第十九話
なぜだ?
人魚の方は既に、俺に媚びるような、ねだるような視線を向けてきている。
時間をかけたのだから当然だ。
だが、半鳥半人の方はいまだに敵意のある目で俺を睨みつけてくる。
時間をかけたのにどうして。
俺の責めには一体何が足りないのか?
わからない。
わからないことが焦りを生み、責めを雑なものにしてしまう。
「ふふっ、足りないもの……、それは“愛”よっ!」
「ダリアさん!」
顔色のとても良いダリアさんが腕を組み、微笑を浮かべていた。
気のせいか、少し酸っぱい臭いがする。
責めるのに集中していたせいで気づかなかったが、いつの間にか嵐も止んでいた。
「ダリアさん、体調は良くなったんですか?」
「全部出したらスッキリしたわ。男の子と同じね」
「そ、そうですか……」
「それよりソーマくん、アナタには“愛”が足りないわっ!」
ビシッと俺に指を差し、高らかに宣言するダリアさん。
俺に足りないものは“愛”。
半鳥半人が満足しない理由は、“愛”なのか。
刹那的な快楽に“愛”は必要なのか。
「ふふ、理解していないようねソーマくん。
アナタ、あのハーピーを見たときどう思った?」
「生意気なおっぱいと……ハッ!」
「そう、アナタは入り口で既に間違えていたの。
生意気な彼女を屈服させようと、支配しようとした。
でも、それじゃあ駄目。
女の子は小手先のテクニックで気持ちよくなるわけじゃないわ、そこには愛が必要なの」
「……ダリアさん、“愛”って何なんでしょうか?」
ダリアさんは俺に背を向け、潮風を全身に受ける。
長い金色の髪が風に流され、スカートの裾が揺れた。
「アナタにも、いつかきっとわかる日が来るわ」
澄み切った空に、ダリアさんの言葉が吸い込まれていく。
俺は、俺の過ちを正し、“愛”の意味を見つけることができるのだろうか。
小手先だけのテクニックに酔っていた俺は、「気持ち良い?」と無粋なことを聞く駄目な男と一緒だ。
そこに思いやりなどなく、あるのは自己満足だけである。
「何をバカな話をしておるのじゃ」
呆れた顔のご主人に一蹴された。
アニキとアビーも近くに来る。
「“愛”について話していたんですよ」
「ふむ、“愛”とは、決して後悔しないことだと言うな」
ダリアさんと肩を並べ、俺に背を向けるアニキ。
アニキには“愛”がわかっているのだろう。
アニキの頼もしい背中が、なぜか今は哀愁を感じさせる。
「私がこんなことを言うのはおこがましいのですが……。
“愛”は神ご自身ですよ」
巻いている髪からこぼれている幾筋かの髪の毛を揺らし、アビーはアニキの隣に立った。
それぞれ、“愛”について考えがあるのだろう。
俺も、俺なりの“愛”を見つけなくては。
「いや……、何を言っておるのじゃこやつらは……」
どうやらご主人は、ご主人の“愛”を見つけていないようだ。
二人で、一緒に探していこう。
「あのー……、私たちはいつまで放置されるのでしょうか……?」
「いいから放せよ! この変態触手!」
そうだった、深遠なテーマに思いを馳せていたせいで忘れていた。
「この二人が歌を歌っていたみたいです。
どちらが“セイレーン”さんなんですか?」
「セイレーンとは、『歌で人や魔物を惑わす者』たちのことだ。
この二人が歌っていたというのなら、どちらもセイレーンということだな。
それで、お前たちはなぜこのようなことしたのだ?
今まで人魚と船乗りは友好的な関係を築いてきたはずだ」
アニキの公平な態度に、半人半鳥と人魚は申し訳なさそうな顔をする。
悪事を働いた者をただ罰するのではなく、相手の事情を聞こうとするアニキ。
理解しようとしている、という態度を見せることが大切なのだろう。
「それはっ……」
「私から話すわ。私たちは存亡の危機を迎えているのです」
半人半鳥が口を開きかけるが、それを人魚が制止する。
存亡の危機――、予想以上に深刻なようで、俺は絶句する。
「私たち人魚の若い雄が、連れ去られてしまいました。
このままでは私たちは繁殖できなくて、滅びてしまうのです。
だから――」
そのとき、俺に電流走る――!
