第九話
「さあ、次の挑戦者は誰だッ!?」
「神よ、彼らは卑劣な罠を仕掛けています。
ここは、私が先に行って彼らの情報を探らせていただきます」
「アビー、くれぐれも気をつけて下さい」
「はい、私を心配して下さってありがとうございます」
アビーが一歩前へ出て、男たちを睨みつける。
「汝は意志力を選んだ者だな……、ということは我の出番か」
ボンテージに身を包む男が前に出る。
彼は鞭を巧みに操り、周囲に己の技量をアピールした。
鞭の切っ先からは、渇いた破裂音が響く。
恐らく鞭の先端部が音速に達しているのだろう。
「貴方たちの卑劣なやり方は、我が神のご加護の前には無意味です!
さあ、勝負内容を教えなさい!」
アビーは両手に散弾銃を持ち、銃口をボンテージに向ける。
撃っちゃ駄目だぞ、アビー。
「よかろう。
我の試練は、10分間、我の責めに耐えることだッ!
汝が参ったと言えば汝の負け、10分間汝が耐えれば汝の勝ちだ」
「受けて立ちましょう!
我が魂、体は神に捧げたモノ。
貴方のような糞虫がどうにかできるものではありません!」
しまった。この勝負は厄介なことになる。
ボンテージの勝負のルール――、これはつまりえっちなことをし放題ということ。
それをアビーは気づいているのにも関わらず受けて立つと言ってのけた。
「アビー! このしょ――」
「神よ、私は貴方を信じています。
ですから神も私の信仰を信じてください」
アビーの真剣な眼差し。
彼女は今、俺たち仲間のために戦おうとしている。
その覚悟を俺は見届けることにした。
ここでアビーを止めたら、アビーはずっと俺たちと仲間になれないかもしれない。
だから彼女がどんな目に遭おうとも、俺は決して目を逸らさない。
「では今から10分間計らせてもらおう、準備はいいな?」
「いつでもどうぞ」
「よし、意志の試練、レディー……ゴーーーッッ!!」
ボンテージは一人で盛り上がり、一人で拳を突き上げる。
そしてゆっくりとアビーに近づき、舐めまわすように全身を見始めた。
「フン、なんだその下品な胸は。
牛か? カウなのか?
大きければ良いという貧相な発想。
あーやだやだ、胸に栄養がいってしまって脳みそに回らなかったんだな。
挙げ句に谷間を強調しおって。
そこに挟みたいのかね?
ナニかを挟みたいのかね?
嗚呼、いやらしい、最近の性の乱れは全くもって嘆かわしい」
アレ? 俺が期待――じゃなかった、想像していた勝負内容とはちょっと違うぞ。
もっとこう、体をいじりまわしたりするのかと思っていた。
それでこう、「口は反抗的だが、体は正直だな」「く、くやしい……でも……」的なものを想像してたのに。
「それに何だ?
お前は普通、あのメンバーの中にいたらメガネキャラポジションだろう?
なんでメガネをかけていないんだ。
丁寧な言葉を使う神官キャラなんだろ?
メガネくらいつけるべきだろう、真面目っ娘アピールのために。
それをお前、メガネフェチの人たちのこと考えてる?
ヘイヘーイ、どうなんですかー?」
俺の予想ははずれていたが、この勝負、アビーの勝ちは確定的だ。
アビーはこの程度の言葉でめげるような女性ではない。
現にアビーの目には全く動揺の色が浮かんでいない。
「大体さ、みんなして真っ黒の服着てるってどうなの?
黒装束集団なの? 毒電波とか感知してるの?
それともアレ? 異形の神々を崇めてらっしゃるの?
いあいあとか言っちゃってるんですかァ?
