~俺の転移先とは~
夏休みの最終日、高校二年生の俺は大量に残っている宿題をにらみながら、右手に持ったペンを走らせていた。
夏休みの宿題は丸写ししているのが多い、もう窓には月が出ていて、夜なのだから悠長な事は言ってられない。
時計の針はあと少しで真上を指してしまう、夏休み最終日が後数分で終わってしまうのだ。
「こりゃ、一睡も出来ねーかもな…」
そう独り言を呟き、目を擦りながらペンをまた走らせる。
◇
声が聞こえる。まどろみの中で低い声が反響している。
「お前さん、なんでこんな所で寝とるんじゃ?」
今はっきりそう聞こえたのだが、なんだこの声?聞いたことのない声だな、低い音で、話す速度が遅い、そう、じいちゃんみたいな声だ。
俺の家は父、母、妹、そして俺の家族構成なんだが。
田舎に住んでいるじいちゃんが家に遊びに来たのかな?
寝ぼけている頭でそんなことを考えながら目を開けると、考えもしなかった光景が目に映った。
「ここ、何処…?」
目の前には、見たことがないじいさんが立っている、その後ろには木が立ち並び、鳥が鳴く音が聞こえる。地面からは土が見えないほど草が密集し、伸びている。
上を見てみると、所々から眩しい光が放たれ、寝起きの俺の目に突き刺さる。どうやら葉の隙間から光が漏れているようだ。
俺はきっと森の中にいるのだろう。
「何処と言われても、どう答えればいいのかのう?」
じいさんは眉間にシワを寄せながら答えを探している。
俺の記憶では、宿題を丸写ししながら夜遅くまで宿題していた。
だが結局終わらなくてしょうがないから明日先生に謝ることにし、睡眠を取る為ベッドに潜り込んだ…という所で記憶が途切れている。
つまり寝ている時から記憶が無いと言うことだ。
なるほど、これは夢か。
普通なら夢から覚めるために頬をつねったりするのかもしれないが、夢から覚めたくない俺はその行為をしない。
とりあえずこのじいさんに何か言わないと…。
「実は道に迷って疲れ果ててしまい、眠ってしまっていたみたいです。色々お聞きしたいことがあるんですが、お時間宜しいですか?」
じいさんは俺の言葉に少し驚いたように見えた。
そりゃそうだろうな、怪しく見えるのも当然だ。
「そうじゃったか、まだ疲れておるじゃろう。わしの家が近い所にあるんじゃ、家で話すとするかの?」
予想外の言葉が帰ってきた。全く疑って無いようだ、優しいじいさんみたいだな、とか思いながら言った。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
じいさんの家は本当に近く、数分歩いていたら着いた。家は森の中にあるにしては立派な一軒家だった。
家の中は綺麗に掃除されていて、きちんと整頓されていた。
妙に居心地がよく落ち着けるような暖かい部屋だった。
俺はじいさんに促されるまま、イスに座らせてもらった。
「何も無いがゆっくりしておくれ。」
そう言いながらじいさんは木製のコップを俺の机の前に置いてくれた。
じいさんもコップを持ってもう1つのイスに座った。
「あの…これ何ですか?」
座ってしまったじいさんに中を確認しながら、俺は聞いた。
コップには何も入れられてなかった。
「お茶っ葉を切らしておってな、水でも飲んでおくれ。」
水も入ってないんだけど。そう思ってもう一度コップの中を確認していると、じいさんがポケットの中から青色に光る石を取り出した。左手でその石を握り右手ではコップに手をかざし、コップに何か入れようとしているようにも見える。
まさかこれって……
「ウォータ!」
そうじいさんが言った瞬間、手が青くひかりだし、右手の掌から水が溢れ出てきた。いや、掌の少し前からと言った方が正しいだろうか?
少しづつコップに水が満たされてゆき、数秒で満杯になった。
水は透き通っていて、綺麗に光り輝いている。
「す、すげぇぇぇ!!」
俺は興奮を自分の中で留まらせることが出来無かった。思い切り立ち上がった上、ついつい言葉にも出してしまっていた。
興奮している理由は単純だ、魔法を初めて見たから、である。
もちろん俺も使いたい、興奮が収まらないまま、凄く驚いた表情をしているじいさんに言い放った。
「じいさん!俺にもそれ使えんのか!?」
「お前さん、魔法を使ったことがないのかの?」
「ああ!ちょっとその青い石貸してくれ!」
じいさんは躊躇いもなくすぐ貸してくれた。ホントにいいじいさんだ。
それはさておき、俺はじいさんがしていたように右手をコップにかざし左手で石を握るとこう叫んだ。
「ウォータ!」
とりあえずじいさんと同じことをしたはずだ。
手が青く光り、掌から水が溢れコップを満たしていく…と
そんな軽々しいものじゃ無かった。
じいさんが放ったウォータの数十倍の威力で水が噴出され、水に当たったコップが勢い良く弾きとんだ。水は勢いよく家中に飛び散り、家の中の数々の物が水を浴びて濡れてゆく。ウォータが止まった時には大雨が降ったあとのように水が家の中の至る所から垂れていた。
じいさんは唖然として俺を見つめている。
何か言いたげだが、言葉が出ないようだ。
そんなじいさんを見た俺の心は、驚き、罪悪感、そして少しの高揚感でいっぱいだった。




