第420話:惨鎧斬
森の奥深くへフフの姿どころか気配すらも遠ざかり、やがて消え去ると。ものの数分でその者たちは姿を現した。
(速いな)
森の中だというのに、凄まじい速度で接近してきた者たちに男はわずかに驚く。というのも――――
「なにこいつ」
「逃げてない」
現れたのが樹木生い茂る森の中に似つかわしくない、厳かな式典で纏うような華麗な鎧姿のエルフの美少女に、もう一人は黒を貴重としたゴシック調の衣装を纏う人族の美少女――――クラウディアとララであったからだ。
「まさか迎え撃つ、つもりなの? それとも美しい私が目当てなのかしら」
「自意識過剰」
「なんて! あんたねえ! この――――くっさ!? なにこの臭いっ!!」
男の放つ臭気に、クラウディアとララは慌てて鼻をつまむ。
(擬態だな)
コントのようなやり取りを前に、男は警戒を緩めるどころかさらに強めた。それは目の前の二人が尋常ではない兵であると見抜いていたからだ。
今もたわいのない軽口を叩きつつも、二人には隙がない。
(先に逃がして正解だったな)
この男はわざと殺気を撒き散らして、クラウディアたちの注意を自分へ惹きつけたのだ。
(姿は見えないが、もう一人いるな――――兵が)
姿は見えないが、常識では考えられない規模の結界を張り巡らせているものの存在に男は気づく。
(わずかな時間で、これほどの規模の結界を張るか……妙だな)
これほどの兵たちをピンポイントで配置するなど、事前に自分たちがこのルートを通ると知っていなければおかしいと、つまりイモータリッティー教団の中に裏切り者がいるのではないかと、一瞬頭をよぎるのだが、すぐにそれはないなと男は思う。
(オリヴィエが他者を信じるわけがない。俺たちのことを言ったとしても、せいぜいチンツィアくらいにだろう)
裏切り者はいない。だが、自分たちがここを通ることをあらかじめ知っていた者がいる。それもこれだけの兵を配置する必要があると認識していた――――男はこう結論づける。
(占術系のジョブ、それも高位のジョブに就いている者を複数抱えているな。でなければ、これほどの精度でルートを絞れるわけがない)
ムッスの固有スキル『天眼』の存在を知らない男は、未来予知を可能とする占術系の高位ジョブに就いている者を、ムッスが多数抱えているのだろうと推測する。高位の占術系のジョブでもよほど大きな吉事や凶事でなければ、その的中率は知れているのだが、数を揃えることで的中率をある程度は上昇させることはできるのだ。
「なにをぼうっとしてるのよ。私が美しいからって、見惚れてるんじゃないわよ」
「ぷぷっ」
「あんたは笑ってるんじゃないわよ!」
自然な会話をしながら、クラウディアとララは男を挟み込むような位置取りに移動する。
「俺がなにをした?」
「こんな森の中を、そんな目立つ格好でなにをしていたのかしら」
「くくっ。ただの散歩だ」
「あんな物騒な殺気を撒き散らしながら?」
「ちょっかいをかけてくる魔物を威嚇しただけだ。こう見えても無益な殺生は嫌いなんでな」
「よく言うわ。あんたの臭気に混じって血の匂いがするのよ」
全身甲冑の男と会話しながら、クラウディアとララは観察する。
(変わった鎧ね。繋ぎ目が見当たらないわ)
(鉱石をそのまま鎧に仕立て上げたみたい)
男の纏う全身甲冑は光沢のない黒色の鉱石を鎧にしたかのような、およそ人の手で鍛え上げたようにはとても思えない変わった代物であった。
「名乗りなさいよ」
鼻を押さえながら、クラウディアは尊大に命じる。
「くくくっ。親から教わらなかったのか? こういうときは、まず自分から名乗るべきだろう」
「はあっ! あんた、エルフのくせに私のことを知らないの!? どこの田舎者よ」
「エルフは元々、閉鎖的で排他的。つまり、その男だけではなくエルフ全体が田舎――――」
「うるさーいっ!! あんたは黙ってなさい!!」
「怒りん坊」
余計な口出しをしてくるララを、クラウディアは目を見開いて叱る。
「ハクヒ村の惨鎧斬」
「ザンガイザン? なによそれ。明らかに偽名でしょうが。あんたなんて……そうね。赤い瞳だから、アカメで十分でしょ」
「クラウディアっ!」
ララが叫んだときには、クラウディアは精霊剣フィフスエレメントを抜剣して攻撃を受けていた。
「ほう。よく受けたな」
「な、め、な、い、でよね!!」
高速回転する円盤状の物体を受け止めながら、クラウディアは男を睨む。
(なによこれ。弾き飛ばずにずっと押してくるわ。きもっ!!)
