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アビリティーパニック  作者: 奈良あきら
プロローグ
1/2

【決別の朝】

世界の一部の人に特殊な能力が目覚めた。人々はそれを「人類の進化」、あるいは「救世主(ヒーロー)の実現」と賛美する。

しかし、そのような希望と光の象徴は一変する出来事が起こる。

急激な能力者の増加。それに伴い、人はそれについていけなくなる。

扱いきれない力の増長は能力者を暴徒化し、世界中で大規模な能力の暴走が発生した。

焼け野はらになる大地。

崩壊する人工物。

機能しなくなった都市。

存在がなくなった街。

家族を失った者。

友人を失った者。

戦い、抗い、傷つけあう者。

時が流れていく中で、次第に能力者たちは暴走から自我を取り戻す。しかし、その傷跡と失った物は永遠に取り戻すことはできなかった。


アビリティーパニック。


持つ者、持たざる者の双方の歴史に、その出来事は刻まれた。

それから十年と数ヶ月が経つ。

少しずつ回復していった都市は、一部が機能し、人を支える基盤となっていた。

能力者同士が集まった都市。

その者たちを忌み嫌う者が集まった都市。

存続できる希望を捨てず、手を取り合っていこうとする都市。

しかし、それらの外部の大半は、生活も治安も安定せず、小規模な争いは日常となっている。

また、能力者の中には度々、アビリティーパニックを起こしてしまう問題も解決されていない。

それでも尚、人々は絶えることなく、前に進んでいこうとするのだった。



とある学校の敷地内。

明け方の日差しが差し込んだ、その時間帯。

普段ならば…普通の日常ならば、平穏と静かな朝を迎えていただろう。しばらくすれば、和気あいあいと登校する生徒たちとそれを迎える先生たちがいた場所であっただろう。

だが、その場所は最早、普通ではなくなっていた。至るとこに、どす黒く乾燥した血がこびりつき、討ち取られた死人と肉片。抉られたコンクリートと散らばるその破片、床は貫通し、ぼろぼろになった校舎。悪臭漂うそこは、戦場と呼ぶべき場所に変貌していた。

その悪夢のような光景に、二つの動く人影。場所は広いグラウンド。

ここの学生なのだろうか、二人とも似た色合いの制服を着ている。違いと言えば、一人は少年、一人は少女で、性格違いの作りという点。

黒の短髪に、鋭い目付きで相手を見る少年のほうはところどころ斬られ、自分の血が滲んでぼろぼろになっている。それに対し、少女のほうは返り血を浴び、黒の長髪と制服を赤く染めていた。

少年と少女は、戦っていた。

互いに名のある刀を持ち、凄まじい攻防を繰り返していた。鋼同士の摩擦による音が響く。

だが、二人の攻防の姿勢に差があった。

少年は必死に斬りかかっている。表情は鬼気迫る想いを感じるが、同時に焦りも見え、相手を正確に捉えておらず、乱れている。

対して、少女は冷笑を浮かべていた。乱れた剣先を刃で返し、それを楽しむかのように、じわりじわりと相手に傷を負わせていた。

傷は浅いものの、受けた数が多すぎる。それが次第に、焦りで攻め続けた少年の体力を徐々に奪っていく。息が乱れていく。

遂に、少年は息を切らし、刀を地面に突き刺し、自分を支える。

隙だらけ。だが、少女は止めを刺すことなく、言葉を放つ。

--能力者と渡りあった実力はその程度なのかと--

目の前の少年、久藤真(くどう しん)は返答できなかった。

今の惨状は挑発する少女、姫野彩乃(ひめの あやの)によって起こされたものであった。

まだ二人が幼少の頃、能力が目覚めた者たちが現れた。世界各地で、その著しく出現した能力者たちは、人類の進化の象徴と言われ、讚美されていた。しかし、能力者の発現は止まらず、次第に力は人を暴徒化させ、暴走させた。

