3.思わぬ発見
国王のスキルによって、発言を封じられた第二王子。無駄に口を開閉させることも諦め、彼はギリリと歯を噛み締めて前を向く。
自業自得だという空気が流れる中、改めて国王の口から謝罪と『もう戻れないこと』が伝えられ、そしてせめてもの詫びにと身分を保証する旨の説明が為された。
能力検査の結果、浄化スキルを持っていたらしい絵里衣は巫女姫だと認められ、後見には神殿がつくことになるそうだ。
「カレン嬢、そなたの後見には魔法師長がつくことになった」
ここへ、と呼ばれて前に進み出て来た人物を見た花蓮とまどかは、揃って目を見張った。銀髪にアイスブルーの冷ややかな双眸、黒のローブに身の丈ほどもある長い杖。そして、どう頑張ってもローティーンの少年にしか見えない容姿。
「魔法師長のルートヴィヒだ」
「……カレンと申します」
花蓮はどうにか気を取り直し、一礼する。目の前の人物が見た目通りの年齢ではないと悟ったらしい。
「カレン、お主の魔法素養はかなり高い。強要はせぬが、望むならば魔法師として活躍することもできよう」
「ありがとうございます。……すぐに受け入れることはできないかもしれませんが、まずは勉強から始めたいと思っておりますわ」
「うむ」
満足げに頷いた魔法師長ルートヴィヒは、そのアイスブルーの冷ややかな視線を何故かカレンの隣に立っていたまどかにも向けた。
何かを測るように目を細め、そしてふぅっと残念そうなため息をひとつ。
「名を」
「ミサキとお呼びください」
(「まどか」って発音できないらしいからもう仕方ないけどね。あんまり拘りもないし)
実際、ここへ来る前に第一王子やユーリスという青年にも名乗ったが、彼らも「まどか」と発音ができなかった。それなら名字の方で構わないと伝え、彼女は「ミサキ」と名乗ることに決めたわけである。
「ではミサキ、お主には魔法の素養がまるでない。が…………その魔力の質はかなりのものだな。素養があればカレンと並ぶいい魔法師になれただろうに。勿体無いことだ」
「魔力の質、ですか?」
「うむ。魔力は量が多ければいいというものではない。その質が高ければ、それだけ精度の高い術が使えよう」
(まぁつまり、宝の持ち腐れってことか)
どうやらあの温熱療法を受けた時、眩しい光として見えたのはミサキの魔力の色だったらしい。しかしいくら魔力の質が高くても魔法の素養がまるでない彼女は、あの場に渦巻く召喚のための魔力に耐えきれず、一時的な魔力酔いを起こして倒れていたのだそうだ。
つまりどんなに綺麗な魔力であっても、魔法至上主義であるこの国において魔法素養ゼロな彼女は価値がない、ということに等しい。
現に、カレンの後見はすぐに決まったが、ミサキを後見しようという声は上がらない。
国王はどうしたものかと周囲を見渡し、次いで第一王子へと視線を向けたその時
「あのっ!……その人……ミサキさんに、神殿に来てもらうわけにはいきませんか!?あたし、その、一人じゃ……心細くて。誰か一緒なら、頑張れると思うんです。あたしが巫女だっていうなら、その側付きとか……ダメ、ですか?」
「!?」
未だ口のきけない第二王子ですら驚愕するほどの爆弾発言が、エリーの口から出た。当然、いきなりご指名にあずかったミサキも驚いて声も出ない。
(いやいやいや、ちょっと待って?なんで私?神殿って巫女至上主義だろうし、そんなところに行けとかなにそれ、嫌がらせなの?)
最初は心細いかもしれないが、彼女の場合すぐにでも取り巻きができるだろう。巫女という立場から言っても高待遇であるのは間違いないだろうし、そんなところに異物であるミサキが出向けばきっととばっちりで酷い目にあうのは簡単に予想がつく。
かといって、後見も決まらないのに巫女の申し出を断れば、第二王子は勿論のこと神殿側にもいい印象は与えない……さて、どうしたものか。
一瞬沈黙が訪れた貴賓室、しかしそこに抑えきれないクククといういかにも悪役らしい笑い声が響いた。
視線を向けるまでもない、その声の主はミサキのすぐ隣にいる。
「マクスウェル、不敬であるぞ」
「これは失礼を。……ですが巫女姫様があまりに幼気な発言をなさるもので。共に世界を渡ってきた、言わば仲間とも同士とも呼べる存在を、側付きにと望むとは。いやはや、興味深い」
『不敬だ!!』と第二王子が口をきけたならきっとこう叫んでいただろう。現に彼は、今にも食って掛かりそうなほど剣呑な色をその瞳に宿し、マクスウェルを睨みつけている。
恐らくこの場で言われた意味がわかっていないのはエリーだけ。
ミサキにもカレンにも、これが盛大な嫌味だということはわかっていた。
(まぁ、そうだよね。側付きってことは自分の下に置くわけだし……あれ、自覚はしてないだろうけど明らかに自分が上位だって発言だもんねぇ)
エリーは巫女だ。その側付きとならば相応の待遇は保証されるだろうが、しかし明らかに巫女姫よりは下に置かれる。そんな上下関係など考えることもなく、彼女はただ寂しいという理由だけでああ言ったのだろう。そしてマクスウェルは、それを遠回しに嘲ってみせた。
(国王陛下も一応咎めはしたけど、本気じゃなかったみたいだし。この人、もしかして相当偉い?)
