100. 後日談:ファーネの街の同年代たち
現状100話ですが改稿したらズレる予定です
(この前書きは改稿したら消します。たぶん。忘れてなければ)
ブレイズが警備の仕事に復帰してから、初めての非番の日。
彼は相棒とウィットを連れて、市場の布と服の区画にある、一件の仕立屋を訪れていた。
「あー、肩まわりは少し大きくしないとダメね」
ブレイズの背に巻き尺を当てて、仕立屋の娘が告げる。
測った数値を近くの麻紙に書きつける娘を振り返って、ブレイズは尋ねた。
「革は足りそうか?」
「うまく切り出せば余裕。でも、あんまり長い丈にはできないわよ」
「そっちは前と同じでいい」
「同じでいいわけないでしょうが縦にも伸びてんのよこの育ち盛りが……!」
「アイリス、落ち着いて」
目をひん剥いてこちらを睨めつけてくる娘――アイリスの肩を、ラディがなだめるように叩く。
その横で、ウィットが呆れたような目でブレイズを見ていた。
「きみ、そんだけ背が高いくせにまだ伸びてんの……?」
「俺に言ってもしゃーねえだろ」
ブレイズとしても、そろそろ止まってほしいところだ。
大型の剣を扱う都合上、それなりの上背は望むところだったが、もう十分である。
支部長やリカルドのように、扉をくぐりそこねて頭をぶつけるほどにはなりたくない。
「ブレイズ、今度は腕上げて。そのまま真横にね」
巻き尺を構え直したアイリスに従って、ブレイズは左手を持ち上げた。
彼らがこの仕立屋を訪れたのは、ブレイズが防具代わりにしているジャケットの注文のためだ。
王都への道中でずたずたに切り裂かれ、少し前に起きた獣の襲撃で大きく引き裂かれた革のジャケットに、修繕の余地はもはや存在しない。
新しく作るしかないのだが、温暖なファーネの街で革の衣類は需要が薄いので、材料の革を調達するところから始めなければならなかった。
その革がようやくファーネに届いたのが、つい二日前のことである。
警備に復帰する前に仕立てられればよかったのだが、ファーネの交通の便は良くない。
街の外から何かを仕入れようと思ったら、月単位の時間が必要なのが現状だ。
今回の革についても、発注から到着までに一ヶ月半ほどかかっている。
「二の腕も太くなってるわね……」
上腕に巻き尺を巻きつけて、アイリスがぼそりと呟いた。
それを聞いて、ラディがの視線がこちらに向く。
「振る剣が変わったからかな」
「たぶんな。左右差出ねえように注意しねえと」
最近の素振りには、王都の武器屋、シルビオが鍛えた剣を使っている。
以前に使っていたジルの剣より重く、重心も異なる剣は、まだあまり馴染んでいない。
そういえば、最近は変なところが筋肉痛になるなと思っていた。これまでとは別の筋肉を使っているようだ。
アイリスはそのままブレイズの腕の長さや胸囲、腰回りも同じように測ると、満足げな顔で採寸のメモを見た。
「……これでおしまい、っと。全体的にサイズアップしてるわね。あんたのことだから筋肉でしょうけど」
「あ、もうちょい鍛える予定だから、少しゆとり作っといてくれ」
「仕立屋に向かって体型変える宣言とはいい度胸ねえ……?」
じとっとした目を向けられるが、こればかりは仕事と命に関わるので譲れない。
アイリスもそこは分かっているのだろう、仕方ないと言いたげにため息をついた。
「で、補強はどうする?」
「肘には欲しい。あと肩も、動きを邪魔しない程度で」
「背中も硬めにしてもらったらどうだ? 革鎧並とは言わないけど」
ブレイズの希望に、ラディも意見を付け加える。
彼女を連れてきたのはこのためだ。相棒なのだから、防具に口を出す権利がある。
ちなみに、ウィットは暇だからと勝手についてきただけだ。
今日は買い出しの必要もなく、仕事がないらしい。
ブレイズとラディ、二人の希望に、アイリスは持ち込まれた革を睨んで「うーん」と唸った。
「肘と肩は大丈夫だけど、背中はちょっと足りないかも。上下どっちか、半分くらいならなんとかできそう」
「なら上半分で頼む」
