第四話
「またトマトか……」
「ご主人、贅沢言っちゃいけませんよ
トマトは栄養価が高いんです
トマトが赤くなると医者が青くなるんですよ」
「その言い方じゃと、まるで医者が悪人のように聞こえるのぅ……」
鉱山から帰ってきた俺とご主人は、まんぷく亭に泊まることにした。
まんぷく亭での夕食は、「知人からトマトを大量に貰った」という理由でトマト尽くしだった。
そして、今朝の朝食もまたトマト尽くしである。
そんな2日続けてのトマト攻勢に、ご主人は嫌気が差しているようだ。
「ほら、ご主人こんなに赤く熟したトマトさんですよ~」
俺はスライスされたトマトをパンに挟み、ご主人に見せつけながらもしゃもしゃと食べる。
「美味しいんじゃがの、美味しいんじゃが……」
「ご主人、お行儀が悪いです」
トマトをいじくるご主人を注意する。
全く、旅をしているなら保存食ばかりのときもあるだろうに、そんなに簡単にトマトさんに飽きてしまうなんて。
あ……、もしかして。
「ご主人、トマトが苦手なんですか?」
「いや、そんなことはないぞ」
そんなことはないらしい。
じゃあ一体どうしたと言うのだろう。
不満げなご主人はさておいて、俺はトマトを愉しんだ。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさま」
朝食を終えた俺たちに、恰幅の良いおばちゃんが話しかけてきた。
「悪いねぇ、同じモンばっか食べさせちゃって」
「いえ、工夫が凝らしてあって美味しかったですよ」
「そうかい、ありがとよ
それでね、まだ大量にトマトが余ってるんだけど、何個か持って行ってくれないかい?
喉が渇いたときにでも食べとくれ」
「ありがとうございます」
断る理由もなさそうなので、とりあえずお礼を言って4個のトマトを貰った。
トマトを貰った俺たちはこの街を出発することにした。
ちなみにトマトはご主人の荷物に入れると潰れてしまうかもしれないので、俺が触手で保持している。
「それでご主人、俺の修行ってどこでやるんですか?」
「うーむ、そうじゃな……」
ご主人は歩きながら本のページを捲る。
「ご主人、前に気をつけて下さいね」
「わかっとるわかっとる
んーむ、ここなんてどうじゃ?
修行にピッタリっぽい観光地じゃ」
「観光地で修行って……。
それにその本、魔術書とかじゃなくて観光ガイドだったんですね……」
ご主人が開いたページを見せてもらうと、そこには「来たれ! 竜のパワーを求めし者よ!」という見出しのついた記事が載っていた。
「どうじゃ?」
「うさんくさいです。
というかコレ、本当にタダの観光地じゃないですか」
「うむ。
じゃが、竜じゃぞ。
男の子なら燃えたりするもんじゃないのかの?」
「そりゃあ興味がないわけじゃないですけど」
「なら決まりじゃな」
俺は竜より女性の方が燃えたりするのだが、あえて言う必要もあるまい。
行き先も決まり意気揚々と歩く俺とご主人。
ご主人の足取りが軽やかだ。
機嫌は良いようである。
「ご主人、朝食のときちょっと不機嫌だったようですけど、そこまでトマトが嫌だったんですか?」
「そういうわけじゃないんじゃが……。
じゃがな、2食続けて同じメニューなら、少しくらい割引があってもいいんじゃないかと思ってな」
ご主人の言葉に俺は戦慄した。
なんということだ。
俺のご主人は、ちょっとケチ臭いぞ。
あんなに素晴らしいトマト料理の数々を食べさせて頂いたのに、こともあろうに割引などと。
しかもあんなに簡単に大金を稼ぐというのに。
「ご主人、それはちょっとケチ臭くないですか」
「そ、そうかの?
でも節約して悪いことはなかろう?」
「悪いです。
ご主人は強くてお金もたくさん稼げるんですから、たくさんお金を使うべきです」
「じゃが、わしはできるだけ働きたくないのじゃ……」
「ダメです!
力を持つ者は、それだけで義務を背負うものなんです!」
なぜか説教を始める俺。
別に俺としてはどうでも良いのだが、シュンとしているご主人がかわいい。
なのでもっと虐めたくなる。
そんな俺とご主人の前に、うつ伏せで倒れている少女が現れた。
どうやら行き倒れらしいその少女は、長い金色の髪、黒いゴシック調の服を着ている。
ガーターベルトで留めたストッキングが艶かしい。
短いスカートからはもう少しで下着が見えそうだ。
風よ! 神風よ!