つまり彼女たち人魚は、交尾相手を得るために船員を連れ去ろうとした――、そういうことか!
ならば俺が人魚さんたち全員と交尾すれば万事解決じゃないか!
「ご主人、俺はご主人のことが大好きです。
ですが人魚さんたちの存亡の危機とあっては仕方がありません。
俺は人魚さんたちの繁殖を助けるために、できることをしたいのです。
ですから、ご主人のもとを一時的に離れることをお許し下さい」
「駄目に決まっとるじゃろ。
というか、そもそもソーマは生殖できるのか?」
「そういえばそうね。ソーマくんが出してるとこ、見たことないわ」
「私も神の聖液を受けたことはありません……」
いやだなあ、みんな何を言っているんだろう。
俺が種無しみたいな言い方をして。
そんなわけないのに。
ない……よね?
「いや、出せないわけないじゃないですか!
現にエッチなことをしたとき、何かこう、こみ上げてくるものがありますよ!」
「ほ~、それじゃあ出してみせい」
「えっ! みんなが見てる前でなんて、恥ずかしくてできるわけないじゃないですか!」
「わしは大衆の前で脱げと言われたのぅ」
「アタシもみんなの前でショーツを脱いだりしたわねー」
「神はいついかなる時でも恩寵を下さいました」
いつになくみんなが一致団結している。
これは俺が男を見せないと静まらないパターンか。
ならば仕方ない。
みんなに見てもらうしかないだろう、俺の男っぷりを。
見てもらうことによって喜びを感じるような趣味はないが、みんながどうしてもと言うのだから仕方ない。
「そこまで言うなら出してみせますよ! この場で!」
先ほどまで半人半鳥と人魚と戯れていた。
その興奮を今、触手に集めるのだ。
こみ上げてくる想い、こみ上げてくる衝動。
その全てを一本の触手に集めていく。
何かが集まっていくのと呼応して、触手の先がみるみると膨む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
野獣のような咆哮と共に、俺は触手の先から熱い激情をほとばしらせる。
そして触手の先から遂に出た。
「おおっ!」
女性陣から歓声が上がる。
ふぅ、どうだ……。
俺は種無しなんかじゃあない。
俺は男だ。
「これは魔力ですか?」
「むぅ、わからん。よく似ておるのじゃが……、何というか」
「そうね。はじめて見るわ。お父様なら何かわかったのかもしれないけど……」
思いのたけを全て出し切った俺の心はとても穏やかだった。
みんなが何やら言っているが、そんなことはどうでも良い。
今までの人生の中で、最も落ち着いている。
今なら全てを赦せそうだ。
「これだけの魔力らしきものを内奥しておるとは……」
「驚きね。これなら……」
「さすが我が神です。このような力を持っておられるとは……」
「あ、あの~」
人魚さんが申し訳なさそうに割り込む。
「おお、悪かったのぅ。話の続きじゃな。
要はその人魚の雄どもを取り返せば良いんじゃろ?
簡単じゃ、わしらに任せておけ」
「うむ、船長には俺から話をつけておこう。
人魚の頼みとあらば、断るような船乗りはおるまい。
だが船員には詳細を話さないほうが良い。
人魚の婿になれると知ったら、喜んで海に飛び込んで行くだろうからな」
「あ、ありがとうございます!」
なんか話が進んでいるようだ。
みんな幸せになれるのなら、それは良いことだなー。
―――
「俺は能無しなんだ! 生きてる価値なんてない!」
自己嫌悪と共に、俺は船室の床を転がる。
時間が経つと俺の心には自己嫌悪が広がっていった。
先ほどまでの穏やかな気持ちが嘘のようだ。
「大丈夫じゃよソーマ。
子供のうちは、みんな生殖なぞできん。
時間をかけて大人になれば良いではないか」
「そうですよ! それに、先ほどの魔力らしきものはとても強力な力でした!