そういえばあそこに冒涜的なナマモノが――」
ボンテージの言葉を遮り、アビーがボンテージの頭を鷲掴みにする。
そして、そのまま地面へとボンテージの顔を叩きつけた。
「私のことはいくらでも罵ればいいでしょう。
ですが、我が神を愚弄することは許せません」
「アビーッ! 殺しちゃ駄目です!」
「わかりました、もちろん神のご意志に従います」
アビーは気絶しているボンテージに、尚も打撃を加える。
腕、脚、尻。
あくまで体を痛めつける程度に抑え、殺さないように配慮はしているらしい。
「マッチョなお兄さん、この勝負ってどうなるのかしら?」
「むぅ……。
10分間耐える、参ったと言ったら終了というルールだったな……。
そちらの攻撃を禁止していたわけでもないしな……。
このまま10分間、アビーとやらが参ったと言わなければそちらの勝ちで良いだろう」
「そう、ありがとうね」
ダリアさんの質問に、マッチョが答える。
どうやらこのまま10分間、気絶したボンテージが痛めつけられるのを見続けることになるらしい。
いやいくらなんでも、それは死んじゃうよな。
やっぱり止めた方がいいか。
「アビー、そこまでにしておいてください」
「ですが神――」
「アビーッ!
彼は『冒涜的なナマモノ』と言っただけです。
それがなぜ俺を愚弄したことになるのですか?
彼が俺のことを指して言ったとは限りませんよ」
「――ッ!」
「さあ、アビー。
俺は彼を許すことを求めます」
「……はい、神のご意思の通りに」
アビーは手をとめ、こちらに戻ってきた。
「よく俺の言うことを聞いてくれました」
アビーをそっと触手で包み、頭をなでる。
飴と鞭だ。
何だかんだでアビーは俺の言うことを聞いてくれるので、しっかりとご褒美もあげないとな。
「ああ、神よ――」
「長い茶番じゃったの」
ローブを着て時間が経ったことにより、ご主人も立ち直ったみたいだ。
さっきまであんなに恥ずかしがっていたのに、今はたまごまんじゅうを頬張っている。
勝負の方はこれで2勝、この調子で行けばこの戦いは全勝できそうだな。
「さあ、次の勝負はどちらだ?
そちらの女か、それとも異形の者か?」
「そろそろアタシが行こうかしら」
「ということはボクの出番だね」
ダリアさんとイケメンが前出る。
二人が互いに睨みあう姿は、さながら一枚の絵画のようだ。
この勝負は今までの勝負のような見苦しいものではなく、完璧なる美と美の競演となるだろう。
「勝負内容を伝えよう。
単純サ――。
このウスベルクの山頂にいらっしゃる皆さんに、ボクと君のどちらがより魅力的かを決めてもらう。
それぞれがアピールをして、より支持を集めた方の勝ちってことでどうかな」
「わかったわ」
イケメンは観衆たちに向かって手を振りはじめた。
一方、ダリアさんはただ微笑んでいるだけだ。イケメンの出方を伺っているのか。
「キャーイケメンよー!」
「抱いてェ! 私を天国へ連れてってェ!」
「掘らせてくれェー!!」
黄色い声に混じり、ときどき野太い声援が飛ぶ。
イケメンの持つ魅力は、女だけでなく男をも魅了してしまうらしい。
声援を受けたイケメンは、更に観客をヒートアップさせるため、ワイシャツのボタンを開けはじめた。
「キャーイケメンの胸板よー!」
「抱いてぇ! 私をその胸で眠らせてぇ!」
「いいぞぉ、もっと見せてくれェー! ついでに掘ってくれェー!!」
第一ボタン、第二ボタンが開けられていく度に観客の声は熱を帯びる。
悔しいが、イケメンの優雅な手つきに俺も魅了されてしまいそうだ。
イケメンはアピールを加速させていくが、一向にダリアさんは動かない。
「どうした?
