1話 『東露』の街--(6)
後半のはず。視点変更その2です!
〈花涼〉に手応えはない。せっかくの特別な矢が、と落ち込みたいところだが、余裕はない。
『まだなの?』
『急がれてもキツイんですよ』
『さっさと終わらせなきゃ、次の部隊が来るかもしれないでしょ』
『分かってますよ』
個人念信にどれだけ怒鳴り声を入れても意味はなさそうだ。向こうも向こうで、頑張っているはずなのに、結果が来ない。
舌打ちを繰り返す。
目の前の『剣左』とかという武士にはびったり、ヒーラーがくっついているのは確認済みだ。
しかし、この寡黙な武士をどう削ろうにも体力が減っていかない。
こんなの分かりにくいチートを使われているようなものだと毒を吐く。
しかし、宛のない心の声はどこにも届かない。
精神力の枯渇も時間の問題だ。
『回復絶たなきゃ、きついっしょ』
『分かってても、射線上に立ってくるのよ』
『じゃあジリ貧じゃん』
今頃、例の武士と戦闘中の闘士から突っ込みされる。が、そんなことを言われてもどうにもならないのである。奇襲を仕掛けようにも、こんなに警戒されていたとなると、仕掛けようもない。
『なぁシャラ嬢』
『何?』
『援軍呼んでもいいか?』
『!』
まさか、ヒエロワはともかくとしてsnowを呼ぶつもりだろうか。
確かにこちらは回復がないのは難点だ。
しかし、snowに頼りたくはない。
個人的なプライドが立ちはだかる。
それぐらいならばクララで十分じゃないか。微回復でも十分だ。
しかしそう叫ぶほど有利を取れている訳では無い。地形は微妙。組み合わせも微妙。
しかも単なる脳筋の集まりだ。
参謀という参謀は、双子の命を守るために、宿に篭もっている。そんな双子のことなんて、宿の人に任せればいいじゃないか。
どうして私たちがそんなに過保護体制を敷かなくちゃいけないのだ。
『呼ぶならヒエロワで』
『馬鹿言うなよ。相手は常に回復回されてるんだぞ!?』
『それでもよ』
『好き嫌い激しいヤツめ』
『……』
『だがもう遅い』
『何それ』
『キーリの元に一旦、合流する手筈だそうだ』
『意味わかんない』
『それはこっちのセリ……フだ。つまらない意地を張るなよ』
『雑魚のくせに』
『……もう知らん』
今も尚、彼は戦っている。
でも本当に意地汚いだろうか。
いや、見失う訳には行かない。貫くしかない。
『5秒後、避けて頂戴』
『……』
『なら串刺しね』
在庫はもうスカスカだ。期間限定で威力の上がる矢を集めたが、それも残り2本。
これが無くなれば普通の矢で戦うしかなくなる。
『〈花氷〉』
水色のペールに、包まれて霧を滑る。一直線に翡翠の背中を目がけて。
『馬鹿野郎っ』
既のところで翡翠は躱す。
『核の場所わかってねぇんだからよ』
『問題ない。目星はついているから』
武士の右胸を貫通する。
遠目だが、焦っているのがわかる。
しかし、手応えは微妙だ。完全に命中はしなかったか。
「惜しい」
思わず独り言が漏れる。
しかし、流石に残りは温存だろう。普通の弓で戦うしかない。
『今のところに恐らく核があるはずよ』
『……』
『翠?』
あとは近接戦で頼むしかないだろう。
しかし、口喧嘩のせいか、翡翠からの応答が確認されない。
念のためにグループの念信に変更する。
『……と、施療官の『鯖の猫缶』の2人です』
なるほど。情報交換をしていたのだろう。
恐らくキーリと雪のいる所に回復者が一人いる。となると向こうも持久戦を強いられているのかもしれない。
余計に伸びるだけじゃんとは思いつつ、チャンネルを固定させる。
霧は止みそうにない。しばらく視界に問題ありだが、微妙に薄くなっている気もする。あの白髪の方のタイマンも、進展があったのだろうか。
『ほいほい。こちらは翡翠。今はシャラルと共闘してる。んで相手は、『剣左』っていう武士と、『佐々良』っていう施療官だな』
『となると専属回復者が2名いる感じね』
『……そうなるな』
『クララさんをそちらに向かわせるからそれまで耐えて』
『了解』
『はい、向かいますです』
『お願いね』
こちらにクララが援軍として向かってくる。事前の手筈とは少し変わるが結果は同じようだ。
ここでチャンネルを戻す。
『ねぇ翠』
『ん、存在感ないと思ったら待ってたのか』
『今は一旦謝るわ』
『なんだよ。突然気持ち悪いな』
『なら謝らないでおく』
『どっちだよ』
『私の矢が貫いた場所分かる?』
『ああ、俺を堂送りしようとしたやつだろ? 分かるさ』
『合格。その辺に核はあるわ』
『了解。それとなく狙ってみるか』
『お願いね』
そう言いつつ、小型の連弩に武器を変更する。
効率的に翡翠が弱点を抜くためには、相手の気をより、施療官に向けるしかない。
虱潰しにでも、矢の雨を降らせる方法。重い一撃を武士の裏で着弾するように打つ方法。それぞれあるが今は後者は温存したい。
不意に冷たい風が吹く。寒さとは裏腹に気が軽くなる。
癪だ。
「〈四×四同射〉」
継続回復が渡るべき人ではなく、自分に被るのが癪だ。
そう思いながら射た矢はやはり、命中率は低そうだ。中には途中で、立ち消えたものもある気がする。
『なぁシャラ嬢』
『何?』
『索敵のやつだろ?』
『そうだけど』
『今、あんたの矢の雨で、炙り出されたところ狩られてたぞ』
『白髪に?』
『いや、銃声だから英里っちだな』
『良かったじゃない』
『ああ、多分挟めるだろう』
『なら一気に畳み掛けるべきね』
『違いねぇ』
相手の施療官が1人剥がれた。
これは転機だ。3人が一気に責められる状況ならば攻めるに限る。
『カウント15』
『了解』
一撃で沈めたということは、潜伏しながら〈殺法〉でも放ったのだろう。
味方ながら、英里は恐ろしい女だ。核の心当たりでもあったのだろうか。
「〈四×四同射〉」
計4本の矢が散弾銃のように上空で4本に別れるという常套技のひとつであり、索敵にはもってこいだ。
そして相手の動揺を揺さぶるものにも使える。初見に限るが。
遠目に見ると1歩退いたようだ。恐らく刀で〈流紋斬〉を使い撃ち落とそうと1歩下がったのだろう。しかし、そこは。
乾いた音と共に、武士『剣左』はその場に跪いた。白い粒が傷口から流れ出す。
遠目には、糸のようなものだが、実際はもう少し大きいのだろう。
『英里っちは一足先に、キーリの方に向かったぞ』
『後始末は、私たちがってことね』
『お前も向かっとけよ』
『でも』
『話したさそうだからな』
『……そう』
本当にお人好しだ。
そう思いつつ、矢を一旦片付け、小山を降りる。
気が早いのか、遅いのか。また銃声を耳にしながら、来霧の背後に回った。
『東露』の街--(6) 登場人物
主人公グループ
(来霧・)シャラル・(クララ・)キーリ・
(snow・ヒエロワ・英里・)翡翠
敵グループ
(ASTOR・剣左・佐々良・鯖の猫缶)