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奪う者 奪われる者  作者: mino


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第432話:マッチポンプ継続中

 晴天の空より大地に向かって放たれた極太の雷光が轟音とともに惨鎧斬ごと豪邸の跡地を襲う。


(これはっ……フフの仕業か? いや、違うな)


 直ぐ様に周囲の地面へ避雷針代わりのアンカーをいくつも惨鎧斬は放ち、雷を散らしていく。惨鎧斬が防御態勢に入るのとほぼ同時に、クラウディアやララは大地から大きく飛び跳ねていた。


 最初はフフの持つ魔眼――――『招雷の魔眼』を使用した雷が頭の中をよぎった惨鎧斬であったのだが、すぐにそれを自身で否定する。


 なぜなら、この雷はあまりにも強力すぎるからだ。込められた魔力の量が凄まじい。フフが保有する各種魔眼は便利で、様々な状況でも対応できる万能なタイプと言える。だが、それゆえに特化型のジョブ構成と比較した際にどうしても見劣りしてしまう。


「なにっ」


 思わず惨鎧斬の口から声が漏れ出る。二発目、さらに三発目の雷が続けざまに放たれたのだ。


(この雷はおそらく黒魔法第8位階『雷光砲哮(ド・ドーラ)』、第8位階の高位魔法を連発だと!?)


 第8位階ともなれば、魔法を成功させるだけで使い手は一流の後衛職と称賛される。それを間を置くこともなく連発で放つことができる使い手の存在に、惨鎧斬はわずかに驚きながらも空を見上げる。


 すると、小さな点のような物体が空から地上に向かって墜落していく姿が見えた。


(レナとかいう後衛職の少女か)


 上空という惨鎧斬が感知できない範囲外からの攻撃であったのだが、レナは攻撃をしたために捕捉されたのだ。そして、惨鎧斬が放った無数の円盤を防ぎきれなかったのだろう。


(さて、本来であれば止めを刺すべきなんだが……)


 近距離、中距離、そして遠距離にも対応できる無類の強さを誇るのが惨鎧斬であるのだが、大地から遠く離れた高度からの攻撃には反応できない。否、攻撃をされれば反撃はするのだが、事前に敵意や殺意などによる自動攻撃が発動しないのだ。


 レナのように高度の超遠距離から火力でゴリ押ししてくるようなタイプこそ、惨鎧斬がもっとも警戒しなければいけない相手であった。


(市街地でこれほどの高位魔法を躊躇なく使用するとは、よほど魔力操作に自信があるんだろうな)


 落下中のレナに向けて、惨鎧斬は右手を向ける。


(そら、見せ場だぞ)


 簡単に惨鎧斬が撃退されれば、フフがユウのパーティーに加入するのは無理がある。だが、惨鎧斬がユウたちを適度に追い詰め、その危機をフフが未然に防ぐ――――いわゆる戦場の友情とはいうやつだ。極限状態や困難をともに潜り抜けることで、芽生える絆とでもいうべきもの。それをマッチポンプで惨鎧斬は演出しようというのだ。


 邪魔者のクラウディアとララの両名に関しては、惨鎧斬が放った千を超える円盤によって妨害をすることはできない。ここまでお膳立てをしてやったのだ。さっさと攻撃してこいと惨鎧斬が考えていると、背中側の装甲になにかが当たった音と感触が伝わる。


「なんだ?」


 足元に一本のスローイングナイフが転がっていた。後ろを振り返った惨鎧斬の視線の先にニーナが立っていた。


(……二百十七番)


 地上に立っているニーナを見るや、惨鎧斬は脳が混乱する。


(なぜ俺は気づけなかった。いや、そもそも惨鎧斬はどうして反応しないっ!?)


 どのような生物であろうと大地に触れている限り、そこは惨鎧斬の領域である。なのに振り返るまでニーナの存在に気づけなかったことに惨鎧斬は動揺する。なにより、ニーナが放ったスローイングナイフの投擲に、惨鎧斬が反応しなかったことが理解できなかった。これまで惨鎧斬という鎧とは文字どおり一心同体で過ごしてきたのだ。その長い年月の間で、このようなことは一度もなかった。


(無我の境地というやつか? いや、あれはカウンターで本領を発揮する。自分から攻撃を仕掛けておいて、敵意も殺意もないなどあり得ない)


 いつもなら円盤の一つでも放ってバラバラにしているはずなのに、無表情で立っているニーナの存在が不気味に見えて、惨鎧斬は攻撃を仕掛ける気にはならなかった。そうこうしているうちに、ニーナは惨鎧斬から距離を取って姿を消してしまう。


(ちっ。俺はなにをしている。みすみす見逃すような真似を――――)


