 柄と刀身で、凹凸がきれいに一致している。試しにくっつけてみると、断面がおおむね一致した。


(だが、この断面は、まるで……)


 無意識に、ブレイズは眉根にしわを寄せる。

 もし、そう(・・)だとしたら――なんて、馬鹿げた想像だとわかっているのに、それが頭から離れない。


「ブレイズ?」


 ラディに呼ばれて振り返ると、ブレイズ以外の四人が揃ってこちらを見ていた。

 ウィットもラディの隣に立っており、不思議そうな顔をしている。

 ……どうやら、待たせていたようだ。


「……なんでもない。用意できたなら戻るか」


 ここであれこれ考えてたって、埒が明かない。

 折れたナイフを腰のポーチに突っ込んで、ブレイズは彼らのほうへ歩いていった。




 ――まるで、親指以外の四本の指で、砂か粘土を掻き取った跡のような。

 そんな形をしていると、思ったのだ。

【私だけが楽しい世界設定メモ】

・「レ」は前置詞です。主に貴族の家名の前につきます

・現実でいうところの「フォン」とか「ヴァン」とか「オブ」みたいなやつです

・フランス語の定冠詞(les)とは関係ないので、単数だろうが複数だろうが男だろうが女だろうが前置詞は「レ」です。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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