第十六話
「これは全て、お主が集めたのか?」
「オレ以外に誰がいる?
この部屋に何人いると思う?
この数を集めるのに何年かかったと思う?
数だけじゃない。質も大事だからなァ。
ここまで来ると愛だぜ、愛」
うわんの言う通り、ここにいる人の形をしたモノは、ほとんどが美しい女性だった。
中には俺の美的感覚では美醜の判断がつかない者もいたが。
「ふむ、面白いな。実に面白い。
人体を生かしたまま保存しておるようじゃな。
人体の活動そのものを止めているのか、それとも時を停止させておるのか。
わしには詳細がわからぬ。だが、実に面白い」
「ご主人、面白がっている場合じゃありませんよ。
女性たちを助けるにはどうしたらいいんですか?」
「ん? そんなの簡単じゃろ。
あやつを捕まえて、ゆっくりと拷問にでもかければ良い」
「そうですね。ですが、女性たちを助けるのでしたら、飛び道具は控えるべきでしょう。
あの者がかわすと、女性たちに当たってしまう恐れがあります」
アビーがコートからナイフを取り出す。
そのナイフには、不思議な紋様が彫ってある。
「太陽の光が届かないココなら、アタシは絶好調よ」
ダリアさんの手元に闇が凝縮し、細身の剣を形作る。
「うむ! では任せたぞ、皆の者!」
ご主人が腕を組み、言い放つ。
「ご、ご主人……、空気を読んで下さい」
「無理じゃ!
わしが手を出すとこの部屋が火の海になってしまう。
わしは手加減が苦手なんじゃ! よってわしは見てるだけ!」
「そ、そうなんですか……」
ここは申し訳なさそうにする場面じゃないのかなと思うが、まあご主人だから仕方がない。
「オレのことを本気で捕えられると思ってんのか?」
うわんが呆れたと言わんばかりに口を挟んでくる。
そして黒い穴を出現させ、その中に飛び込む。
「上です!」
アビーの声を聞き上を見ると、黒い穴から出てくるうわんがいた。
「おめえは気色悪いから殺すわ」
穴から出て来たうわんは、そのまま俺に飛び掛ってきた。
反応できていない俺をかばうようにダリアさんが割って入り、剣でうわんの右手を受け止める。
「お前は吸血鬼か? 珍しいナァ、良いコレクションになるぜ」
「珍しさじゃ、アナタには負けると思うケド」
俺は目の前にいるダリアさんを避けるようにして、うわんに触手を向ける。
うわんを捕まえるには、四肢を切断するか、俺の触手で捕縛するかのどちらかになるだろう。
どちらにせよ、俺も頑張らないといけない。
「ちっ、気色悪い」
吐き捨てるように呟き、俺の触手を後方に飛びながら回避するうわん。
そのまま黒い穴を出現させ、穴にもぐりこむ。
うわんを追いかけ、触手を穴に突っ込むが――穴が閉じると同時に触手はちぎれた。
俺たちから離れた場所にうわんが現れ、ちぎれた触手がボタボタと床に散らばる。
「予想通りですけど、穴が閉じるとああなるみたいです」
「あなる?」
「やめんか」
時々ダリアさんは変な反応をする。
シリアスな場面でも変な反応をする。
「緊張感がねぇなァ」
そんな俺たちを見てうわんも呆れている。
たった一人、このやり取りに加わっていない者がいるとも気づかずに。
横から回り込むようにして高速でうわんに近づくアビー。
低い姿勢からうわんに水面蹴りを繰り出す。
「うおっ!?」
足を払われたうわんは、背中を地面に叩きつけ――られなかった。
地面に黒い穴を出現させ、そのまま穴に落ちる。
アビーから離れた場所にうわんは転移した。
「アブねえな」
言葉とは裏腹に余裕のある表情のうわん。
「捕まえるか、ナイフで足を落とすべきでしたか」
「んー、どんな力があるかわからないからね。
慎重にいくに越したことはないと思うわよ」
アビーとダリアさんが会話している間に、俺は触手を伸ばしてちぎれた触手を吸収する。
痛みはあるが、これでちぎれた部分は元に戻る。
「あの穴は厄介ですね……。
あれで逃げられては捕まえられません」
「そうねー。もういっそ捕まえようとしないで、殺しちゃう?
