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触手な俺が魔女の奴隷  作者: よしむ
第六章 うわんの右腕が苦難を生まん
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第十五話

 ドラキュラさんのお城で一晩を明かした俺たちは、港町のある東へ向かって出発した。

 闇の魔力も薄くなってきて、辺りは明るくなってきている。

 だが、アンデッドが集まる地域の近くだからだろうか、この辺りは廃屋が目立つ。


「いや~、ドラキュラさんのお城で食べたお肉はとっても美味しかったですねー」

「何の肉かは謎じゃがな」

 

 ドラキュラさんのお城で出た料理は、どれも非常に美味だった。

 ただ、素材の正体がはっきりしない。

 謎の肉や奇妙な果実をご主人は苦々しい顔で見つめていたが、俺は美味しければ良かろうなのだ。


「大丈夫よ、たぶん」

「吸血鬼の感覚で大丈夫と言われてものぅ」

「毒物は入っていませんでしたし、問題ないと思いますが」


 ご主人はあんなに美味しい料理をご馳走になったのにも関わらず不満げだ。

 ドラキュラさんに対しても、なぜか上からな話方だったし、少しご主人のことを矯正する必要があるかもしれないな。


「ご主人は贅沢を言い過ぎです。

 ドラキュラさんだって、あの不毛な土地で手に入る食材で精一杯もてなして下さったんですよ。

 それをちょっと正体不明なお肉が出て来たからって、そんな顔をして。

 それと、ご主人は初対面の方にもっと丁寧に接するべきですよ」

「な、なんじゃと! 使い魔のくせに、わしに説教するというのか!

 もしかしたら人肉とかかもしれんじゃろ!

 そんなものを食べさせられたら発狂してしまうじゃろ!」

「魔女が人肉ぐらいでグダグダ言わないで下さいよ。

 大体、ドラキュラさんだって元々人間だったっておっしゃってたじゃないですか。

 人肉なんか食卓に出すわけないでしょう」

「うきー! もしかしたらじゃ!

 アンデッドが人間的な倫理観に縛られていると思うんじゃない!

 グールを見てみい!

 奴らなんて人間の死肉を貪るんじゃぞ!」

「あー、やっぱりご主人はアンデッドを差別してるー!

 吸血鬼のことは信用ならないって言ったり、ご主人はアンデッドに何をされたんですか!」


 俺の言葉にご主人は歩みを止める。

 そして眉間に皺を寄せ、俯いた。


「ど、どうしたんですか? ご主人」

「そういえば、わしはなぜ吸血鬼を信用できないと思っていたのじゃろうか」

「そ、それは吸血鬼に騙されて財産を根こそぎ奪われたとか、そういうことがあったんじゃ」

「いや、吸血鬼と出会ったのはダリアが初めてじゃ……」


 先ほどまでとは打って変わって、深刻な表情で思索しているご主人。

 それほど深刻になることなんだろうか。

 伝聞で悪い吸血鬼の話を聞いたのかもしれないし、吸血鬼と出会ったことを忘れているだけかもしれない。

 100年も生きていれば、そういうこともあるだろう。


「まー、吸血鬼を嫌う人は多いからね。

 こっそり忍び寄って、血を吸って、自らの眷属を増やす。

 そんな話を聞けば、吸血鬼を信じられなくなるのは当たり前だとも思うケド」

「そうですね。私も吸血鬼にはあまり良いイメージを持っていませんでしたし」


 ダリアさんとアビーが足を止め、振り返る。


「いや、そうじゃな。

 わしが忘れてるだけで、誰かから聞いた話を鵜呑みにしていたんじゃろう。

 本当にすまんかったな、ダリア」

「いいのよ。今は吸血鬼じゃなくて、アタシ自身を見てくれてるでしょ」


 無理矢理自分を納得させるように呟くご主人。

 ご主人が再び歩き始め、ダリアさんやアビーもそれに合わせる。


 俺のせいで少し雰囲気が悪くなってしまったかもしれない――、そう思いながら俺も歩き出した。

 その時。


「……うわん」


 近くにあった廃屋から聞こえてきた謎の声。

 これは――、この呼びかけは。


「うわん!」


 俺はすぐさま謎の声に返事をする。


「どしたの? 急に変な声を出して?」

「みんなも早く『うわん』と返してください!」

「『うわん』、ですか?」


 ダリアさんもアビーも不思議そうな顔で俺を見る。


「いいから早く!」

「わかったわよ。『うわん』」

 