 激しい鋼と鋼が打ち合う音によって惨鎧斬の思考が中断される。


「死にたいの?」

「少しは対策を考えてきたようだな」


 無数に浮遊する剣の一つを足場にしながら、クラウディアは惨鎧斬の展開する円盤と対峙していた。


お前(・・)は死んでも構わんな」


 両手を広げて、さらに円盤を展開する惨鎧斬を前に、クラウディアは無言で手招きをして応える。


「俺を前に、惨鎧斬を前に、いい度胸だっ!」


 左右の手を惨鎧斬が交差させると、一斉に円盤が不規則な動きでクラウディアに襲いかかる。一つひとつが必殺の一撃を誇る円盤の攻撃を、それも千を超える数で展開しているのだ。いくらクラウディアが剣の達人とはいえ、勝負は見えていると惨鎧斬は隠れているララを捜そうとするのだが。


「どこにいくつもりよ」


 数十本の剣を操り、クラウディアは円盤による攻撃を弾き返していた。一本一本がなまくらではない。ダマスカス鋼などで作られた4級相当の剣、Dランクの――――いや、Cランクの冒険者や傭兵でも終の武器として選ぶことも珍しくない上等な武器である。


 それが10合も打ち合わないうちに無惨に砕け散っていく。その度にクラウディアはアイテムポーチから新たな剣を宙へ放り投げて補充していくのだ。


「あんたには、エルフの王族に対する礼儀ってものを教えてあげるわ」

(やけにアイテムポーチを身につけていると思えば、これを見越してか――――バカがっ!)


 手数などいくらでも増やせるぞと言わんばかりに、惨鎧斬は円盤の数を増やしていく。四方八方どころではない。全方位を円盤に囲まれたクラウディアに逃げ場はない。


 だが――――


「おもしろいじゃない」


 それでもクラウディアは笑った。エルフの王族として敬われる生活に飽き飽きして森を飛び出したのだ。


 若きエルフは死地で微笑を浮かべ、それに対する惨鎧斬の返答は無言の殺意であった。全方位から円盤がクラウディアに殺到する。


「…………これが冒険者、戦いを生業とする者か」


 思わず。惨鎧斬は呟いた。

 全ての円盤を弾き返すことは不可能と判断したクラウディアは、恐るべきことに致命傷とならない場所に関しては円盤を無視することにしたのだ。その結果、クラウディアの美しい白い肌に無数の切り傷が刻まれていく。あっという間に全身を真っ赤に染めるクラウディアであったのだが、それでも剣を操ることを止めない。


 惨鎧斬には理解できない行為である。

 敵わない相手から逃げることを惨鎧斬は恥と思っていない。死ねば復讐を果たすことができなくなる。なにより無駄に抗ったところで事態が好転するわけではないのだ。


 なのに――――


(なぜ、そこまで奮闘できる)


 もはや剣を操るというよりも舞っている。


「美しい……」


 クラウディアの剣舞が、惨鎧斬の琴線に触れる。その隙を見逃さなかった者たちがいた。


 左後方からの斬撃に円盤が自動で反撃する。


「ララか」


 一瞬、惨鎧斬の反応が遅れたのは、ララが白魔法第7位階『フライング』で距離を詰めてきたからだろう。


「無駄だ」

「グラム!」


 暗黒剣LV9『魔劍解放』で、魔剣グラムの秘められた力をララは解き放つ。


 惨鎧斬では目に捉えることができない疾さで、ララは円盤を斬り落としていく。弾き返すのではなく、斬って距離を詰めてくるララの姿に惨鎧斬は逡巡する。攻撃するべきか。一度、距離を開けるべきかを。


 戦闘者ではない惨鎧斬の弱さが現れたのだ。鎧のほうではない。中身(・・)の弱さである。生死を賭けた戦いのさなかに、悠長に考え込むなど。


「かあーっ!!」


 目前まで迫るララを前に、惨鎧斬は慌てて地面から無数の槍を生やす。人の胴体ほどもある太さの槍が剣山のように地面からララを貫かんと飛び出す。


 並の者ならこれだけで何十と死んでいただろう。だが、ララは土でできた槍の先端を軽やかに足のつま先で蹴ると、空高く舞い上がる。


「逃がすか!」


 予想外の二人の奮戦に動揺したのだろう。感情的になった惨鎧斬が、天高くまで槍を生やそうと見上げる。すると、豪雨のような雷が惨鎧斬に降り注ぐ。


(やっと来たか)


 雷を浴びながら、フフがいるであろう場所を惨鎧斬は一瞥する。


「随分と余裕がないっすね」

「ほざくなよ」

「今日があんたの命日になりそうっす」


 フフと会話しながら、惨鎧斬はユウを捜す。すでにレナとニーナは現れた。残るはユウとマリファだけである。それで舞台の役者は出揃うのだ。あとは自分が上手く演じるだけ、と。

 しかし、ユウの居場所を捉えることが惨鎧斬は一向にできなかった。現在、惨鎧斬は都市カマー全域を捕捉できるのだが、ユウの住む場所は都市カマーではなく少し離れた場所にある屋敷である。


