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その3

約一か月後。高円寺の佐世保バーガー店にて、またゴンちゃんと松下のおばちゃんの二人。

「こんなにお土産もらっちゃって、ホント悪いわね。」

「こんな土産くらいじゃ、松下のおばちゃんがしてくれたことには引き合わないよ。マジで死ぬまで頭が上がらねえ。」

「あら、死ぬのはアタシの方が先よ。お母様からもお電話いただいて、またお野菜をうんと送って下さったのよ。毎回毎回、申し訳なくて。」

「お袋も感謝してたよ。何度も電話くれて励ましてくれたんだってな。ホントありがとうな。」

「ゴンちゃん、ずいぶん顔が落ち着いたわね。前みたいな悲壮感がなくなったわよ。アタシはお母様に少し話を聞いただけで、詳しいことは知らないけど…円満に解決したみたいね。」

「ああ、何とかね。」

この店はスープカレーの気分じゃない時に来る、第二候補だ。もちろん、この店にもバンドマンが働いている。

「カズ!俺、ビール頼むわ。」

「アタシはコーヒーね。で、どんな風だったの?」

「まず、うちの実家へ行ったんだよ。」

「そういう話だったわね。」

「実家は相方のことは基本的には大歓迎よ。うちは男兄弟だけだから、女の子が珍しくて。可愛くて仕方ないみたいでさ。」

「もう奥さんとして認めてたわけね、ゴンちゃん家では。」

「腹がデカいってんで、やたら豪勢なロッキングチェアなんか用意してやがって、そこにフカフカのクッション敷いてさ。お姫様かっつーの。」

「奥さんは本当に優しくてしっかり者だから、ご両親もすぐに好きになったんじゃない?」

「その分、俺がサンドバッグだよ。ま、身から出たサビなんだけど…帰ってすぐに話し合いで、俺は正座で、相方はその玉座に座ってさ。親父は相方に気ぃ遣って怒鳴りはしないけど、まあ散々に言われたよ。相方には申し訳ない申し訳ないって謝ってた。」

「お父さんも辛いところよね。」

「いろいろ言われたけど、一番覚えてることは『髪の毛を切れ』だったね。」

「モヒカンをやめろってこと?」

「ああ。親父が『俺も人生かけて一緒に謝りに行くから、お前も頭を丸めて誠意を見せろ』って言ったんだよ。まさか一緒に来るとは思わなかったからさ。驚いたし、さすがにグッときちまったな。親父はすげえ。やっぱ、かなわねえよ。」

「お父さんが立派だって思えて、初めて一人前なのよ。でもゴンちゃん、モヒカンそのままじゃない。」

「そう、俺も切る覚悟を決めたんだよ。そしたらずっと黙ってた相方がさ、初めて言ったんだ。『私はこの髪型の彼が好きになって信じてずっと一緒に生きていくんだから、切る必要はない』って。お袋、それ聞いて泣いてた。親父も目を真っ赤にしてたよ。俺もヤバかった。」

「奥さんホント素敵な人ねえ。そんなことなかなか言えないわよ。」

「ああ、女は強いよな。俺は自分がどうしようってばっかりで、相方のことまで考える余裕もなかったのに。」

「ゴンちゃんが普段から誠実だからこそ、奥さんもそういうセリフが言えるのよ。」

「それで親父とお袋は相方を100%信用したみたいだな。『家族だ』ってんで、お客さん扱いじゃなくて本当に身内として扱い始めたんだ。」

「どっちも素敵よ、ご両親も奥さんも。」

「俺はいい家族に恵まれたよ。」


ゴンちゃんは2杯目のビールを注文した。ポケットをまさぐり、そこにタバコがないことを思い出し肩をすくめる。

「で、2日くらい実家でゆっくりして、みんなで温泉行ったりして…温泉でも俺のタトゥーのことでひと悶着あったんだけどな。それはそれとして、いよいよ向こうの家に行くことになってさ。」

「大変だったんでしょうね。」

「相方の実家まで車で3時間くらいで、俺が運転してたんだけどさ。何度Uターンして東京に戻ろうと思ったか。」

「ふふ、笑っちゃいけないけど笑っちゃう。その気持ち、分かるわ。」

「ま、とにかく到着してさ。最初はみんなで行こうと思ってたんだけど、相方が『まず自分が話してくるから』ってんで俺たちは車ん中で待っててさ。1時間くらいかな…果てしなく長かったな。」

「ちゃんと家に入れてもらったの?」

「ああ。相方が戻って来て『皆さんでどうぞ』って上がらせてもらってお茶も出してくれた。歓迎ムードとは程遠かったけどな。」

「最初は仕方ないわよね。そこで話をしたの?」

「俺は全然してない。最初にお詫びと『お嬢さんと結婚させて下さい』って内容のことを言って、あとはほぼ父親同士が話してた。俺はたまに質問されるくらい。」

「ずっと黙ってるのも辛いわよねえ。」

「完全にお任せ状態だからな。それに正直、相方のお父さん…大の大人が本気で怒ってるのを初めて見たよ。静かなんだけど、今までやったケンカなんかとは次元が違う。それくらい本気の怒りが伝わってきてさ。とても自分から発言なんかできなかった。」

