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アビリティーパニック  作者: 奈良あきら
第1章【不安】
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【三神家】

支度を済ませた久藤は、一階のリビングへ足を運んだ。そのリビングは、ダイニングとキッチンの機能を備えた、LDKと呼ばれる広い空間

だ。

そこから聞こえてくるテレビの音。久藤はおもむろに、廊下と仕切られた扉から、部屋の中に目をやる。

木材のテーブルに、青い生地のテーブル掛けが綺麗に整えられている。その上に、人数分の食器が均等の感覚で並べられている。そして、忙しく動く人影。

ツインテールに纏めた髪がぴょこぴょこと動き、背丈は低めで、実に可愛らしい少女だった。鼻歌を奏でながら、盛られたサラダを運んでいる最中だ。

久藤は、扉を開ける。

気づいた女の子は、笑顔で迎えた。

「おはよ~真兄ちゃん♪」

ゆったり口調で久藤をそう呼ぶ。

呼ばれた本人はまだ慣れてないせいか、少し気まずそうに返した。

「おはよう、百合さん」

「はーいやり直し~!」

返した途端に、幼い声でそう言われる。特に変わりない無難な挨拶のはずだが、頬を少し膨らませたその少女にとって気にくわない点があるようだ。手に持ったサラダの皿を下ろすことすらしないほどの。

「百合"さん"じゃなくて、百合"ちゃん"だよ~。家族なんだから、他人行儀はなしにしよ!」

「あ…あぁ…」

久藤は、こういうことは苦手だと言わんばかりに顔に手を当てた。が、そのままでは進まないと思い、詰まりながらも言い直す。

「おはよう、百合…ちゃん」

「うん、合格で~す♪」

満足した少女は思い出したようにサラダを置き、無垢な笑顔を見せた。

少女の名は三神百合(みかみ ゆり)。この三神家の次女である。

「付き合わせちゃってごめんなさいね、真くん」

大人びた妖艶な声が、キッチン側から聞こえ視線を送ると、ストレートヘアで、細目の綺麗な若い女性がいた。そのやり取りを見て、微笑んでいるようだ。

「いえ…あ、おはようございます、春香さん」

「はい、おはようございます」

落ち着いた物腰で返す三神春香(みかみ はるか)は、三神家の母なのだが、全く歳を感じさせない容姿をしている。

まだ作業が残っているのか、手元に視線を落として、それに戻った。

こちらから様子を見ることはできるが、少しばかり遮りがあって内容までは見て取れない。

百合もキッチンに向かい、手伝いに入る。二人が楽しそうにしているのを見て、なんとなく安堵の表情を浮かべた。

その時、後ろに気配と殺気混じりの冷たい視線を感じた。

久藤は感じた瞬間に、癖で振り向きながら距離を開ける。

廊下側に、不機嫌そうな表情で突っ立っている。整えられていない髪型と鋭い目付き、眼孔が重複してそれを際立たせている。傷があるのか、顔に何枚か絆創膏が貼られている。

三神茜(みかみ あかね)。百合や春香と違い、あまり喋らず、少々乱暴な三神家の長女だ。

明らかな敵視…。しかし、久藤は警戒を解いた。少なからず、彼女はここで手を出すことはしないとわかっている。

解いたときには、不機嫌そうな表情はなくなっていた。どうやら、ただ単に邪魔だったらしい。

茜はリビングに入り、キッチンのほうに目をやる。

その視線に気づいた二人は、久藤と同様に笑顔で挨拶をする。

「おはよう…」

茜のほうは、不機嫌な表情が無くなったとは言え、無表情、呟くような小声で素っ気なく返した。そのまま席に着き、流れる情報番組を見始める。

そういう日課、日常茶飯事のことなのか、互いにそのやり取りを気にしている様子はない。

久藤も気にせず、席に座る。しかし、やはり居心地はいいとは言い難いのが事実。

ここに来たのはつい先日のことだ。アビリティーパニックで両親を亡くした久藤を引き取った叔父から、柴崎に行くべきだと言われ、叔父の妹にあたる三神家に居候することになった。もちろん久藤自身、あるきっかけがあり、なにかが変わると思い了承した。しかし、まさか男一人の家庭になるとは予想していなかった。