殺しちゃえば固まってる女の子たちも元に戻るかもしれないわよ」
「元に戻らなかったらどうするんじゃ」
ん、アレ? なんか触手に違和感がある。
「それもそうよねー」
「ですが現状、あれを捕まえる手段がありません」
むぅん、ほっ。
「ひゃう」
触手に生まれた違和感。それを確かめるのに時間はいらなかった。
俺は既に、この能力の使い方を知っているから。
どうやら俺の触手がうわんの黒い穴を通ったことが原因のようだ。
俺は触手の先をアビーの服の中に転移させて、その豊満な胸の感触を直接愉しむ。
「あっ、あの……?」
「アビー、怖れることはありません……。
受け入れるのです……」
「かっ、かみのお力なのですかっ……」
「どういうことじゃ?」
「どういうこと?」
ご主人とダリアさんの疑問の声が重なる。
「なんか俺、触手を転移させることができるようになったみたいです、こんな風に」
言いながら、ダリアさんとご主人の服の中に触手を出現させる。
そして思う存分弄ろうとする――が、ダリアさんは無数のコウモリへと姿を変え、俺から距離を取る。
ならばご主人に――と思う俺だったが、無慈悲にも触手は焼却された。
「あづいっ! ご主人、冗談ですよ……」
「うるさい。冗談で服の中に触手を潜り込ませるでない」
しょうがないのでアビーを弄り続ける。
ダリアさんの服の中に転移させた触手は、空中で蠢いている。
俺から見てもちょっと不気味な光景だ。
「じゃが、これで捕まえられる算段ができたんじゃないかのぅ?」
「そうね。ソーマくんが役に立ちそうね」
「かっ、かみのお力は偉大ですっん」
「作戦は決まったのか?」
うわんがこちらに問いかけてくる。
「わざわざ待ってくれてるとは、思っていたより紳士ですね」
「ん、まァな。オレはオレでこだわりがあるんだよ。
一気に3つもコレクションが増えるんだ、多少は待ってやるさ」
「俺にもたくさんの美女を自分のものにしたいという欲求はわかります。
でも、動かない美女を眺めて喜ぶ気持ちはわかりません――」
そう、エロスはコミュニケーションの中にこそあるのだ。
俺が胸を弄り、アビーが嬌声を上げる。
俺がスカートを捲り、ダリアさんが隠そうとする。
そして――、少しのことで顔を赤らめ恥ずかしがる愛らしい俺のご主人。
反応のないセクハラなど、何の意味もない。
俺はダリアさんのパンティーを欲しがるが、パンティーその物が欲しいというだけじゃない。
パンティーを差し出すときのダリアさんの表情、声、体の反応全てを観察したいのだ。
だから動かぬ女性を集めるうわんとは相容れない。
もし、うわんが凶行に走る前に出会えていたら、俺はこいつを更生することができたのだろうか。
いや、性癖とは言って治るものではないか。
だが思わずにはいられない。
共にエロスについて語れていたかもしれない別の未来を。
「――だから俺は、お前のそのふざけた性癖をぶち殺す!!」
「いいぜ、かかってきなッ!」
俺は触手を転移させ、うわんを追いかける。
うわんも黒い穴を使い、俺から逃れようとする。
「なんじゃ今の会話は」
「さあ?」
「我々の理解が及ばぬ領域で会話をなさっているようですね……」
困惑しながらも、ダリアさんとアビーは俺に加勢する。
これは男と男の会話だからな、女性に理解されないのは仕方がない。
俺の触手をかわすのは困難と見たうわんは、俺の触手を右手で切り裂いた。
それほど威力があるとは思えないうわんの攻撃だが、俺の触手は容易に切り裂かれていく。
「あやつは転移能力を攻撃にも応用しているようじゃ。
本当に面白い。アレを真似できるようになれば、ソーマも随分と強くなれるじゃろうな」
俺の横で呑気に解説しているご主人。
対照的に、果敢な攻めを見せるダリアさんとアビー。
少しずつだが、2人の連携が良くなってきている。
「ちっ」
