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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3.5
118/186

118. 番外編:雨の中の採取依頼(5)

これでおしまい。半端になってしまったのでちょっとみじかめです

 ブレイズたちがファーネ支部に戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 昼食がまだなので、そろそろ何か腹に入れておきたいところだ。

 一応持っていった行動食は、最後に出くわした諸々のせいで手つかずのままだった。


「へー、生き物ならなんでも魔物化するんだね」


 彼らを出迎えたウィットは、森であった話を聞いて、そんな感想を口にした。


「ひょっとして、動物だけじゃなくて植物も魔物化するの?」

「するよ。あまり見ないけど」


 ブレイズが濡れた髪をタオルで拭く隣。

 魔術で乾かした雨除けの外套(マント)を畳みながら、ラディが答える。


「前に私たちが見つけてきたリド・タチスが、ウィットの知ってる『タケ』よりずっと大きかったのも、おそらく魔物化してたんだろう。……ひょっとしたら、それで種の効果も強くなってたのかもしれないな」

「へー」


 奥の棚から布袋を引っ張り出しながら、ウィットは曖昧に相槌(あいづち)を打った。

 ブレイズたちが松脂を持ってくるのに使った麻袋は泥で汚れているので、きれいな袋に詰め替えて納品するようだ。ケヴィンたちに持たせる分らしき、小さな袋も用意されている。


「ラディ、ウィットが知りたいのはたぶんそっちじゃないわ」


 席を外していたカチェルが戻ってきて、やや呆れた顔で口を挟んだ。

 手に持ったトレイには、湯気を立てたカップが四つ。雨で体が冷えただろうと、温かい茶を淹れてくれたらしい。


 カウンター内で雨具の片付けをしているブレイズとラディ、応接スペースで一息ついているケヴィンとマーカスにそれぞれ茶を出してから、彼女は言った。


「ウィット、植物も魔物化してたら食べられないわよ」

「そうなの? 野菜は肉みたいにすぐ腐るわけじゃないよね?」

「芋とか人参とか、ほっとくと芽が出るでしょう。完全に死んでるわけじゃないのよ」

「あ、なるほど」


 途端に口数の多くなった子供を、今度はラディが呆れた目で見た。

 相棒の抱いた感想はなんとなく分かる。こいつは食い意地が張りすぎじゃないだろうか。


「そうなんだよなあ」


 応接スペースから聞こえた声に、ブレイズはそちらを見た。

 外套を外したケヴィンとマーカスが、カチェルの出した茶を飲んで一息ついている。


「魔境の森の植物が安心して食べられるなら、ファーネの食料事情も少しはマシになるだろうに」

「一応、蜂蜜は大丈夫らしいっすけどねえ」

「魔物化した蜂を相手にしなきゃならんだろう。孤立した時の食料として当てにするにはちょっとな……」


 ぼやくように言って、ケヴィンは陶器のカップから茶を一口。

 毒見とかそのへん大丈夫なのかとブレイズは思ったが、護衛(マーカス)が何も言わないのなら問題ないのだろう。


「食料ねえ」


 小さな袋に松脂の欠片をいくつか詰めて、ウィットがカウンターを出る。

 ケヴィンたちのテーブルにそれを置くと、独り言のような口調で言った。


「そういえば僕の住んでたところだと、カタツムリを食べる地域もあったなあ」

「は?」


 すぐそばで「ひっ」と悲鳴を呑み込んだような声がした。

 見れば、ラディが顔を青くしている。


 受付に戻ったカチェルも、その奥で聞き役に徹していた支部長も、やや顔色が悪い。

 たぶん、自分も似たような顔をしているのだろう。


 食べる?

 アレを?


 ケヴィンも言葉を失っている。

 いつも飄々(ひょうひょう)とした調子を崩さないマーカスですら、さすがに顔を引きつらせていた。


「……ごめんウィットちゃん。なんか聞き間違ったみたい」

「カタツムリって食べられるんだよ」

「聞き間違いじゃなかったかあ……」


 額に手をやって、マーカスが天を仰ぐ。

 聞き間違いであった欲しかった、と言わんばかりだ。気持ちは分かる。


「……美味いのか?」


 恐る恐るといった様子で、ケヴィンが質問した。興味が他の感情を上回ったらしい。


「単体じゃ特に味はしないかなあ。バター焼きにしたり、香草(ハーブ)やニンニクで香り付けした油で煮たりして食べるの。珍味というか、お酒のおつまみに近い感じ」

「………………そうか」


 絞り出すように返事をして、ケヴィンは黙りこくってしまった。

 目が泳いでいるのは、いまの返答で察してしまったからだろう。


 こいつは、アレを、食ったことが、ある。


 微妙な空気に気づいていない様子で、ウィットはカウンターの中に戻りながら続けた。


「あ、でも野生のは寄生虫がいるし、何食べたのか分かんないからダメなんだって。食べるのは、ちゃんと餌も管理して養殖したやつじゃないと」

「養殖ということは……つまり飼うのか、大量のアレを……」

「う……」


 ケヴィンの一言で想像してしまったのか、ラディが口元を手で抑える。

 涙を浮かべでいた目の端から、ぽろりと水滴が転がり落ちて――。


 ブレイズが見たのは、そこまでだった。


「……っ!」


 顔を伏せ、逃げるようにして、相棒はギルドの奥へ走り去ってしまう。

 どうやら限界がきたらしい。


 ブレイズは深く深くため息をついて、ウィットの頭に手刀(チョップ)を落とした。


「いだっ」

「泣かすな」

「いやまさか泣くとは……」


 頭をさすりながら、ウィットは言い訳のように言う。


「単に、きみたちの見たでっかいカタツムリなら、食べる身も多そうだなって思っただけなんだよ。まあ、そもそも魔物化してるんじゃ養殖しても食べられないんだろうけど」

「魔物化してなかったら食う気あったのかよ……」

「貝みたいなもんだよ? というか、カタツムリって陸に棲む巻き貝の一種だし」

「お前それ絶対ラディの前で言うなよ」


 ただでさえ食の細い女なのだ、食べられるものが減ってはかなわない。

 ウィットに念を押しながら、ブレイズはどうやって相棒を昼食に連れ出すかと頭を悩ませていた。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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