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今度こそ、好きに生きてもいいでしょう?  作者: 久條 ユウキ
序章:悪夢のエピローグ、明日へのプロローグ
9/11

9.君のためのレクイエム

レクイエム、にしてはちょっと騒がしいですが。

 

「あぁん!?」

「はぁ!?」

「…………」


 お前はどこのゴロツキか、というガラの悪い返しをしたのがマクスウェル。慌てて駆けつけたものの、あまりの荒唐無稽な申し入れに思わず声を裏返らせた第一王子。ルートヴィヒは唯一無言だが、『このうつけ者が』とアイスブルーの視線が物語っている。


 ギャラリーが一人増え、しかもそれが信頼を裏切ってしまった己の直属の上司であり、この国の第二位に位置する高貴な存在であることに、しかしユーリスは動じない。

 一周回って開き直ってしまったのか、それとも緊張感で麻痺してしまったのか。

 彼はひたりとルートヴィヒに視線を定め、もう一度噛みしめるように「妻を返していただきたい」と繰り返した。


「神官殿から聞いています。妻の遺体をこちらに運び込んだのだと。生前お世話になっていたことですし、別れの時間も必要なのではと言われましたが……葬儀の手配などもしなければなりません。まさか、いつまでも棺を空にしておくわけにもいきませんので。無論ご存知でしょうが、高位貴族ともなると葬儀にはそれなりに高位の神官を招いて浄化の儀を執り行う必要がありますので、日程の調整も必要なのです。何にせよ、葬儀の日取りが決まり次第改めてご連絡させていただきます。やはり最期は、妻と親しかった方々に見送っていただきたいですし」

「………………ふぅん?」


 彼が話し始めた当初はイライラを隠しきれない様子だったマクスウェルだったが、次第にその表情から怒りの色が抜け、苛立つ様子もなく、コツコツと石畳を打ち付けていた靴音も止み、話し終わる頃にはいつもの余裕を湛えた顔に戻っていた。

 第一王子エドガーは未だユーリスを鋭く睨みつけてはいるが、殴りかからないだけの理性は残っているらしい。ルートヴィヒに至っては、もはや呆れ顔を隠そうともしていない。



「……神殿であったことについては聞いているよ。随分と大騒動だったそうだねぇ?」

「…………えぇ、まぁ」


 少々バツが悪そうな顔になってしまったユーリスに、マクスウェルはさも不思議だと言わんばかりの顔になり、わざとらしく頬に手を当てながら続ける。


「後数日で浄化の旅に出るはずの巫女姫が浄化の力を使えなくなってしまった、とか。それは、()()()()()巫女姫が複数の異性を侍らせた所為だ、とか。巫女姫自らが『みんなと愛し合って何が悪いの』と暴露した、とか。……そうそう、ちょうどその時婚姻の誓約を終えたばかりの花婿との関係も明かされたとか聞いたねぇ」

「そ、れは」

「おまけに。何も悪くない花嫁を、第二王子と巫女の二人で殺めたっていうじゃないか。さすがに騎士団が動いたそうだけど……どうして当事者がここにいるのかねぇ?」


 騎士団が動いたのなら、それは事件として扱われることを意味する。過失であろうと事故であろうと、人が命を落としている限りそれは事件となり、身分や権力、性別、年齢、国籍、種族の関わりなく平等に事情聴取を受け、それが終わるまではその場を離れることなどできないはずなのだ。

 しかし、がっつり当事者である彼はどういうわけだかここにいる。

 騎士団に圧力を加えればそれは忽ち王城に伝わる、であれば隙を見て抜け出してきたと考えるべきだろう。


 大事な初動捜査の場を抜け出してきた?ここにいるの三人共権力者だって知ってるよね?真っ向から向かってくるなんてバカ通り越して自殺志願者なの?

 と、マクスウェルの発言を意訳するとそうなる。



 あからさまな蔑みの視線を受けて、ユーリスはグッと唇を噛み締める。さすがに反論するだけの正義は彼にはない、諦めて尻尾を巻くかと思いきや。


「……そ、れでも…………俺、……私にとっては、妻の身を確保するのが優先だと判断しました。彼女を取り戻すために、恥を忍んでこちらに参った次第ですので」


 おや、とマクスウェルが軽く目を見張る。まさかまだ歯向かってくるとは思っていなかったようだ。

 彼は基本的に面白い人間が好きだ。楽しませてくれるななら犯罪者であろうと敵対勢力であろうと関係ない、気に入ったおもちゃはとことん使い倒すというのが信条だ。けれど。


(お前だけは、絶対に許しはしないよ。ユーリス・セレイア)


 巫女は放っておいても自滅する、第二王子は第一王子と国王に任せておけばいい。彼らは紛れもない犯罪者なのだから、マクスウェルが手をくださずとも国が裁いてくれるだろう。まぁ一発くらいは報復させてもらいたいものだが。

