佳奈
「ライターとマッチ棒」あなたはこの二つを一緒に使用した事がありますか?ここでYesと答えたあなたは、私が思うに極めて少数派の人間だろう。なぜならこの二つは、使い方は異なるが最終的な目的は、ほぼ一緒だからだ。
例えば、たばこ等を吸う際には必ず火が必要である。その時、目の前にライターとマッチがひとつずつあった場合はどうだろうか。
大抵の人はどちらかひとつを選択するだろう。
そう、この二つが隣合わせになって使用される場合はほとんど無いと言っても過言ではない。
しかし、何かの拍子にそのマッチ棒を、火の点いたライターに近づけてみるとどうなるだろうか......
この物語は、都内に住む1人の女子高生根来佳奈(17)と、その子に突然恋をしてしまう1人の男子高校生武田卓(17)との出会いと結末の物語。
二人はひとつの出会いをきっかけに、まるでライターとマッチ棒のような人生を送る事となる......
始まりは2015年秋
いつものように佳奈は学校帰りに、近所のカラオケ店でアルバイトをしていた。この日は土曜日だったせいか大勢のお客さんがいた。佳奈が受付の横に設置してあるフリードリンク内のコーラを補充をしていると、店の自動扉が開いた。
佳奈は急いで受付へ戻る。
「いらっしゃいませ! 」
「お、佳奈ちゃんやっぱりいるじゃんか」
来店してきたのは佳奈と同じ高校に通う男子生徒3人組だった。
佳奈とは面識があるようで、佳奈はなぜか俯きながら照れ臭そうに応対をした。
「......えっと、3名様ですか? 」
一人の男子生徒が胸をわざとらしく張り
「そうです! 」
「ご利用時間は?」
「フリータイムで! 」
「―それでは、こちらの突き当たりを左に向かった162番のお部屋になります。ごゆっくりどうぞ」
すると胸を張っていた男子生徒が、今度は大人しく佳奈からカラオケのマイクとリモコンを受け取るが
「今日バイト終わったらさ、ちょっとだけ合流してよ」
「......」
佳奈は突然の誘いに戸惑い、声も出せず、男子生徒から目をそらした。
すると男子生徒は、受付のテーブルに手を乗せ
「このあと用事とかあるの?」
「いえ、用事とかじゃないんですけど、私は基本的にヒトカラ派なんで」
「は?なにそれ?もしかしてひとりカラオケってやつ? 」
男子生徒は大きく目開き、受付に身を乗り出した
「―まぁそんな感じです。狭い部屋に大勢の人がいるあの空間が苦手なんですよね」
「そっか。じゃあ今度は俺一人で来るから、それならいいよね?じゃあバイトがんばってね」
男子生徒は身を乗り出していた受付から離れ、佳奈の返答も聞かず、リモコンを佳奈の方向へ向け、後ろ歩きをしながらブースへと向かった。
佳奈は小さな声で
「......はい、ありがとうございます」
と言った。
それから数日後、佳奈は自分のアルバイト先のカラオケで、いつものように8人掛けのブースをひとりで占領していた。
佳奈は足でリズムを取りながら、自分の歌う曲を選んでいる。
この時ブース内では、佳奈が自分の鼻をすする音の他にカラオケ機器から流れている宣伝BGM、隣の部屋から壁を通じて聞こえてくる歌声がブース内を漂っていた。
するとテーブルに置いてあったスマートフォンの画面が点灯し、ブース内に携帯の通知音が鳴り響いた。佳奈はリモコンをテーブルに置きつつ、自分の携帯を手にした。
画面に表示されていたのは、佳奈の親友的存在のありさだった。
<今なにしてるの?ひましてる?>
<今はひとりカラオケしてる>
<まじ?カラオケにいんの?ありさも行っていい?>
佳奈は下を向きながら携帯を見つめている。
......それから数分間の間、ありさに送る文章を考えていたのだろうか、携帯の画面に触れる指は、同じ方向を行来している。
そして、ようやく佳奈の指が勢い良く動き出した。
<いいよ。私がバイトしてるカラオケ店の106の部屋にいるから>
<わかった!すぐ行く!>
佳奈がありさに返事をしてから約20分程経過した時だった。
ありさが肩にカバンを掛け、マラカスとタンバリンを手に佳奈がいるブースに入ってきた。
「ちゃす。佳奈バイトおつ! 」
佳奈はブースに入ってきたありさを横目で見ながら、両手を自分の太ももの間に挟み、うっすら笑みを浮かべながら
「ううん、今日はバイト休みなの」
「まじか!つぅか佳奈カラオケするんだね。まぁ上手そうだしね。」
佳奈はありさの言葉に少し照れているよう。
「いやいや、そんなことないよ。ただ今日は一人でボカロをガッツリ歌いたくてさ」
「まじ?ボカロ歌うの?ちょっと聴かせてよ!ありさがこれで盛り上げてあげっから! 」
「......ありさ、それねオヤジ達が接待とか二次会で使うやつなんだけど。うちらはオヤジかっつうの! 」
「えっ、そうなの?いや、佳奈とのカラオケ初めてだからありさ興奮して受付で借りてきちゃったし」
佳奈は太ももに挟んだ自分の手をゆっくり抜き、立ち上がった。そしてありさの持っていたタンバリンを手にした。
「ありさ、これお金かかるんだけど? 」
「は?まじ?早く言ってよ。ちょっとすぐ返してくる! 」
佳奈は慌ててありさの肩を掴み
「まって、うそだよ、冗談」
「うそかい! 」
ありさは笑いながら佳奈の肩をぱんっと叩き、大阪人宛らの突っ込みを入れた。佳奈はその時、自然な笑みを浮べありさと一緒に笑った。
この時、いつも耳に入ってくるはずの宣伝BGM、隣の部屋から壁を通じて聞こえる歌声は、二人の爆笑によって消された瞬間だった......
つづく