(なにかできることないかと思っても、勝手がわからないうちは迂闊にできないしな)

もう少し、慣れてきたときに切りだそうと決める。

情報番組に目をやる。今やってる番組は、柴崎内部と他の都市の情勢も随時取り扱っている。ちょうど次のニュースを読み上げるところだった。

内容はあまりいいものではないことが多い。特に能力者関連は、死傷者が多発している。

柴崎内部も共存を志してはいるが、一枚岩とはいかないのだ。小規模なアビリティーパニックがあり、一部は乱れたモラルも存在する。それを認識するには、まだ時間は必要なのだろう。

ふと、茜を見る。

なにを考えているかいまいちわからない彼女だが、少し違うところがある。

拳が硬く握られている。流れてくる事実に、憤りを感じているのか。

久藤は、ここに来たときに言われた彼女の一言を思い出す。

『人殺し…!!』

初対面でその言葉と憎しみの眼孔を向けられた。先ほどと同様かそれ以上か。

久藤が移る前に居住していた第6区は能力者とそうでない者の対立、食料や物資の略奪、法も秩序も無くなった地区。生きるためにはなにかを犠牲にし、奪う、そういうところだった。

その地区の話は拡散し、第6区=無法者及び惨殺者というレッテルを貼られても仕方ない。

--ま、それだけで済んでてよかったんじゃない?--

(あぁ、そうかもな)

久藤の記憶の底には、そう言われるほうがマシと思えるほどのものがある、ということになる。

茜は正義感が強い。そう認識することで、彼女を理解しておく。

「できたよー!」という百合の明るい声と朝食で食卓は彩られる。

全員が席に着き、合掌。団欒を大切に思っているようだ。

百合の話に、春香が相槌をし、時々久藤が話題を振られ、百合がからかう。その時間だけは、茜の表情も穏やかになっていた。

次第に、話題は柴崎学園やこの街のことへ。

「真兄ちゃんは学園生活か~…わたしも早く高等部に行きたいな~♪」

その言葉に反応したのは、意外にも茜だった。

「生徒は中等部の繰り上がりだからあまり変わらない…」

「ふ、雰囲気だよ~!それに大人になった感じするでしょ~」

柴崎学園は大学部、高等部、中等部

とあり、二人は中等部3年、久藤は高等部1年となる。繰り上がり方式ではあるが、他に学校が存在しないためだ。

特別区と称される柴崎の中でも、大学部と高等部は特に特別な環境にある。学園を中心とした小都市が建造されていて、それを囲む、主に居住スペースである外部とはモノレールで行き来するようになっている。国家の治安対策が間に合っていない分を、ある企業が独立した組織で補っている点も、だいぶ特殊だろう。

さらに、条例で認められている"非能力者"を対象とした"銃刀法撤廃"。力のない者たちへの心許ない僅かな力。しかし、あくまでも自己防衛の1つの手段だ。一方的に振るうことは断じて許されていない。

「でも最近、逆手にとって活動する集団もいるみたいなのよね…」

春香が不安を露にする。

銃刀所持の詳細は未だ決められておらず、どこまでが許容範囲なのかは所持者の判断に委ねられている。しかし、そうそう火器や装備が普及するはずもないうえに、そこに資金力を回せるところは僅かしかいないのが現状。

だが、春香の言うように、裏側で駆け回る者たちがいるというのも事実。完璧に安全と言える根拠はどこにもない。

ただ、せめて身の回りでは何事もなく、平穏であって欲しい。2人の娘を持つ母親の切なる願いを、彼女は久藤に語った。

できるだけ、2人を守って欲しいと。

「男の子だし、頼りにするわね」

そう笑顔を向けられる久藤。

女性しかいない家庭で不安だったのだろう。気が紛れるならと、言葉には出さないが、久藤は静かに頷いた。目の前で一言、「わたしがお母さんたちを守る…」と呟かれ、睨まれていることにも気付きながら。

