第二十五話
「ふ、ふふっ……、やっと着いたわね……」
船酔い、セクハラ治療、船酔い、セクハラ治療というサイクルを乗り越え、ついに辿りついた新たなる大陸。
ダリアさんの壊れた笑みが、この旅の辛さを物語っている。
「何じゃ、意外と普通じゃな新大陸」
「住んでいるのは人間や魔物で、大きな違いがあるわけじゃありませんしね。
交流が始まって長いですし、そんなものなのかもしれません。
でもほら、あの大きな建物とか、凄いですよ!」
たしかにご主人の言う通り、この港町で働いている人たちは人間やリザードマン、オークなど見たことのある種族の人たちばかりだ。
種族的な意味での驚きは特に無い。
建造物は白漆喰の壁の物が多く、石造りの建物が多かった前の大陸とは大きく印象が異なる。
そんな中、アビーが指差した巨大な円形の建物は石でできたものだった。
どこかで見たことがあるような気もする。
「ふむ、たしかに目立っておるな。よし、観光ついでにあの建物を見に行くとしよう」
「待てぃ! このオレを置いていこうと言うのか!」
俺たちの前に颯爽と姿を現したアニキ。
「うむ、連れて行くという発想が無かった」
「んぐんぐ、そうね」
ダリアさんは小麦粉で出来た生地に、羊肉と葉野菜を挟んだ料理を屋台で買ってきて食べている。
美味しそうだなーと見ていたら「はんぶんこね」と、半分くれた。
ご主人ならこうはいかない。
「もぐもぐ、でもアニキはこの大陸に来たことがあるんですよね?
だったら案内してもらった方がいいんじゃないですか?」
「うむ、自分で言うのも何だが、オレは良い観光スポットを知っているぞ」
「どーせ『良い体をした銅像』だの『良い体をした男たちが集まる場所』とかじゃろ。
そんなところに興味などない」
「半分は当たっているが、良い体の女が集まる場所も知っている。
オレは素晴らしき肉体を持つ者は、女性であろうと男性であろうと共に敬意を持っているからな」
男女平等とは本来こうあるべきだと、アニキは自らの行いによって示している。
男も女も、素晴らしき肉体を持つ者を、アニキは平等に愛しているのだ。
「そうか。
付いてきたいなら勝手にするが良い。
わしらはとりあえずあの建物を見に行く」
「コロッセウムか。
オレも昔はあそこで、肉体を思う存分観客に魅せつけたものだ」
コロッセウム。
この名前には聞き覚えがあった。
たしか、大昔に作られた闘技場だったか。
「闘技場ですか?」
「そうだ、よくわかったな。
円形のフィールドで、肉体と技をぶつけ合う。
それを観て、観客たちは熱狂するのだ。
あの空間の熱は、体験しなければわからないだろうな」
「ふーん、アタシたちも出られるのかしら?」
「もちろん、コロッセウムはいつでも挑戦者を募集しているはずだ。
試合をするフィールドには特殊な結界が張ってあり、即死に至る攻撃を防いでくれる。
だから挑戦者は安全・安心が保障されているのだ」
「へー、そんな結界誰が作ったんですかね」
「あのコロッセウムを作ったのは、『神様』らしいぞ」
「そうなんですか、神様も暇なんですね」
「ふん、死ぬことのない闘いなどつまらんな」
ご主人が吐き捨てるように戦闘狂みたいなことを言う。
「出る出ないは別として、観に行くのはいいんじゃないですか」
「ま、そうじゃな。場合によってはソーマを出場させて、賞金をガッポリいただくというのも良いじゃろ」
「俺が稼いだ賞金は俺が使うんですよ! ご主人には渡しません!」
「何じゃと!? わしのモンはわしの物、ソーマのモンもわしの物じゃ!」
「そもそも賞金とかって出るんですか?」
「出る。だが勝敗は関係ない。
あそこで求められるのは、どれだけ客を沸かせられたかだ。
圧倒的な強さで敵を瞬殺する剣士より、泥臭い試合で逆転勝利する闘士が求められる場合もある」
