第425話:興味
ユウが惨鎧斬と遭遇していた頃、都市カマー西門でも少し騒ぎが起こっていた。
「な、なんだありゃっ!?」
他の村や都市、それに他領から都市カマーへ来訪した者たちが並ぶ西門前に、列を無視して門を通過しようとする者たちが現れたのだ。だが、その者たちに向かって「順番を抜かすな!!」と、声を荒らげる者たちは皆無であった。
なぜなら、炎のような紋様の大狼に、体毛から稲光を放つ猫科の魔獣を見てカマーへ訪れた者たちは、皆一様にその場で驚き固まってしまったのだ。
「わからん。だが、ありゃそんじょそこらの魔獣じゃないだろう」
「いかにも強そうな見た目だしな。それにあのメイド服を着た亜人共はなんなんだ」
「しっ。声を落とせ。ここはよその都市に比べて亜人がうんと多いんだぞ。もし、あの亜人に聞かれて大事にでもなったらどうする」
口汚く罵る言葉があちこちから聞こえてくるのだが、それだけ人族は亜人と蔑称する他種族から迷惑を被ってきたとも言えるだろう。
「衛兵はなぜ動かないんだ」
「言い出しっぺのあんたが聞いてこいよ」
「俺が? か、勘弁してくれっ。あの魔獣を見てみろよ。あれに突っかかるくらいなら、オーガに挑んだほうがまだマシだ」
彼らは二頭の魔獣が――――コロとランが高位の魔獣であることを理屈ではなく本能で悟っていた。
「見ろっ。衛兵が動くぞ」
「やっとか。ルールも守れん亜人なんぞ、さっさと排除せんか」
「さすがにこれだけの者がいる中で、見て見ぬふりはできねえようだね」
都市カマーの衛兵が、亜人に対してどのような処罰を下すのかと、並ぶ者たちは固唾を呑んで見守る。
「ネポラ殿、このような無作法は困ります」
衛兵は二人の亜人――――ネポラとヴァナモを見て、話が通じやすいネポラへ声をかける。人族が亜人を露骨に見下すように、ヴァナモも人族を露骨に嫌っているのだ。
「火急ゆえ、ご容赦を」
歩みを止めないネポラたちを前に、衛兵の顔が引きつる。他の衛兵たちは武器を手にしているのだが、構えることを躊躇していた。もし万が一にも敵対行動を取った際に、コロとランが自分たちに襲いかかってくることは容易に想像できたからだ。
単独でも村や町どころか都市ですら攻め落とすことすら可能と言われても納得してしまう。それほどの威圧をコロとランから感じ取っていたのだ。当の二頭に周囲を威圧しているつもりなどはなく「はよ、行こうや」くらいにしか思っていないのだが。
衛兵たちはネポラたちの一挙一動に気を払っているために、極度の緊張から暑くもないのに顔にはいくつもの汗が流れ落ち、地面にポタポタと雫を垂らしていた。
「火急とは?」
「あなた方に言う必要がありません
このネポラの言い様には、さすがに衛兵も気に障ったのか、顔が険しくなる。だが、すぐ隣のヴァナモからマリファを思わせる氷のような冷たい眼を向けられていることに気づくと、慌てて顔を取り繕う。
「し、しかし、そちらの魔獣をカマーへ入れるわけには――――」
「侯爵さまから許可をいただいています」
「なっ!? そ、そのような話は――――」
「お疑いなら、あなたが確かめればいいではないですか」
一衛兵が、大貴族であるムッスに謁見が叶うわけがなく。暗にお前如きが口出しするなと、衛兵たちは受け取った。
「あまり我々を――――」
抑えきれぬ怒りを声に滲ませる衛兵であったのだが。
「ネポラ、急ぎましょう。お姉さまが待っているわ」
「わかっています」
ネポラとヴァナモは、その声を無視してカマーへ入っていく。それを止めることは一介の衛兵にはできず。また、この場にいる衛兵の上司である隊長も真偽を確かめるまでは通すなと命令を出せば、どのような結果になるかは火を見るより明らかであったために、ネポラたちのあとを追うように指示を出すのが精一杯であった。
※
鉱物を思わせる異形の全身甲冑に、飛び出している青白い長耳、そして鼻がもげるかのような悪臭――――クラウディアから聞いていた特徴そのままであった。名乗らなくとも目の前にいるのが惨鎧斬だと、ユウは理解する。
「お前が惨鎧斬か」
「ハクヒ村の惨鎧斬だ。ハクヒ村を前につけるのを忘れるな。大事なところだからな」
ゆっくりと両手を広げ、足を前後に少し屈めて惨鎧斬は挨拶をする。だが、ユウからなんの反応も返ってこないと、つまらなそうに鼻を鳴らし、右腕を伸ばして手招きをする。すると、空き地の隅に放置されていた古びた樽がひとりでに動き出し、惨鎧斬のもとまで転がってくるではないか。
(今のは……なんらかのスキルだな)
「俺だけ突っ立っているのも、な?」
樽を立てて腰を下ろすと惨鎧斬は相当な重量があるのか。樽からは苦鳴のように軋む音が聞こえてくる。
「先に言っておくが――――」
惨鎧斬からの警告を聞く前に、いつもの癖でユウは見てしまう。
(はあっ!?)