今こそ我に恩寵を与え給え!
普段全く祈らない俺だが、今は名も知らぬ神に対して必死で祈った。
このままでは行き倒れの少女の下着を拝めないまま通り過ぎてしまう。
「ご、ご主人、行き倒れの方を助けはしないんですか?」
「やめとくのじゃ。
どうせ近づいたところを襲う算段じゃろ。
あんな旅に向かない格好で行き倒れてるなんて、おかしいとは思わんか?」
「なるほど、さすがご主人」
たしかにご主人の言う通りだ。
あんなむしゃぶりつきたくなるような太ももを晒して、どう見ても誘っているようにしか見えない。
だが、例え罠であったとしても……。
あの行き倒れの少女は、絶対に美少女だ。
あの高貴な金色の髪、男心をくすぐるスカートの長さ、そして白く美しい肌。
これで顔が残念だったら、間違っているのは世界の方だ。
俺の葛藤を他所に、行き倒れの少女を通り過ぎてしまう。
「ご主人、せめてあの娘のパンティーくらい拝みたかったです」
「ソーマ、もう少しだけで良いから自尊心を持ってくれないかのぅ……」
ズリズリ。
「血……出来れば処女の…………」
「ところでご主人ってしょ――」
「あ?」
「賞状ってもらったことありますか?」
「あるぞい。
6歳の頃、村のお絵かきコンテストでな。
6歳の部門で優勝したんじゃ」
「凄いじゃないですか!
賞状を貰うのはとても名誉なことって聞きましたよ」
「村に6歳の子供がわししかおらんかったからな」
「……」
「……」
ズリズリ。
「なんかさっきからナニカが這いよってきてる気がします」
「気のせいじゃろ」
ズリズリ。
「血がダメなら……そのトマトでも…………」
「そういえばご主人、そろそろ喉が渇いてきましたね」
「そうじゃな。
トマトを食べるとしようかの」
俺はご主人に2つのトマトを渡した。
ズリズリ。
「うむ、なかなか旨い」
ご主人が美味しそうにトマトを頬張る。
溢れた汁がご主人の指を濡らす。
その汁を、舌で舐めとるご主人。
「じゃあ俺もいただこうかな――」
俺がトマトを口に放り込もうとした、その瞬間――。
黒い影が俺のトマトを奪った。2個とも。
俺からトマトを奪い取った黒い影は、そのままトマトにかじりつく。2個とも。
「ああっ! 俺のトマトさんが!」
「残念じゃったなソーマ。もぐもぐ」
「ご、ご主人、もう一個あったでしょ?
一個分けてください!」
「すまぬ、もう食べてしまった」
「そんな!!」
俺は絶望の底へと投げっぱなしジャーマンスープレックスされる。
「ぬぐぐ……。
俺のトマトさんを奪うなんて!
貴様何者だ!!」
「フフフ、アタシは偉大なる夜の王の一族――」
「行き倒れておったけどな」
「全ての生きとし生ける者が恐れる、吸血鬼よっ!」
「パンツ見えておったけどな」
「えっ! ほんとに!?」
「嘘じゃ」
慌てふためく自称吸血鬼に、ご主人が淡々と答える。
「そんなことよりトマトさんです!
トマトさんへの謝罪と賠償を請求します!」
「ソーマよ、それではトマトさんに対して謝ることになってしまうぞ」
「あ、ほんとですね。
じゃあトマトさんを強奪した件について、謝罪と賠償を請求します!」
「ふふっ、助けてもらったしね。
さっきアナタ、アタシの下着が見たかったって言ってたわよね……?」
俺の触手がピクリと反応する。
「それくらいでいいのなら、いくらでも見せてあげるケド……?」
言いながら自称吸血鬼がスカートの裾をつまむ。
鮮血のように紅い瞳が、上目遣いでこちらの様子を伺っている。
クッ、この自称吸血鬼は、完全に俺の心情を把握してやがる……!
パンティーを見れるのなら、あんなトマトなど何個でもくれてやる。
それこそラ・トマティーナを開催できるくらいトマトを用意してやる。
「少しくらいなら触ってもいいのよ?
