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触手な俺が魔女の奴隷  作者: よしむ
第一章 触手になって超ショック
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第二話

「そろそろ着くぞ」


 夕日に照らされた石造りの門が、遠くに見える。

 石畳を歩くご主人の顔には、はっきりと疲れが出ていた。


「ご主人、疲れてるようなら俺に乗って下さい」

「そんなこと言ってまた体を弄るつもりじゃろ」

「うっ、ごめんなさい……」


 さっきの暴走をご主人はまだ許してくれていないようだ。

 怒られたのはついさっきのことだと言うのに、俺の触手は反省してくれていない。

 すれ違う女性にも勝手に触手が伸びていく。

 俺は理性で触手を押さえつけるが、少し油断するとまた触手が伸びてしまう。

 

「謝っておきながら、先ほどから女人に触手が反応しておるぞ」

「必死に抑えてはいるんですが、どうしても反応してしまいます」

「問題を起こせば、責任はわしが取らねばならぬ。

 そのことを努々忘れるんじゃないぞ」

「わかりました。

 それにしても、この街には色々な人がいるんですね」


 街に近づいてきたせいか多くの人々とすれ違う。

 人間、豚の顔をした人、鱗に覆われた蜥蜴男、猫耳をつけた人……。

 俺からすると違和感のある光景だ。


「そうじゃな。

 この辺りは色々な人々が共に暮らしておるようじゃ」

「でもさすがに俺みたいなのはいないみたいですね」

「わしの使い魔じゃからな!

 そんじょそこいらの者どもとは違って当然じゃ!」


 当然だとばかりに言い放つご主人を見ていて、俺は申し訳ない気持ちになった。

 

 性欲もコントロールできないポンコツです。

 今のところ凄い特技とかもないし。

 しかもご主人はとても強いみたいで、俺が守られる立場になっている。


「ご主人、俺、何もできない自分が悲しいですよ……」

「生まれたてなんじゃから仕方ないじゃろ

 むしろ生まれたてなのに人語を操るのは凄いことじゃよ」


 ご主人はこんな俺を受け入れてくれる優しいご主人だ。

 ご主人の役に立てるよう頑張ろう。


「思っていたよりも大きな街のようじゃ」


 門番の人に軽く会釈をしながら、門を潜り抜ける。

 門を抜けた先に広がる街並みは整然としていた。

 あちらこちらから聞こえる喧騒。

 露天で売られている様々な食べ物。

 門から続く大通りはとても活気に溢れている。


「凄く賑わってますね。

 あ、チョコバナナが売ってますよご主人。

 それにフランクフルトも」

「……今から宿をとるからの。

 宿で夕食も出るじゃろうし、間食はやめておくのじゃ」


 そう言ってご主人は大通りを抜けていく。


「ご主人、自信満々に歩いてますけど宿の場所はわかってるんですか?」

「大体どの街も宿の場所は変わらんものじゃ」


 さすがに100年も旅をしていると違うものだな。


「この宿でいいじゃろ」


 取り立てて豪華というわけではないが、清潔そうな宿を選んだご主人。

 宿の名前は「まんぷく亭」だ。

 恰幅の良い人間のおばちゃんに受け付けをしてもらい、2階の部屋に案内された。

 夕食にはまだ時間があるようだ。


「し、しくじったのじゃ……」


 部屋を見渡したご主人が頭を抱えている。


「どうしたんですかご主人?」

「ベ、ベッドが一つしかない……」

「なんだ、そんなことですか。

 俺は床でも問題なく寝れますから大丈夫ですよ」


 野宿したときも体のどこかが痛くなるということはなかった。


「せっかく宿に泊まるんじゃし、ふかふかのベッドで眠る方がよかろう」

「それなら一緒のベッドで寝れば――」


 ご主人が睨んでくる。

 が、何かを諦めたように息を吐く。


「仕方ないのぅ。

 一緒に寝るか」

「えっ、冗談ですよ。

 絶対寝てるご主人にえっちなことしちゃいますから床で寝ます」

「ソーマは変態なのか紳士なのかはっきりするべきじゃな」

「変態紳士ですよ」

「なるほどな。

 ま、ソーマの好きにするがよい」


 椅子に腰掛けながら言うご主人。


「ご主人、マッサージしてあげましょうか?

