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今度こそ、好きに生きてもいいでしょう?  作者: 久條 ユウキ
序章:悪夢のエピローグ、明日へのプロローグ
7/11

7.そして悲劇の幕は開く

直接的に人が死ぬ描写があります。

残酷描写とまではいきませんが、念のため。

 


 婚姻式で、巫女姫の浄化が見たいです。

 なにか希望はとユーリスに問われたミサキの答えがこれだ。ミサキがあまり巫女との接触を好んでいないことを知っているユーリスは、さすがにどう解釈したものかと眉根を寄せて難色を示した。が、


「式をしてしまえば、私は高位貴族の、その、妻として、家に入ることになりますし。巫女姫は浄化の旅に出るでしょう?その前に、彼女の力を間近で見たいんです。浄化スキルを使って見せてもらえたら、()()()()()とか水に流せそうな気がして」


『色々な』『蟠り』という言葉に秘められた深い意味合いに、彼はしかし気づかないままにわかったと頷いた。当然だ、彼はまさか知られているとは夢にも思っていないのだから。


「なら、せっかくだし一緒に頼みに行こうか?」

「いえ。貴族の婚姻の場合、婚姻式を取り仕切るのは花婿側の役割なのでしょう?旦那様になる方の手腕が問われるという話ですし、私は遠慮しておきますね」

「そう言われると任せてと言うしかないね。わかった、楽しみに待っていて」

「はい」


(これで……婚姻式までに何度も神殿に行かなきゃいけない用事ができた。さあユーリス様、貴方はどうする?式の打ち合わせだけなら、それほど時間はかからないはずだけど)


 意地が悪い仕掛けだとはわかっていた。

 あえて神殿に出向く用事を作り、巫女に直接頼み事をすることをお願いし、そして彼がどう出るか……最後の最後で試している。

 そんなことをしなくても、彼はきっとミサキの元に戻ってくる。彼の父が言っていたように、巫女との関係は切らないまま、しかし質の高いミサキの魔力を血筋に取り込むために。

 巫女との関係にさえ目をつぶれば、彼女は大事にされる。多分、きっと。


 巫女に口付けた唇でキスされる。

 巫女を抱いた腕に抱かれる。

 それさえ、我慢できるのなら。


(そんなの…………どうしても、許せないから。だから、全部壊すの)


 準備は整った。後は、本番を待つばかりだ。






 そして婚姻式当日。

 純白のドレスに身を包んだミサキは、ブライズメイドの役割を引き受けてくれたカレンと共に、控室でその時を待っていた。


「それにしても……この式が終わったたった二日後に巫女姫壮行パーティだなんて。慌ただしすぎるわ」

「うーん……でも、その壮行パーティがあるから、この婚姻式の日取りが早まったんだし。私としては悪いことばかりじゃないけど?」

「まぁ、貴女はね。でもほとんどの貴族が出席するパーティですもの、王城も今頃準備が大変なんじゃないかしら?」

「でしょうね。だからほら、師匠やマクスウェル様も欠席なんでしょう?」


 茶会やイチャイチャばかりで真面目に修業していたのか、と疑問になるほどだった巫女姫エリーだったが、さすがにそろそろ瘴気の浄化にかからないと洒落にならない事態になりつつあるそうで、近い内に取り巻き連中を連れて瘴気浄化の旅に出ることが決まっている。

 そこには勿論件の第二王子シリウスも同行するのだが、その前に召喚責任国であるこのルシフェリアで大々的な壮行会と称した夜会を催すのだそうだ。それは、貴族と名のつく者ならばほぼ全員参加という、とてつもない規模のもの。

 その準備にかかりきりになってしまえば、落ち着くのは巫女が旅立った後になってしまうため、その前にとセレイア家婚姻式の準備が慌ただしく進められてきた。


 とはいえ壮行パーティの主催は王家、当然王城は上を下への大騒ぎであるため、魔法師長であるルートヴィヒは会場警備やいざという時に備えるために忙しく、また医局の責任者であるマクスウェルも大々的な夜会とあって体調を崩す者が出た時や、万が一にも諍いが起きた時などのために備える必要があり、申し訳ないがと断りの返事をもらっている。

 ミサキの後見人として本来なら出席すべきだったのだろうが、これからやろうとしていることを思えばむしろ欠席してもらった方が、彼女としてはやりやすい。


(この婚姻は成立しない。だって……今日ここで、すべてが壊れるから)


 心配してくれる友人がいる、参加はできないがと残念がりながらも幸せにと願ってくれた第一王子、落ち着いたら身内のパーティでもするかと珍しくそう言ってくれたマクスウェルやルートヴィヒ、一緒に訓練に参加していつしか仲良くなった魔法師達。