惨*斬――――正**称:惨鎧*・**霊*式特*装
名**ェル*ドの遺*――――素材は青生生魂を主とし、各種――――そこに軸となる箇所に**鋼を――――見ておるな――――高位の**霊**ヤッ*を鎧に封印し、その力を利用――――不快なり――――誰が身につけても、女子供でも、それこそ赤児でも力を発揮できるよう********見るな!! 見るな見る**るな見るな見**見るな見るな**な見るな見るな見るな見る**る**るな見るな!! よくも、**を、よくもよくも、こんな**い金**塊に************お前たちを赦さない!!
「ぐぅっ!」
突如、ユウの眼球から血が吹き出す。しかし、それでもユウは惨鎧斬から目を離さない。
「どうした急に――――はは~ん、そういうことか。親に教わらなかったのか? 覗きは悪いことだってな」
覗き穴から見える赤目を細めて、惨鎧斬が笑う。
(なにが起こった……クソッ。今のは惨鎧斬――――鎧の情報か)
以前、大賢者を『異界の魔眼』で見ようとしたときと同じように、不完全な情報しか見ることができなかった。
問題は――――惨鎧斬を見ようとしたのに、鎧の情報しか見ることができなかったこと。さらに鎧からユウの脳内に響いた声。
(爺の声だった。あの鎧の中に爺と――――もう一人いる)
手を叩きながら惨鎧斬はゲラゲラと笑う。
「人の話は最後まで聞くもんだ。悪意、敵意、攻撃をするな。それらを向けられたと惨鎧斬が判断すれば、俺の意思とは関係なしに反撃するからよ」
惨鎧斬の異形の全身甲冑が、まるで生き物のように蠢き、形状を変えていく。
「そんなに知りたいなら教えてやるよ。この鎧は当時、名工の中の名工と謳われた鍛冶師ヴェルンドの遺作だ。なんでも息子と孫を悲惨な事故で同時に亡くしたようでな。よくある話さ。愛する者が亡くなって、おかしくなっちまったんだ。自分の工房に閉じこもって、誰が来ても無視して昼夜問わずに槌を振るっていたそうだ。
ヴェルンドは誰が着ても絶対に死なない鎧を創ろうとした。もう愛する者は死んでるのにな。哀れな爺さんさ」
(爺の声はヴェルンドのものか)
「どんな強力な鎧も中身が、着る奴がしょぼけりゃ使いこなせねえ。そもそも護ってばかりじゃいずれ死ぬ。くひっ。中身がしょぼいのなら代わりを用意すればいいと、ヴェルンドは考えたようだ」
長々と喋る惨鎧斬をよそに、悪臭に気づいたスラム街の住人が騒ぎ始めていた。
「精霊だ。それも高位のな。ヴェルンドがどのような手段で、高位の精霊を捕まえたかなんて誰も知らねえ。頭がおかしくなった狂人のことなんざ、誰も気にも留めなかったのさ。でよ? ここからがヴェルンドの真骨頂だ。狂人だろうが、堕ちた鍛冶師とバカにされようが、そこは当代最高の名工さ。鎧の中に高位精霊を封じ込めちまった。くくっ。最強最高最恐の鎧――――惨鎧斬の完成ってわけさ。けどよ、残された遺族は堪ったもんじゃねえよな? 精霊には敬意を払えなんて、そこらのガキでも知ってる。精霊の怒りを、なによりこのことが周囲に知られることを恐れた遺族たちは、惨鎧斬に厳重な封印を施して隠しちまった。だが――――」
「うるせえよ」
「はん?」
「聞いてもないことをペラペラ喋りやがって」
「知りたくなかったのか?」
「人の自慢話ほどつまらない話はない。ああ、そうか。お前、友達いなさそうだもんな」
