第422話:我慢
「とういうわけで『惨鎧斬』には絶対に手を出すんじゃねえぞ。特にそこで俺のありがたーい話を聞き流してるレナ、お前だ!」
「……なぜ私だけ名指し」
「お前が一番危なっかしいからだ」
ラリットとレナのやり取りをケラケラと笑っていたナマリなのだが、それに気づいたレナがナマリの両頬を指で摘んで伸ばす。
「なにひゅんだ!」
「……偉大な姉に敬意を払いなさい」
「ひゃだっ!」
「……生意気。でも、そこが可愛い」
「ひゃめて~」
小生意気だが、その姿も愛らしいと、レナはムフフと微笑みを浮かべながら、ナマリの頬を軽く引っ張る。
「それじゃあ。俺は『惨鎧斬』にちょっかいかけそうな連中に、それとなく声をかけとくから行くわ」
店の支払いを済ませたラリットはそういうと、再び冒険者ギルドに向かっていく。
「本当にお人好しだよな」
「そこがラリットさんの良いところだよ」
ふんっ、と鼻を鳴らすも、ユウはラリットのことを馬鹿にした感じはなく。むしろ、そのお人好しのせいでいつか厄介事に巻き込まれないかと危惧しているほどだ。
というのも、ユウは冒険者の知り合いが少ない。その少ない知り合いの中でも貴重な男性冒険者がラリットなのだ。そもそも都市カマーに来たときからなにかと気にかけてくれ、自分が得にならないことでも動くことも珍しくない。
ユウからすれば、コレットに並ぶ良い意味で理解のできない存在なのだろう。
「あっ、ユウ。私は商店街でお買い物したいから」
「わかった」
「ごめんね」
ユウの顔を観察するように見つめていたニーナは、なにか言いたげな顔をしながら商店街方面へ歩いていく。
「オドノ様~っ! レナのこと怒って! めっ、てして!!」
レナから解放されたナマリがユウのもとへ走り去っていく。その様子を見ながら、レナは「……元気でよろしい」と、満足げに頷く。
「レナ、ラリットさんも言っていましたが、先走るような真似はしないように」
チラチラと去っていくユウの姿を目で追いながら、マリファはレナに苦言を呈する。
「Bランクに昇格したことは凄いことです。ですが、それで慢心して失敗するようなら、せっかく模擬戦で上がった評価は再びもとに――――いいえ、もとより下がることになるのですからね」
「……慢心?」
「違うというのですか?」
「……私は慢心どころか焦っている」
あの常に自信満々で調子に乗りがちなレナが焦っている、と。マリファは訝しげな目でレナを見るのだが、心なしかいつもと違い真面目な顔に見えた。
「……マリファはユウにおんぶに抱っこでいいの?」
真っ直ぐに自分を見つめるレナの目に、マリファは表面にこそ出さないものの、内心ではわずかにたじろぐ。
「……私は嫌」
静かだが、力の、強い意志が込められた言葉であった。
「……そんなのはまともなパーティーじゃ――――仲間じゃない。私は私の得意な分野でユウの力になり、認められたい」
思わずマリファは手に力を込めてしまう。
それは自分の――――それこそ私の役目だと。
「……『惨鎧斬』の件も絶対に倒したいわけじゃない。ただ有名みたいだから、ランクを上げるために倒せたら倒したいくらい」
二の句が継げないマリファを見ながら、レナは言葉を続ける。
「……あと、焦ってるのは私だけじゃない」
では“誰が”とはマリファは問いかけない。
言わずとも理解しているのだ。
「……どうしてユウがそんなにも早くSランクになりたいのか。どうして時間がないのかわからない。でも――――」
「これ以上は離されるわけにはいかない」と、レナは自分に言い聞かせるように呟いた。
マリファはもっとレナの話を聞きたかったのだが、チラリと視線を外すと、去っていくユウの姿が随分と小さくなっている。
「……追いかけたほうがいい」
「この話はまた今度しましょう」
そういうと、マリファはユウを追いかけていくのであった。
※
「けほけほっ。随分と埃っぽいところっす」
都市カマーのスラム街にある一件のあばら家にフフの姿があった。
「文句を言わないでよ。前の隠れ家は使えなくなったんだから」
