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今度こそ、好きに生きてもいいでしょう?  作者: 久條 ユウキ
序章:悪夢のエピローグ、明日へのプロローグ
4/11

4.揺れる想い

 



(えぇと、この書類はサインがないから決裁箱、サインがあるものは片付け用の箱、手紙は……表向き貴族令嬢からが五通、高位の貴族からが三通、魔力は特に感知できないから普通に殿下宛の箱でいいか。こっちは…………うげ、また神殿から)


 彼女が手紙を仕分けるようになって、はや一ヶ月。

 幸いなことに元の世界とカレンダーや数字の数え方などほぼ同じだったこともあり、さして苦労することもなく日々を過ごしていた彼女だったが、それでも周囲の妬みの声はなくなることはなく、時には一人になったタイミングで暗がりに連れ込まれ、脅されることすらあった。

 いい気になるな、お前なんか巫女のおまけだ、消えてしまえ、身を隠して生きろ、むしろ死ね、とその脅しはどんどんエスカレートしてきているが、まだかろうじて実質的な被害は被っていない。


 そうして脅されるのは第一王子部下として働いているから、ということもあるが……その原因の一端が、ここにある。


『ミサキさんとお話がしたいです。お茶会に来ていただけませんか?』


 可愛らしい字で綴られた、巫女姫エリーからの手紙が。




 巫女姫エリーからの誘いの手紙は、わりと早いうちから届けられていた、らしい。というのも実は、後見人であるマクスウェル宛に届けられたそれを彼はミサキに知らせることなく破棄し、神殿側にも「まだ外には出せない」と一方的に断りを入れていたため、そのこと自体を彼女が知ったのはつい最近になってからなのだ。

 初見から巫女とミサキの関わりに割って入った彼のことだ、考えがあってのことだと思い彼女も深く追求せずに彼に判断を委ねていたのだが……どうやら最近になってミサキが第一王子の部下として働いていることを神殿側に知られたらしく、今度はこうして第一王子の専属事務室気付で送ってくるようになった。


(正直、私が行く意味あるのかわからないんだけど。っていうか、もう寂しくないでしょ?イケメンいっぱいで、むしろウハウハだよね?)


 第二王子は毎日のように神殿に通っている、しかも巫女の傍には他国からやってきた王位継承権を持つ者や高位の貴族などの優良物件(イケメン)が揃い、休憩だと称して茶会を開いたり、息抜きと称して庭に連れ出したり、とにかく巫女の寵を得ようと必死でアプローチしているらしいと聞く。

 そんな中で何が「心細い」のか、と悪態をつきたくもなるが……ミサキは一応義務だとばかりにマクスウェルにこのお誘いの手紙を見せ、彼の方から毎度断りを入れてもらっていた、のだが。


「ふぅ……いい加減しつこいねぇ。一度くらい応じてやらないと、これはもう収まりそうにないね。仕方ない、行っておいで」


 いい加減断るのも面倒になったらしいマクスウェルに「はい、これが手土産。こっちはアフタヌーンドレス。忘れずにエスコート役も連れていくように」と小さい箱から大きな箱までいくつも手渡され、あれよあれよという間に手配された王城のメイド達によって磨かれ、着替えさせられ、着飾られ。

 精神力がガッツリ削られたところで、ぽいっと城外に放り出された。

 …………美形とまでは言えないが、端正な顔立ちで落ち着いた雰囲気のユーリス(イケメン)をエスコート役につけられて。




「で、どうだったの?お茶会」

「端的に言えば、お茶会って言うより逆ハーお披露目パーティーかな。真ん中に巫女姫、ショタな侍従に俺様系護衛騎士、年齢不詳な敬語系神官、生真面目系魔法師、加えて直情系第二王子殿下、と。そんな中に割って入るわけだから……どういう扱いかは推して知るべし、だよ」

「……そうね、お疲れ様。全く、『神殿』の『聖なる巫女』が聞いて呆れるわ」


 後日。同じ人物に師事している関係で相応に仲良くなったカレンと、塔のバルコニーで休憩中、当然のように過日の茶会の話題となった。

 ミサキは、その時のことを思い出しながら……うんざりした表情で話し出す。


 それはまるで、乙女ゲームのご褒美スチルのようだった。

 真ん中にパールグリーンのドレスを身に纏った巫女姫、その傍には年齢・性格・出身こそ違うもののいずれ劣らぬ見目麗しい美形集団が侍り、「日本のご飯が恋しい」だの「祈りの時間が長すぎて退屈」だの「ドレスが窮屈で」だのといった巫女の愚痴に対して、我先にと慰めの言葉をかけていた。