 よし、ダリアさんとアビーが反応してくれた。

 これで大丈夫だ。

 後はご主人――。


 ご主人はまだ考え込んでいるようで、俺の言葉を聞いていないようだった。


 しまった。


 どこで知ったのかはわからないが、恐らく俺の“生前”――転生する前の記憶だろう。

 この声の正体は“うわん”。

 “うわん”は、道行く人に対して「うわん」と問いかけ、返事をしなかった者の魂を抜き取る。

 或いは命を奪う、どこかへ連れ去るという話もある。

 どの話が正しいにしろ、「うわん」と返事をしなければ危険だ。


「ご主人!」


 俺の声とほぼ同時、何者かがご主人の背後から襲い掛かった。

 何者かがご主人の肩を掴む。

 肩を掴むその手には、指が3本しかない。

 何者かはご主人の体をどこかへ引き込もうとする――が、ご主人は何者かを投げ飛ばした。


「何じゃ! 鬱陶しい!」


 技量を感じさせる投げではなく、力任せな投げ。

 顔面から地面に叩き落された何者かは、ご主人と俺、ダリアさん、アビーに囲まれる形になる。


「こいつは“うわん”です!」

「何じゃそれは?」

「聞いたことないわね」

「全知であらせられる我が神なら、我々が知らないことを知っていてもなんら不思議ではありません」


 地面に叩きつけられたうわんが、ゆっくりと身を起こした。


「クソッ! ルール無視かよッ!

 こんな滅茶苦茶なヤツら相手にできるかッ!」


 黒く染められた歯をむき出しにして怒りを露わにするうわん。

 その怒りとは裏腹に、口に出している言葉は非常に後ろ向きだ。


「オレは帰らせてもらうぜ!」


 そう言うと、うわんは空中に出現した黒い穴に飛び込んだ。

 うわんが黒い穴に飛び込むと、すぐに穴は閉じてしまった。


「な、なんだったのかしら……」

「なんだったんでしょうね……」


 ダリアさんが首をかしげ、アビーが相槌を打つ。

 本当に何だったんだろうか……。


「どうする? 追うの?

 さっきの“穴”、たぶん異次元かなんかに繋がってたように見えたケド。

 追うなら少し面倒よ」

「私はあの者を知っていた神に判断をお任せします」

「全員無事ですし、放っておいても良いんじゃないですか」


 俺としては性欲の対象になるような相手ではなかったので、興味がわかない。

 有体に言えば、どうでも良い。

 

 それより早く海に行って、エロ水着をご主人に着せたりして遊びたい。

 いや、むしろアビーの方が良いかもしれない。

 神の言葉なら、どんなキワドイ水着でも着てくれるに違いない。


「……じゃ」

「え?」

「駄目じゃ。わしを狙ったのじゃから、どこまでも追い詰めて報いを受けさせる」


 ご主人の声が怖い。


「でも、アレがどこに逃げたのかもわからないのよ?

