127. 番外編:収穫祭の裏側で(中2)
ギルドのロビーは、ウィット側とダン側で二つに分かれていた。
ウィット側にはブレイズたち商業ギルドの人間が、ダン側には押しかけてきた徒弟たちと、彼らを見張るギルドの警備員が立っている。
リアムたちは、テーブルから動かずに成り行きを見守っているようだった。どうやら、結果まで見届けるつもりらしい。
収穫祭の視察はいいのだろうかと思ったが、リアムが心配そうな顔でウィットを見ているので、気がかりをなくしてから、ということなのかもしれない。
事の発端となったメグはといえば、リアムたちから少し離れたところで、おろおろと二つの陣営を交互に見ていた。
――そんな状態のロビーの、ウィット側にて。
「このアホ」
「いでっ」
勝手に決闘を受けてしまったウィットの頭に、ブレイズは拳骨をひとつ落とした。
それなりに手加減はしたつもりだが、ごつん、となかなかいい音がした。
「話をややこしくしやがって」
「ごめんねー」
頭をさすりつつ、ウィットは先ほどと同じ謝罪を口にする。
その様子を見る限り、彼女も話は見えているのだろう。
ダンたちが気に食わないのはウィットの出自ではなく、性別だ。まあ誤解だが。
自分たちの『将来のお嫁さん』であるメグが、自分たち以外の男と仲良くしているのが許せないだけなのだ。
……メグの将来が、本当にダンたちの言う通りなのかも分からないが。
ブレイズの知る限り――というか、医者として話すことの多いセーヴァから聞く限り、あの木工屋の親方も隠居の爺さんも、娘にそういうことを強いるタイプだとは思えない。
彼らの思い込みじゃないかとブレイズは思っているが、まあ、指摘してやる義理もないだろう。耳を貸すとも思えないし。
とにかく、こんな決闘などしなくても、ウィットの性別を明かしてしまえば終わる話だったのだ。
だが、ウィットは相手の話に乗ってしまった。……いや、あえて乗ったと見るべきか。
「ま、気持ちは分からんでもないけどな」
先ほど拳骨を落とした頭をぽんぽんと撫でてやりながら、ブレイズは言った。
「顔も知らねえやつにあそこまで好き勝手言われたら、腹も立つだろ」
「まあ、それもあるけどね」
大人しく撫でられながら、ウィットは横目でダンたちをちらりと見る。
「とことん恥かいてもらったほうがいいと思って」
「……?」
どういうことだと思ったが、詳しく話を聞いている時間はなさそうだ。
ダンを縛っていた縄が、警備員によって解かれ始めている。
「まあとにかく、受けちまったもんはしょうがねえ。注意事項な」
改めて、ブレイズはウィットを見下ろした。
「例の異能は使用禁止。目潰しもダメだ」
「金的は?」
「やめてやれ」
本来、決闘というものは真剣での立ち合いを指すのだが、ダンたちはそれを知らなかった。
単純に、一対一でやる喧嘩としか思っていなかったらしい。
当然、木工職人の見習いでしかない彼らが真剣など持っているはずもなく、ギルドにある木剣を使った勝負に落ち着いた。
もうこの時点でブレイズたちから見れば茶番でしかないのだが、ダンたちはいまだ『決闘』だと気炎を上げている。
……彼らくらいの年の頃、自分もあそこまでアホだったんだろうか? ラディに聞いたら分かるかもしれないが、あいにく彼女は再び見回りに出てしまって不在だった。
まあ、それは置いておくとして。
「いいか、とにかく殺すな。あと後に残るような怪我もさせんな」
ぶっちゃけ、ウィットが負ける心配はしていない。
男女の差があるとはいえ、日頃からそれなりに剣での戦闘訓練をしているウィットのほうが勝つだろう。
ダンも職人見習いとして腕力と体力に自信があるのだろうが、それだけで勝てるなら、武器も武術もここまで発展していない。
ブレイズが心配しているのは、やりすぎてウィットと街の住民との間に禍根が残ることのほうだ。
客観的に見てこちらに正当性があろうが、当事者やその周囲が逆恨みしてくることがないわけではない。
ふと視線を感じてそちらを見ると、ダンたちが腹立たしげにこちらを睨んでいた。
あからさまに「手加減してやれ」とウィットに言い聞かせているのが聞こえていたらしい。
(こっちの気も知らねえで……)
とはいえ、いまの彼らに言っても聞かないだろう。