 そして彼らは、巫女に気づかれぬようにミサキをこっそり睨むのだ。どうして我らが巫女を慰めないのだ、お前はそれが役目だろうに、と。


 もし隣にユーリスがいなければ、直接的な言葉で非難されたかもしれない。それを見越してのエスコート役なのだとしたら、指示したマクスウェルやユーリスに命じた第一王子はこのことを予見していたのかもしれない。


「まぁ、もう呼ばれないとは思うけどね」

「…………そうかしら?わたくしはそう思わないわ」

「へ?」



 カレンの不吉な予言は、結果だけ言うとあたっていた。

 一度応じたのだから二度も三度も応じられるだろうと、神殿側はむしろ強気で何度も茶会の招待状を送りつけてきた。時には直接神殿側の使者が王城にやってきて、返事をもらえるまでは帰らないと粘ったくらいだ。


「…………はぁ」

「どうかしましたか?もしやご気分でも?」

「…………不敬になりませんか?」

「えぇ。遠慮なくどうぞ」

「では。……どうして今回、殿()()が私の護衛役に?しかもまた、そのように偽装スキルまで使われて」


 さして珍しくもない明るい茶色の髪にダークブルーの瞳。目立ったところのない、印象に残りにくい地味顔の下級騎士…………だった姿は一瞬にして揺らぎ、現れたのはプラチナブロンドにマリンブルーの双眸、幼さの残る第二王子とはあまり似ていない年相応に大人びた美貌を持つ、この国で二番目に高貴な身分の男性。

 キチンと姿勢正しく座っていた彼はにこやかに微笑みながらゆったりと背もたれに背を預け、その長い足を深く組んで軽く首を傾げる。何を今更、という態度だ。


「ユーリスは家の用事だというだろう?ならせっかくだから愚弟の様子でも、と思っただけだ。あちらに着いたら下級騎士になりきるので、そのつもりで接するように」

「…………左様でございますか」


(殿下の偽装スキルは私には効かない。……だからあんなしおらしい態度とられても気味悪いだけなんだけど……まぁ、これも息抜きってことかな)


 弟王子とは仲も悪けりゃ相性も悪い、だからこそ巫女に侍る弟を見ておきたいと言うこの腹黒王子、エドガー・ジル・リヒト・ルシフェリアの部下として、ミサキは彼の意向には逆らえない。しかも彼の言う通り今回はユーリスが不在ということもあって、わざわざエスコート兼護衛役を買って出てくれたのだから、それを断るなどできるはずもない。


(まぁ、今日はユーリス様もお休みですし……仕方ない、んですけど。ちょっとだけ、残念ですね)


 あの神経がゴリゴリと削られるようなお茶会以降、断りきれず結局定期的にお呼ばれするようになった神殿に、ユーリスは律儀に毎度エスコートしてくれている。表向きは彼女の仕事のパートナーだからという理由だが、彼はいつもミサキのイライラが限界になる寸前にさりげなく退席を促し、一緒に馬車で連れ帰ってくれるのだ。


『申し訳ありません、巫女様。所要がございますので、我々はこれで失礼させていただきたく』


 ミサキが断りを入れれば彼女への反感が増す、だが付き添いであるユーリスがやんわり退席を乞うことで、ミサキに巫女を傷つける意思のないこと、やむを得ない理由があることを周囲や巫女に印象づけられるのではないか、ということのようだ。


 そうして付き添ってくれたその帰り道、彼女の気が晴れるようにと食事に誘ってくれたり、茶会以外の日でも観劇に連れ出してくれたりもする。

 一度、そこまで気を遣ってくれなくてもいいですからとやんわり辞退したこともあったのだが、『俺の息抜きも兼ねているから、嫌でなければ是非』と断りづらい雰囲気に持ち込まれ、今に至っていた。


(どうしてそこまで良くしてくれるんだろう……殿下のご命令だから、って理由だけじゃないとは思うんだけど……)


 ここまでされて、好意を抱かないはずがない。もはやはっきり間違いようもなく、ミサキはユーリスに惹かれていた。といっても相手は高位貴族の嫡男で、彼女はさしたる能力もない異世界人……身分違いは良くわかっているので、あくまでも一方的に慕っているだけだが。

 それでも、彼から好意を向けられればやはり心が浮き立つし、お出かけに誘われればどう見られているかと周囲を殊更気にしてしまう。


 最近では、彼女にとっても彼が傍にいるのが当たり前、いないとどうにも落ち着かないというほどだ。



 宣言通り、馬車が神殿に着く頃には第一王子は『偽装』のスキルを使って『平凡で目立たない下級騎士』の姿になり、ミサキの斜め後ろにピッタリとついて護衛役になりきってしまった。

