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触手な俺が魔女の奴隷  作者: よしむ
第五章 ダリアさんの父親はだーれやー?
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クマさんぱんつ

ダリアさんの昔話です。

 お父様はお母様を殺した。

 アタシがそのことを受け入れるまで、多くの時間を要した。

 

 お父様が悪かったのか、それともお母様が悪かったのか。

 未だにわからない。

 

 永遠を求めたお父様と、人は人であるべきだと考えたお母様。

 どちらが正しかったのか。


 永い時を生きてきたが、答えなんか出なかった。



―――



 まだ、人間と魔物が繰り返し争っていた時代。

 まだ、アタシが人間だった時代。


 お父様は人間の国でも有名な宮廷魔術師だった。

 人間は魔術を行使する際、呪文やシンボルを用いなければならない。

 長々と呪文を唱え、一定の魔力を消費して、一定の現象を引き起こすのだ。

 お父様の仕事は、呪文の短縮や新たな魔術の製作だった。


 お母様は人間の国でも道義心の強い女性だった。

 自ら進んで孤児院の手伝いに行くような人。

 お母様は素晴らしい、誇れる人間だったけど、アタシはそのせいで寂しい想いもした。


 アタシは16歳の誕生日まで、何不自由なく暮らしてきた。

 裕福で、幸せな、少しだけ寂しい家庭で。

 

 その日、家族は全員死を迎えることになる。



―――



 16歳の誕生日の朝。

 