それに――どうせ、すぐに思い知る。
◇
「はいじゃーそれぞれ木剣選んでー、選んだらそっちとこっちに立ってー」
ギルド裏の鍛錬場に、気の抜けた声が響く。
審判を任された、リアムの護衛の一人だ。
「本当の決闘って相手が降参するか死ぬまで終わらないんだけど、今回は決闘ごっこだからそこまでやらないよ。降参するか、戦闘続行不可能と審判が判断したら負けね。具体的には気絶したとか、動けないとか、木剣を急所に向けられて、真剣だったら死んだなって状態にされるとか。それ以外は止めないからね。いい?」
念を押すように審判がウィットとダンを見ると、それぞれ頷いて承諾の意を返す。
どちらも引く様子はない。審判はやれやれとため息をついて、二人の間に立った。
「準備ができたら構えて。――始め!」
「うおおおぉおおお!!」
ダンが木剣を振りかぶり、ウィットに向かって走っていく。
勢いよく振り下ろされる木剣を避けることもせず、ウィットはダンの木剣を右へ払った。
「へっ?」
……剣はきちんと握らないと、横方向の力に弱い。
振り下ろし――上から下へ力をかけることしか頭になかったダンの手から、木剣がぽろりと落ちた。
一瞬の後、からぁん、と乾いた音を立てて地面に転がる。
あとは、ウィットがダンの喉にでも剣先を向ければそれで終わり、なのだが。
「……で?」
呆然とするダンを冷ややかに見ながら、ウィットは低い声で言った。
「まだやる気あんなら拾いなよ。ないならさっさと降参しな」
「なっ……!」
顔を真っ赤にしたダンが、怒りの形相を浮かべながら木剣を拾い上げる。
彼は再びウィットに斬りかかるが、今度は手をしたたかに打ち据えられた。
木剣が再び地面に転がる。
「いっつぅ……」
「……で?」
手の甲をさするダンに、ウィットは淡々と同じ対応をする。
やる気があるならさっさと剣を拾え、と。
「うわエグ……」
リアムと一緒に観戦していたジーンが、ブレイズの横で小さく呟いた。
「心折れるまでやる気じゃん、あれ。お前らウィットに何教えてんだよ」
「いや、あんな性格悪いやり方は教えてねえよ……」
というか、こうして見るまで思いつきもしなかった。
ラディの性格にも合わないし、本当に誰から教わったのか分からない。
ひょっとしたら、ブレイズに拾われる前の記憶を思い出したのかもしれなかった。
最近の言動を見ていると、色々と思い出している感じがするし。
こうして話している間も、ウィットはダンの木剣を叩き落とし続けている。
最初は威勢よくダンに声援を送っていた他の徒弟たちだったが、五回を越えたあたりから口をつぐんでしまった。
静まり返った鍛錬場に、木剣の転がる音だけが何度も響く。
そろそろ二十回に届こうかという頃になって、ダンは木剣を拾うのをやめた。
「こんのっ……!」
「あっ」
剣では勝てないと考えたのか、ダンが素手でウィットに殴りかかっていく。
ジーンの横で観戦しているリアムが小さく声を上げたが、審判の領兵が止める素振りはない。
さてウィットはどうするかとブレイズが見ていると、彼女は拳を避けながら手にしていた木剣をその場に落とし、横からダンの手首を掴んだ。
もう片方の手をダンの二の腕に添えながら、彼の懐に入り込んで背中を丸める。
「よっ……と」
「ぐえっ」
軽い掛け声と共に、ダンの体がウィットの上で一回転した。
背中から地面に落とされて、ダンの喉から蛙が潰れたような声が出る。
相手の勢いを利用した投げ技だ。
ジーンが再び聞いてくる。
「体術まで仕込んだのか?」
「いや知らねえ……ひょっとしてセーヴァか?」
あの兄貴分なら、体術には多少の心得がある。あっちは主に関節技だが。
さっきの心を折るやり方も、彼の性格ならやりそうだ。
受け身を取りそこね、げほげほと咳き込むダンを見下ろして。
ウィットは再び、短く問うた。
「……で?」
改稿中の生存報告を兼ねた番外編ですが、今回の投稿で10万字を越えました!!!!バカ!!!!
1章はともかく2章(旧1.5章)の整合性確認がまだできてないのと、今年の上半期はめちゃくちゃ忙しいので、9月くらいまでは粘らせてください…。
それ以上かかるようなら、番外編のネタも切れつつあるので2部を始めることも検討します…たぶん整合性は取れるので…。




