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触手な俺が魔女の奴隷  作者: よしむ
第七章 大後悔時代
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第二十二話

 抱いたことはあった。

 でも、抱かれたことはなかったのかもしれない。


 彼らが去った洞窟は、冷たい海の水で満たされていた。

 体が冷えてしまわないように、岩場に座り、明るい洞窟の出口を見やる。


「一緒に――」


 彼が言いかけた言葉が甦った。


 外に出ることは問題ない。

 問題はこの海域を離れることだから。


「スキュラとカリュブディスの間……か」


 海の魔物たちの間で使われる言葉だ。

 全てを飲み込む実体無き海の魔物カリュブディス。

 そしてスキュラ――、即ち私。

 人間たち風に言えば、「前門の虎、後門の狼」という意味で使われる。


 私のことを知らない者が、私の知らないところで言っているだけのこと。

 だから本当は気にしなくてもいいはずのこと。


 自分たちの安寧が私という存在に守られているとも知らずに、海の魔物たちは私を揶揄する。

 ならば私も少しくらい腹いせをしたって構わない……、そんな身勝手な考えで人魚をさらった。

 その考えは間違いだったと、今では思う。

 でもそのおかげで彼……、ソーマと呼ばれていた彼と出会えた。


 彼は私を迎えにくると言っていた。

 一時的な感情に任せての言葉なのか、それとも本気で言ってくれていたのか。

 他者との関わりが極端に少なかった私には、彼の本心などわかろうはずもない。

 でも、それでも彼の言葉は信じてみたくなってしまう。

 きっと私は、他人との関わりに飢えているのだ。


「愛か……」


 バカみたいなことを熱く語っていた彼。

 あの時は思わず納得したような返事をしちゃったけど、今考えると何を言いたかったのかさっぱりわからない。

 そんな彼の言葉が可笑しくって、今は切ない。


 彼は今、何をしているのだろう。

 人間たちと一緒だったようだから、きっと船に乗ってきたはずだ。

 最近はこのあたりまで来る無謀な船も多い。

 カリュブディスの渦に巻き込まれれば、人間が作った船など簡単に沈んでしまうというのに。


「あっ……」


 ここに至り、私は一つの可能性に気づいた。

 彼の乗る船が、カリュブディスに呑み込まれる可能性。

 なぜ今まで気づかなかったのか。

 カリュブディスの渦に巻き込まれた人間は、生還などできるはずがない。

 ということは、人間たちはカリュブディスの存在を知らない可能性が高い。


 この海域において、強大なカリュブディスに辛うじて対抗できるのは私だけだ。

 といっても、カリュブディスがこの海域自体を呑み込むのを防いでるに過ぎないのだけど。


 私はいてもたってもいられなくなり、洞窟を出た。

 暗い洞窟にいた私には、太陽の光が眩しい。


 人間たちがどのような航路を使っているのか、私は知らない。

 だから彼の乗っていた船が、どこへ向かっているのかもわからない。

 だったら、最悪の選択肢を取ったと仮定しよう。


 私は真っ直ぐカリュブディスへと向かった。

 カリュブディスの渦に巻き込まれれば、私でも脱出することはできない。

 もちろん巻き込まれた船を助け出す事なんてできるはずもない。


 急がなければならない。

 全身から魔力を展開させ、水の抵抗を減らす。