 事前にフフがあえて情報を隠したわけではない。

 惨鎧斬の能力なら都市カマーどころかウードン王国全域すら捕捉することが可能と、フフはオリヴィエ・ドゥラランドからの説明で聞いていたのだ。


 そして、惨鎧斬の能力なら問題なくそれは可能であった。問題があったのは鎧ではなく装着者のほうである。都市カマーは人種だけで数十万人もが生活している。小さな生き物まで含めれば膨大な数となるだろう。その全てを把握することは惨鎧斬は平気でも、装着者の脳では耐えきれないのだ。


「少し交戦できたところで、俺に敵うわけがない」

「それはどうっすかねぇ」


 別の魔眼に付け替えながら陰龍の外套をフフが羽織ると、その姿が消えていく。


(逃げたわけじゃないな)


 たった三人の、それも女を相手に予想外の苦戦に、惨鎧斬は演技ではなく苛立つ。



 一件の家屋が損壊していた。

 屋根に大きな穴が開き、テーブルらしき物は粉々になって飛び散り、床の板も大きく損傷している。


「お姉さま、大丈夫です」

「そうですか」


 レナの容態を見ていたヴァナモは、傷こそ大きいが生死に関わるものではないと、マリファに伝える。


「……だから、大丈夫って言ったのに」


 まだ起き上がれないのだろう。

 レナはヴァナモに膝枕をしてもらいながら、不服そうに呟く。


「なにを言っているのですか。あれだけ血塗れになっておいて」


 事前に惨鎧斬の攻撃方法をフフから聞いていたレナは、いつもより強固に結界を構築していた。さらに円盤が飛んできたと気づくやいなや、全方位――――鋼で創り出した球体で自身の身体を護ったのだ。それだけ厳重に防御へ力を注いだにもかかわらず、円盤は鋼を斬り裂き、あるいは砕き、鋼の球体の中にいたレナの結界ごと重傷を負わせたのは驚異としか言えないだろう。


「レナ、あなたの攻撃は惨鎧斬に通じていたのですか?」


 雷系なら惨鎧斬に効果があるかもしれないと言ったのは、ずっと惨鎧斬を追い続けてきたと自称するフフである。


 だが、マリファはその言葉を信じていない。ネポラたちに冒険者ギルドでのやり取りを調べさせた結果、それは確信と言ってもいいほどだ。


「……手応えはあった。でも――――」

「でも?」

「……ほとんど効いていないと思う」


 その言葉にヴァナモは目を丸くする。遠目から見ても、レナの放った魔法の威力は凄まじいものだったのだ。それをレナは惨鎧斬に直撃、それも三発も当てたと言っていた。


「やはりそうですか」


 予想が当たっていたかのように、マリファはヴァナモのように驚くこともなく納得する。


「お姉さま、家主の方との話し合いは終わったよ」


 他所の家屋を意図的ではないにしろ損壊させてしまったレナの代わりに、家主への謝罪と賠償の交渉をしていたティンが疲れたと言いながら戻ってくる。


「ティン、ご苦労さまです」

「ヴァナモが面倒な交渉をティンに押し付けてきて、やんなっちゃう」

「なっ!? 私はレナさんの治療をしていたでしょうが!」

「ひゃっ。冗談なのに本気で怒って、やんなっちゃう」


 本気になってておもしろーい、と。青白いヴァナモの頬をティンが指先で突っつくと、怒りからヴァナモの顔は見る間に血色が良くなっていく。


「二人とも遊んでいる場合ではありません」

「「はい。お姉さま」」

「私はご主人様のもとへ向かいます。あとのことは任せますよ」

「ご主人様がどこにいるのか、お姉さまはご存知なんですか?」

「私は常にご主人様と一緒にいます」


 ヴァナモが困ったようにティンへ視線を向けるのだが、ティンは「レナさん、大丈夫?」と露骨に無視していた。


「……私もすぐに向かう」

「無理はしないほうがいいでしょう」

「……私がいないと勝てない」

「自惚れないでください。現にあなたの魔法は惨鎧斬に通用しなかったではありませんか」

「……とっておきがある」

「まさかそのとっておきとやらを、市街地で使用するつもりじゃないでしょうね」

「……もしものときは」

「私は庇いませんからね」


 当たり前のことを当たり前にマリファは言っただけなのだが、レナは想像だにしていなかったのか。旋毛のアホ毛がショックを受けたかのように一直線に立つ。


「……偉大なる姉を助ける気はない?」

「ありませんね」

「……少しも?」

「微塵もありません。私は急ぐので失礼しますよ」


 細かい指示をティンたちに出すと、マリファは穴の空いた屋根から外へと飛び出していく。


「……ヴァナモ、早く治して」

「簡単に治るような――――いえ、これは」


 レナの傷は重傷ではあるが、傷そのものはただの切創であった。厄介な魔力残滓も、傷の治りを阻害するような呪いもない。


「……私は魔力を温存する必要がある」

「わかりました。任せてください」


 ヴァナモが胸を力いっぱいに叩くと、ティンは「あまり気負わないように」と、さり気なく助言するのであった。

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