考えれば、医局の責任者でしかない彼がこの場にいる事自体不自然なのだ。ならばきっと、この不敬な発言にも理由はある……はず。
そう思って成り行きを静観しようとしていたミサキの肩に、軽くマクスウェルの手がかかる。
「残念ながら巫女、彼女は側付きにはならない。……陛下、ミサキは私が後見しましょう」
「……参考までに聞くが、そう言い出した理由はなんだ?」
「いやなに。能力自体は低いものの、魔力の質が随分高いようですので。ひとまず後見しておいて、使えそうなら養子に迎えるのもよかろう、と思いまして」
「…………言葉を飾らぬのはそなたの良いところだが、今回ばかりは飾らなすぎだ」
「下手に取り繕うよりは良かろうと考えまして。それで、どうでしょう?」
ふむ、と考え込んでから国王はミサキへと視線をむけた。どうだろう?と丸投げするように問いかけられた彼女は、チラリと隣で澄ました顔をしている正体不明の男を見やり、首を傾げ、不安そうに唇を噛んで自分を見ている巫女姫エリーを見てから、一つ頷いた。
「わかりました。お役に立てるかどうかはわかりませんが、後見をお願いいたします」
「そんな、っ……!あたしのこと見捨てるんですか!?酷い……っ」
わっ、と感情的に泣き崩れるエリーを支えてやる第二王子、それをしらっとした目で見るカレン、やれやれとため息をつきたそうな国王、まるっと無視を決め込んだ第一王子、ニヤニヤと意地の悪い笑みを隠そうともしないマクスウェル。
どうしたものかなぁと態度を決めかねながら、しかしミサキは結局何も言わず前言撤回もしなかった。
「さて、後見することにはしたが。その魔力……まずは磨いてもらおうか?」
見た目二十代半ば、しかしもう長い時間を生きているというマクスウェルは、己を魔族だと名乗った。
この世界ではかつて様々な種族が混ざり合って生きていたが、混血が進んだ現在では純血を保つ者の方が希少であり、ほとんどが人族に混ざってしまったため『○○族』と名乗るのはこの希少なる純血とそれに連なる者だけなのだそうだ。
あの合法ショタな魔法師長ルートヴィヒは純血のエルフ、そしてマクスウェルは純血の魔族。他にも竜族や人魚族などが存在するそうだが、彼らは山奥だったり海の底だったりにひっそりと暮らしているため、滅多に出会うこともないのだとか。
魔族は、その名から魔物のボスだと誤解されがちだが実は全く関係がない。ただ長寿で、驚くほどに魔力が高い種族なのだそうで、故に魔力の質の高いミサキに目をつけたということなのだと、彼はしれっとそう教えてくれた。
そして、勿体無いからその魔力を活かせるように磨いてこい、とミサキを魔法師長のもとへと遣いに出した。
「えぇっと…………というわけで、魔力を磨けと言われて来たのですが」
「魔法の素養があれば能力を高めるのも容易なのだがな。お主の場合は魔力そのものを高めねばならん。辛い修行になるが、覚悟は良いか?」
「え、辛い修行?え、あの、それは一体……」
「まずは体を鍛える。魔力は身体を巡るもの、身体が鍛えられれば魔力もまた鍛え抜かれていくからな」
「……はぁ」
(なにその理論。脳筋か)
言っていることは筋が通っているように思えるが、要するに『健全な精神は健全な肉体に宿る』という脳筋がよく振りかざすアレのことだ。そんなので魔力が磨かれるのかと疑問にも思ったが、相手は何百年も生きている純血エルフ……ひとまず間違ったことは言っていないのだろうと無理やり納得し、彼女は「お願いします」と頭を下げた。
「ふむ。ではお主はこれより我が弟子となる。我のことは師匠と呼ぶように」
「はい、師匠」
「よし。では弟子よ、まずは城門まで全力で駆けて戻ってこい。戻ってくるまでに、訓練計画を練っておく」
「城門まで」
「何度も繰り返すな。行け」
面倒臭そうにひらりと手を振るその仕草は、まるで犬か何かを追い払うようで。
実は負けん気の強かったミサキはグッと歯を食いしばり、行ってきますと告げると勢いよく駆け出していった。