これは迷う余地がないので、ブレイズは即答した。
ラディはもちろん、横で聞いていたウィットも納得した様子で頷いている。
「お腹より胸やられるほうがまずいもんね」
「そういうこった」
「平然と怖い話するんじゃないわよ、あんたら……」
アイリスが嫌そうな顔で言った。
ラディが苦笑を浮かべながら彼女に声をかける。
「すまないな、慣れない服を頼んでしまって」
「まったくよ、こんなの服じゃなくて鎧じゃない。防具よ防具」
そう言いつつも引き受けてくれたのは、アイリスが自分たちと同年代の友人だからだ。
小さい頃、一緒に遊んでいたうちの一人である。
「言っとくけど、仕立屋じゃせいぜい狩人向けの補強くらいしか入れられないからね?」
「そこは分かってる。ファーネに防具屋がないからって、お前に無茶は言わねえよ」
十年前までは珍しくなかった武器屋や防具屋も、いまのファーネには残っていない。
件の大襲撃で常連客だった賞金稼ぎの多くを失い、どこも店を畳んでしまっている。
いまファーネに一番近い防具屋は、おそらくエイムズの街にある店だろう。
まだ、あの街で気軽に店に入る気にはなれない。
ジャケットの注文が確定したところで、ブレイズは相棒のほうを見た。
「ラディ、お前も頼んだらどうだ? この前の怪我で一着ダメにしたろ」
「私も少し鍛え直すから、警備に復帰してからにするよ」
ラディはそう答えて、自分の腕に視線を落とす。
「剣も、新しく買ったほうに慣れようと思ってるんだ。ブレイズほどじゃなくても、体型が変わるかもしれない」
「お、とうとう持ち替えるのか」
「ちょうどいい機会だからね」
思い出すのは、王都でラディがシルビオから買った、以前より少し刃渡りの長いショート・ソード。
防壁では使い慣れた古いほうの剣を使っていた彼女だが、今回の鍛え直しを機に、新しい剣に合わせて体を作り直すつもりらしい。
以前のように、反対するつもりはない。
彼女が目指すところは、ブレイズのそれと衝突するものではないと知ったから。
「じゃ、復帰したらまた来るか」
「そうしよう」
ラディとウィットを促して、仕立屋を出た。
布で埋め尽くされた店内から外に出ると、明るい陽の光が視界を白く滲ませる。
今日は透き通るような晴天だ。
さっさと戻って鍛錬するつもりでいたが、このままギルドに戻るのは、少しもったいないような気がする。
「ラディ、疲れてねえか?」
「大丈夫だけど」
「じゃあ、散歩がてら店を見回って帰るか。ウィットもどうせ暇だろ」
「どうせって何さ、暇だけど!」
わいわい騒ぐウィットをあしらいながら、ブレイズは市場へ足を踏み出した。
◆
「……無茶しないでよね、ほんと」
そんな彼らの背中を眺めながら、仕立屋の娘は小さく呟いた。
「死にかけたって聞いて、みんな心配したんだから……」
月に一度、同年代で集まっての飲み会をしているが、それにブレイズとラディが顔を出したことはない。
警備の仕事を抜けられないと知っているから、ここ数年は誘いをかけることすらしなくなった。
けれど、けして彼らを忘れてしまったわけではない。
先月の飲み会は、ちょうど彼らが大怪我で意識を失っていた頃で、集まっても飲み会なんてできる雰囲気ではなかった。
生死の境を彷徨っていると聞かされて無関心でいられるほど、付き合いは浅くなかったはずだ。
彼らは、そう思っていないのだろうか――?
「……あほらし」
ひとつ息を吐いて、娘は店内へときびすを返す。
胸の内で不安や不満を募らせるくらいなら、正面から分かりやすく怒鳴り散らしたほうがよほど健全だ。
だから、そのために。
防具だろうと何だろうと、引き受けた以上はきっちりと仕事をしよう。
どんな大怪我をしたとしても、決して死ぬことだけはない。そんなジャケットを作ってやる。
それで、次に彼らが危険な目に遭って、あのジャケットがぼろぼろになったら。
その時には、今度こそ。
「無茶するんじゃないわよ、この馬鹿!」
胸を張って、そう怒鳴るのだ。