さすがに下着の中は遠慮してもらうケド……」
何……だと……。
たった2個のトマトにそれほどまでの価値があったのか。
あの美少女の太もも、いや、お尻をさわれる権利など、どれほどの価値があるのか。
「ソーマよ……。
先ほども言ったが、もう少しだけ自尊心をだな……」
触手をうにょらせながら自称吸血鬼に近づく俺に、ご主人が悲しそうに声をかける。
「ご、ご主人……。
俺、耐えられません……!」
弱々しく、泣きそうに、だがハッキリと俺は意思表明した。
そして俺の出せる最速を以て、自称吸血鬼に近づく。
――が、彼女が俺の視界から突如として消える。
「というのは冗談よ。
ねえアナタ、どうやらやっかいな呪いにかかってるみたいだけど?」
「……む」
いつの間にか俺の後ろに回っていた自称吸血鬼が、俺のご主人と会話を始める。
パンティーは……?
「アタシ、その呪いについて知ってそうな人に心当たりがあるんだけど……?」
「……何が言いたいのじゃ?」
「アナタたち面白そうだし、ついていってもいいかしら?
お礼もしなくちゃイケナイしね」
「……勝手にせい」
お礼はパンティーが良いのに、勝手に話が進んでいく。
「そう、ありがと。
アタシの名前はダリア。
よろしくね」
「わしはリュドミラじゃ」
「俺は――」
俺が自己紹介しようとした、まさにその時。
風が。
神風が。
突風が吹き、ダリアさんのスカートが捲れ上がる。
「キャッ」
俺にお尻を向けていたダリアさん。
スカートに隠されていたのは――、かわいいクマさんの顔がプリントされたパンティーだった。
「見ちゃった?」
「は、はい……」
「恥ずかしいからヒミツにしておいてネ」
「は、はい……」
少し頬を赤く染めながら、ダリアさんがウインクして言う。
「それで、名前を聞いてもいいカナ?」
「ソーマです」
「よろしくね、ソーマくん」
差し出された手に、俺は触手で応える。
「それで、アナタたちはどこに向かってたの?」
「その昔、竜が棲んでいたという山があってな――」
ご主人がガイドブックを開き、ダリアさんに見せる。
「ふーん、それなら方向は一緒ね」
「先ほど言っておった心当たりかの?」
「そうよ。
とりあえずはその山に行きましょ」
そう言いながら歩き始めるダリアさん。
それに続くご主人と俺。
「ダリアさん。
さっき吸血鬼って言ってたけど本当なんですか?」
「ソーマくんはどう思ってるの?」
「うーん。
さっきパンティーを見せてくれるっていうのも嘘だったしなぁ……」
「でも結局見れたでしょ?」
「それはそうですけど、まだ触らせてもらってません」
「それはそのうちね」
ひらりと身を翻し、先を行くダリアさん。
「ソーマ、あやつを信用するでないぞ。
吸血鬼は信用できん」
そんなダリアさんに聞こえないように、ご主人が耳打ちする。
「……わかりました」
ご主人はダリアさんを本物の吸血鬼だと考えているようだ。
でも吸血鬼って日光を浴びると灰になったりするものじゃないのかな。
「別にアタシのことは信用してくれなくてもいいわよ」
突然すぐそばに現れるダリアさん。
「でも、“吸血鬼だから”っていう理由はやめてほしいかな」
「む、すまぬな」
「別にいいわ、わかってくれれば」
微笑を浮かべながら話すダリアさん。
でも、その紅い瞳の奥には深い哀しみが浮かんでいたように見える。
「ご主人……」
「ソーマ、先ほどの言葉は忘れてくれ
わしが間違っておった」
ご主人はきっと、ダリアさんの瞳から俺と同じように哀しみを読み取ったのだろう。
信用するかどうかは別だが、それでもダリアさんは悪い人ではないと思う。
「りゅどみん、ソーマくん、何してるの?
早く行きましょ!
アタシまだお腹減ってるから早く村なり街なりに着きたいわ」
「な、なんじゃその呼び方は……」
「だってリュドミラってなんか呼びにくいし」
「俺は良いと思いますよ」
「さっすがソーマくんはセンスが良いね~。
やっぱり少しくらいなら触っても……」
ダリアさんが俺に向けてお尻を突き出す。
「だ、だめじゃ!
恥を知れ恥を!
ソーマも触手をうにょうにょさせるんじゃない!」
「据え膳食わぬは男の恥と申しますれば……」
「何をわけのわからぬことを言っておるんじゃ!」
「いやでも、吸血鬼が人間の女性と同じなのかどうか、学術的にも調べる必要が……」
「ないわそんなもの!」
そんなこんなで俺たちは共に旅をすることになった。
願わくは、心からお互いを信頼できる仲間になりたいものだ――。