111. 番外編:医者の不養生(前)
遅くなりました。体調崩す話を書いてたら体調崩してぶっ倒れてました。
カチェルが休みをとった翌日、セーヴァが風邪をひいた。
いつもなら一番に台所へ顔を出すはずの彼がなかなか現れず、部屋まで様子を見に行ったところ、途中の廊下で崩れ落ちていた。
一瞬でっかいゴミかと思ったのは内緒である。
ついてきてくれたラディに支部長を呼んできてもらうよう頼んで、カチェルはセーヴァの傍らにしゃがみ込んだ。
「また無理して仕事したんでしょ」
額に手を当てて熱を測る。自分の体温と比べるまでもなく、じっとりとした熱が伝わってきた。
「昨日寝たのはいつ?」
「さあ……?」
「まさか徹夜したんじゃないでしょうね」
「覚えてない……」
「あなたねえ」
ぼんやりした口調だ。一応意識はあるようだけれど、ほとんど頭が回っていない。
小さくため息をついたところで、支部長がやってきた。
「セーヴァはどんな様子だい?」
「風邪っぽいですね」
「疲れが出たのかな。とりあえず部屋に運ぶよ」
「……いや」
億劫そうに顔を上げて、セーヴァが口を挟んできた。
どうやら会話が聞こえていたらしい。
「医務、室に……。あっちなら、薬が」
「はいはい」
支部長が頷いて、セーヴァを肩に担ぎ上げる。
だらんとした腕を背中にぶら下げて、支部長はカチェルを振り返った。
「カチェル、ブレイズとラディは医務室出入り禁止。警備に穴は開けられないからね、うつるとまずい」
「はい。看病はウィットに手伝ってもらいますね」
「きみたちも気をつけるんだよ」
そう言ってセーヴァを運んでいく支部長を見送って、カチェルは台所へ戻ってきた。
流しでウィットが食器を洗っている。
テーブルでは、警備をラディと交代したブレイズがパンにかじりついたところだった。
「おかえりカチェル。セーヴァ倒れてたって?」
「たぶん風邪ね。ブレイズ、あなたとラディは医務室出禁だそうよ。移るとまずいからって、支部長命令」
「ん、分かった。ラディにも言っとく」
パンを飲み込んで答えるブレイズを横目に、カチェルはスープを温め直しにかかる。
セーヴァは食欲がなさそうだったけれど、朝の起き抜けで空腹なのは間違いないのだから、何か腹に入れたほうがいい。
具が食べられなくても、スープだけでも口にできれば水分は取れるだろうし。
「ウィット。悪いんだけど、洗い物終わったら朝市に買い出し行ってもらえる?」
「はーい。何買ってくればいい?」
「山羊のミルクが売ってるはずだから、中瓶でひとつ買ってきて。お昼はミルクスープにするわ」
温まったスープをよそっていると、朝食を食べ終わったブレイズが食器を流しに持ってきた。
「ウィット、荷物持ちについてってやろうか? ミルクの中瓶ってそこそこ重てえぞ」
「いいの? 疲れてない?」
「寝る前の腹ごなしにはちょうどいい」
「じゃあ一緒に行こっか」
ブレイズの使った食器を手早く洗ったウィットが、「財布取ってくる」と台所を出ていく。
それを見送って、ブレイズの顔が今度はこちらへ向いた。
「……ついでに、何か果物でも買ってくるか?」
水分多いのなら病人でも食えるだろ、と。
どこか素っ気ない口調で言うブレイズに、あらあらと微笑ましい気持ちでカチェルは頷いた。
「そうね、甘そうなのがあったら買ってくるといいわ」
◇
スープを届けに行った医務室では、セーヴァが汗をかいた服を着替えている最中だった。
着替えを手伝っていた支部長にスープを預けて、カチェルは一足先にギルドを開けに行くことにする。
扉の鍵を開けて、看板は背の高いラディにかけてもらった。
「今日も警備よろしくね、ラディ」
「うん……」
曖昧に返事をして、ラディはちらちらと医務室に続く扉を見ている。
そわそわと落ち着かない、その表情には見覚えがあった。
いまから十年近く前。カチェルがファーネ支部で世話になり始めた頃に、よく目にした顔だ。
「何年たっても、セーヴァはあなたとブレイズに心配されてばかりね」
「……セーヴァは、私たちの見てないところで無理をするから」
伏し目がちに、独り言のように、ラディが話す。
「外に出かけてる時とか、寝てる間とか。昔からそうなんだ……私たちの前でだけ、何でもない顔をして」
「そうねえ」
言われて思い返してみれば、そういう男だったかもしれない。
ファーネ支部に来た当初、カチェルはセーヴァが苦手だった。
別に彼がどうこうというわけではなく、男に襲われかけてから日が浅かったので、年上の男に恐怖心があったのだ。
けれど、セーヴァはカチェルに指一本触れようとしなかった。
というか、そんな暇などあるかと言わんばかりに忙しく働いていた。
あの頃は支部長が食料の発注でファーネの街から出ていることが多く、ギルドの運営に関わっていたのは実質セーヴァひとりだけ。
それに加えて、崩れた防壁の修繕中に起きた事故で、突発的に怪我人が押しかけてくる。
当時まだ幼かったブレイズとラディの面倒を見ようとしていたようだけれど、彼らに食事を作ってやる時間すらない有様だった。
突然現れたカチェルを、セーヴァの側も警戒していた。
それでも、子供ら二人の世話をしてくれるなら助かると、疲れた目つきで言われたのを覚えている。
(そういえば、あれを言われたのも、この子たちが寝静まった真夜中だったわね)
憐憫の情が恐怖心を上回ったのは、それからすぐのことだったと思う。
いまにも倒れそうな顔色の男をどうしてくれようかと、気づけばそんなことばかり考えていた。
「平気そうな顔してたって、目の下に隈つくってたら台無しよね」
「あれでバレてないつもりなんだよ、セーヴァは」
不満げに唇をとがらせて、ラディは続ける。
「私たちのこと、まだ簡単に騙せる小さな子供だって思ってるんだ」
「……あらあら」
出会ったばかりの頃に比べて、この子もすっかり大人びた。
そんな彼女が珍しく子供っぽい顔を見せたので、カチェルは思わずくすりと笑ってしまった。
現行101話以降の番外編ですが、改稿を反映する際に別作品として独立させることにしました。
なんか改稿やってる間に番外編だけで10万字超えそうなので…(遅筆マン)(ほぼ改稿終わってる1章のプロットを手直ししたくなってきてる)(我慢してます)