「言うねえ……」
膝をパンっ、と叩きながら、惨鎧斬は感心したように笑う。
「俺になんの用だ?」
惨鎧斬がゴッファ領に現れたと言ったのはムッスである。そのムッスが自分がいるカマー周辺を警戒していないわけがない。その警戒網を、さらにはユウが常に発動している数々の感知網を潜り抜けてきたのだ。偶然、出会したとはユウには思えなかったのだ。
「なーに大した理由じゃない。俺に似た奴がいるって聞いてな。少し興味を持った。お前は奪う者なんだろ?」
赤い目がユウを見つめる。
同時にユウも惨鎧斬の真意を探ろうとするのだが、どういうわけか先ほどからなにもわからないのだ。
(こいつ…………嘘を言っていない?)
「元々は奪われる側だったそうじゃないか。あー、勘違いするなよ。別に責めているわけじゃない。俺もそうだからな」
「……」
「奪う側と奪われる側、どちらか一方を選べと言われれば、誰だって奪う側を選ぶさ。俺は奪われるの嫌だ。だから奪う側になってやった」
悪びれもしないで言ってのける惨鎧斬からは、やはり嘘の臭いをユウは感じ取れなかった。
「どうだった?」
惨鎧斬の目が覗き穴の向こう側で細まる。
「奪う側に回って、気持ち良かったんだろ? 俺は気持ち良かったぞぉ……。今まで散々に奪われてきたんだ。それを仕返ししただけ。ただそれだけだが、絶頂しそうなほどの多幸感に満たされたぞ」
立ち上がり、天を仰ぎながら惨鎧斬は力説する。
「それとガキの目玉を抉るのと、なにか関係してるのか?」
「あ? ガキの目玉だぁ?」
(なんだ……なにか変な――――)
「あ…………ああっ……あっ! あれか!! どうだ? 気に入ってくれたか? 俺からの贈り物は――――眼球を抉られて空っぽになったガキはよぉ!」
惨鎧斬の意思とは無関係に全身甲冑の形態が凄まじい速度で変形していく。同時に異音が、無数の円盤が現れ周囲に浮遊する。当然、スラム街の住人たちはこの異変に気づいており、異変が起こっているのがユウと惨鎧斬とわかるなり、一目散に逃げ出していた。
「あーあ……せっかく警告してやったのに、俺に殺意を向けちまったな」
残念そうに呟く惨鎧斬は、自身の鎧が変化していることにやっと気づいたようで。
「お、おぉ……これは驚いた。ここまでの形態変化は何年――――いや、何十年ぶりだ。サトウ、惨鎧斬はお前を古の巨人ヤー・キーンに匹敵すると認めたようだぞ」
興奮気味に喋る惨鎧斬をよそに、ゆっくりと立ち上がったユウは自分の周囲を浮遊する円盤を一瞥する。
「まだ十代半ばと聞いていたが、その歳でランク10の魔物と同等かぁ……怖い怖い」
円盤の一つがユウに襲いかかる。背後から迫る円盤を、ユウは振り向きもせずに躱すと、円盤は地面に吸い込まれるように消えていく。地面を斬り裂くでも、抉るわけでもなく、だ。
(高位の精霊は土の精霊で間違いないな)
「よく躱したな。だが、一つ二つ躱したところで、なんの意味もないぞ」
拍手してユウを褒める惨鎧斬は無数の円盤へ視線を向けると、今度は一斉に円盤がユウに襲いかかった。
「次はどうする」
何百ではない。何千もの円盤がユウに殺到する。その一つ一つが、クラウディアたちが言うには必殺の威力を秘めているという。
「やるじゃないか。なら、さらに速度を上げるぞ」