 焦ると魔力の操作が雑になってしまう、だから極力心を落ち着ける必要がある。

 頭ではわかっていても、別の場所がわかってくれない。

 勝手に彼がカリュブディスに巻き込まれたと想像して、一人で焦っている私。

 これで彼が無事にこの海域を抜けていたら、私は本当に滑稽だ。

 杞憂で終わって欲しいと、切に願う。


 果たしてそこに船はいた。

 カリュブディスの渦に呑まれそうな愚かな船が。

 すぐさま私は海流を操作し、船をカリュブディスから遠ざけようとする。

 それだけでは足りない、触手を伸ばし船を引っ張る。

 既に船はカリュブディスの影響範囲に入ってしまっている。

 これでは時間稼ぎにしかならない。

 でもあの魔女のような格好をした女の子なら。

 膨大な魔力を持っていた彼女なら、この状況をどうにかできるかもしれない。

 ならば私は稼げるだけ時間を稼ごう。


 たとえカリュブディスに呑まれるようなことになっても。



―――



「ああっ醤油がかかった!」


 船内が大きく揺れ、ご主人のローブに醤油がかかる。

 船の至るところから木の軋む音が聞こえてきた。


「何かあったのかしらね」

「うむ、甲板に出てみるか」

「そうですね」


 今までにない揺れに、みんなから笑顔が消える。


「う~、落ちない。これだから刺し身は……」


 ご主人はそんなことよりローブにかかった醤油の方が重要らしいが。


「ご主人、元々黒いローブなんですから黒い染みができてもわかりませんよ」

「わかるじゃろ! なんか茶色っぽくなっちょる!」

「そうですかね。それよりご主人、みんな行っちゃいましたよ」

「むにゅー!」


 変な声を上げるご主人だが、しっかり俺に着いてきている。

 甲板に上がった俺とご主人は、慌しく動き回る船員さんたちの邪魔にならないように気をつけながら、先に甲板に出たアニキたちを探した。

 アニキたちはすぐに見つかり、みんな同じ方向を見つめていた。

 凍りついたような表情で。

 皆の視線を追いかけると、すぐにその理由がわかった。


 大きな、途方も無く大きな渦潮が巻いていた。

 渦潮の中心にポッカリと開いた穴。

 その穴に向かって、海が渦を巻いている。

 船はゆっくりと、だが確実に渦潮の中心に引き寄せられていく。


「えっと……、これは良くある現象なのかしら?」

「……オレも初めて見る」

「よくわからんがあの黒い穴に何かいそうじゃな」

「な、なにかってなによ?」

「わからん。わしにわかることは、このままだと船が沈むということくらいじゃ」


 ご主人の言葉にダリアさんの顔が真っ青になる。


「うう……、やっぱり海になんか出るんじゃなかったわ……」

「そうじゃな。用事が済んだらドラキュラに文句を言うとしよう。

 その前にあの渦潮を何とかするぞ」

「どうします?」

「恐らくじゃがあの渦潮の中心にナニカがいる。

 そのナニカにわしが一発お見舞いしてみようと思う。

 生半可な一発じゃ通用しそうにないから、わしは本気を出す。

 余波で船が沈まんように、ダリアとアビゲイルはこの船を防護魔術で何とか守ってくれ」

「アタシ、そんな魔術使えないんだけど……」

「適当に魔力を展開させるだけでも良い。

 とにかくこの船を守っとくれ」

「わかりました」


 アビーの返事を聞いたご主人は、そのまま渦潮の中心へ向かって飛んでいった。


 それにしてもご主人が「本気を出す」とわざわざ宣言したのは初めてじゃないか。

 今までご主人は本気を出したことが一度も無かったということなのか?