アビリティーパニックと呼ばれたその歴史は、二人を巻き込んだ。

能力を持つ者と持たざる者が対立する無法地帯となったこの街で、生きるために剣術を得て、今まで支えあっていた。

--なのに…それなのに…!!--

久藤から想いの全てが言葉となって漏れそうになる。

姫野は手のひらを久藤に向ける。瞬間、周囲の空気に異変が起こる。

白い霧が手のひらの先に集束していく。それは冷気。急激に冷やされた空気が集まっていく。そして、その冷気は、鋭利な氷柱を形成した。

原理など全て無視した氷柱は、幻ではなく、間違いなく実体だ。久藤は直面している。それに貫かれた仲間を見ている。

氷柱はまるで大砲の弾のように空を走る。さらに、姫野は器用に回転を加え、威力を増幅させてくる。

まさに必殺の代物だった。

彼女は能力者となってしまった。その能力は姫野にとって過ぎたる力だったのか、暴走しているようだった。

物体が標的を捉える。しかし、視線は空を見上げ、語りかけてきた。

--全てを壊して二人だけの世界を作ろう、だったかな--

彼女は笑い声を発した。狂気染みた笑い声を。正気ではなかった。

久藤は、奮起する。特に、姫野の能力が強大でこの世界がどうというわけではなく、これ以上、こんな姿の彼女を見ていられなくなった。

おそらく、もう取り戻すことはできないと、断念した。

久藤は構える。姫野と過ごした日々に別れを…姫野が魅せてくれた全てに別れを告げて。

姫野は放った。凶悪な笑みと共に必殺の一撃を。

久藤は真っ向から迎えた。決別の一撃を持って。

そして、それが衝突する瞬間、その世界は停止した。

次第に、全てがモノクロになっていき、背景がなくなり、なにもかもが無くなっていく。その無の空間に、声が木霊する。


--もういいだろ、その辺で--


--とっくに目は覚めてるんだろ?身体を起こして、日を浴びようぜ--


--さぁ、今日が始まるよ--


(あぁ…そうだな…)


声に従う。

目蓋を開け、今の世界と瞳に光を受け入れるかのように。



久藤は、目を開けたまま、仰向けになっていた。白い壁紙を無意識に見つめ、感覚を、神経を覚醒させるために身体に力を込めて、大きく腕を伸ばした。

起き上がり、周囲を見回す。

まだ開放されていない無数の段ボール箱に、なにもない棚、新品の作業台と一人用のソファーに、安っぽいブラウン管のテレビ。一人用の部屋としては充分なスペースだ。

つい先日、引っ越しが完了したばかりの光景に、久藤は「ほんとに環境が変わったんだな……」と呟いた。

黒の生地を基調とした真新しい服と対照的でシンプルな白のシャツが、丁寧にハンガーに掛けられている。

今日から通うことになる学園の制服。 "柴崎学園"と胸ポケットに刺繍がされている。

作業台に置いていたパンフレットを手に取り、カーテンを開けた。窓から日差しが入り込み、少し眩しい。

朝日が差し込む街の向こう側は、高いビルの群。ところどころ建設作業中のものもある。そこに、学園は存在する。

パンフレットには『可能性ある未来を得よう』と主張されている。

久藤の引っ越してきた都市は通称で特別区と呼ばれる"柴崎"。能力者と非能力者が共存する目的で設けられた区画である。

(可能性ある未来……か)

"共存の"可能性ある未来。久藤の居た区画では、夢のような…いや、それを考える余地すらないところだった。

(人は意味を持ってそこにいる…お前も見つけてみろ、か)

ここへ導いてくれた人の言葉を心で復唱する。希望や夢に溢れた…とはいかないが、久藤は決心する。

(あれから2年だ、彩乃。おれは、おれの生き方を見つけてみるよ)

あの日と死闘の日々との決別。そう容易くできることではないと、自身が一番理解している。それでも、足掻こうと思う意志を持つ。

外を眺めていると、階段を駆け上がる、慌ただしい足音が聞こえ、扉の前で止まる。

「朝だ。起きとけよ」

女性の無愛想な言葉に、久藤は苦笑する。適当に返事をして、準備をすることにした。

外の風景も、徐々に動き始めて、1日が始まったのだった。



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