黒い穴に逃げ込んで転移しても、俺の触手はうわんと同じように転移することができる。
そしてうわんが触手の相手をしていると、ダリアさんとアビーが迫っていく。
そんな俺たちの攻めに余裕がなくなったのか、うわんがご主人に背後を向けた。
その瞬間を待っていたのだろう――俺の横にいたご主人が消え、うわんの後頭部を掴んでいた。
そのまま掴んだ頭を地面に叩きつける。
「敵の言うことを真に受けて背後を見せるとはのぅ。痴呆か?」
ご主人が酷薄な笑みを浮かべる。
「クソッ」
顔面を地面に叩きつけられたにも関わらず、以外に元気そうなうわん。
「さて、女性たちを解放してもらおうかのぅ」
いつも通りの声色でうわんに言いながら、ご主人はうわんの左腕を捻っていく。
「いやだねッ。オレの大事な――アアァッ」
うわんの言葉を聞き終わらないうちに、ご主人がうわんの左腕の骨を折る。
怖気のする音が室内に響いた。
「クソッ、わかった。わかったよ」
大量に汗を掻くうわんの言葉通り、女性たちは目を覚まし始める。
現状を把握出来ずに戸惑う者、恐怖を感じる者と反応は様々だ。
「うむ」
女性たちが全員目を覚ましたことをしっかりと確認したご主人は、頷き、うわんを焼殺した。
「ご主人、何も殺すことは――」
「こやつはそれだけのことをしたんじゃ」
それはそうなのかもしれない。
会話をしたせいで情が移ったのかな。
人攫いのおっさんのときはこんな気持ちにならなかったのだが。
もやもやとしたモノが心に残ったが、何にしろ女性たちは全員助けられた。
きっとこれで良かったのだろう。
アビーやダリアさんが女性たちに状況を説明している。
俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「ご主人って、非力かと思わせておいて凄く力があるんですね」
「魔力じゃ。魔力をぐぬぬとしてボーンとするとパワーが力になるのじゃ」
「すみません、何を言ってるのか全然理解できません」
「わしも当たり前にできることじゃからな。
どう説明して良いのかわからんのじゃよ」
「そうなんですか」
「とりあえず状況は説明したわ。
このまま放っておくわけにはいかないし、近くの村か街まで送ってあげましょう」
ダリアさんがこちらに駆け寄ってくる。
「うむ、そうじゃな。
あの長い縦穴はどうするかのぅ……。
一人一人浮かすのは一苦労じゃぞ」
大勢の女性たちと共にご主人は出口の方へと向かっていった。
その様子を見ていたダリアさんがボソリと呟く。
「呪文の詠唱なしで魔術を操れる人間なんて、いるハズないのよね」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
そう言い残し、ダリアさんも出口へと向かう。
まるでダリアさんはご主人が人間ではないかのようなことを言う。
確かに人間離れしているが、あの姿はどう見ても人間だと思うのだが。
「アビー、さっきダリアさんが言ってたことって」
「通常、人間は魔術を行使する際に、呪文を詠唱しなければならないんです。もしくは――」
アビーは先ほどのナイフを取り出した。
そのナイフの紋様が輝いたかと思うと、ナイフから極低温と思われるガスが吹き出る。
「このような、魔力を通すだけで何かしらの現象を引き起こす魔具と呼ばれる物が必要になります。
ダリアさんは吸血鬼ですから、呪文の詠唱なしでもある程度魔術が扱えるようですが、リュドミラさんは――」
「ご主人は?」
「――人間ではないのかもしれませんね」
そう言ってアビーは逃げるように出口へと向かっていった。
人間じゃない、人間によく似た種族ってことなのかな。
そう言えば、俺はご主人の種族をちゃんと確認したことがなかったかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はみんなを追って出口へと向かった――。