1話『東露』の街--(1)
第1話修正中です。
あとがきの方では、登場人物をまとめて行きます。
20✕✕年。日本国。某県某所。
日が海に沈もうとしている頃。
重い足取りで歩く道。まるで、喪に服して恩師を偲んでいるかのように。
橙色の照明によって、映しだされた影絵は、物言わず伸びたり縮んだりを繰り返す。
陽の入る狭い『通学路』という名の車一台分の静かで窮屈な道を抜ける。そして、流れるように、車両がそばを過ぎ去る少し大きな通りに差し掛かった。
丘陵を一刀両断したその道は、アメリカのロスエンジェルスの急勾配程ではなかったが、この時間帯は橙に染まって麓からは美しく映っているのだろう。
身を焦がすような橙の映写機は今日も無断で投影している。余計に虚しさを感じるほどの温かさを背に感じつつ。
気楽な話し声が、耳に流れ込む。
いい事があったかのように思わせるその声は週に1度は帰途で聞く声だった。
話しかけたことは無い。
勝手に敬遠していたのだろうか。
そもそも、絡みをよく行うほうではなかった。
なぜなんだろう。
胸の中に、とどまり続ける謎の虚しさが、今日も、小さな蛙を井戸の底から、掬い出そうとする気を生まない。
それでもいいやと折れたことが、何度あっただろうか。
何をすればいいのか。何を糧に生きていこうとすればいいのか。何一つわからない。模索しようと心がけても、光1つ見当たらない。そしてまた、今日も折れてしまうのだろう。
隣を赤い2車線ジャンプ台を滑り、流れて去っていく。その鉄の塊は、振り向くこともなく流れに規則的に流れていく。大小それぞれ表情の違うそれは坂の上で少しの間塞き止められることはあるが、基本逆流も含めて風を切る。
少し坂を上がったところ。丁度信号機が少し顔を見せる辺り。そこに車道の左右をつなぐ橋が架かっていた。
錆を隠すことがなく、ありのままの姿を見せているそれは、今は少しずつ数を減らしているらしい。災害時や、通常生活時、崩壊する可能性、転落する可能性を住民は懸念して市に伝えたのだろうか。詳しくはわからない。
弱まった海風が混じった風に茫々と煽られて千切れてしまった色あせたポスター。手摺下で、風化し始めたそれは風の流れを塞き止めようと必死だった。ボロボロの体で必死に。遥かに自分よりカッコいい。自然と戦う姿だ。
その橋独特の趣を1枚のポスターが存在感とともに破壊しようと試みているようだ。町の警告のようだが、見た感じではこれも無駄に終わっているようにいつも思っている。
長い階段を上がる。細く、いつ折れるかわからないような支柱によって、なんとか堪えている。老朽化の3文字しか浮かばないその橋は、いつも通りの笑みを湛えながら今日もここにある。
夕日で色付いた上に、茶色に色あせて、橋から手を離しかけているセロファンテープ。いつ貼られたのかわからない、行方不明者のポスター。
一つ溜息を漏らす。風の音に負けて、鼓膜には届かない。夢に昇華させたある願いは、夢に設定した事でより希望と遠ざけている事に気付く。
大体は頓挫する。設定した夢は。
「9ヶ月も前なのか」
半ば絶望を含めた、枯れた声でそう呟いた。鼓膜には、風が突っ込む音が絶え間なく、風の流れる速さに疑問を呈するも、帰ってくる言葉はそこには無い。
橋を渡りきった対岸側の階段前。
陽の光が反射し、黒く鈍っていた手摺が微かに艶を主張している。金属の匂いが掌に移りそうな黒い手摺を掴み階段を降りてゆく。
足元の滑り止めは摩擦か衝撃で外れたのか削られている。
不意に突風が吹く。
海が近い街としては稀にあるものだった。現にポスターを眺めていた時も吹いていたから。だが、いづれにしても予想もしてないタイミングであり、両手は無意識に手摺を掴む。
突風が去ったと肌で感じつつ急いで階段を下る。ここから自宅までは、そう遠くなかった。急いで逃げ込もうと脳裏に浮かぶ。
急ぐ理由はそれだけではなかったが。
見下ろす街並み。
とは言っても、麓の小さなビルや駅が見える程度。そこまで絶景と言えるものではなかった。海に沈む太陽を除いては。
狭い足場。踏み所のミス。
沈みゆく太陽から、今日の自分へ励まし受ける。そして間髪開けず、小さなミスの映像が、走馬灯のように繰り返し駆けた。
◆
風が止む。映像が一時停止された。
時が止まったかのようだ。
見慣れた街並みが視界から消えた。
聞き慣れないような喧騒の中に。
気がついたら『僕』はいた。
「大丈夫か?」
背後から近付く足音。
建物の影か、冷めた地面の小石土。そこから恐る恐る立ち上がる。
驚きの感情よりも、心配の感情が先行した。その言葉に振り返った。手についた土を雑に振り落としつつ、その次の一言を待つ。
その男は僕の思考を察したのか、苦笑した。
「言いたいことはわかる。その説明もしてやるから」
「……」
「警戒する必要は無いと言ったら、嘘になるな。まあ騙されたと思って、後から来てくれ」
彼は、少し折り目のついた地図を、どこからか取り出すと僕に手渡した。
アナログの地図だが、どこが要所なのかわかりやすく記されている。
市場や教会と、見覚えのない文字が入っている。時代錯誤というものだろうか。少なくとも、自分の宗教というものを持っていない。通常の思考ではやっていけなさそうだと、彼の視線からも、地図に載っている熟語からも感じる。
まだ警戒心を解くつもりは無いが、このまま進展もないのも楽ではない。
「考えておきます」
そう答えて、僕は町の中心部に向かった。
界暦178年 6月のことである。
『東露』の街--(2) 登場人物
主人公・男