 当然、取り巻き達はおろか第二王子ですらその正体に気づかず、「下級騎士如きが巫女姫の傍に寄るな。離れて控えろ」と言い出す始末。

 一瞬、第一王子の表情がヒクリと引きつったのがわかったミサキは、内心だけで『第二王子ざまぁ』と嘲ってやったが、勿論顔に出すことはしない。


 その日も相変わらずエリーは自分のことばかり話し、「勉強ばっかりで疲れちゃう」だとか、「たまには外で遊びたい」だとか贅沢極まりない悩み事を口にしては、取り巻きのイケメン達に慰められている。

 以前と少し変わったのは、少しずつだが男達のスキンシップが増えているということ。髪に触れたり指先にキスしたり、肩を抱く仕草まで普通に行っているのだが、離れて控えている神官達が何も言わないところを見ると、問題ないということなのだろう。


 とはいえ、イチャイチャを見せつけられるのも疲れるなぁ、と呆れた気持ちでため息を堪えていたミサキは、ふと視線を巡らせて第一王子……今は下級騎士の視線の向く先に気づいた。


「………………えっ?」


 彼が視線を向けた先には、広い神殿の中でも巫女に関わる者しか入れない区画のちょうど入り口付近。

 そこで、警備の神殿騎士と話し込んでいるのは、黒髪に焦げ茶色の瞳……痩せてはいるが背はそこそこ、端正な顔立ちに事務官らしい生真面目な雰囲気の高位貴族の嫡男で、この日は家の用事で仕事自体休んでいるはずの男。


「ユーリス、様……?」


 どうして、という小さな呟きを拾い上げた巫女姫エリーは、キョトンとした顔でミサキの向く方向に視線を向け、そしてパチンとその小さな両手を可愛らしく打ち合わせた。


「あぁ、ユーリスさんですね!時々ああして、ご寄付の品を届けてくれるんです。このショールも、ユーリスさんが生地から選んで仕立ててもらったそうなんです!綺麗でしょう?巫女様の慰めになれば、ってお花とか添えてプレゼントしてくださるんですよ!」





「おはよう、ミサキ。昨日は一緒に行けなくて悪かったね」


 翌日事務室で顔を合わせたユーリスは、全くと言っていいほどいつも通りの表情だった。


『花を添えて贈り物をしてくれる』というエリーの言葉は、恐らく真実だろう。彼女がそんなところで嘘をつく意味がない。だとしたらどうして、わざわざ仕事を休み、同じ神殿へ向かうミサキのエスコートを辞してまで別途出向いたのか?……そのことが知りたくて、反面聞くのが怖くて。

 どうしようかと窓の外をぼんやり見ながら考えていた彼女に、しびれを切らしたらしいユーリスの方から話しかけてきた。


「その……もしかして、気分を害してしまったかな?」

「……えっ?」

「昨日、君のエスコートを断って家の用事を優先しただろう?……いや、はっきり言っておいた方がいいか。家の用事というのは、セレイア家の名前で神殿に……もっと言うと、巫女姫に貢物を贈るというものだ。言うほどのものでもないと思っていたが、まさか茶会の日と重なってしまうとは思わなくて。誤解させてしまったのなら、すまなかった」


 巫女は国の……この大陸の希望。

 そんな巫女をこちらの都合で異世界から喚び、こちらの世界のために力を尽くしてもらうのだからと、各国は巫女を尊重し敬愛を捧げる。その敬愛の証として、いつしか各国の王族・貴族は先を争うように貢物を贈り、己が国は素晴らしい、己が領地はこれほどまでに巫女を支援しているのだ、と主張するようになったのだという。

 新興貴族で野心もさほどないとは言えセレイア家も高位の貴族、その慣習に倣ってこれまで何度か領地の名産品や特別に仕立てた特注品などを神殿に寄進していたのだが、その役目を嫡男であるユーリスが当主代行ということで担っているのだそうだ。


 言い訳がましい、と正直ミサキはそんな擦れたことを考えてしまったが……それでも、ユーリスの口から『誤解しないで欲しい、他意はない』と聞かされたことでどこかホッと安堵する気持ちもあった。

 まるで自分のほうが優先されているような、優越感すら抱く。


 彼女のエスコートよりも巫女のご機嫌取りを選んだ、その事実を見なかったことにして。



現実を見れば何か変わっただろうか?

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