「吐き出させた方がいいのよ、そういう時は。」

「うちの親父と、ずいぶん長い間話をしてたよ。お互いの子供…俺たちの小さかった頃の話とか、東京でどうしてたって話とか。」

噛みしめるかのようにゴンちゃんはゆっくりと語った。

「相方も俺と出会った時の話とか、海外行ってる時に一人で会いに来た話とかして。左官の仕事も長く続けてて親方に信用されてることとか、色々とフォローもしてくれてな。」

「タバコ、吸いたかったでしょ?」

「いや、もうそんなことすら思いつきもしなかった。ひたすらテーブルを見てるだけよ。」

「辛かったわね。でもこれで間違いなく禁煙出来たわね。」

「一番困ったのは、やっぱり頭だよ、アタマ。」

「えっ?」

「ほら、モヒカンを切らないことにしたろ。だから余計に、どんな風にしていいか分からなくてさ。普段は帽子かぶってるけど、向こうの家で帽子のままってわけには行かねえだろ。」

「そうね、確かにそうだわ。」

「モヒカンを真ん中で分けて5分わけのバーコードみたいにするとか、メチャクチャなことも考えたよ。」

「それは…ちょっと見てみたいわね。」

「いま思えばギャグだけどな、そん時は必死よ。結局『もうお父さんも知ってるから』って相方に言われて、いつも通り後ろで結んで行ったけどさ。向こうの両親の視線が突き刺さるの、イヤでも感じたよ。」

「隠しても仕方ないし、ありのままよね。で、どうなったの?」

「うん。結論が出ないまま何時間か経って、夕方だったのかな。急に向こうのお父さんが『お腹も空いたし、ここじゃ何だから食事に行こう』って、近所の割烹に連れて行ってくれてさ。そこで飲んで、また親父同士で話して何だか盛り上がって、それで許されたって感じなのかな。」

「良かったじゃない。」

「相方のお父さんとも、やっといろいろ話ができてさ。最後に握手しながら『娘が幸せな道をたどってるのは間違いないらしいから、順番は逆になったけどよろしく頼む』って言われたよ。『これで胸を張って孫が生まれると自慢できる』って。熱かったな。」

「いいお父さんね。」

「でさ、そのあと相方と母親たちは帰って…俺と親父たちの3人で地元のスナック行ってさ。親父たちなんか意気投合して肩組んじゃって大騒ぎで、参ったよ。」

「お二人とも、緊張から解放されて弾けちゃったのね。」

「俺に『音楽やってんだから歌え』とか言って無理やりカラオケ押しつけてさ。俺、ギタリストだし。だいたいカラオケでパンクなんか歌えないよ。」

「でもアイヴィーちゃんが抜けてた時、スリーピースでお経唱えてたじゃない。」

「その話はするな!…しょうがねえから永ちゃんを何曲か歌ってさ、そしたらそこのスナックのママが大の永ちゃんファンで、『もっと歌え』とか『デュエットしよう』とか、めっちゃくちゃだよ。結局は夜中まで飲んで、相方の実家にみんな泊めてもらって次の日帰ってきた。」

「まさに怒涛の日々ね。」

「マジで東京に戻ってきたときはホッとしたよ。そうそう、親父がさ。最後の日に『ちょっと髪の毛立ててみろ』って言うの。」

「お父さんも本当はモヒカンとかちょっと興味あったんじゃないの?」

「だから『いま整髪料がないし、ぜんぶ立てるのに2時間くらいかかる』って言ったら『そんなにかかるのか』って驚いてたよ。『今度、整髪料を持って来い』って言うから『髪立てて家の周りを歩いていいのかよ』って聞いたら『見つからないように車に乗って遠くの繁華街なら』だってよ。ワケ分かんねえ。」

「あはは。お父さんが東京にライヴを観に来ればいいのに。」

「それは本当に勘弁して欲しい。松下のおじちゃんが来るより大変なことになるのは間違いねえから。」


カズが3杯目のビールをゴンちゃんに持ってきた。去り際、彼はゴンちゃんの肩に軽くパンチを入れ、おめでとうの意を示してキッチンへ戻っていく。ゴンちゃんの顔がほころんだ。

「写真、ありがとうな。おばちゃんにパネル写真をもらうの、これで2回目だな。」

「せっかくの結婚写真だし、ご両家にと思って。喜んでもらえた?」

「ものすごく喜んでた。どっちの家にもひと段落してから渡したんだけど、お袋が絶賛してたよ。『松下さんは写真の天才だ』って。」

「そんなこともないけど、正直、ライヴ写真はお母さんが何かを理解するには難しいでしょう?結婚写真は分かりやすいもの。」

「腹も目立たない時期だったから見栄えもいいしな。次は子供がいる状態で撮ることになるから。」

「あら、結婚式やるの?」

「ああ、そういう話になった。来月のギヤのパーティとは別に、お互いの実家の中間ってことで京都でな。子供が生まれて落ち着いたらやるよ。」

「京都なの!それは素敵じゃない。」

「俺らは『もういい』って思ってたんだけど、田舎じゃ式も挙げないと夫婦として認めてもらえないからって。まあ迷惑かけたからそこは言いなりで。親戚だけの予定だけど『ズギューン!』の3人は俺が招待するよ。おばちゃんはお袋が招待するって言ってたぜ。」

「招待はお気持ちだけでいいわよ、こちらから喜んで伺います。京都も何年も行ってないし、ついでに観光にも行きたいわねえ。」

「ああ、パンクスご一行様が京都で大暴れだな。親戚連中の視線が今から楽しみだよ、まったく。」

そう言ってゴンちゃんは残りのビールを飲み干した。


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