「へー、ならご主人より俺の方が向いてますね」
相手が女性なら、少なくとも男性客を沸かすことはできるはずだ。
相手が男性なら、頑張って女性客を沸かせるように努力しよう。
「出場するかしないかは、一度試合を観てから決めると良いだろう」
ニヤリと笑ったアニキ。
その笑顔に含まれる意味を、俺は読み取れなかった。
―――
入場料を支払い、コロッセウムに入場した俺たち。
中に入る前から、大地を揺るがす程の歓声が聞こえてきている。
その声は主に、「殺せ!」だの「やれ!」だのといった不穏なものだ。
「アニキ、挑戦者は死んだりしない、安心・安全設計じゃなかったんですか……。
さっき聞こえてた観客たちの言葉が凄く恐ろしいものだったんですが……」
「日ごろの鬱憤を晴らす場だからな。仕方のないことだ」
観客席は、試合場をぐるりと囲うようにして配置されている。
どの位置に座っても、試合が観られるように配慮されているようだ。
俺たちは空いている席を探し、観客席に着いた。
「そろそろ次の試合が始まるみたいね」
試合場に左右から入場してくる者がいる。
左から入場してきた者は、金属製の甲冑に身を包み、剣と盾を持った者。
対して右から入場してきた者は――。
目を引く腰まで伸びた蒼い髪の女性。
腰から下が、髪の色と同じ蒼い大きな薔薇の花に埋もれている。
その薔薇は銀灰色に鈍く輝く大きな花瓶に植えられていた。
銀灰色の花瓶には車輪が取り付けられている。
そして何より、ここからでも分かるほど育ち切った巨乳。車輪のついた花瓶に乗って移動しているため、ガタゴトと小刻みに揺れる。
彼女の入場に、観客たちが一斉に沸いた。
「どうやら人気闘士のようだな。
入場しただけでこれほど盛り上がるのは珍しい」
「アレ、ミスリルよね……。
ミスリルで花瓶を作るなんて、酔狂を通り越してるわ……」
「そもそも人里にいるアルラウネが珍しいのぅ、わしも初めて見たわ」
「何かと狙われることの多い種族ですからね。
それに……、もしかしたらあのアルラウネ、コルラートさんの知り合いかもしれません。
以前、『アルラウネの為に移動できる花瓶をミスリルで作ったら、スポンサーからこっぴどく怒られた』と話していました」
「何にしても素晴らしいおっぱいです。
ここからじゃご尊顔を拝見できないのが辛い、どうすればあの人とお近づきになれるのか……」
「簡単だ。あの者に挑めばよい」
先ほどと同じく、ニヤリと笑ったアニキ。
そうか、アニキは俺がこの闘技場に参加したくなるとわかっていたのか。
「でも相手を指名したりなんてできるんですか?」
「興行主と相手次第だろう。
何ならオレと話を聞きに行ってみるか?」
「そうですね、この試合が終わったら是非」
どうやらそろそろ試合が始まるようだ。
彼女が激しく動いたら、あの巨大な胸は一体どうなってしまうのか。
俺の興味はその一点に尽きる。
しかし、バインバインと跳ね回る胸を期待していた俺の期待は、大きく裏切られる。
アルラウネさんの相手があっけなくやられてしまい、くんずほぐれずのキャットファイトにはならなかったのだ。
アルラウネさんのスレッジハンマーで頭を割られた相手は、すぐさま係員に運ばれていった。
あれでも死んでないのか、凄いな神様が作った結界。
「弱いのぅ……」
「残念すぎるわね」
「そうですね……」
呆気ない試合に、明らかに観客のテンションが下がる。
「うむ、これはチャンスだぞ」
「アニキ、どういうことですか?」
「フッ、こういうことだ」
突如俺を持ち上げたアニキが、強大な筋力のバネを使って、俺を試合場に放り込んだ。
「どえあああああああああああっっ!」
突然のことで何が何だかわからなかった俺は、無様に地面と激突する。
