第十一話
「ソォマァん、ちょっとだけェん」
体をくねらせながら俺に抱きついてくるダリアさん。
その様子を、顔を真っ赤にし、ぷるぷる震えながら見ているご主人。
俺たちは山を降りた後、一日麓の村で休んだ。
そして、ダリアさんの言う“心当たり”へと向かうこととなったのだが……。
「アレは違う……、違うのじゃ。
あの飴玉のせいなのじゃ……」
「でもソーマくんにおねだりしてたのは事実でしょ?」
道中、ダリアさんはずっとご主人の痴態を再現し、ご主人をからかっていた。
ダリアさんが俺に抱きつくたびに、俺は触手で柔肌に吸い付こうとたくらむのだがうまくいかない。
闇の魔力とかいうもののせいなのだろうか。
触手が肌に触れられないのだ。
魔力とはここまで便利なものなのか。
俺も操れたら色々と便利なのではないだろうか。
催眠術とか!
触手だけ転移させてアレコレとか!
いや、触手なら転移させなくてもアレコレできるのか……。
「でも……、わしがそんな破廉恥なこと……」
「いいじゃない、素直になれば。
女の子だってキモチいいんだから」
「そんなこと言ってもわしはまだ……」
「109歳でしょ?
見た目はたしかにコドモでも、中身は立派なオトナじゃない」
一体ダリアさんはご主人をどうしたいのだろうか。
俺としては非常に興味深い内容のお話なので、できればこのまま続けて欲しいのだが。
「そうです。
神の恩寵を望むのは、信者――いえ、人類なら当然のことです」
「そうよねー。ソーマくんなら、普通じゃ味わえないような経験をさせてくれるだろうしねー」
「じゃ、じゃからわしはそういうことには……」
「じゃあ、アタシとアビーでソーマくん貰っちゃっていいの?」
なぜそうなる。
今日のダリアさんはどうしてしまったのか。
アビーはこれが平常運転だろうから置いておく。
「駄目じゃ! ソーマはわしのものじゃ!」
「それじゃあたまにはソーマくんにもサービスしてアゲナイと。
ソーマくん、色々と溜まって破裂しちゃうかもしれないわよ」
「そうですね。神のご意思とあれば、私はいつでもこの身体を捧げる覚悟でいるのですが……」
「そ、それは確かに困ったな。
でも、そういうことはやっぱり……」
いつまで続くんだろう、このやり取りは。
そろそろ止めた方がいいのかな。
でもうまく行けば、3人ともっと絆を深められそうな展開に思える。
「おい、あんたたち!
急いで避難した方が良いぞ」
俺たちの進行方向から走ってきた男が、俺たちに声をかける。
見ると、他にも何人かの人々が走ってきている。
「どうしたんですか?」
3人のやり取りが中断されて、安心したような残念なような複雑な気持ちになる。
「この先の村で巨人が暴れているんだ!」
「巨人じゃと?」
「巨人って基本的に温厚な種族のはずだけど……」
ダリアさんが首をかしげる。
そしてわざとらしく、手のひらにポンっと拳を打つ。
「あ、わかったわ。
その村の人たちが巨人に何かしたんでしょう?」
「オレは何も知らねぇよ!
とにかく忠告はしたからな!」
そう言って、男は走っていった。
「さて、どうしようかの?」
「アタシは巨人を怒らせるような連中、放っておいていいと思うケド」
「ですが、関係のない人も巻き添えになっているかもしれません」
「俺はできることなら村に行って被害を少しでも防ぎたいです。
そしてあわよくば、村の女性たちから感謝されたいです」
ダリアさんは巨人のことを良く知っているような口ぶりだ。
そのダリアさんが、放っておくべきと言っているのは見逃せない。
だがアビーの意見に俺は賛成したい。
巨人を怒らせるようなことを村人がしたのかもしれないが、関係ない人だってたくさんいるはずだ。
できることならそういう人たちは助けてあげたい。
そしてあわよくば、村の女性たちから性的な意味で感謝されたい。
「ご主人はどう思うんですか?」
「わしか? そうじゃな……。
ダリア、そなたは今いくら持っておる?」
「行き倒れてたのよ? お金なんて持ってないわ」
なぜか胸を張り、誇らしげなダリアさん。
そういえば宿代や食事代も全部ご主人が払ってたな。
「ふむ、そうじゃろうな。
それでアビー、お主はどうじゃ?」
「神敵を罰するための銃や弾薬にお金をかけてしまったので……。
あまり持ち合わせはありません」
アビーは申し訳なさそうに言う。
こんなに恐縮されては、何だかこちらが申し訳なくなる。
彼女の言う“神”とは俺のことなんだから。
「つまり、今のわしらの財政状況はよろしくない」
「ま、まさかご主人。
良心とかそういった感じの理由じゃなくて、お金のために……」
「うむ! 感謝されても腹は膨れん!