食事の時間も終わり、それぞれが自分たちのやることに向かう。

久藤が着替えをしようと2階に上がろうとしたときだ。春香が呼び止る。その手には、刀が握られていた。

「これ、兄さんから預かってたの。直接は受け取らないだろうからって」

「…でも、おれは──」

「大丈夫、模擬刀ですって。本物には劣るけど、それなりの耐久性はあるそうよ」

久藤は渋った。

あれ以来、刀を持つことが出来ないほど嫌悪感に襲われるようになった。自分の持つ力を信じることも出来なくなっていた。

春香は、そんな久藤に優しく言う。

「言ったでしょ?ここも、必ず安全とは言い切れないの。自分を守るのは自分自身でもあるの」

久藤もそれは理解しているつもりだ。だが、まだ街に出る初日というのに、警戒しっぱなしなのも、気が引ける思いなのだ。

「今のあなたなら、正しく使えるはずよ」

そう優しく魅せる笑顔に、久藤は逆らうことは出来なかった。模擬刀を受け取り、一礼してから2階に上がる。

部屋に入ったことを確認してから、春香は、久藤に魅せた表情と違った笑みを浮かべる。まるで、成功したことを喜ぶような──。



制服に袖を通した久藤は、玄関先で待っていた百合と、それに渋々付き合っている茜と共に歩いている。

川の流れに沿った防波堤と、同じ造りのマンションが並ぶ住宅街の町並みを見ながら、1人は愉しそうに、1人は不機嫌そうに、もう1人はその不機嫌を気遣うように──。

まだ、朝方は肌寒い時期なので、衣替え時期になるまで、3人とも指定された冬服だ。茜はスカートの下に動きやすいスパッツを履いている。

久藤の左手には、布地のカバーで隠した模擬刀が握られていた。しかし、2人は武器となるらしきものすら持っている様子がない。

「こうやって歩いてると、あ~平和だな~って思えるよね!」

溢れる笑顔の百合が言うように、静かな日常が広がっている。同じように通学途中の学生がいたり、世間話をしている主婦たち、自転車を漕ぐサラリーマン。

久藤にとって、その光景は幼い頃に無くなったものだった。常に警戒と殺意に満ちた、時代の逆行した街と真逆。それを目の当たりした本人は、リアクションに戸惑ってはいるものの、握られた獲物を抜く必要性のなさには、少なくとも嬉しい気分だった。

斜め後ろの殺気には、少し警戒している。

道中の3人の様子は、会話に全く華が咲かない状況が続く。百合が「桜の花ももう散りそうだね~」というと、久藤は「そうだね…」と答え、茜は「桜はそう言うものだから」と付け足す。

百合は内心でこの状況に参り始めているところで、ある考えに至る。

「そう言えば、真兄ちゃんは学園生活に目標とかあるの?」

続かせる状況を作り出せばいいと。要するに、質問を繰り返す。

その考えは、慣れない久藤に対するものでもあったが、無口で他人に警戒しっぱなしの姉にも興味をもってほしいとも思ったからだ。

「なにかを…」

呟き、久藤は立ち止まって、空を見上げる。そこに映るものは風に運ばれる雲だけだが、少ししてから、百合に視線を向けて、確かな言葉にする。

「自分のなにを変える。それができればいいって思ってるよ」

明確ではない、漠然でしかない、答えになる答えではないが、そこにある意思は強く伝わった。

百合は具体的に聞こうとしたが、止める。この人もなにか失ったんだと、そう見えた。

「なにかを変えるか~…それじゃあ、彼女つくるとか!」

「そ、それは当分先のことにしておくよ…」

--動揺を隠せてない--

(うるさい、幻聴風情がっ!)

いたずらっぽく言う百合と困る久藤を余所に、茜は興味無さそうに遠くを見て、「なにかを…変えるか…」と呟いた。


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