第2話 大切な人
「兄さん、ゴメンなさい」
ベンチにたどり着くと同時に、申し訳ない気持ちを一杯にして頭を下げた。
……だいぶ待たせてしまったよね……
「最後の委員会、お疲れ様」
そう言うと、お兄ちゃんは頭を撫でてくれた。
「……怒らないの?……」
聞いてみたけど、分かってる。
怒ってないって。
お兄ちゃんは優しいから。
「ん?遅くなるかもしれないってメールくれたよね」
……確かにメールはしたけど……一時間も遅れたんだよ……
まったく怒る素振りのないお兄ちゃんの様子に、思わず涙腺が緩む。
いやいや、ここは泣くところじゃないし。
というよりも、こんなこと一つ一つで感動していたら、お兄ちゃんの妹はやっていられないから。
私の大好きなお兄ちゃん。
名前は橘誠人。
今は大学二年生で、私が受かった大学に通っている。
お兄ちゃんが通っている大学は、私が通っている高校と近いため、今日は買い物に付き合って欲しいというお願いをして、一緒に帰ることになったんだけど……
……買い物は建前だから……ちょっと胸が痛い……
少し罪悪感。
「今日は歓送会があったんだよね」
「うん、少し長くなってしまって……」
……真っ直ぐに顔が見られない……
「大丈夫だよ、気にしてないから」
お兄ちゃんの笑顔。
嘘じゃないよと言う声が聞こえた気がした。
お兄ちゃんの笑顔につられて思わず微笑する。
……ずるいよ……お兄ちゃん……
反省ができない。
「それにしても、清香も委員会を三年間するとは思わなかったよ、けっこうやることもあって、大変だって話してたはずなんだけどな……」
どうして?って顔してる。
思わず苦笑する。
目の前の人が原因なんだけどね。
「ふふ、三年間がんばりました」
Vサインをすると。
ビシッ!
「痛っ!」
チョップをされた。
「そういうことは自分で言わない、言わなくてもちゃんと評価してくれる人はいるから」
お兄ちゃんのいつもの説教癖が発動。
お父さんが単身赴任で家にいないことが多いから、お兄ちゃんとしては、父親代わりという思いもあるのかもしれない。
でも、優しすぎて説教になっていなかったりするんだけどね。
怒られているのに、思わず笑みがこぼれそうになる。
……仕方がない……よね……
心配してくれていることが、嬉しくて仕方がないんだから。
「了解しました教官」
冗談を交えて軍隊の敬礼の真似をする。
「なんだよ、それ」
お兄ちゃんが楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、私も一緒に笑った。
普段はこんなことはしない。実のところ、人一倍周りを気にしてしまう性格である。
お兄ちゃんに喜んでもらいたいと思っている時は、自分のことを忘れてしまうみたいだ。
周囲の人たちは、私のことを優秀でまじめな人だと言う。
優秀なのかは分からないけど、たぶん、まじめな人というのは合っている。
そんな私に自然と冗談を言わせるお兄ちゃんは、本当に特別な存在なんだと思う。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
お兄ちゃんの一言で、校門から一歩も動いていないことに気づいた。
会話に夢中になってしまい、帰るのを忘れていた。
「うん」
普段の何気ないお兄ちゃんとのやり取りが、今の私にとっては特別な時間。
ずっと一緒にいられる訳じゃない。
……きっと別れは突然のようにやってくるんだ……