あの魔力に意味を与えることができれば、どれほどの事象が引き起こせることか!
神に生きる価値がないなんて言ったら、この世界は滅亡するしかありません!」
「うわああああああああああん!!」
みんなの慰めが俺のハートをズタズタに引き裂く。
どんなに言葉を並べ立てようとも、事実は覆らない。
俺に生殖能力は無い。
生殖できない触手なんて、ただの触手だ。
「バカモノッ!!!」
そんな俺をアニキが一喝し、殴りつけた。
アニキの容赦ない一撃に、俺は吹き飛ばされ、壁に激突する。
アニキの拳からは悲しみ、怒り、そして優しさが感じられた。
「異形の者……、いやソーマよ! 何を勘違いしている。
できないことがあるのならば、自らの体を鍛え、できるようになれば良い。
嘆く暇があるのなら、今できることをしろ。
何もせずに己の無力さを嘆くなど、このオレが許さんッ!」
「ア、アニキ……」
「貴様のような腑抜けに、アニキと呼ばれる筋合いはないッ!」
そうだ、アニキの言う通りだ。
俺は何をしていたんだ。
こんな俺に、アニキをアニキと呼ぶ資格などない。
「ありがとうございます」
俺は皆に頭を下げ、一人船室を出た。
今できること――、それはあの謎の力を解明することだろう。
生殖能力の代わりに俺が持っている力、この力にどういう意味があるのか。
それを知ることが出来れば、もしかしたら生殖能力を得るためにするべきことがわかるかもしれない。
全速力で船首に向かう俺。
もし、俺のこの力が強大なものだと言うのなら、船内で試すのは危険かもしれない。
船首には具合の悪そうなダリアさんがいた。
「そーまくん……。相当ショックを受けてたみたいだけど……、大丈夫?」
「むしろダリアさんが大丈夫ですか?」
「駄目だわ。本当に駄目だわ……。
もう胃の中に出せるものが残ってない……」
船酔いは治癒術である程度緩和できるらしいのだが、ダリアさんはアンデッドなので治癒術が効かないらしい。
苦しそうなダリアさんを見ていると何かしてあげたくなる。
何かしたい……か。
そうか……、もしかしたらこの気持ちが……。
「ダリアさん、成功するかどうかわかりませんが、試してみたいことがあります。
もしかしたらその船酔いを治せるかもしれません」
「うぇ……? いいわよ……治るかもしれないのなら何でも……」
「そうですか、なら失礼します」
「ふぇ」
ダリアさんのお尻に触手を伸ばし、俺は自らの気持ちを高めていく。
ダリアさんは抗議する力もないのか、俺の触手に身を任せている。
あれだけガードの固かったダリアさんが、こんなに弱々しいなんて。
俺が試そうとしているのは、魔力らしき謎の力でダリアさんの船酔いを治せるか――というものだ。
みんなが言っていた“愛”。
俺にはまだわからないけど、もしかしたら、「他人のために無償で与えるもの」こそが“愛”なのではないだろうか。
エロスとは“愛”だ。
ならばエロスから生まれる謎の力は、きっと“愛”の力だ。
ダリアさんの苦痛を取り除いてあげたいと想う俺の気持ちが、もしも“愛”なのだとしたら、きっと謎の力は応えてくれるに違いない。
ダリアさんの体によって高められた俺の気持ちを触手に集め、ダリアさんの苦痛を取り除きたいと気持ちを込める。
魔力に意味を与えるとアビーは言っていたが、その言葉がどういうことなのか、俺はたった今理解した。
謎の力に意味を与え、ダリアさんにぶっ掛ける。
俺の触手の先から漏れ出た謎の力が、ダリアさんに浸透していく。
「うえ? あれ……、ソーマくん?
酔いが……、酔いが醒めたわ!」
「やっぱり……、これが俺の……」
俺は俺の力を理解すると共に、ダリアさんが酔うたびにエッチなことができると、内心喜ぶのであった――。