 ダリアさんが黒い霧状の魔力を放出し、船体を覆っていく。

 さらにアビーが呪文らしきものを唱えると、船体が球形の魔力で囲われた。


 渦潮の中心の上空までたどり着いたご主人はこちらをチラリと見やり、集中し始める。

 集中し始めたご主人の体から魔力の高まりを感じる。

 魔力に近い力を操れるようになった俺は、ご主人が途方も無いほどの力を持っていることを理解した。

 そして、ご主人が力を解放した際に起きるかもしれない災害を想像するに至る。


「アニキ! 今すぐこの船に乗っている女性を全員集めてください!」

「ふむ、必要なことなんだな?」

「そうです!」

「わかった」


 間に合うだろうか。

 ご主人の“本気”の余波は、津波を引き起こすかもしれない。

 津波の規模によっては、沿岸部に済む人たちに被害がでることも考えられる。

 だからご主人の“一発”が周囲に被害を出さぬよう、余波を押さえ込む必要がある。

 ご主人の膨大な力を押さえ込むには、相応のエロスが必要なはずだ。

 ダリアさんもアビーも申し分ない女性だが、二人だけでは足りないかもしれない。


「失礼します」

「えっ? ちょっとソーマくん、状況を考えて――」

「もしかしたらご主人の一発が津波を引き起こすかもしれません。

 沿岸部の被害を最小限に抑えるために協力してください!」


 ダリアさんとアビーの体に触手を巻き付かせる。


「成程、そこまでのお考えがあるとは……。

 もちろん協力させていただきます」

「ふーん、よく気づいたわね。

 そういうことならサービスしてアゲルわ」


 二人とも乗り気だ。

 だが、ご主人の“一発”に間に合わせなければならない。

 いつご主人が“一発”を放つか考えると、焦って行為に集中できない。


「ソーマくん、たぶんりゅどみんは準備に時間がかかるわ。

 彼女の“本気”に脆弱な肉体が耐えられないから、肉体の防護も施さなければいけない。

 だから今は、私たちのことだけを考えて」

「そうです、している最中に他のことを考えているなんて、神といえど許されません」


 俺の雑な態度に気づいたのだろう、二人が釘を刺す。

 二人の言う通りだな、俺はなんて失礼なんだ。

 献身的な二人によって、俺の中の力が高まっていく。


「ソーマよ! この船の女性たちを連れてきたぞ!

 ……ん? 何をしているのだ?」


 アニキがたくさんの女性を連れてきた。

 この船にはこんなに大勢の女性がいたのか。

 健康的な小麦色の肌、程よく引き締まった体をした女性が多い。


「津波を防ぐために協力してください!」

「言ってる意味がわからないんだけど……?」

「説明する時間も惜しいのだろう。

 ここはオレを信じて、この者に身を任せてやってはくれんか?」

「んー、本番はナシってことなら。私もたまってるしねー」


 戸惑う女性たちを、アニキが説得する。

 アニキの信頼感は、男だけでなく女性たちをも簡単に説き伏せてしまう。

 この桃源郷で、俺は俺自身をできる限り高めるのだ。

 それにしても海の女性たちは開放的なんだな。


「フッ、ソーマよ。もちろんこのオレも協力させてもらうぞ」


 おもむろに近づいてきたアニキ。

 え、ちょ、アッー!




「んん、ハァハァ……、ソーマくん、そろそろ……」


 ダリアさんが息も絶え絶えになりながら、ご主人の方を指差す。

 ご主人は肉眼でも確認できるほどの、濃密な魔力をその身に纏っていた。


 短い時間だったが大ハッスルした俺たち。

 この力を使って、“一発”の威力の余波をできるだけ漏らさず、あの渦潮の中心に収束させることが俺のすべきことだ。

 ご主人と渦潮の黒い穴を中心として、外部に威力を伝播させないように結界を張る。

 俺たちがみんなで作り上げた“エロスの結界”だ。


 ご主人は、両手のひらを渦の中心部、黒い穴に向けた。

 ご主人が放つのは炎でも、雷でもなかった。

 炎は大量の海水で防がれてしまうかもしれない、雷も海水により散らされてしまうかもしれない。

 だからご主人は、己の魔力の奔流を、ただ放出する。

 意味を与えられていない、純粋なる力。

 純粋なる力は破壊的な現象を生み出す。

 全てを呑み込もうとする黒い穴は、ご主人の魔力を喰らい続け――、やがて白い閃光が弾けた。

 割れる“エロスの結界”。

 崩壊していくピンク色の結界から抜けてくる衝撃で船が大きく傾く。

 遅れてやってきた波で、船が大きく縦に揺れた。

 閃光と爆音、体を吹き飛ばそうとする暴風に、俺は少しだけ失禁してしまう。

 アビーの結界で守られているのにも関わらず、恐怖で体が固まる。


「船は無事か……」


 どれだけの時間、目をつぶり、体を固くして、襲い掛かってくるご主人の“一発”の余波に耐えていただろうか。

 アニキの呟きに、俺はようやく終わったのだと気づいた。


「死ぬかと思ったわ」

「そうですね……」

「俺なんて少し漏らしちゃいましたよ」


 先ほどまでとは打って変わって、今はもう静かな海に戻っている。


「うぃ~、疲れたのじゃー」


 ふよふよと飛んで戻ってきたご主人。

 あれほどの現象を引き起こしたというのに、ご主人は呑気だ。


「お疲れ様です、ご主人」

「うむ、今回もまた、わしの活躍によって何とかなったな!

 結局、アレが何だったのかはさっぱりわからんが、わしの魔力を腹いっぱい食わせてやったら消滅しおったわ!」

「危うくここいら一帯が消滅しかけたけどね……」


 カラカラと笑うご主人と、顔を引きつらせているその他全員。

 何はともあれ危機は去った。


「功労者であるわしは腹が減ったぞ!

 刺し身以外のうまいもんを献上するのじゃ!」


 巨大な渦潮の正体はわからなかったが、俺たちは無事船旅を続けられることを喜ぶのであった――。

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