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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3.5
105/187

105. 番外編:ウィットのファーネ散策(3)

すみません腱鞘炎起こしたり土曜に泥のように眠ってたりして遅くなりました…。

 市場を抜けたウィットは、そのまま中央通りを横切ってファーネの北西を目指した。


 しばらく歩くと、市場の喧騒が遠くなる。

 住宅の数も減って、ぽつぽつと工房や倉庫らしき建物が見えるくらいだ。


(こっちでも、お墓に近い土地って人気ないのかなあ)


 そんなことを思いながら道なりに進むと、共同墓地の入り口にたどり着く。

 入ってすぐの横道の先にある小さな丸太小屋が、次の届け先だ。


 ドアについているベルを揺らすと、錆びかけのベルがくぐもった金属音を立てた。


「開いてるよ」


 中から返事があったので、ドアの取っ手を引き開ける。

 覗き込むと、黒いローブを羽織った中年の女が目の前にいて、ちょっとびっくりした。


 彼女は、この墓地の墓守だ。

 墓地の掃除や、朽ちて壊れた墓石の修理を手配するのが仕事だと聞いている。


「おや」


 薄い青色をした、色ガラスのような瞳がわずかに見開かれた。


「商業ギルドの子だね。墓参りかい?」

「や、お手紙届けに来ただけ。僕の知り合いはいないしね、たぶん」


 言って、籠から封筒をひとつ取り出す。

 ローブの隙間からふっくらした手が伸びて、差し出した封筒を受け取った。


「たぶんって何だい」

「この前の襲撃で領兵さんに死人が出たなら、ひょっとしたら知ってる人がいるかもしれないけど」

「……領兵は基本的に故郷で弔われるからね。少なくとも、ファーネの出身で墓に入ったのはいないよ」

「じゃあ、『たぶん』はいらなかったね」


 まあ、誰それが死んだという話もウィットは聞かされていないのだけれど。

 おそらく知り合いに死者はいないと分かっていたから、こうして平然と話すことができている。


「そら、用が済んだならもう行きな」


 ぶっきらぼうに言って、墓守の女はウィットに背を向けた。


「そろそろ夕方だからね。もたもたしてると暗くなっちまうよ」


 そっけない声で言われたけれど、言葉そのものはこちらを心配しているように聞こえる。

 疎まれているわけではなさそうだ。


「……ま、届け先もあと一か所残ってるしね」


 見られていないのをいいことに、ウィットは小さく肩をすくめた。



 ◇



 最後に訪ねたのは、墓地の近くにある薬師の家だった。


 窓際に薬草が干されていて、カーテンのように西日を遮っている。

 そのせいで部屋は薄暗く、テーブルの上ではランプの()が揺れていた。


「ご苦労さんだねえ」


 黄ばんだ白髪をまとめたおばあさんが、枯れ木のような手で封筒を受け取る。


「セーヴァの坊やは元気かい?」

「坊や……」

「このババアからすれば、可愛げのないガキンチョだよ。あの坊主がこの街に来た時は、確か十七かそこらだったんだから」

「それでも僕よりは大人だなあ」


 ウィットがぼやくと、おばあさんは何が面白いのか、ひゃっひゃっと声を上げて笑った。

 地味なベージュの服を着ているが、その雰囲気はおとぎ話の魔女のようだ。


「あの子は年下のために無茶をやるからねえ」

「そうなの?」

「おや、聞いたことないかい? お前さんが拾われた時は、ほとんど寝ないで看病してたそうだし……十年前なんて、そりゃあ酷いもんだったさ」


 おばあさんは、簡単に十年前のことを教えてくれた。


 セーヴァは元々、医術の師匠について西へ旅する見習いだった。

 各地の商業ギルドで賞金稼ぎ相手に怪我の手当をしたりして、旅費を工面しながら旅を続けていたらしい。


