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今度こそ、好きに生きてもいいでしょう?  作者: 久條 ユウキ
序章:悪夢のエピローグ、明日へのプロローグ
2/11

2.類は友を呼ぶ

 


 話が通じない、と悟ったのは花蓮も同じことだったのだろう。

 彼女はわざとらしく大きなため息を吐き出すと、「わかりました、お話だけは伺いますわ」と前置きした上で、不意にカツンとヒールを鳴らして歩き出し、


「でもその前に、こちらの彼女……さっきから動こうともしない、きっと理由があって動けない彼女を治してもらうのが条件ですわ。『この場の責任者』であるなら、まさかできないとは仰らないでしょう?」


 どうやらまどかの傍に膝をついたらしく、常々『某モデル出身の八頭身女優にそっくり』だと思っていた美貌がいきなり視界に飛び込んでくる。


(気遣ってもらって……は、いるようだけど。でもあの第二王子とやらが言うことを聞くかな?彼の言うことがもし本当だとして、目的は大陸を救う巫女って存在だけなわけだし)


『巫女』という存在が必要なのだとして、だとするなら『召喚』された面々のうち何もできずに転がっているしかない存在は、巫女ではないのだと軽んじられてもそれまでだ。その可能性に思い至ったからこそ、花蓮は「話を聞く条件」としてまどかの治療を言い出したわけだが。

 だがその条件付けをこのプライドの高そうな自称第二王子が素直に聞くとは思えない。彼は恐らく素直に言われたことを信じ、やる気になっている絵里衣のことを巫女だと思っている節がある。ならば条件付けをしてきた花蓮に反感を持つのは当然……不敬だと怒り出し、処分せよと周囲に命じる可能性もないとは言えないのではないか。



 まどかの、そして花蓮の予想通り、第二王子だと名乗った青年シリウスは顔を赤らめ、「不敬だぞ!」と怒鳴りつけた。

 自分は紛れもなくこの召喚の責任者、そして国の第二王子である、そんな自分を疑うようなことを言い、話を聞くのに条件までつけるとは不敬である、そんな者が巫女のはずはない、ならば最初から話を聞くことを承諾してくれたこちらの心優しい女性が巫女で、他は巻き込まれただけの一般人に違いない、と。


(うわぁ、予想通り単純明快。七瀬さんと気が合いそう……)


「一般人であれば、わざわざ国家機密を明かす必要もない。不敬な発言も含めて、処遇は後ほど知らせよう。おい、その者を別室へ連れて行って監視しておけ」


 いかにも他人を顎で使い慣れてますといった態度で周囲の、恐らく警備要員だろう者に命令を下すシリウス。が、そのうちの一人が恐る恐るといったように一歩進み出て、一礼した後口を開いた。


「……恐れながら殿下、せめて能力検査をされてからの方がよろしいのでは」

「黙れ無礼者!俺の見立てではこちらの女性こそが巫女姫だ。ならば他は必要ない」

「…………はっ。では、そちらの動けぬ方はいかがされますか?治療をされるのでしたら医局へお連れ致しますが」

「貴様、俺の言ったことが聞こえていなかったのか?俺は『必要ない』と言ったぞ」


 花蓮が、そしてその発言を聞いた部下らしき男が息を呑んだ。声にならないセリフを当てはめるなら『信じられない!』といったところだろう。この場の責任者だと名乗ったその口で、彼は巻き込まれた一般人を見捨てる発言をしたのだから。


 部下らしき男はグッと黙り込んだが、同じようにうつむいて黙り込む花蓮を別室とやらに連行することもなく、その場に控えたまま。

 それに苛立ったらしい自称第二王子は「貴様も処罰の対象に加えてやる!」と捨て台詞を吐き、戸惑いオロオロとし続ける絵里衣を「どうぞ別室へ」と促した。側近も伴ったのか数人分の足音が入り乱れて遠ざかり、そして…………扉が閉まったらしい、低く重厚な音が響いた。





 ふうっ、とため息が漏れたのは誰からだったか。


「……あの、愚か者(バカ)が」


 低く、嘲りを含んだその声の主は、先程自称第二王子に()()()()()意見して、しかしあっさりとそれを切り捨てられた部下らしき男、のはずだった。

 だがそうではないことに、まどかも、そして花蓮も気付く。男のまとった雰囲気が、先程までなかったはずの威圧感が、恐らく第二王子よりも上位であろうことに。


「愚弟の失礼のほど、深くお詫び申し上げる。その上で事情を聞いてもらいたいのだが……その前に治療が先だな。ユーリス、頼む」

「はっ」


『愚弟』ということは、男はシリウスと名乗ったあの青年の兄だということだろう。ということは、彼の主張が正しいならここにいるのは第一王子ということになるが……と考えたところで、まどかは体全体がふんわりと温かいなにかに包まれるのを感じた。


(温かい……それになんだか眩しい光。なんだろ、温熱療法か何かかな?)