鎧どころか剣すら手にしていないユウは、黙って殺到する円盤を躱し続ける。
「…………どういうことだ? なぜ躱せるっ」
円盤は規則正しく動いているわけではない。高速飛行しながら、さらに不規則に動いているのだ。その動きは惨鎧斬ですら、把握できない。それをユウが躱し続けていることに、惨鎧斬は驚きを隠せなかったのだ。
だが、さらに驚くべきことが起こる。
「なにっ!?」
無数の円盤の中を――――死の領域を悠然と歩きながら、ユウが自分に向かってくる姿に惨鎧斬は驚愕する。
(少しは使い物になるようだな)
初めて新しいスキルを実戦で試してみて、それが使い物になることを確認したユウは心の中で安堵する。
(このゴミスキルのために、かなり無理をしたからな。これで使えないようだったら、泣くに泣けないところだった)
「なんだその顔は? 余裕のつもりか? この俺を――――舐めるなよ」
無数の槍が地面から飛び出す前に、ユウは高く跳躍した。そのまま固有スキル『疾空無尽』で、宙に留まる。
(円盤と地面からの攻撃を組み合わされたら、躱し続けるのは不可能に近いな)
「くくくっ。どうした? 慌てて飛び跳ねやがって。俺が少し本気を出せば、簡単にボロが出るじゃないか」
「慌てて攻撃してきたのはお前のほうだろ。俺が近づいただけで、みっともなく取り乱しやがって」
「いいのか? そんな大口を叩いて? ここで俺らが戦えば、どれだけの死人が出るのか理解したうえで言ってるんだろうな」
僅かに。
本当に僅かだが、ユウの気勢が削がれる。そして、それを惨鎧斬は見逃さなかった。
「そうか。弱くなったんだな。本来なら喜ばしいことなんだが、殺し合いでは致命的な弱点だ。どれ、もう少し――――ちっ」
突如、頭上より数多の雷が振ってきた惨鎧斬は、舌打ちをすると同時に鎧から無数のワイヤーのようなものを地面に向かって放つ。
「そんな奴の言葉は聞いちゃいけないっすよ!」
現れた少女は青緑の瞳――――招雷の魔眼を埋め込んだフフであった。
「誰かと思えば、お前か。しつこいぞ。いい加減に諦めろよ」
遊んでいる最中に邪魔された子供のように、惨鎧斬は怒気を込めてフフを睨みつける。
「お前には親から村まで丸ごと滅ぼされてるっす。諦めるわけないっす」
「目玉だけで許してやったんだ。それで良しと――――」
喋っている最中の惨鎧斬に向けて、フフはスローイングナイフを投擲する。狙いはヘルム部分にある覗き穴だ。正確無比な投擲が吸い込まれるように覗き穴へ向かっていくのだが。
「ちっ。逃げられたっす」
一瞬にして惨鎧斬は姿を消した。
目の前で見ていても信じられないのだが、消えたとしかいえないのだ。
「決めたぞ。俺はまだまだこの辺で遊ぶことにしたからよ。精々、がんばって俺を捜すんだな!」
不敵な笑い声とともに惨鎧斬の気配が消えていくのを、ユウとフフは感じ取っていた。
「いや~驚いたっすね。騒ぎを聞きつけて来てみれば、いきなり惨鎧斬と戦っているなんて。でも、やっぱりフフの目に狂いはなかったっす! あいつと殺り合って、生き残るなんて凄いっす!!」
喧しく褒め称えるフフを無視して、ユウは惨鎧斬が立っていた場所まで移動すると、地面に手を当てる。
(なるほどな)
かすかに地面から伝わってくる振動が、なにが起こったのかをユウに教えてくれるのであった。