 そんな彼らがファーネに滞在していた時、件の大襲撃が起きてしまった。

 二人とも最初のうちは、賞金稼ぎや住民たちのために奔走していたが……状況がやや落ち着いてきたところで、方針にずれが発生する。


 旅を再開したい師匠と、ファーネを見捨てられないセーヴァ。


 話し合いの末に二人は決別し、セーヴァだけがファーネに残った。


「師匠のほうも、別に薄情ってわけじゃなかったんだよ。でもあの男には、ハルシャの治癒魔術を詳しく調べたいって目的があったからね」

「……セーヴァは、治癒魔術には興味なかったってこと?」

「まさか! 医術に関わる人間で、あれに興味を持たないやつはいないよ。いたら別の仕事をしたほうがいい」


 それは確かに、と思う。

 学術的にも商売的にも、まったくの無関心というわけにはいかないだろう。


「セーヴァはね、ギルドに残された二人の子供を放っておけなかったのさ」

「それって――」

「男の子と女の子が一人ずつ。……いまも、ギルドにいるんだろう?」


 ウィットはこくりと頷いた。

 ブレイズとラディのことで間違いないはずだ。


「ギルドの警備員は、キースを残してみんないなくなっちまった。事務員もね、守ってくれる警備員がいなくなったらみんな逃げちまった。そんな中で、キースは街の食料を仕入れに外に出なけりゃならない。……誰が子供らの面倒を見るんだ、とね」

「近所の大人とかは?」

「キースもそのつもりでいたみたいだが、セーヴァは信用しなかった」


 おばあさんは、どこか懐かしむような表情で続ける。


「『よその子供なんざ、状況が悪くなったら真っ先に切り捨てられるぞ』ってね。……あの子は貧民街(スラム)の孤児だったそうだから、まあ、色々と見てきたんだろうさ。師匠のこともあったしね」

「それでギルド員になったんだ」

「ああ。読み書きと計算はできるから、逃げちまった事務員の代わりに書類仕事をやりながら、子供らの面倒を見るつもりだったらしい」


 だった、という言い方に嫌な予感がしていると、その通りだと言わんばかりにおばあさんが頷いた。


「誤算だったのは、医者のほうの商売が繁盛しすぎたってところか。南の防壁を立て直すのに、怪我人は毎日出てたからねえ。みんな、近所にいるセーヴァのところへ来たのさ」

「……どんな無茶したか、分かったかも」

「たぶん想像した通りだよ。昼間に医者やって、できなかった書類仕事は夜に回して、たまに夜に患者が来るもんだから、また書類仕事ができなくなって……の悪循環さ。書類が滞れば、キースの仕入れにも影響する。そう思うと、どっちも手を抜けなかったんだろうねえ」

「うわあ……」


 ウィットの故郷でも医者は激務だと言われるけれど、加えて別の仕事までしていたら、いつ倒れてしまっても不思議ではない。

 医者の仕事はしないと断れば、と思ったけれど、それができる人間だったら、師匠と一緒にファーネを去っている。


「救いだったのは、昼間の医者業で小金は稼げてたから、子供らにひもじい思いはさせずに済んだことか。ま、当の子供らは逆にセーヴァを心配してたらしいけど」

「いつ倒れてもおかしくなさそうな生活してるもんね」

「まったくだね。あの、治癒魔術士だったっていうハルシャ人のお嬢ちゃんが来なかったら、遅かれ早かれどっかで倒れてたよ」

「あ、カチェルってそういう流れで来たんだ」


 カチェルがファーネに来たのは、大襲撃から一年ほど後。

 そのくらいしか、ウィットは聞いていない。


 もっと早い時期――それこそ大襲撃の最中にカチェルがファーネに来ていたら、彼女は最初から治癒魔術士として皆を癒して回ったのだろうか。

 情の深い人だから、毎日死者が出るような状況で、自己保身のために治癒魔術士であることを隠すとは思えない。


(でも、そしたら貴族に目をつけられて、ファーネ支部にはいられなかったよね)


