胃袋を掴む(物理)
サンディの幼馴染みは食い意地がはっていた。食事を全て綺麗に平らげるのは当たり前、おやつのクッキーの乗っていた皿の上におちた小さな粒も残さず食べた。お菓子をくれるという人さらいについていき売られかけたことも何度もあった。
幼馴染みの食い意地は小さな頃から張り続け、成長しても決して小さくなることはなかった。
不思議なことに食い意地がはっていても美味しそうに食事をする姿は街の娘達には人気で、サンディの家である雑貨屋の前の広場では、毎日、幼馴染みが取っ替え引っ替え違う女の子から食べ物を貰う姿がよく見えた。
サンディはそんな幼馴染みに唯一、手料理を食べてもらえなかった娘である。どんなささやかなものでも幼馴染みはサンディの手料理は食べなかった。「急にさしこみが」とか「さっき他べ過ぎて」…と明らかに嘘だとわかる嘘をついて幼馴染みは逃げていく。
サンディの料理は下手ではない。むしろとても美味い。昔、料理人をしていた父直伝のの料理だ。下手なわけがない。だからこそ、幼馴染みのその態度はとても傷ついた。
そして、いつの間にか幼馴染みといいながらも、二人は疎遠になっていった。
ある日サンディはいつものように、外で食事をしている幼馴染みと窓を挟んだ場所で商品の陳列をしていた。そして、窓辺にある不思議な置物に気づいた。
それは歪んだ涙型をしており、ふにゃりと柔らかく手に馴染んだ。なんだろう?首をかしげつつ、ぐっと思い切りよく握る。
「ぐえぇっ!!!」
外から不思議な声が聞こえた。窓の外ではパァンッ!と高い音ともに頬を張られた幼馴染みがいた。何か必死に女の子に伝えている、手にはサンドイッチ。
サンディはぼんやりその姿を見ながら再び手元の商品をふにふにとにぎった。すると幼馴染みは再び口を抑え「うええっ!!」とえづいた。
手元の置物を見る。
「これは…あいつの胃袋?!」
私があいつの胃袋を掴んだ瞬間だった。
それから私は今までの恨みを晴らすようにその胃袋を揉みまくった。
街中の女の子の作る食べ物を、何でも美味しそうに食べる幼馴染み。その幼馴染みにさりげなく手料理を断られる私は、女の子達の格好のからかいのネタだったし、男の子達からはあの食い意地がはった幼馴染みに断られるほどの料理下手だと思われ、嫁の貰い手が現れない。
全てはあいつの食い意地のせいで。
サンディは四六時中もにもみむにむに揉みにもんだ。食い意地がはったあいつが困ればいいとぐにぐにと揉んだ。
そんなことをしていた4日目の朝に、少し窶れた顔色の悪い幼馴染みが店を訪れた。そのお腹はグーギュルルルと激しく空腹を訴えている。
「サンディ、俺は何の病気になったのかな…腹はへるのに食事が全く食べられないんだ…」
幼馴染みのあまりの消沈ぶりにサンディの背中に汗が流れた。まずい、やり過ぎた。すこし調子に乗り過ぎたんだ。あわてて自分用に作っていた朝食の載った皿を幼馴染みに差し出す。
「お腹がすいてるからそんな気分になるのよ、とりあえず食べてみたら?もしかしたら食べられるかもしれないよ?」
白いお皿の上には滑らかな表面のオムレツにサラダ、木の実のたっぷり入ったパン、そして甘さが絶妙なとうもろこしのスープ。
我ながら完璧な朝御飯だ。パンはふわふわの卵はとろとろ、スープは完璧。サンディはそう思った。
差し出された料理を見た幼馴染みはごくりと唾を飲んだ、腹の虫は空腹の限界を訴えている。震える手でスプーンを持ち太陽色のスープを掬ってくちに含んだ。美味しい。激しい吐き気もおこらない。当たり前だ、あの胃袋をサンディは今揉んでいないのだ。一口、また一口、そして…その後はすさまじい勢いで料理を食べ始めた。
サンディはその凄まじい食欲を満たすために残りのスープもサラダだけではなく夕飯用の肉を焼き、パンを温めた。それでも足りぬ幼馴染みのためにふわふわの玉子のサンドイッチも作って渡した。ほんの出来心だったのに…胸のなかは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
皿に乗ったサンドイッチをみつめ幼馴染みはぽつりと呟いた。
「俺がサンディの料理を初めて食べたのも、これと同じ玉子のサンドイッチだったんだ。」
そんなこともあったような気がする。昔はサンディと幼馴染みはとても仲が良かったから。幼馴染みは独り言のように心の内を話しはじめた。
「あの時、サンドイッチを食べながら俺は思ったんだ。世の中にこんな美味いものがあるんだって。それで、家に帰って母さんに頼んだ、玉子のサンドイッチが食べたいって。でもさ、出てきたサンドイッチは全然旨くなかったんだ。母さんにこれじゃないって言ったらさ、サンディのおじさんにレシピを聞いてくれたんだ。それでサンディの玉子のサンドイッチとそっくり同じに作ってくれたんだ。でもさ、やっぱり旨くないんだよ。母さんにそういったら母さんは、笑いながら “ じゃあ、サンディが作ったから美味しかったのよっ ” て言われたんだ。」
幼馴染みはがぶりとサンドイッチにかみついた。味わうように、かみしめるように目を閉じてサンドイッチを食べる。
「その時俺は怖くなったよ、こんなうまい料理を食べたら、もうサンディの料理しか食べられなくなるって思ったから。」
がぶり、とかじられ消えていく玉子のサンドイッチ。パンにはさまれた柔らかな玉子が口のはしにつく。それを指でぬぐい、幼馴染みはぺろりとその指を舐めた。
それをぼんやりと見ながらサンディは食い意地のはった幼馴染みはすっかり大人になっていたことに今さらながら気づいた。
「俺のせいでサンディが色々いわれるのも知ってた。そのせいでサンディが俺から離れたのも。」
幼馴染みが手に持っていたサンドイッチはすっかり胃袋に消えた。
「サンディが俺を食い意地がはった幼馴染みとしか見ていないのも知ってた。でもさ、」
玉子のサンドイッチが消えて、空っぽになった幼馴染みの掌のなかには私の手。
「俺の胃袋を掴んだ責任はとってもらうから。」
どうやら私はずいぶん昔から幼馴染みの胃袋を掴んでいたらしい。