とはいえまず城門の場所がわからず、うろうろとしていたところを警備の騎士に不審者扱いされ、これは修行なのだと説明したところでわかってもらえず、連行されそうになったところを偶然通りかかったユーリスに「彼女は第一王子殿下の客人だよ」と助け舟を出されて、結局訓練は中止……ルートヴィヒには呆れられ、マクスウェルには笑われ、第一王子にも苦い顔をされることとなってしまった。
「修行を行うのは構わないが、城内をうろつかれるのは警備の者達の迷惑となるため、私が身柄を預かるということで話がまとまった。しばらくはこのユーリスの下につき、事務仕事の補佐を頼みたい」
「……はぁ。ご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございません、殿下」
申し訳なさそうに項垂れるミサキを見下ろし、第一王子はふと口元を緩めて眼光を和らげる。途端王族独特の威圧感がなくなったということは、彼は自在にON・OFFを切り替えられるということだろう。
「というのはまぁ建前でな。うちは少数精鋭だから常時人手が足りないんだ。私に拾われたのが運の尽き、しっかり働いてもらうので覚悟するように」
ミサキの後見人はマクスウェルだが、彼は医局の責任者であるため医療の知識がない彼女を傍には置けない。かといって魔法の素養のない者を魔法師の塔には置けず、それならばと行きがかり上第一王子が職場を提供してくれることになった。
直接勤務するのは第一王子専属の事務官執務室、通称事務室。そこにはユーリスをはじめ、第一王子が認めた僅か数名の事務官が入れ代わり立ち代わり忙しそうに働いている。主な仕事は第一王子宛に届く郵便物の処理や、王子の手に届けるまでもない書類のファイリングや手続き代行などであるため、臨時とはいえ人手が増えることは皆歓迎であるようだ。
「こういった雑務で殿下のお手を煩わせられないから、我々の仕事はとても大切なんだ。……とはいえ正直、やりたがる者も少ないので難儀していてね。だから手伝ってもらえるのなら助かるよ。よろしく」
あの場でミサキの魔力酔いを治してくれた青年は、ユーリス・セレイアという名だった。彼は高位貴族の嫡男ではあるが、数代前の先祖の功績によって貴族になった所謂新興貴族であるらしく、さほど国の中枢に関わることもなく野心も少ない家なのだという。だからこそ、第一王子の側近でありながら驕らず出しゃばらず、こうして雑務全般を引き受けて大人しくしているのだそうだ。
ユーリスの下について、わかったことがある。
彼の事務処理能力が高いこと、しかし先代から引き継がれた古臭い方法を未だとっているため効率が悪いこと、ミサキの知る現代日本の事務処理技能が意外と役立つらしいこと、そして
「しかし驚かされた。君の固有スキルは『解読』だと聞いていたが、まさか他者の魔力残滓まで読み取れるとは。これは嬉しい誤算だな」
そう、魔法の素養が全くないミサキだったが、彼女固有の『解読』というスキルのお陰で文字の読み書きに不自由はなく、また日々の修行のお陰か手紙などから他者の魔力残滓を読み取ることもできるようになった。
最初のきっかけはたまたま郵便を持ってきた使用人から受け取った手紙に、グルグルと渦巻くような気持ち悪い魔力が纏わりついており、それを師匠であるルートヴィヒにぽつりと漏らしたことだった。それならばもしやと彼がミサキの固有スキルを徹底的に調査し、時には「これをやってみろ」「これは何が見える」と実践訓練を組み込んで能力を鑑定した結果、どうやら強い残留思念が纏わりついたものから魔力残滓を読み取れる能力だとわかり、そこからはその能力を伸ばす方向で現在も修行が続けられている。
「あの、殿下。まだ完全ではありませんし、師匠からも極力他言するなと言われておりますので」
「わかっている。父上には報告するが、他言はしないと誓おう」
だけど、と彼はそこでほんの僅か笑みを浮かべる。
ドキリと胸が高鳴ることこそないが、ハッと人目を惹く笑みを。
「その能力は正直魅力的だな。どうだ、私の個人的な諜報要員として転職する気はないか?」
「ご遠慮申し上げます」
憮然とした顔で断ると、彼はわかってるとばかりに今度は声を上げて笑った。
昼食から戻ってきたユーリスが、あまりに和やかな主の表情に唖然としてしまうのは、このすぐ後のこと。
殿下の誘いは半分本気。