脳筋聖女、上司に怒られる
「はぁ、はぁ。」
荒い息遣いと、ダダダッと走る音が聞こえる。
「はぁ。くっ、はぁ。」
どうやらその音は、言うまでもなく私から発せられているようだ。
まあそれは仕方ないって言っちゃ仕方ない。
「ねえ、どうしてこうなったの?」
私は、木のうろに隠れながらそんなことをぼやいた。というかぼやかなければやっていけなかった。
「おお神よ。哀れな信者をお救いください。」
もはや今更意味がないと分かっていたが、腐っても私は聖職者。神にそんなことを祈ったりもした。というか、とにかく現実から逃げたかった。
「あのクソアマ、どこ行きやがった!」
「わからねえ! あいつ自分に支援魔法までかけて逃げてやがる!」
そう、なんせ私、サリエットは...。
「魔法の効果時間はむげんじゃねえ! 効果が切れるまで待って、一気に叩くぞ!」
ただ今、山賊たちに追われているのでした。
―――
この世界は、モンスターというものが存在する。例えば、ゴブリンやドラゴン、悪魔や魔神などだ。
そして、モンスターというものは基本人に害をなすものである。この世界の死因の半分がモンスターによるものだといっていいくらいにだ。さらに、モンスターたちが直接に害を加えずに、いわゆる二次災害というものをなすこともある。スピアビートルによる農作物の食害や、ラットマンによる感染症などがそうだ。
だが、人間とはただではやられないものだ。押されたら押し返す、殴られたら殴り返す、殺されたら殺し返すというものだ。
だから、人間は徒党を組み、モンスターたちに対抗する勢力を作った。
それが、神殿と、冒険者ギルドだ。
このモンスターたちに対する対策は、本当によくできていると思う。神殿の聖職者たちは人々を守ることによって自己満足を得られ、冒険者ギルドの冒険者たちは報酬がもらえる。そして、お互いの人々を守リ続ける者たちは、それぞれの物を得るために、また人々を守る。まさに無限ループだ。
そうやって、人々の平和を守られているのだった。
だが、同業者というのは仲が悪いというものだ。したがって、神殿と冒険者ギルドというたった二つの同業者も仲が悪かった。まあそれは人間の性というものでもあるし、しょうがないだろう。しかし、人間を守るはずの勢力が人間に危害を加えるというのは何とも皮肉なことだ。
だが、人間も捨てたもんじゃない。闇あるところ光あり。人間の仕事を独占しようとする「闇」があれば、お互いを助け合おうとする「光」もあった。
そして、私、サリエットが住む町もそんな町であった。
この町は昔から近くに生息しているモンスターが強く、この町にある神殿と冒険者ギルドは助け合わなければ町を守っていけない。さらに、この町の今の代のそれぞれの勢力の長は、兄弟であったということもあり、なおさら仲がいい。
まあ、それもいいことだらけではないのだが。
「うわー、また冒険者の依頼回ってきてんじゃん。」
そう。冒険者たちが受けきれない依頼や手伝ってほしい依頼も回ってくるのだ。
まあ神殿の依頼も手伝ってもらったりしているから口が裂けても嫌だとは言えない。しかし、それでも嫌と言いたくなってくる。それはなぜか?