 しかしユーリスを始めとする巫女に取り込まれた高位貴族の子息達は、醜聞こそ立つけれど所詮その程度。巫女の誘いを断れなかったのだと悲劇の主人公ぶる者や、なかったことにしてしまう者すらいるだろう。

 唯一、公の場で不貞を指摘されてしまったユーリスだけは表立って非難を受けるだろうが、それでも彼もまた巫女に逆らえなかっただけで、その巫女に妻を殺されてしまった被害者なのだと、そう噂をすり替えて同情を買う可能性が高い。


 早々に葬儀を行いたいというのは本音だろうが、彼はつまり『女神に祝福された妻』をあえて人目に晒し、世論を味方につけようと考えているのだ。否、シナリオを組み立てたのは彼の父かもしれないが同じことだ。



 さてどうする?とマクスウェルは第一王子に視線を移し、しかし微動だにせずユーリスを睨みつけたままの彼ではダメだと首を振り、そのままルートヴィヒへと目配せする。不幸にもそれに気づいてしまった堅物脳筋エルフは、やれやれと抵抗を諦め、『婚姻誓約直後に妻を亡くした可哀想な夫』を静かに見上げた。


「言っていることはわかった。つまりお主は、神殿よりここに運び込まれたという奥方の遺体を返せと、そう抗議しに参ったというわけだな?」

「抗議というわけでは…………っ、いえ、そう取っていただいて構いません」

「そうか。―――――― で、その【妻】というのは一体()のことだ?」

「………………は?」


 ぽかん、と間抜け顔を晒したユーリス。しかしすぐにギリリと歯を食いしばり、眉根を寄せて苦しみに耐えるような顔になる。


「……魔法師長殿……それはあんまりではありませんか?確かに私は、彼女にとって誠実な夫ではないのかもしれません。不誠実な真似をしてしまったことは自覚しておりますし、今更言い繕えるものではないともわかっております」

「うむ。どう言い訳しようと、不貞は不貞であるからな。自覚があるのは大変結構」

「ぐ、っ」


(さぞ、直球な嫌味だと思っただろう?だけどね、こいつはただバカ正直なだけなんだよ)


 昔からの腐れ縁であるマクスウェルは知っている。いつも取り澄ました顔をして滅多に感情的にならないこのエルフは、冷血だの血の色緑だのと悪態をつかれることも多いが、その実ただ単に世間知らずなだけなのだと。長く生きている代償のように些細なことでは感情を動かされなくなっただけで、その性根は飾ることを知らない率直すぎる天然なのだと。

 勿論、面白いので教えてなどやらないが。



「……確かに、現在この塔には女性の御遺体が安置されている」

「っ、それは!」

「年齢は二十代前半、髪は肩より少し長い程度で色は焦げ茶」

「そう、そうです!目の色は琥珀色、背丈は小柄で全体的に痩せぎすで……私と同じ意匠の純白のドレスを着ています」

「眼は閉じられているため色までは確認できぬ。が、格好についてはほぼ同じだな」

「でしたら!」

「だが ―――――― お主の【妻】ではない」


 結局振り出しに戻ってしまった結論を突きつけられ、一瞬生気を取り戻したかのように紅潮した彼の頬が、怒りを湛えて赤く染まっていく。恐らく、からかわれたのだと思ったのだろう。ルートヴィヒの性格を知らない者なら、皆同じ思いを抱くに違いない。

 しかし、魔法師長は至極真面目な表情でゆるりと首を横に振る。


「そもそも、お主は初めから間違っておるのだよセレイアの小倅。お主の【妻】など、どこを探してもおらぬのだ」

「…………どう、いう……」


 書類を、と空に向かって差し出した手にポンと丸めた紙を乗せたのは、この一連のやり取りの最中身じろぎ一つせずに気配を消していた、塔の魔法師の一人。彼は普段からルートヴィヒの補佐についており、彼が何を望むのか、次にどういう行動に出るのかを予測しては先手を打つ、という非常に難しい仕事を請け負っている。

 今彼が何気なく差し出したその紙も、実は本来神殿内で厳重に保管されるべき証拠品……の複写であるのだが、それがどうしてここにあるのかはさて置いて。



 婚姻誓約書、と書かれたその紙を無造作に広げ、ルートヴィヒはそれをマクスウェルとエドガーにも見えるように掲げた。ユーリスからは裏側しか見えないためわからないが、彼とてそれが己が先程サインした誓約書であることくらい、予想できているはずだ。


「あぁ、なるほどな」とエドガーはようやくわかったと言うように頷く。

「そういうことかい」とマクスウェルも目を細める。


 ルートヴィヒは勿体ぶりながらその誓約書から視線を上げ、「お主と妻の名は?」と哀れな花婿へと問いかける。

 これは何の茶番だと憤る内心をどうにか抑えつけ、「私はユーリス・セレイア。妻の名はミサキです」と答えると、ルートヴィヒはもう一度誓約書に視線をやってから「確かに、これにもそう書かれてある」、とヒラリと紙を裏返して見せてやった。