 追跡できないこともないだろうケド、時間かかっちゃいそうだし」

「大丈夫じゃ。あやつはあの廃屋から繋がってる異空間におる」


 廃屋に向かってゆらりゆらりと歩き出すご主人。

 歩きながら、ご主人の右腕に何かが集まっていっているのがわかる。

 ご主人についていこうとする俺を、ダリアさんが制止した。


「危険そうだから、少し離れてた方が良いわ」


 ダリアさんにそう言われ、俺はその場に留まった。

 ご主人はとても怒っているようだし、ダリアさんの言っていることは間違っていなさそうだ。

 でも、なんであんなに怒ってるんだろうか。


 廃屋にたどり着いたご主人は、廃屋を殴りつけた。

 ご主人の小さな体から放たれた右ストレートは、廃屋を消し飛ばし、地面を大きく抉る。

 衝撃の余波で砂埃が立ち込めた。


「じゃあ、りゅどみんのとこへ行きましょうか」


 なぜ……。

 なぜダリアさんはあの光景を見ても平然としているのだろうか。


 ご主人の体からは、先ほどの一撃の余剰エネルギーと思われる熱気が立ち込めているようだ。

 揺らめく陽炎が、ご主人の体から発せられている熱量を想像させる。


「ご、ご主人……」


 ご主人の近くまで来た俺は、恐々話しかける。

 俺は今までご主人に散々セクハラしてきた。

 もしかしたら、今こうして生きているのは奇跡に近いのかもしれない。


「うむ、あそこからヤツの元へ行けるじゃろう」


 ご主人が指差した先には、先ほどうわんが飛び込んだ穴とよく似た穴が開いている。


 そのままご主人はゆらりゆらりと穴の中へと進んでいく。

 俺はダリアさんの方を見た。助けを請うように。

 そんな俺を見て、ダリアさんは苦笑いしながら頷く。


 ああ、このまま着いていくしかないのか。

 なにか防御用の魔術とかないのかな。

 ご主人の攻撃の余波が怖い。フレンドリーファイアで蒸発させられるのも怖い。


 俺はご主人の力に怯えながら、黒い穴の中に飛び込んだ。

 穴の中に光源はない。だが不思議と物は見える。

 穴は深く、俺はそのまま穴の中を落ちていく。

 俺の後にダリアさんが続いた。


 あ、今ならダリアさんのパンティー見えるんじゃね?


 重大なことに気づいた俺は、落下しながらも必死に姿勢を制御し、ダリアさんのスカートを覗き込もうとする。

 ダリアさんはスカートを抑え、パンティーが見えることを防いでいた。


 ――こちらの考えはお見通しというわけか。


 なんとしてでもこのチャンスにパンティーを拝みたい俺は、触手を駆使してダリアさんのスカート捲ろうとする。

 スカートを捲ったとしても、例の闇の魔力で防がれていたら意味がないのだが――、ダリアさんはそんな無粋なマネをしないと信じている。

 今、この瞬間に起きている戦いは、俺の触手がダリアさんのスカートを捲れるか、否かという戦い。

 そのような真剣勝負に、魔力を使うなどということは考えらない。


 ダリアさんは左手でスカートを押さえ、右手で俺の触手を弾く。

 最小限の動きで最大限の戦果を出すダリアさん。

  

 触手でダリアさんのパンティーを狙っていた俺は、心の準備もしないままに地面に激突する。


「えぶっ!」


 骨があったら粉砕骨折しそうな勢いで地面に叩きつけられた俺。

 そんな俺の上に、ダリアさんが落ちてくる。


 ――これはチャンスだ。よくある顔面がお尻に埋もれるパターン!


 喜んでいる俺の上を、無常にもふわりと浮くダリアさん。

 もちろんパンティーは見せてくれない。


「ダリアさんって飛べたんですね……」

「太陽の光が届かない場所ならね」


 少し遅れてアビーが落ちてきた。

 アビーは足が着地すると同時に後方に身を倒し、そのまま一回転する。

 綺麗に衝撃を分散し、体へのダメージを軽減させた。


「思ったより高かったですね、もう少し高かったら危ないところでした」


 無表情で呟くアビー。

 よく考えたら、高さもわからない穴に飛び込むって……。

 いや、よく考えなくても……。


「こっちに来てみぃ。面白いものがあるぞ」


 先に降りていたご主人が俺たちを呼ぶ。

 俺は痛む体を引きずりながら、ご主人のもとへ向かった。

 そしてご主人の近くまで来た俺は、ご主人の視線の先へと目を向けた。


 黒い地面、黒い天井。

 半径10メートル程はありそうな円形の部屋。

 青白く輝く壁一面に、何かが飾ってある。


 それは人の形をしていた。

 まるで生きているかのように精巧で、今にも動き出しそうなほど温かみを持った人形。

 いや、これはもしかしたら――。


「おいおい。こんな所まで来やがったのか。

 どうしてもオレのコレクションになりてえらしいなァ」


 部屋の奥から聞こえる下卑た声が、俺の想像を肯定していた――。

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