ボクの美しさに怖気づいたのか?」
「ふふ、そうね。
そろそろアタシも何かした方がいいわよね」
そう言うとダリアさんはスカートの裾をつまみ、上目遣いでイケメンの方を見る。
こ、これはトマトの時と同じだ。
ダリアさんはスカートをゆっくりと持ち上げていく。
「いいぞねーちゃん! そのまま見せろー!」
「オレたちに真実を見せてくれー!」
「ヤローはどうでもいいからねーちゃんのパンツを見せろー!」
ダリアさんのパフォーマンスに、男たちが熱狂しはじめる。
もちろん俺も盛り上がってしまう。
だが、ダリアさんはパンティーを見せるつもりはないのではないかと勘ぐってしまう。
なぜならダリアさんのパンティーはクマさんだからだ。
この観衆たちにかわいいクマさんをダリアさんが見せ付けるのかどうか……。
「フッ……、なかなかやるじゃないか」
「ふふふ、もうアナタ負けてるわよ」
ダリアさんは上目遣いで、イケメンから目を離そうとしない。
そしてイケメンは、ダリアさんの下半身から目を離そうとしない。
こう着状態に陥ったように見えたが――。
その時、ダリアさんは何を思ったか、急にスカートの中に手を入れる。
そのままスルスルと下着を下ろし始めた。
下着は以前履いていたものではない。
黒い下着だ。
「うおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」
観衆が吠える。
今、ダリアさんは下着を履いていない。
あのヒラヒラとしたスカートの中がどうなっているのか。
このウスベルクの頂上は今、たった一つの興味で支配されていた。
足首のところまでパンティーを下ろしたダリアさんは、再度スカートの裾を持ち上げていく。
俺はゆっくりと上がっていくスカートの裾を見るべきか、それともダリアさんの脱ぎたてパンティーを見るべきか迷ってしまう。
思考は答えを出せず、視線は行ったりきたりを繰り返す。
そしてそれは、この場にいる全員が同じであった。
イケメンとて例外ではない。
既にこの場はダリアさんにより支配されていたのだ。
「あむあむ、やっぱりこのたまごまんじゅうは旨い」
「そうですね、これとっても美味しいですね。
あ、私お茶持って来てるんですよ」
「おお、なかなか気が利くのう」
たった二人を除いて。
「く、くぅ~……」
イケメンといえど、ダリアさんの誘惑には逆らえないらしい。
いや、むしろイケメンだからこそか。
彼はイケメンであるが故に、今まで焦らされたことがないのかもしれない。
今このときもダリアさんはスカートの裾を上げ続けているのだが、そのスピードはカタツムリが歩くスピードよりも遅い。
この世界の全ての時が止まっているのではないかと錯覚するほどの遅さだ。
「そろそろ面倒臭くなってきちゃったし、負けを認めてくれるのなら見せてアゲルわよ?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!」
ダリアさんの言葉に、男たちが雄たけびを上げる。
その雄たけびは空気を震わせ、山を鳴動させた。
統一された意思の持つエネルギーは、このウスベルクの山をも取り込んだのだ。
「うるさいのう……。
もう少し静かにはできんのか」
「そうですね。
でも神も一緒になって騒いでるみたいですから、大目に見ましょう」
「たまごまんじゅうか。
オレにも一つ分けてくれないか」
マッチョなアニキもあまり興味ないようで、ご主人とアビーの二人に混じっている。
まあ、マッチョなアニキはどう見ても筋肉にしか興味なさそうだから仕方がないか。
「くぅ……、わ、わかった。
ボクの負けだ。
だから、だからそのスカートの中身を見せてくれ!!」
「マッチョなお兄さん。
そういうことらしいケド、アタシの勝ちってことでいいのかしら?」
「むぐむぐ……。
そやつがそう言うのだから、君の勝ちで良かろう。
お茶もいただけるとありがたいんだが……」
「仕方がないのぅ……」
勝負はついた。
イケメンは欲望に負け、ダリアさんに屈したのだ。
ご主人のときと同じように、またしても観客と関係ないところで勝負が決まった。
ルールとは何だったのか。
そのような疑問、ダリアさんの神秘に比べればどうでも良い。
「じゃあ約束だからね」
そう言ってダリアさんはスカートを上げ下半身を晒す。
この場にいる全て(3人除く)の者の注目を集め、ダリアさんは見せ付けたのだ。
なんとその下半身はッ!
真っ暗な闇で何も見えなかった。
「もぐもぐ……。
闇の魔力じゃな。
闇の魔力でモヤモヤとさせてあーんな感じでこーやって見えなくしておるんじゃ」
ご主人の解説になっていない解説。
魔術のことは1ミリも理解できていない。
だが俺は……、いや、俺たちはたった一つの真実だけは理解した。
騙された……、と。