巨人をちょちょいと追い返して、村人たちから謝礼を貰うのじゃ!」
ご主人……。
俺は悲しいです。
ダリアさんは巨人の立場になって、何か理由があると考えた。
アビーは関係のない人たちを助けたいと優しい心根を見せてくれた。
それなのにご主人……。
いや、ご主人の言いたいことはわかるのだが、もうちょっとオブラートに包んで欲しかった。
「わかったわ。
ただ、巨人はなるべく殺さないようにしましょう」
「そうじゃな。
できれば詳しい事情も聞きたいところじゃ。
うまく行けば村人から報酬を貰って、さらに巨人からも……」
「巨人相手にどこまで手加減できるかはわかりませんが、神の代行者たるダリアさんがそうおっしゃるのなら……」
ご主人の正直すぎる発言が俺は悲しい。
だがなぜだろう。
巨人と聞いても、俺は恐ろしいと感じなかった。
むしろわくわくしてきたのだ。
アビーを見つけたときの巨乳の気配。
それと同じようなものを巨人から感じる気がする。
「方針は決まりましたね。
巨人を殺さないように撃退ということで」
何にせよやることは決まった。
後は少しでも早く村に行き、被害を抑えないといけない。
俺たちは急いで男が逃げてきた方へと向かった。
―――
巨人はすぐに見つかった。
15メートルを超えるであろう大きさだったため、遠くからでも見つけられたのだ。
その巨人は女性だった。
胸や腰に布を巻きつけているだけの質素な姿。
切れ長の目と健康的に焼けた肌が美しい。
そして何より目を引くのは胸だ。
彼女が歩くたびに、巨大な質量の胸が揺れる。
アレに潰されて死ねるのなら、それは至上の幸福と呼べるのかもしれない。
村人たちは既に逃げた後のようで、巨人の近くには誰もいなかった。
辺りは瓦礫の山と化していた。
巨人が破壊したのだろう。
巨人は一軒一軒慎重に家を壊し、中を確かめている。
暴れている、というよりは何かを探しているように見える。
「やはり何か事情がありそうじゃな」
「声をかけてみましょうか?」
「アタシが行くわ」
「待つのじゃ」
ご主人の制止を聞かずに、ダリアさんが駆け出し、巨人の前に姿を見せる。
巨人はすぐにダリアさんに気づいた。
「なぜこの村を襲うの?」
「なぜ……? なぜだって……?
そんなこと……」
巨人が肩を震わせる。
そして大きく息を吸い込んだ。
……まずいな。
「わかってんだろォォォォォオオオ!!」
巨人の叫びが響く。
巨人から発せられた声は、俺の全身を震わせ、萎縮させる。
今の今まで恐怖を感じていなかったのだが、巨人の叫びが俺を恐怖させた。
叫びながらダリアさんに向かって腕を振り下ろす巨人。
ダリアさんは横に跳び、転がりながら回避した。
振り下ろされた巨人の腕が大地を揺らす。
あの一撃が直撃すれば俺は死ぬと確信した。
「頭に血が上っておるようじゃな。
わしはこのまま隠れて魔術式を編む。
殺しても良いなら簡単なんじゃが……。
ソーマとアビーはダリアのサポートを。
うまく時間を稼いでくれ」
「わかりました」
ダリアさんが飛び出していなければ、ご主人はあらかじめ“魔術式を編む”ことができていたのだろう。
いつも不敵な笑みを浮かべているダリアさんが先走ったりするなんて意外だ。
アビーはまだ残っていた家屋の屋根に跳び乗り、砲身の長い銃を構えた。
……普段は銃をどこに隠しているのだろうか。アビーは銃を構えるたびに違う銃を手にしている。
俺は走りながら触手で建物を掴み、自分の体を一気に引き寄せる。
アニキのマッシブな体と競演したことにより、俺の触手は以前よりマッシブになった――ような気がする。
そんなプラシーボ効果により、俺の触手は力強く体を建物へと引き寄せる。
巨人はダリアさんしか見ておらず、ひたすらダリアさんを追い掛け回している。
ダリアさんは危なげなく回避しているが、それでもいつ巨人に捉えられるかわからない。
落ち着け。
恐れるな。
相手は確かに巨人だ。
だが、巨人であると同時に美女だ。
ならば俺は戦えるはず。
あの超乳を揉みしだきたいと思わないか?
あの超乳に挟まれたいと思うだろう!