 疲れが取れますよ」

「それは却下じゃ」


 完璧な拒絶を受けた俺は、夕食まで自分の体のことを調べることにした。

 うにょうにょごろごろのびのびしながら時間を潰す。

 ご主人は何かの本を読みながら、そんな俺を優しい目で一瞥した。


 そうして時間を潰していると、扉をノックする音が聞こえた。


「お客さん、夕食ができましたよ」


 先ほどの恰幅の良いおばちゃんだ。


「そちらの、えっと……」


 俺の方を見ながら口ごもるおばちゃん。


「俺はソーマと言います。

 ご主人の使い魔です」

「そうかいそうかい。

 礼儀正しい子だねえ。

 それで、ソーマちゃんのご飯はいかがしますか?」

「わしと同じもので良い」

「わかりました、それじゃあ下の食堂でお待ちしておりますので」


 そう言っておばちゃんは階段を降りていった。


「それじゃあ行くとするか」

「はい、ご主人」


 本を閉じたご主人の言葉に返事をする。

 俺はご主人と一緒ににょろにょろと食堂に向かった。

 食堂には数組の客がいた。

 混雑しているわけではないが、かと言って閑古鳥が鳴いているわけでもなさそうだ。


「お嬢ちゃんとソーマちゃんはここを使いな」


 おばちゃんが俺たちを手招きしている。

 おばちゃんが用意した席の椅子は、他の物より高い。

 俺やご主人が食事しやすいようにセッティングしてくれたのだろう。


 俺は触手を使い、その椅子の上に乗った。

 人間用に作られた生活空間は、この体だと色々不便かもしれない。

 バリアフリー化を求める。


「わざわざ高い椅子を用意していただいて、ありがとうございます」

「それが仕事だからねェ。

 お礼を言われると困っちゃうよ」


 おばちゃんは少しはにかみながら言う。

 その表情がチャーミングだ。


 ご主人は少し不機嫌な顔をしているがどうしたのだろうか。


 出された料理はどれも美味しかった。

 特に牛肉のパイ包み焼きは絶品だ。

 粒胡椒のピリリとしたアクセントが、肉の風味とよく合っている。


 そんな美味しい料理を食べている間もご主人の不機嫌は治らなかった。

 もしかして俺は何か気に障ることをしてしまったのだろうか。




「ソーマはともかく、なんでわしの椅子まで子供用なのじゃ!」


 部屋に戻り、ご主人に何かあったのか聞くとそう返ってきた。


「普通の椅子でもわしは食事くらいできる!