 だからそれがどうした、と不満げな顔になったのを見逃さず、とうとう耐えきれなくなったようにエドガーが口を挟む。


「婚姻誓約書は女神の前で嘘偽りなく誓いを立てた証。そこに記されるのは当然、正式な名でなくてはならない。ここまで言って、未だわからないか?」

「殿下まで、一体何を仰って……」

「……残念だ。彼女を妻と呼ぶのなら、覚えているべきだろうに。一年前、初めて出会った時に彼女は何と名乗った?」


『御崎まどかです』

『ミサキ……マドゥ、クァ?』

『えぇっと…………まぁ、姓の方で構いませんので。あまり思い入れもない名前ですし』


 言われて、ようやくユーリスも思い出した。『まどか』という名がどうしても発音できず、気を遣った彼女が『姓でいいです』と言ってくれたということを。彼女が本来名乗るべき名は、『ミサキ』ではないということを。

 声に出して読み上げるわけではないのに、当然のように婚姻誓約書に書かれていたのは『ミサキ』の名前。


「それじゃあ彼女は……最初から……?」

「お前と婚姻の誓約を結ぶつもりはなかった。そう考えるのが妥当だろう」

「そんな……っ」


 妻を返せと大上段に構えていた花婿は、今度こそ寄る術を失って膝からがっくりと崩れ落ちた。





 本来の予定通り、その二日後に王宮にて『巫女姫壮行会』と冠した大々的な夜会が執り行われた。当初の予定よりも参加人数は減ったものの、この日のために駆けずり回って準備した関係者達が報われる程度には盛り上がり、そしてその翌日……巫女姫とその取り巻き達は浄化の旅へ出た。


『皆さん、あたしのためにこんな素敵な舞踏会を開いてくれて、どうもありがとう!大変な旅になるでしょう……辛いこともあるはずです。でも、この身にかえてもきっと、きっと世界を救って戻ってきます!』


「あの発言には涙が出たね」

「……笑いを堪えすぎて、だろうが」

「いやいや、打ち合わせもなにもないのにあの発言、まさにお涙頂戴モノじゃないか。……浄化の力がなくなったってのに、まさか『この身に代えても』なんて自ら生贄宣言してくださるなんてねぇ」

「 ―――― それこそ、我々の意図するところだと気づかずに、な」


 ミサキという犠牲を出してしまったセレイア家嫡男の婚姻式で、結果的に罪人となってしまった巫女を断罪するのはしかし容易ではなく……国はむしろ、浄化の力が使えなくなった巫女を大々的に送り出し、『志高き巫女姫は、自らの命と引き換えに世界を救い給うた』という美談を作り上げるべく、神殿側に手を回した。

 曰く、巫女をあれだけつけあがらせたのは神殿側の管理責任。ならば浄化スキルの使える高位神官を全員こっそり旅立たせ、さも巫女が浄化したかのように瘴気を浄化して回り、同時に巫女の美談を広めてこい。合わせて、巫女とその取り巻き達は美談が完成した後に行方を断たせよ、と。


「全く……ミイラ取りがミイラになっちまったねぇ。巫女を魅了せんと群がった野郎どもが、転じて巫女の魅了にやられてしまうんだから」

「巫女の、というよりはあの娘が本来持つ力のようだったがな。いずれにせよ、心を強く持つ者はかからぬ。皆、腑抜けていただけだ」

「出たね、お得意の脳筋理論。……だがまぁ、それには同意するよ」


 エリーはその魂に魅了の属性を持っていた。彼女がいいなと思った相手と接触することで己に惹きつける……だからこそ元の世界でも、彼女好みの男達にばかり構われていたのだ。そしてそれは魂に付与されているため、もし次に生まれ変わったとしても変わることはない。



「…………次、か。あの娘(ミサキ)も、生まれ変わってくるだろうか?」

「さぁね。この世に嫌気がさしちまったかもしれないが…………もし、()()()()()ならその時は……」


 可愛がるか、からかい倒すか、それはまだわからないけれど。

 彼らには、まだ長い長い時間がある。人の世を何世代も見送り続け、国の存亡を見届けてもなお。それなら、お目当ての魂が転生してくるのを待ち続けるのもまた一興だ。


「あの腹黒王子が今度こそ恋を叶える、に最高級ワイン一瓶」

「では我は、あの娘が良い相手と結ばれる、に賭けよう」

「……それじゃ賭けにならないだろう」

「そうか。そうだな」


 だけど、大切に想う相手が幸せになれればいい。

 そう願いながら、腐れ縁の鬼畜魔族と脳筋エルフは最高級ワインの入ったグラスを掲げ、チンと軽くその縁を触れさせた。




次話にてようやくプロローグ部分終了。

その後主人公視点に戻ります。

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