 彼女、彼らには申し訳ないと思っている。

 だけど、もう誰も信じないと決めた。

 今日この場で、()()の目の前で、全てを壊すのだと決めたから。




 扉が開かれ、招待客達が一斉にこちらを見つめる。

 その視線は好意的なものばかりではない、どうしてこんな娘がと嘲り、貶めるような視線もある。そんな彼らを見ないようにしながらしずしずと先導されるがままに歩き、そして祭壇の前に立つ純白のタキシードを身に纏った黒髪の青年の前で、立ち止まる。


「ミサキ」


 こちらに、と伸ばされた手に、そっと手を重ねる。そこから流れ込んできた魔力、それに乗った様々な感情に見ないふりをして、彼女は微笑む。


 新郎と共に並び立って見上げれば、柔らかく慈悲深い微笑みを浮かべた女神の像がそこにある。

 そしてその前に、パールピンクのプリンセスラインドレスを身に纏い、頭には小さなティアラ、耳には水晶のティアドロップ型イヤリング、そして……以前『特別に仕立ててもらった』のだと言っていたあのショールを肩にかけた、巫女姫エリーが前に進み出てくる。

 彼女の手には、婚姻の宣誓書が乗せられてある。ボードの上のそれに互いの名をサインし、巫女姫の手で祭壇の上に捧げられれば、これで婚姻成立だ。


「ご結婚、おめでとうございます!ミサキさん、ユーリスさん、お二人を女神の名の元に祝福します!!」

「ありがとうございます、巫女様」


 ミサキはスカートの裾をちょっとつまんで、深々と一礼する。それは貴族式と言うにはかなりぎこちないものだったが、周囲の招待客達は巫女姫からの祝福にわぁっと沸き立ち、益々拍手が大きくなった。



「ではここで、お二人の前途を祝して浄化を行います」


 さて、ここからが本番だ。

 招待客達には秘密にしてあったため何事だと少しざわめいたが、巫女が祭壇前に跪くと皆シンと息を呑んで黙り込む。


 巫女の浄化スキルは女神からの贈り物だと言われている。そのため、スキルを発動するには女神に祈る必要があり、そうして祈りを捧げると女神が祝福の光を授けてくれるのだそうだ。……が、祈ると言っても神殿内の女神像の間で跪く必要などない。実際、歴代の巫女達はどこにいても心の中で女神に呼びかけるだけで浄化スキルを発動させており、女神からの祝福の光も眩いほどだったと記録に残っている。

 勿論、歴代巫女達は皆必死になって浄化スキルを成長させていたわけなので、真面目に修行に取り組んでいない今代(エリー)にそれが真似できるわけもないのだが。


 先程からかなり長い時間をかけて祈りが捧げられているが、女神像の足元が僅かでも光る気配は全く無い。これまでのような淡い光を放つことすらなく、女神はただ穏やかな笑みを浮かべているだけだ。


 ざわざわと、次第にざわつき始める神殿内。

 どうしたことだ、何故何も起こらないのだ、あれは本当に巫女なのか?……口々に囁きを交わす招待客達とは裏腹に、顔色を変えて巫女に駆け寄ってくる取り巻き達。


「どうして……どうしてっ!?どうして応えてもらえないの?こんなに頑張ってるのに、どうして!」

「巫女、落ち着け。きっと、調子が整わぬだけだ」

「でも、おかしいよ!祝福の光だけじゃない、浄化スキルが全く発動しないなんて初めてだもん。ねぇ、なんでなの!?」



「……やっぱり、ですか」

「…………ミサキ、さん?やっぱりってどういう……」


 祭壇を下り、取り巻き達に縋りながらもなおわけがわからないと首を傾げるエリー。そんな彼女に微笑みかけながら、立ち上がったミサキはゆっくりと祭壇の方へと歩いていく。


「歴代の『穢れなき巫女姫』達は、ほんの一瞬祈るだけで浄化の力を発動して眩いばかりの祝福の光を浴びたそうです。なのにどうして貴女が成せないのか……疑問には思いませんでしたか?」

「え、と……つまり、どういうことですか?もしかしてあたしが穢れてるって……そんな、酷いっ」


 怯えたように身を震わせるエリー、その隣、背後に立って肩や腕に触れながらじっとりと悪意のこもった眼差しで睨みつけてくる取り巻き達。それに怯むでもなく、ミサキは堂々と微笑みすら浮かべて声を上げた。

 この場に広く響き渡るように。


「『穢れなき巫女』の基準とはなんでしょう?異性を()()()()ことですか?ではどこからが『穢れ』だと思いますか?まさか、()()()()()さえ越えなければ全て問題ないとでも仰る?」