 まったく子供扱いしおってぇぇえ!」


 言いながら枕をポフポフと殴りつけるご主人。


 ご主人、体格は子供なんですから仕方ないですよ。

 と言いたいが言ったら火に油を注ぐことになるだろう。

 どうしたらご主人の怒りを鎮められるだろうか。

 このままでは枕の命が危ない。


「ご主人はオトナですよ」

「む?」


 枕を殴りつけるの辞めて、俺の言葉に耳を傾けるご主人。


「だって、俺の触手にあんなに感じてらしたんですから」

「~~~!!」


 声にならない声を出し、ご主人がわなわなと震えながらこちらを睨みつける。

 ご主人の体から漏れ出る何かが火花を散らし、煌いている。


 どうやら枕の命を救うことには成功したようだが、俺の命が危なくなったようだ。


 拳をふりかぶるご主人。

 次の瞬間、俺は意識を失った。



―――



 翌朝、窓から差し込む光が俺を覚醒へと導いた。

 昨晩はいつの間にか眠ってしまったようだ。

 なぜか口の上、目と目の間あたりが非常に痛むのだが、身に覚えが全く無い。


 ベッドの方を見ると、まだご主人は眠っていた。

 寝息を立てているご主人を見ていると、ムラムラしてくる。

 このままでは危険なので、窓を開けて清浄な朝の空気を胸いっぱいに吸い込むことにする。

 俺の胸がどこなのかはやっぱりわからないが。


 窓の外を見下ろしていると、様々な人たちが忙しそうに往来していた。

 この街は本当に色々な人がいる。

 俺を見ても誰も怯えたり、悲鳴をあげたりしないのは、多様な人々が当たり前に暮らしているからなのか。

 そんな通りの光景は、どこか俺には現実感が薄い。

 俺も死ぬ前はこういう光景を何度も見ていたはずなのに、なぜこんなにも違和感を感じるのだろうか。


「おはようソーマ」


 目をこすりながらご主人が俺に声をかける。


「おはようございますご主人」

「何を見ていたんじゃ?」

「そうですね……、強いて言うなら人々の営みを」

「そーかそーか。

 着替えるから少しの間出て行ってくれるかの」


 俺の気取った言葉は華麗に流され、部屋から追い出された。

 もちろん着替えは覗かない。

 なぜかはわからないが、これ以上ご主人を怒らせてはいけないと俺のゴーストが囁いている。


「それじゃあ、朝ごはんを食べるとしようかの」


 部屋から出て来たご主人に連れられて、食堂に行く。

 子供用の高い椅子を見て、何か恐ろしいことを思い出しそうになったがきっと気のせいだ。


「ご主人、路銀を稼ぐって言ってましたが、お仕事の当てはあるんですか?」

「もぐもぐ……。

 ある程度の大きさの街には短期的な仕事を斡旋してくれる場所があるんじゃ。

 そこでさっさと終わりそうな仕事を探す」

「なるほど、便利ですね」

「そうじゃな。

 農閑期の農民や、天候不順で漁民が漁に出られないときなどにも活用されるらしい。

 突然仕事を失っても、短期的な仕事で食いつなぐこともできるしの」

「へ~」


 そういう場所があれば、食い扶持がなくなったと言って犯罪に手を染める者も減りそうだ。

 できれば俺も手伝えるようなお仕事が良いのだが。


 俺はハムとチーズとレタスをパンに挟み、口に運ぶ。

 まだ気だるさの残る体に、レタスの歯ごたえが心地よい。


 軽めの朝食を終え、俺たちはお仕事斡旋所まで向かった。

 石造りの堅牢そうな建物は、多くの人で賑わっている。

 人だかりを掻き分け、ご主人と掲示板の前までたどり着く。


「ふーむ、さすがにこの街だと仕事も多いようじゃ」

「良い仕事があると良いですね」


 俺も掲示板を眺めていると、「倉庫整理の手伝い」「家畜の世話」「デッサンモデル」など様々な仕事の募集用紙が貼り付けてあった。


 こういうのなら俺も手伝えそうだな、と思っているとご主人から声があがった。


「アレなんて良さそうじゃ。

 ソーマ、とってくれ」


 ご主人が指差している募集用紙を、俺は触手を伸ばしてとる。

 内容は「鉱山に住み着いた巨大蜘蛛退治のメンバー募集」だった。


「ご、ご主人、何もこんな武闘派なものを選ばなくても……」

「でもコレ、報酬が『能力により応相談』なんじゃよ。

 わしたちだけでやれば相当ガッポリじゃよ」


 ご主人が言うならこれをやることになるのだろう。

 でも俺は手伝えなさそうだよな、このお仕事。


「じゃあわしはこの仕事を請けてくるから、外で待っていてくれ」

「わかりました」


 太陽がポカポカと気持ちの良い陽気だ。

 日向ぼっこをしていると、すぐにご主人がこちらにやってきた。


「待たせたの。

 依頼者の鉱山の持ち主の館まで行くぞ」

「はい」


 ご主人の後ろを着いていく。

 小さなご主人の背中を見ていて、一つの疑問が浮かぶ。

 いくら強いと言っても、ご主人の見た目は子供だ。

 そんなご主人が巨大蜘蛛の退治を、しかも単独で引き受けることなどできるのだろうか?


「ここじゃな」


 お仕事斡旋所で渡された地図から目を離し、ご主人が呟く。

 豪勢な館の扉をノックすると、中から執事らしい人が出てくる。

 その執事に鉱山の巨大蜘蛛退治の件と伝えると、応接室まで通され、俺たちは館の主である依頼者と面会した。


「どうもはじめまして、巨大蜘蛛討伐の件でいらしてくださったとか」

「どうも。

 できればわしたちだけでやって報酬を総取りしたいんじゃがの」


 挨拶もそこそこに、ご主人が単刀直入に切り出す。

 いくらなんでもご主人の物言いは失礼じゃないだろうか。


「それは結構ですが、斡旋所のカードを見せてもらっても?」

「もちろんじゃ」


 ご主人は荷物からカードのようなものを取り出し、依頼者に渡した。

 依頼者がカードを受け取り、執事に渡す。

 そのまま執事が部屋を出て行く。


「今、履歴を確認させますので、少しお待ち下さい」

「うむ」

「ご主人、どういうことですか?」

「あのカードは斡旋所に登録されると貰えるものでな。

 過去の仕事の履歴が記録されておるんじゃよ」


 それならご主人の外見がどうであれ、カードを見せれば実力をわかってもらえるのか。


「ほう、そちらの生き物は人語を操れるのですか」

「わしの使い魔じゃからな」


 依頼者に聞かれ、少し誇らしげに語るご主人。


「面白いですな。

 これなら腕前も期待して良さそうだ」

「ガッカリさせることはないと思うがの」


 そんなやり取りをしていると、執事が戻ってきた。

 執事が依頼者に耳打ちすると、依頼者が頷いた。


「問題ないようですな。

 貴女に頼みましょう。

 それで、この討伐にはこの執事を連れていってもらえますか?

 彼に巨大蜘蛛を倒したことを確認させますので」

「問題ない」

「よろしくお願いします」


 執事のおじさんが丁寧に頭を下げる。


「うむ、こちらこそ頼む」

「よろしくお願いします」


 ご主人と俺も頭をさげる。

 こうして、俺、ご主人、執事のおじさんの3人で鉱山へ向かうことになった。

 俺のはじめてのお仕事、無事終わると良いのだが――。

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