(山賊の討伐ぅ? そんなん冒険者だけでいいじゃん。あーめんどくさ。)
そう。冒険者ギルドから回ってくる依頼は基本面倒くさいのである。
神殿の聖職者たちがよくやる仕事は、お祓いやアンデッド退治である。
お祓いというものはそれはもう簡単な仕事だ。神殿にて力のある聖職者たちがお祓いしてほしいものの前に座り、祈る。それだけだ。もう一度言おう、それだけだ。もう一つの仕事、アンデッド退治も冒険者たちの仕事に比べたらまあ楽な仕事ではある。メイスに聖なる力を宿して殴ったり、聖域魔法でも唱えていれば終わってしまう。
そんなヌルい依頼が回ってくる神殿とは違って、冒険者ギルドの依頼はハードだ。
何がハードかって、すべてがハードだ。冒険者ギルドに回ってくる依頼は、基本は戦闘か護衛である。モンスター退治やキャラバンの護衛、果てには貴族の護衛や戦争への参加まである。そんなハードな依頼をこなしている冒険者たちのことは神殿で楽な仕事をこなしてるサリエットとしては本当にすごいとおもっている。
そこだ。そこなのだ。冒険者たちがすごいから、神殿に回ってくる冒険者ギルドの依頼が面倒くさいのだ。
そんなすごくて万能な冒険者たちがこなせなかったり助けが必要なくらいの依頼を、温室育ちの聖職者たちにどうやってこなせというのだ。
冒険者たちがこなせない仕事の中には、ドラゴン討伐や魔神討伐など住む次元が違う仕事がある。そんなものをどうやってこなせというのだ。
私としては、毎日神殿に来て祈りを終えて自分の仕事机の上にうず高く積まれている依頼書の中に冒険者ギルドからの依頼が入っているだけで、もう死んでしまえばいいのではないかと考えるのだった。
「『俺たちのパーティには回復職がいないから困っているんだぜベイベー。山賊たちはそれなりにやり手だと聞いているし、毒も使うらしいから力を貸してちょ。追伸:かわいい子をよこしてください。』 ...なんて頭の悪い文章なのよ。もうお前らなんか山賊に殺されてしまえ!」
聖職者として言ってはいけないことを言っている気がしないでもないが、私は気にしないでおく。こういうことは気にしたら負けってものだ。
私はもうこの依頼書をゴミ箱に突っ込むなり燃やすなりヤギの餌にするなりしようと椅子から立ち上がる。
「サリエットさん? その依頼書をどうするおつもりで?」
私が依頼書をもって神殿の裏にあるゴミ捨て場にいこうとすると、後ろからそんな冷たい声が聞こえた。
肩をびくっと震わせ、恐る恐る後ろを振り向くと、魔神なり鬼なりの形相をした女性が立っていた。
「え、ええっとですね。そ、その、本当にゴミな依頼でしたので、ゴミをゴミがあるべき場所に持っていこうと...。」
「あなたなんでそんなことを? 冒険者ギルドと私たち神殿はお互い持ちつつ持たれつつという関係。言うなれば助け合っている関係なわけです。それをあなた、内容がゴミだからってだけで捨てようとしているのですね? 恥ずかしくないんですか?」
(やばい。こいつの顔面をメイスでぶん殴ってやりたい。)
サリエットは神殿の門をくぐってからというもの、この女性がどうも苦手だ。というか、この女性がというより、カリカリしている人間がどうも苦手なのだ。そういう人を見るたびに、人生もっと楽しく生きればいいのに、といつも思うのであった。
「はいはい、わかりました。行けばいいんでしょう行けば。」
私がそう適当あしらうと、その女性は目の角を釣り上げた。そして、サリエットの神官服の襟首をつかみ、神殿の外に放り投げた。そして、忌々しげに目を直角三角形の三角定規と同じくらいの角度へ釣り上げて言い放つ。
「その依頼が終わるまで、神殿に帰ってきてはいけません! もし適当のごまかそうものならば、見習いに降格ですよ!」
(なんだとこのクソ上司! 最近神官としての位階が上がったからって調子に乗りやがって!)
私はそう心の中でキレる。口で言わずに心の中だけでキレるのは決してこの女性が怖いわけではない。だが、私としてもここまで言われるとむざむざ引き下がるわけにもいかない。そこで、私は彼女が一番気にしていることで言い返すことにした。
「なんだと暴力女! そんなんだからいまだに結婚できてないのよこの行き遅れ!」
「!!」
「やーいやーい!」
道行く人たちの目がかなり痛いが、この際それは気にしないでおく。そんなことよりもはやくこの神殿から逃げないと。
私はそう決断するやいなや全速力で冒険者ギルドに駆けていく。もちろん、走りながら時々後ろを向いて「バーカバーカ!」と煽ることも忘れない。
初めまして、ドスパラリンチョです。
変な名前でしょ? そう思ったあなたは正常ですので安心してください。
今回は、初の小説の投稿ということで、少し短めになっちゃいましたがご容赦ください。
内容に関する解説? そんなことはコメントで聞いてくれりゃあいいだろ。
それでは本当に短めですが、今日はこれくらいで終わりたいと思います。
読んでくれた方、ありがとうございました!