 知っていますよ、とミサキは告げた。

 例え無機物であれ、例え植物であれ、触れたものに残る魔力残滓が全てを見せてくれるのです、と。


「あの花が……貴女がたびたびお土産にとくださった白百合が、全てを教えてくれました。そちらの方々が、貴女と親密に触れ合っていた光景を。それだけなら、まだ良かった。だって公に認められた、貴女への求婚者達ですから。でも、それだけじゃなかったですよね?」

「まさか……っ」


 小さな声だったけれど、先程までミサキと共に跪いていた花婿ユーリスは呆然と立ち上がり、信じられないというように緩々と頭を振っている。

 彼はようやく気づいたのだ、全てが知られていたということに。

 ミサキが、全てを知った上でこの場を仕立て上げたということに。


 絶望を宿した焦げ茶色の双眸に、琥珀色の瞳が向く。


「……ねぇ、ユーリス様。あの花の前で、何度密会されましたか?何度、巫女に触れましたか?」

「っ、それ、は……っ」

「わかってます。最初は、セレイア卿からの命令でしたよね?私を利用して、巫女に近づけって。そしてそれが叶ったら、私の魔力を血筋に加えろ、でしたっけ。本当、女性を……私をなんだと思っているんでしょうね、あなた方は」


 止めに入ろうとしたセレイア卿にも矛先を向け、知ってるから無駄ですよと牽制しておく。実際彼は厳つい顔を更に凶悪にして、しかし周囲の招待客達に白い目を向けられている手前、何もできないでいる。



 不気味な沈黙、それを破ったのは悲鳴に近い甲高い声。


「酷いっ!!()()()、あたしのことを愛してくれただけなのに!誰かと……みんなと愛し合うことがそんなにいけないことなの!?それが『穢れ』だなんておかしいわ!!」

()()()()愛し合う、ですか……」


 彼女は自ら、告白してしまった。ここにいる『みんな』が彼女を愛してくれたのだ、と。

 ミサキがせっかくオブラートに包んだ物言いをしていたというのに、はっきりと『愛してくれた』のだと……愛を持って触れ合ったのだと明かしてしまった。もはや、最後の一線を越えているかどうかなど関係ないほどの大問題だ。



 巫女が開き直って叫び、取り巻き達がそれに同調し、招待客らがざわざわと落ち着きなく噂しあっている中、ミサキはそっと祭壇前に跪いた。そして、巫女がしたよりも深く頭を垂れ、静かに祈りを捧げる。巫女でもない彼女がそうしたところで何も変わらない、だからこれは単なる自己満足だ。


(私は、巫女を貶めました。だけど、ねぇ女神様。彼女(エリー)は愛され、守られ、認められ、私はどうして裏切られ、軽んじられ、利用されなきゃいけないんですか?どうして、私は祝福されないのですか?)


「っ、退いて!!そこはあたしの居場所よ!!」


 一瞬後に我に返った巫女姫エリーはヒステリックな声を上げ、祭壇前に跪いたままだったミサキに勢いよく掴みかかる。反射的に肩を掴んで防御の姿勢をとったものの、上から伸し掛かるようにしてくるエリーを引き剥がすこともできず、二人はもみ合ったまままるでダンスでも踊るように行ったり来たりを繰り返す。

 一進一退、どちらも必死で攻防しているところに、真っ赤な礼服を身に纏った()()()()が駆けつけた。


「巫女を愚弄するか、この不届き者め!こうしてくれるっ!!」


 彼はピン、と人差し指を伸ばしてミサキを指さす。

 途端、彼女の身体から力が抜け、まるでここへ召喚された初日のように身体の自由がきかなくなってしまった。そうして彼女は気付く。これは第二王子の固有スキル『拘束』なのだと。


 抵抗力を失ったその身体を、巫女は力一杯突き飛ばす。

 彼女としては、祭壇前という自分の居場所から退かしたい一心だったのだろう。だから、とりあえず突き飛ばしてしまえばそれでいい、居場所は守れると思ったに違いない。だけど、


「きゃあああああああああっ!!」


 絹を引き裂くような鋭い悲鳴を上げたのは、運悪く全てが見える位置に立っていたセレイア家の当主夫人。

 悲鳴こそ上げないものの、同じように全てを目撃してしまった者達は、何が起こったのかと茫然自失となり、次いであまりのことに青ざめ、ガクガクと身体を震わせながら口元を覆い隠す。



 燭台に左胸を貫かれ、純白のドレスを真紅に染めた花嫁が祭壇の上に横たわる。

 これは事故だと誰かが叫ぶ。あたしの所為じゃないと甲高い声がする。お前の所為だと断罪する声もある。

 だけど、もう彼女には聞こえない。


(あぁ…………これで、終わる)


 望んだ終わり方ではないけれど。最後に、意趣返しはできたから。

 もういいか、とミサキは静かに目を閉じた。



別視点でのお話、続きます。

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