 その日は曇っていた。

 窓から見える空は、いつ雨が降り出すかも分からない天気。

 今日はアタシの誕生日なのに、お空はアタシを祝う気はないらしい。


 眠い目を擦り、勢いよくベッドから起きたアタシは姿見鏡の前に立つ。

 今日は思いっきりお洒落をしなければならない。

 今日はアタシが主役なのだから。


 白いシルクのネグリジェを脱ぎ、ベッドへ放る。

 ショーツ一枚のあられもない格好になり、鏡に映った自分の姿をまじまじと見る。

 白く透き通るような肌に、大きいとは言えないがまだまだ育つ余地のある胸。

 滑らかな金色の髪に、ダークブルーの瞳。


「我ながらなかなかよねェ~」


 横を向き、お尻をツンと持ち上げる。

 するとショーツに描かれたクマさんが顔を出す。

 しまった、16歳にもなるというのに、何て子供っぽいものを履いているんだ。


「でも誰かに見せるワケじゃないしね……」


 恋人もいないし、良い雰囲気になってる相手もいない。

 それなら下着にまでこだわる必要はないかな。


 お気に入りの服を着たアタシは、食卓へと向かった。

 きっといつもより豪勢な物が用意されていると期待して。


 食卓に着いたアタシの前に並べられた品。

 いつもよりちょっとだけ豪勢なラインナップ。

 例えば目玉焼きにはベーコンがついている。

 パンも焼きたての物を朝早くから買いに行ってくれたに違いない。

 スープが芳しい香りを漂わせる。

 それに食べたことの無い果実。

 何より、中央に置かれた大きなミートパイ。

 さすがに全部は食べきれないだろうな。


 美味しそうな食べ物の誘惑を堪えながら待っていると、遅れてお父様が食卓に着いた。

 そういえばお父様とは暫く顔を合わせていなかったような気がする。

 久しぶりに会ったお父様は、頬が痩せこけ、目の下にクマが出来ていた。

 お仕事が忙しかったのかな。


「おはようございます、お父様」

「ああ、おはよう、ダリア」


 お父様の声は、いつものような覇気がなかった。

 疲れ果てた老人のような、しわがれた声。

 そして、少しだけ緊張しているような声。


「お早うございます、あなた、ダリア」


 お母様がコーヒーを持って食卓に現れる。

 ダリアにはまだ早い、と言っていつも飲ませてくれないのだが、今日はカップが3つある。


「お誕生日おめでとうダリア。

 今日から16歳だからね、コーヒーを飲んでも良いわよ」

「本当にっ? ありがとう、お母様」

「ただし、たっぷりとミルクを入れたのだけどね」


 お母様がそう言って、アタシの前に置かれたカップ。

 中に注がれたコーヒーは、お父様がいつも飲むコーヒーとは違い、乳白色が混じった物だった。

 お母様は、お父様の前にもカップを置き、席に着いた。


「それでは食事にしようか」


 お父様が食事の開始を宣言する。

 いつもはわざわざこんなことを言わないのに。


 楽しい食事が始まったはずなのに、誰も口を利かなかった。

 とても美味しい料理のはずなのに、誕生日の朝食のはずなのに。

 お父様から漂う異様な雰囲気が、アタシを沈黙させた。


「あなた、どうかなさいましたか?」

「……うむ、すまんな。

 どう切り出して良いのかわからなくてな」


 お父様の様子はお母様から見てもおかしかったのだろう。

 お母様がお父様に問う。

 アタシはずっと居心地が悪かった。


「永遠に生きられる方法があるとしたらどうする?」


 お父様が意を決したように発した言葉。

 アタシはお父様の言っていることを理解するのに時間を要した。


「何をバカなことを……」

「バカなことではない。

 可能なのだ、永遠に生きることが。

 吸血鬼化の方法を発見したのだ」

「あなた、そんな邪法を行うことが許されるとでも!」


 今日はアタシの誕生日で、今日はおめでたい日のはずだ。

 なのに、なぜこの2人は――。


「吸血鬼となれば、お前たちとも――愛する者たちと永遠に生きられるのだぞ!」

「そんなものは生とは呼べません!」

「だが――」

「何を――」


 2人の声が遠い。

 先ほどまでの日常から、乖離された会話。

 止めなきゃ、2人の喧嘩を。


「お父様、お母様やめてっ……」

「ダリア、父さんの言うことがわかるだろう?」

「ダリア、こんな人の言うことを聞いてはダメ!」


 2人の声が重なる。

 アタシは、アタシにはわからない。

 永遠という言葉の響きは魅力的だが、冒涜的にも聞こえる。

 吸血鬼、それがどんな存在なのかもわからない。

 ただ――、言い争いをやめて欲しかった。

 元の日常に――。


「お前が理解しないというのなら仕方ない。

 お前は人のまま生を終えるが良い。

 だが私は永遠を手に入れるぞ」

「そのようなことが……」


 お母様はミートパイを切るために食卓に置いてあった包丁を持った。

 切っ先がお父様に向いている。

 だめ、やめて。


「お母様、だめ……」

「ダリア、お父様はもう人間ではないわ。

 せめて私の手で止めないと……」

「よせ、違う道を歩むのならそれは仕方のないこ――」


 お父様の言葉を最後まで聞かずに、お母様はお父様に向けて包丁を突き刺そうとする。

 2人はもみ合い、倒れる。

 そして床に転がっていたのは、お母様だった。

 お母様の胸に包丁が刺さり、大量の血が溢れている。


「お、お母様っ……」

「ダ、ダリア……、お父様を……とめ、て」


 急いでお母様に駆け寄る。

 お母様の口からは、血と聞き取り辛い言葉が漏れていた。


 人間としての尊厳は、家族より大切なものだったのだろうか。

 永遠に生きるということは、日常を捨ててまで得る価値のあるものだったのだろうか。


 アタシはお母様の胸で泣いた。

 たくさん泣いた。



――― 



 気がつくとアタシは馬車に乗っていた。

 外は土砂降りの夜だ。

 どうやら泣きつかれて眠ってしまったらしい。


「お父様……?」


 馬車を操っている背中は、恐らくお父様のものだ。


「ダリア、目が覚めたか」

「どこへ向かっているんですか?」

「魔王の城だ」


 魔王――、それは魔物を統べる王。

 そんな者の城に、敵対しているはずの、人間のアタシたちが行ってどうするというのか。

 お父様は狂ってしまったのではないか。


「そのような所へ行ったら殺されてしまいます」

「我々を受け入れてくださるのは魔王様だけだよ」


 そう言ってアタシの方に振り返ったお父様。

 その瞳は、鮮血のように紅かった――。


 その瞳を見たとき、アタシは確信した。

 お父様は人間を辞めてしまった。

 そして人間を辞めてしまった以上、人間とは暮らせない。

 だから魔物の国へと逃げてきたのだろう。


「お父様は吸血鬼になられたのですね?」

「お前もだ、ダリア」


 アタシも吸血鬼となっていたのか。

 実感がわかない。

 どうでもいい。

 もっと重大なことがある。

 お父様がお母様を殺した。

 そのことばかりが頭を巡っていた。



―――



 何日走り続けただろうか。

 魔王の城に着くまでの間、お父様も、馬も一切休むことはなかった。


 魔王の城は何もかもが大きかった。

 城を守るための兵士は見当たらない。


 アタシはフラフラとした足取りで、お父様に着いていった。

 足取りが覚束ない、頭も働かない。


 血を吸っていなかったアタシは、この時の記憶が曖昧だ。

 後で聞いた話によると、アタシはそこで魔王様と謁見し、内務官たちのお世話になったらしい。


 かすかに覚えている魔王様。

 それは不遜な態度とは裏腹に、寂しそうな子供だったような気がする。

 それ以来魔王様とはお会いしていないので、その印象が正しかったのかはわからない。


 体調が戻ったアタシは旅に出た。

 お父様がお母様を殺したことが頭を離れず、お父様のもとへ行く気にはなれなかったのだ。

 かと言って人間相手の戦争に参加する気にもなれなかった。


 元人間であるアタシを嫌う魔物はたくさんいた。

 今はアンデッドであるアタシを恐れる魔物もたくさんいた。

 それでもアタシを受け入れてくれる魔物もいた。


 様々な出会いや別れを経験し、永い時を旅してきた。

 いつの間にか人間と魔物の戦争は終わり、手を取り合うようになっていた。


 暫くすると王制は終わり、魔物の王や人間の王はいなくなった。

 

 訪れた平和で暢気な世界。

 アタシは相変わらず旅を続けていた。

 そしてアタシは出会ったのだ。

 変な生き物を連れた、小さな魔女に。

 その小さな魔女は、どこかで出会ったことがあるような、そんな気がした。

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