骨があったら間違いなく粉砕骨折していたに違いない。
試合場に突然現れた俺の存在に、観客たちがどよめく。
アニキの見事なコントロールにより、俺はアルラウネさんのすぐ目の前に落ちた。
「飛び入りですか? 珍しいですねー」
透き通った声で、楽しそうに言うアルラウネさん。
成熟した顔立ちは、人形を思わせるほど美しかった。
彼女の唇から紡がれる言葉に、俺の心は打ち震える。
アルラウネさんは係員らしき人の方を見て、頷く。
「おっけーらしいですよ」
「えっと、何が?」
「試合しても」
つまり――、先ほどの試合があまりにも呆気なかったので、観客が盛り下がってしまった。
そこで未知の挑戦者を受け入れることで、会場を盛り上げようということか。
アニキは主催者側の思考を読んで、俺をここへ放り込んだというわけだ。
「いいんですか? 俺みたいな得体の知れない者の挑戦を受けてしまって」
「そんなことを言い出したら、ここで戦う相手はみんな知らない人ですからねー」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
このような状況でも余裕たっぷりのアルラウネさん。
だったら――
「だったら手合わせをお願いします。俺の名前は――」
「あ、ここでは本名を名乗らないのが決まりなんです」
「そうなんですか」
「ええ、代わりにリングネーム……、試合の時だけ使う名前を決めておくんですけど、貴方は飛び入りですから名乗る必要はないでしょう」
「それは残念です、俺は美しい貴女の名前が知りたい」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるんですね。
私はこのミスリルの花瓶にちなんで、真銀戦車と呼ばれています。
本名は……、そうですね、私に勝ったら教えてあげましょう」
今、彼女は確かに真銀戦車と言っていた。
マヨット族の呪術師が言っていた、ご主人の呪いの正体を知っている人。
ぼいんぼいんの美人という容姿も当てはまっている。
「貴女がそうだったんですか……。実は貴女を探していたんです」
「……」
「この試合が終わったら、俺のご主人に会って欲しいのですが」
「ふーん、そうですか。
会うくらい全然構わないんですけど、でもそれじゃあつまらないですよねー。
なのでここは――」
「この試合に俺が勝ったら?」
「そうですね」
言いながら彼女は横を向いて、目線を少しずつあげていき――ご主人を見た。
彼女はご主人を知っている。
「念のため聞きますけど、ルールは大丈夫ですか?」
ご主人から視線をはずし、俺の目を見据えた真銀戦車さんが問う。
「教えてもらえますか」
「何でもありのデスマッチ。
参ったと言わせるか、死に至ると思われるダメージを相手に与えれば勝利です。
この試合場で負った傷は外に出れば治りますし、この試合場で命を落とすことはありませんので、遠慮する必要はありません」
「わかりました」
俺の返事を聞いた彼女は、先ほどの試合の開始前と同じ位置に向かう。
彼女に習って、先ほど甲冑を纏っていた者が立っていた場所に俺も立つ。
観客も俺が飛び入り参加したらしいとわかってきたようだ。
どよめきは声援へと変わっていた。
「飛び入りのあんちゃん頑張れよー!」
「その触手ならやってくれるよなー!」
「チャリオッツの揺れるおっぱいを堪能させてくれよー!」
多くの声援は彼女に送られたものだったが、中には俺の触手に期待している人たちもいるようだ。
熱気に包まれた空間、大勢の視線が俺と彼女に注がれている。
アニキの言う通り、体験しないとこの熱気はわからないだろう。
「それでは飛び入り参加による、第十四試合――はじめっ!」
係員らしき人の試合開始の合図と共に、真銀戦車さんが俺に向かって突進してきた――。