「…………っ、え!?」

「……これは……」

「なるほど」


 驚きの声、呆気にとられたような声、何かに納得したような声。

 三者三様の声があがるなか、ようやく体の自由を取り戻したまどかはほぅ、と安堵の息をついた。そしてゆっくりと起き上がる。

 彼女はひとまず、起き上がれるようにしてくれたことの礼を述べるべく、ぎこちないながらも腰を折った。


「治療していただいたことには、感謝申し上げます。ありがとうございました」

「…………礼の必要はない。元はといえばこちらの不手際だ」

「貴女ねぇ……」


 呆れたようなアルトの声に、まどかは小さく苦笑する。


「お人好し、とでも言いたいですか?でも、先程の方はあっさり切り捨てようとなさいましたし、そう命令できるだけの身分をお持ちなのでしょう。でしたら、いくら被害者であっても理不尽であっても治療してくださったことには感謝しておかなければ。そのうえで、ご協力できるかどうかは別問題ですし?」


 そう言うと、呆れているのか憤っているのか、顔を歪めていた花蓮はそこでようやく肩の力を抜き、ふっと小さく苦笑した。少なくとも目の前にいる()()は話が通じる相手だ、と理解できたのだろう。

 それは、喚び出した側である男にもわかったのか、まっすぐに見上げた先の整ったその顔はほんの少しだけホッとしたような安堵をにじませていた。




 場所を移そうと提案され、それではと連れて来られたのは先程までいただだっ広い空間を出て廊下をしばらく歩いた先にある、淡い色合いで統一された建物。先程第一王子が【医局】と呼んでいた、日本で言うところの病院のような施設であるらしい。


「マクスウェル、場所を借りるぞ」

「おや殿下、また随分と興味深い()()をお連れのようで。私も同席しますが、構いませんね?」

「…………仕方ない。だが他言は無用だぞ」


 マクスウェル、と呼ばれたのは見た目二十代半ば過ぎ……つまり彼女らを連れてきた青年二人とそう年の変わらない外見でありながら、どこか老成したような、達観しているような雰囲気のある、白衣を着た男性だ。

 ふわりと柔らかそうな髪はミルクティーベージュ、おもちゃを見るような目で二人を見下ろしてくる双眸はペリドットグリーン。顔立ちは充分美形と呼んでいいはずなのに、その顔はどこか爬虫類……蛇を思わせる。

 うわあ悪役顔、というのがまどかの抱いた第一印象だ。


 どうやら医局の責任者であるらしいこのマクスウェルという青年と第一王子、そしてその部下らしいユーリスという名の青年、この三人と向き合うようにして花蓮とまどかがソファーセットに座る。

 改めて事情を話させてくれないかと言われた花蓮は、少し迷ってから「わかりました」と頷いた。

 どうやら、倒れていたまどかのことなど歯牙にもかけなかった第二王子よりも、ひとまず助けてくれた第一王子を信用することにしたらしい。


 そうして、彼は話し出す。

 彼女らにとっては、ラノベか、ファンタジー映画の設定かと現実逃避したくなるようなことを。





「その、大体は理解できましたわ。ですけれど……あまりに荒唐無稽すぎて」

「そう、ですね。にわかには信じがたいというのが本音です」

「あぁ。それが普通の反応だ、気にしなくていい」


 まるで、あの場において「頑張ります」発言をした絵里衣の方が異常だったと言わんばかりの言葉に、この人は信用できるんじゃないかと改めてまどかの好感度が上がる。


(ここは異世界【ラーシェ】……【地球】と隣り合ってはいるけれど、道は一方通行。つまり、喚べはするが戻れない。そんな関係性の異世界から、この世界を救う力を持った巫女を召喚した、と。はぁ、なにこれ乙女ゲーム?イケメン攻略して旅に出て、世界救ってめでたしめでたし?ありえないでしょ、そういうの)


 世界は今、瘴気と呼ばれるものに蝕まれていっている。瘴気は少しずつ濃くなっていき、それに触れた動植物は魔物と化して暴れるようになり、人々も徐々に体調を崩したり精神的に不安定になったりして暴動などが起きやすくなっていく。

 その瘴気を晴らすことができるのは浄化のスキルを持った者……浄化スキルは光の女神の贈り物とも呼ばれるため、この希少なスキルの所持者は神殿にて保護される。彼らは定期的に瘴気を浄化すべく大陸中を巡礼するのだが、それでも追いつかないほどに瘴気が膨れ上がった時は、光の女神が【巫女】を遣わしてくれるのだという。