「でも、ここで大丈夫っすか? サトウはカマー中にアンデッドの従魔をバラ撒いてるって話っす」
「もう、ユウにそんな余裕はないよ」
「ああ、死にかけてるって話っすよね。さっさとドゥラランド様に降れば、早死にすることもないっすよ」
不満を隠そうともしないフフの正面に腰掛けるニーナは、感情が抜け落ちたような顔でフフを見る。
「それと隠れ家の件はニーナさんのせいっすよね? 隠れ家どころかドゥラランド様が大事にしていたベナントスまで失ったっす」
「あれ、いまだに新しいのが用意できないらしいっすよ」と、フフは嫌味っぽくニーナへ話しかける。
「そう」
全く悪びれもしないニーナの態度に、フフはつまらなそうに唇を尖らせる。
「これどうっすか?」
そういうと、フフは自慢げにアイパッチをリズミカルに左右に張り替えていく。その度に瞳の色が変わる。アイパッチに仕込まれたアイテムポーチ内の魔眼を交互に入れ替えているのだろう。
「なにが違うの?」
「前までは眼帯で、これはアイパッチっす」
興味なさそうに「そう」と呟くニーナの姿に、フフはなんてつまらない人なんだと、がっかりした様子である。
「ニーナさんはもっと他人に興味を持ったほうがいいっすよ。それはそうと、なんで冒険者ギルドで邪魔したっすか?」
「邪魔?」
「もう少しで、レナって娘がフフの依頼を受けるところだったのに、ニーナさんが口を塞いだ件っす」
あそこでニーナが邪魔をしなければ、今回の任務もやりやすかったのだと、フフは言っているのだ。ここでニーナから謝罪の一つでも出てくるかと思えば。
「感謝してほしいな」
「はあっ? フフがニーナさんにっすか!?」
「そう」
「なんでそうなるんっすか! ニーナさんがフフの邪魔をしたっすよ!」
「あそこにはユウもいて、まず間違いなくフフのステータスも確認されてるよ。十代の女の子がレベル40台半ば、これがどれだけ異常なことかわからないの?」
レベル40といえば、小国ならば文句無しで騎士団長クラス、大国でも騎士団長もしくは上位の役職に就くことができる。それほどのレベルなのだ。そのレベルに、十代の少女が達していることの異常性――――そんな少女があったばかりの素性もろくに知らない冒険者に高額で依頼をしてきた。
これではフフのレベルを知らない者でも警戒するだろう。裏になにかあると言っているようなものだ。
「そ、それは……。そう! ニーナさんたちだって40台っす!」
「言っておくけど、レナは天才と呼ばれる中でも上澄みも上澄み。ユウがあれこれと支援してたとはいえ、少し才能があるくらいじゃ十代でレベル40台になんてなれないよ」
「マリファって娘も40を超えてるはずっす」
「あれはユウのことを妄信してるから、参考にはならないよ。どれだけ過酷な――――言わなくても自主的に鍛えてるからね。当然、私は論外」
悔しそうにフフは歯噛みする。
「あそこですんなり依頼が受けてもらえると思うフフが甘い。もっと考えて行動しないと、ドゥラランド様もなにを考えてるんだろうね。こんな任務はフフにはもっとも不向きなのに」
ともかく復讐という動機があっても、レベルに関しては言い訳ができないと、ニーナはフフを責める。
「そこまで言うことないっすよね!」
「少しでもフフが任務達成できるように、私は協力してるつもりだけど」
「そんなこと言ってるっすけど、本音はどうなんっすかね」
「どういう意味?」
「聞きたいっすか?」と、意地悪そうな笑みを浮かべながら、フフはニーナに問いかける。
「ドゥラランド様が、ニーナさんのことを疑ってるっすよ」
聞くなりニーナは安心する――――“そんなことか”と。
「いいんっすか? ドゥラランド様はニーナさんが裏切ると思ってるっすよ。チンツィアさんなんかは、処分も考えてるみたいっす」
こんな簡単に裏事情を言うなんて――――とはニーナは思わなかった。オリヴィエのことを見続けてきたニーナは知っている。あの男が自分やフフのことなど微塵も信用していないことを。
「あれ? 驚かないっすか」
「ドゥラランド様は、ああ見えて小心者だからね。大義成就を前に不安になってるんじゃないかな」
「大義成就……っすか」