恐怖を肉欲で上書きし、俺は巨人の胸に触手を伸ばす。
胸の先の突起に触手を絡ませ、吸い付かせる。
そして、俺は巨人の胸元に向かって一気に飛び上がる。
「んっ」
巨人が少し呻き、自分の胸元を見る。
そのまま視線は触手を辿り――、俺と目が合った。
俺を見つけた巨人は、俺を掴もうと腕を振るう。
俺は巨人の胸から触手をはずし、後方下にある建物に向かって触手を伸ばした。
建物を掴み触手を引き寄せることで、空中で軌道を変える。
俺のすぐ上を巨人の手のひらが通過した。
触手で掴む場所さえあれば、いくらでも空中戦はできる。
だが調子に乗ってはいけない。
触手を伸ばした方向で、俺の動きは予測される。
相手は知能のない怪物ではない。
人間と変わらぬ知恵を持つ巨人なのだ。
「ダリアさんっ!」
「ソーマくん、それ、カッコいいわね」
俺はダリアさんの横に着地した。
ダリアさんが俺に向けた笑顔は、少し引きつっていた。
あのダリアさんに余裕がない。
「ご主人が魔術を編んでます。
時間稼ぎを」
「わかったわ。
ごめんね、危ない目に遭わせちゃって」
「謝るくらいなら後でパンティーを見せて下さい」
「んもう、パンティーじゃなくてショーツだってば!」
俺とダリアさんの会話は巨人の蹴りにより中断した。
俺は左に、ダリアさんは右に跳躍して回避する。
回避しながら俺は触手を伸ばす。
巨人の股間に触手を伸ばし、吸い付かせる。
そのまま巨人を中心に、時計回りに空中を駆ける。
狙うはこの巨人の尻だ。
あれだけの質量の胸を持っているのだ、さぞ尻も良いものに違いない――。
巨人の素晴らしい尻を想像して、口元を歪める俺の触手を、巨人は掴んだ。
――しまった。
俺の体を捕まえられなくても、触手を捕まえてしまえば俺は逃げられない。
巨人の指をこじあける力などあるはずもないし、自分の触手を切り落とす術も俺にはない。
思考が肉欲から焦りへと変わりはじめた――その時。
俺の触手が切れ、銃声が複数聞こえる。
アビーが触手を撃ち抜き、触手を切り離してくれたのだ。
俺は痛みに耐えながら、建物に触手を伸ばし巨人から逃れる。
どれくらい時間を稼げば良いのか聞いておくんだったな――と、今更後悔する。
既に俺の触手を使った移動方法は巨人に破られた。
かと言って、ダリアさん一人に押し付けるのは危険だ。
どうするべきかと逡巡していると、巨人はアビーの方を睨みつけていた。
先ほどの俺への援護射撃が気に食わなかったらしい。
巨人はアビーに向かって走り始めた。
俺とダリアさんは必死に巨人を追いかけるが、体躯の差から生じる速度の差は埋まらない。
巨人は勢いに乗ったまま、アビーを殴りつける。
アビーは銃を捨て、後方に向かって高く跳び、巨人の拳を避けた。
そのまま宙返りし、3つのこぶし大の大きさのものを巨人の顔に向かって投げつけた。
巨人の眼前に、その3つの影が迫った瞬間――閃光と高音の爆音が響く。
「ンガァッ!!」
巨人の声にならない声が響く。
顔を両手で覆いながら呻く巨人。
この様子ならかなり時間が稼げるかな――。
そう思っていた俺だが、その希望的観測はすぐに否定された。
涙を流しながらも、鋭くアビーを睨みつける巨人。
アビーはコートの中から散弾銃を二丁取り出し、両の手で持つ。
しかし、あの巨体相手では、豆鉄砲もいいところだ。
巨人の機嫌を損ねてしまったアビーは、延々と巨人に狙われる破目となった。
俺やダリアさんが巨人に追いつき、視界に入るよう動いても完全に無視される。
「傷つけないで済めばそれで良いって思ってたケド、仕方ないわね」
ダリアさんがボソリと呟く。
手を空に向け掲げると、濃い闇が手元に集まり始めた。
そしてその闇は、徐々に槍の形を成していく。
すぐに黒槍は完全な実体を創り、ダリアさんの手に収まる。
ダリアさんは大きく振りかぶり、その黒槍を巨人に向かって投擲した。
黒槍は巨人の肩を貫いた。
巨人は大きな声を上げ、肩を押さえる。
そして憎悪の瞳がダリアさんに向けられた。
その巨人の目の前に、いつの間にかご主人が浮かんでいる。
「よく時間を稼いでくれたのぅ」
ご主人が場違いに暢気な声で俺たちを労った。