「というのは建前で、実際は各国持ち回りで異世界より巫女の適性を持つ者を召喚しているのが現状だな。巫女は強い浄化の力を持ち、女神に祈りを捧げることで瘴気を瞬時に浄化することができると言われている」


 だからこそ、召喚された者は大事に扱わなければならない。見知らぬ土地に突然召喚してしまった非礼を詫び、事情を説明した上でそれを理解してもらう必要がある。勿論押し付けや脅しなどもってのほか、巫女本人の意思を尊重して丁重に扱うことが求められる、はずなのだが。



「巫女は一人、だが喚ばれたのは三人。その時点でまずは非礼を詫び、事情を説明し、全員平等に扱わなければならないところを……あの愚弟は、見る目を曇らせ、己のみを信じて愚を犯した。巫女といえど我々と同じ人……()()()()()世界に家族や友人など居るだろうに」


 第二王子は、魔力こそこの第一王子をしのぐものの、精神的にまだ未熟で直情的であるらしい。

 そんな彼に重い責任を与えることで王族としての自覚を促そうとしたのだが、同時に彼が愚を犯した時にフォローに入れるようにと、普段からあまり接触のない第一王子が『偽装』という固有スキルを使ってあの場に潜り込み、監視していたのだそうだ。

 結果については、もはや言うまでもない。


「…………喚ばれた者は二度と戻れない、というような仰っしゃり様でしたけれど……」

「申し訳ない、その通りだ。開かれた道は一方通行で、喚ばれた者はもう戻れない。だからこそ喚ぶ側は喚ばれた者に最大限の礼を尽くさなければならない。詫びになるかはわからないが、身分の保証、後見人の選定、職の斡旋は勿論保障させてもらう。気の済むまで詰って貰っても構わないし、我々の法の下でギリギリ許される範囲であれば、不敬にも問わないと約束しよう」


 これまで生きてきた世界から突然切り離され、しかもなんの役目も持たない一般人は必要ないのだといきなり切り捨てられ、もう戻れないのだと辛い事実を突きつけられる、これがどんなに酷いことなのか当事者にしかわからない。身分の保証や職の斡旋、そういったものを与えられてもなお、すぐに納得できるものではないはずだ。

 それは勿論、あの第二王子をボコボコにしても構わないと許可されたとして……例えそれを実行したとしても変わらない。


 しかし花蓮は、気丈にも顔を上げた。そして、自分たちにも能力検査をして欲しいのだと言い出した。

 例え巫女でないにせよ、なにかできる能力があるのならそれで身を立てたいのだと。


「御崎さんも、それでいいかしら?」

「巻き込んでからの事後承諾は卑怯ですよ、樋口さん。……まぁ、異論はありませんが」


(巻き込まれですから、たいした能力はないかもしれませんが、ね)


 おそらく自分には、とそう予測を立てながら、まどかは肩を竦めて同意した。



「やはり、俺の目は正しかった!こちらの『エリー』が選ばれし巫女で、他の二人はそのおまけでしかなかったのだ!父上、早速ルシフェリア王家として巫女姫エリーの後見を発表してください!!」


 能力検査の結果を経て、第一王子は国王の元へとその結果を持ち帰り、そして改めて召喚()()()三名を貴賓室へと招いた。二人は第一王子の侍従に案内され、そして第二王子自らが絵里衣を案内してきたところで、まずは国王から改めて被害者達への謝罪が述べられる……その直前にこの馬鹿発言。

 ひっそりと国王の傍に控えた第一王子は目を眇めて苛立ちを顕にし、国王はとてつもない威圧感を醸し出して己の息子を睨みつけ、一言。


「黙っておれ」

「っ、!!」


 恐らく固有スキルを発動したのだろう、なにか言い訳しようと口を開いては閉じる第二王子だがその声が出ることはない。


(残念だ……残念すぎる美形だ、この人)


 思い込んだら一直線。直情的で情熱的、ある意味真っ直ぐで突き抜けている第二王子の気質は、愛されやすいと同時にとても危うい。精神的な成長のためにとあえて責任者を任せたという国王の気持ちもわからないでもないが、何かあった時のためにとフォローに入った兄王子の気持ちも痛いほどにわかる。


 ダメだこりゃ、と今は亡きお笑いグループのリーダーの決め台詞を内心呟いたまどかの傍ら。

 医局から何食わぬ顔でついてきたマクスウェルは、まるで心を読んだかのようにふっと小さく押し殺した笑い声を立てた。




上ができすぎると下がコンプレックスで妙な方向に弾ける、の縮図。

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