 結果として良かったのか悪かったのか、ウィットには分からなかった。

 そもそも、当時そこにいなかった自分がどうこう言える立場ではないのだけれど。


「……おや、喋りすぎたかね」


 ぐるぐる考えていると、おばあさんが窓の外を見やって言った。

 窓際に干された薬草の隙間が、炎のような橙色に光っている。


「あ、やべ」


 日没が近い。

 街灯のないこの街で、夜に灯りもなく出歩くのは無理がある。


「長話に付き合わせて悪かったね。……これ、良かったら明日のおやつにでもお食べ」


 おばあさんはそう言って、薬包紙をねじった小さな包みをウィットの手に押し込んだ。

 おそらくはキャンディだろう。


 礼を言って、ウィットはドアに向かいかけ――そういえば、と振り返る。

 セーヴァには答えてもらえなかったけれど、おばあさんは答えてくれるだろうか。


「おばあちゃん、聞いていい?」

「どうかしたかい?」

「医者や薬師って、精霊使いとか治癒魔術士のこと、どう思ってるの?」

「……よく聞かれるよ」


 おばあさんは、まるで何かを教える教師のように、人差し指をぴっと立てた。


「覚えておくといい。精霊使いや治癒魔術士はね、傷を癒すことしかできないのさ」


 その姿が、なんでもないように告げる口調が、何かを説明する時のセーヴァと重なる。


「毒や病をどうにかできるのは、医者と薬だけなんだよ」


 彼もきっと、同じ答えを持っているのだろう。

 なんとなく、そんな気がした。



 ◇



 薬師のおばあさんの家を出て、中央通りに続く道を走る。

 太陽は半分以上が山の稜線に隠れていて、あと十分もしたら真っ暗になりそうだ。


 幸い、今日はよく晴れていた。月明かりは期待できるだろう。

 道なりに進んで中央広場までたどり着けば、あとは建物の形でギルドの方向を判別できるはずだ。


(最悪、夜回りの領兵さん捕まえて送ってもらうかなあ……)


 遅くまで出歩いて怒られはするだろうけれど、街中で野宿になるよりマシだ。夕飯だってちゃんと食べたい。


「はぁ……っ」


 息が切れて走れなくなったウィットは、軽く呼吸を整えてから早歩きに切り替えた。

 寝たきりだったのはもう結構前のことなのだけれど、思ったより体力が落ちているような気がする。


(走り込みでもしようかな)


 コースはブレイズに相談すればいいだろうか。

 そんなことを考えていると、中央広場が見えてきた。

 薄暗くなってきた中、中央にある日時計のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。


 どうやら日が落ちる前にたどり着けそうだ、とほっとしたところで。


「――ウィット!」


 日時計のシルエットを、灯りがふわりと遮った。


「……ラディ?」

「帰りが遅いから、迎えに来たよ」


 灯りの正体は、頭上に小さな火球を浮かべたラディだった。

 警備をする時と同じ服装で、腰にはショート・ソードをきちんと差している。


「……ごめん、心配かけちゃった」


 迎えに来るだけなら、まだ警備に復帰していない彼女が武装する必要はない。

 きっと、ウィットの身に何かあったのではと、探し回っていたのだろう。


「何かあったのか?」

「んーん。行く先々で話し込んじゃっただけ」

「そうか……」


 質問に答えると、ラディはどこか気まずそうな表情になった。

 どうしたのだろう、とウィットがその顔を見上げると、彼女はおずおずと口を開く。


「その……あんまり帰りが遅いものだから、カチェルが『無茶な量の配達させたんじゃないか』ってセーヴァに噛みついてて」

「すぐ帰って謝ります」


 一応、無駄なく回れば無理なく夕方までに帰れる量だった。

 これはさすがにセーヴァを弁護するべきだろう。


 それがいい、と頷くラディと並んで、ファーネ支部への道を歩く。

 頭上の小さな太陽が、歩む先を暖かく照らしていた。

というわけで、ファーネの街のざっくりした紹介でした。


あと、どっかで書いておきたかった「なんで商業ギルドに医者がいるのか」について。

医者としてギルドにいるのではなく、医者がなりゆきでギルド員になった、というのが正しいです。

なので、他の支部にも専属の医者がいるわけではありません。


あと、ファーネには元々住んでる医者もいます。

セーヴァは基本的にギルドから出ず、ギルド員と賞金稼ぎくらいしか相手にしないので客の取り合いにはなってません。

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