「フフは知らなかったかな?」
「知ってるっすよ。戦争をしたいんっすよね? それも大戦っす」
「それは過程であって目的じゃないよ」
「ええっ!? でもサトウを使って大戦を起こして、起こして……ドゥラランド様はなにをしたいっすかね?」
「魂だよ。戦争が起これば、大勢が死ぬでしょ? その際に魂を集めたいんだって」
「聖杯を使って集めるっすか?」
「そうだね」
「集めてなにをしたいんっすか?」
「さあ? どうせくだらないことだから、フフは知らないほうがいいよ。でも、数百年もかけて進めてきたからだろうね。ドゥラランド様も達成を間近に控えて疑心暗鬼になってるんじゃないかな」
「疑心暗鬼? っすか」
「だから、今回の任務で私だけじゃなくフフをユウにつけたいんでしょ」
「上手くいけばそうなるっすね。それにしても――――」
冒険者ギルドでの出来事を思い出してか。フフは馬鹿にするように唇を尖らせる。
「今回、初めてサトウを間近で見たっすけど、悲惨な境遇で生きてきた割には温いというか、なんか甘っちょろいっす。ニーナさんはよくあんなのと一緒に過ごして、我慢できるっすね」
そこまで言い切ると、フフはニーナの顔を覗き込む。これまでとは一転し、今度はフフが感情のない顔であった。
「なに?」
「あれ? 怒らないっすか」
「どうして私が怒る必要があるの?」
「おかしいっすねえ」
「私がドゥラランド様から命じられたのは、ユウ・サトウの親身になって、できるだけ肯定してあげる。あとは入手した情報を流すことだけだよ」
探りを入れたのに、予想と違う反応だったことにフフは肩透かしを喰らう。
「そうだったっすね。フフは安心したっす。ニーナさんがサトウに入れ込むあまりに、ドゥラランド様を裏切ってないことがわかって」
さり気なく戦闘用の魔眼に眼球を入れ替えていたフフを見ながら、ニーナは「これで満足した」とでも言いたげである。
「私を疑うのもいいけど、フフは自分のことも心配したほうがいいんじゃないかな」
「どういう意味っすか」
ムスッ、とした感情を素直に出すフフを前に、ニーナは話を続ける。
「相方の話だよ」
相方という言葉に、フフは息を詰まらせる。
「ドゥラランド様は、どうしてよりにもよって、フフの相方にあれを選んだんだろうね」
「それは……」
「フフとあれとの関係は誰より知ってるのにね。その辺を、フフはドゥラランド様から聞いてないのかな?」
「…………聞いてないっす」
赤紫色に輝く魔眼でニーナを見つめながら、フフは応える。
「そう」
「そうっす。なにも理由なんてないはずっす! それよりどうすればサトウに依頼を受けてもらえるか一緒に考えてほしいっす」
「不自然じゃないように、ユウのほうから受けたいって思わせないと、フフの下手くそな演技じゃ気づかれると思うよ」
「下手っ!?」
「仇は嘘じゃないから気づかれてはいないだろうけど、レベルがどうしても不自然だからね」
「うっ……」
頭から煙が出そうになるほど考え込むフフであったのだが、そんな都合よく答えが出てくるはずもなく。結局は宿に戻って考え直すと、あばら家から出ていく。
一人、あばら家に残るニーナは、一本のスローイングナイフを手に取ると。
(我慢、我慢)
親指をスローイングナイフのブレード部分に当てる。すると、ゆっくりとブレード部分が曲がっていく。
(耐えることには慣れてる)
90度に押し曲がったスローイングナイフをアイテムポーチに仕舞うと、ニーナは先ほどのフフとの会話を思い返す。
(フフの様子からは、本当になにも知らされてない)
だが、なんの意味もなくオリヴィエがフフと惨鎧斬を組ませるわけがないと、ニーナは脳内で反論する。
(なにか――――もしかして、そういうことかな)
やがて、一つの答えにたどり着いたニーナは立ち上がると、心中で呟く。
(あいつ、サクラから教えてもらわなかったのかな。“二兎を追う者は一兎をも得ず”って)
自分の出した結論に納得したのか。ニーナは立ち上がると、ホットパンツについた埃を手で払うと、音もなくあばら家からニーナの姿が消えるのであった。