円盤は剣との間で火花を撒き散らしながら、クラウディアの首を刎ねようと勢いが衰えるどころか増していくばかりであった。
「ララっ! こいつ、ムカつくからぶっ飛ばすわよ!!」
「わかった」
一人ではなく二人で。
あのプライドの高いクラウディアが二人がかりで戦うことを躊躇なく選択したことに、ララは内心で驚きながらも魔剣グラムを抜く。
「二人か?」
「あら、卑怯なんて言うじゃないでしょうね」
火・地・風・水・光、五つの精霊を剣と化して浮遊させるクラウディアが、好戦的な笑みを浮かべながら問いかける。
「二人だけでいいのか?」
挑発的な発言に対する返答は、無言の殺意であった。ララの空気を斬り裂く斬撃が、男の首に迫る。
「おおっ。怖い怖い」
言葉とは裏腹に、余裕の態度で男はその場から動かない。代わりに浮遊する円盤がクラウディアの剣を受け止める。
「やる」
鉄どころか鋼鉄ですら両断するララの斬撃を、高速回転する円盤は弾き返す。
「しつこいのよ!」
クラウディアがいつまでも高速回転し続ける円盤を上空へ弾くと、吸い込まれるように円盤は男のもとへ戻っていく。
「こいつ……精霊使いよ」
「それも土に特化してる」
このわずかな攻防で、二人は男が精霊に特化したジョブだと看破する。
円盤の正体は、なんらかの金属を媒体に土の精霊で操っている。または土の精霊そのものを円盤に変えているのだ。
(精霊剣――――土の精霊剣の動きがおかしいわね)
浮遊する五つの精霊剣の一つ、土の精霊剣の動きが鈍い――――というよりも、まるで石にでもなったかのようにクラウディアの指示に従わないのだ。
(私の操る精霊に干渉したとでも?)
クラウディアの1stジョブは『精霊術士』である。一般的な後衛職――――いわゆる魔法系統のジョブ同士での戦いでは互いに魔法の撃ち合いが主として行われる。中には敵の魔法に干渉して威力を減衰、または無効化、そのまま術者へ撃ち返すなどの高等技術を使う者もいるのだが、基本的には撃ち合いである。
だが、精霊魔法に関してはもう一つあるのだ。精霊魔法を使う術者の一方が相手よりも圧倒的に格上である際に、相手の精霊の制御権を奪うことができる。
(そんなことはあり得ないわ)
当然、生粋のエルフでさらに王族であるクラウディアはそのことを知っている。
しかし、そんなことが自分の身に起こるなどあり得ないと即座に否定する。自身の力量に絶対の自信があり、また精霊との関わりも、そこらのエルフでは足元に及ばないほどに深い。それに今はエルフ族の国宝、精霊剣フィフスエレメントが手にあるのだ。この状況で自分が操る土の精霊の制御権が奪われるなど――――
兜の覗き穴越しに男の目が細まったのをクラウディアは見逃さなかった。
「舐めてんじゃないわよ!!」
前に出るクラウディアの動きに合わせて、ララも同時に動く。足場の悪い森の中とは思えないほどの足捌きで、両者は一気に距離を詰めると猛攻を仕掛ける。
「クラウディアじゃないけど、あなたは私たちを舐めすぎ」
浮遊する四つの精霊剣にクラウディアが振るう精霊剣フィフスエレメント、さらにララが振るう魔剣グラムの斬撃の嵐を前に、男は余裕を崩さず受け切る。
「う、嘘でしょっ!?」
無数に浮遊する円盤が、見事にクラウディアとララの斬撃を防いでいるのだ。
高速戦闘を繰り広げる三者が通り過ぎると、木々はミキサーにかけたかのように粉砕されていく。
「だから言っただろう? 二人だけでいいのかと」
「うるさい!」
斬撃を繰り広げながら、クラウディアが言い返す。
「グラムっ!」
先に本気になったのはララであった。
暗黒剣LV2『魔剣解放』の上位技『魔劍解放』――――魔剣グラムの真の力を解放する。ララの呼びかけに呼応するかのように、魔剣グラムの刀身から吠えるような声が漏れ出ると剣の姿形までもが禍々しくなっていくではないか。
「はあっ!!」
「ちょっ」
クラウディアが慌てた様子で距離を取る。その直後にララを中心に黒焔が爆発的に広範囲で迸る。術者を中心に地獄の黒焔が全ての生物に死をもたらす暗黒剣LV8『爆魔黒焔陣』である。
「クラウディアっ!」
「わかってるわ!」
半径数十メートルが消し炭と化した大地の中心に向かって、クラウディアが剣技LV8『精剣乱舞』を発動――――無数の精霊の刃が一斉に襲いかかる。
だが――――
「きゃっ」
短い悲鳴とともに、攻撃を仕掛けたクラウディアが吹き飛ばされる。
「これがムッスの誇る『食客』の力か……」
焦土と化した大地の中心で、男は平然と立っていた。
「温いな」
黒煙立ち上る大地で、男の鎧は無傷であった。決定打とはならずとも、多少の手傷は負わせれればと思っていたララも、この結果には驚きを隠せない。
「あの鎧は変」
「そんなこと言われなくてもわかってるわよ」
「応援を呼んだほうがいいかも」
「そんなみっともない真似できるわけないでしょうが!」
「そんなこと言ってる場合じゃないかも」
「なに、あんたまさかビビってるんじゃ――――」
風切音が聞こえてくる。
それも一つや二つではない。
「精霊剣を刃と化して操るのは俺も得意なんだ」
男を中心に高速回転する刃が浮遊する。
問題はその数が――――
「冗談よしてよ」
『剣舞士』のジョブに就くクラウディアでも、一度に操る剣や刃の数は百は超えない。
だが、目の前の男が操る刃の数は優に万を超えていた。
「逃げ――――」
「逃げよう」と、ララが言葉を言い終えるよりも先に、攻撃が始まる。
この日、ゴッファ領内にあるニッコミの森の三分の一が、まるで巨大なミキサーにかけられたかのように、木々どころか大地までもが粉砕された状態で発見される。
※
「……頼もーう!!」
都市カマー冒険者ギルドの扉を勢いよく開けて入ってきたのはユウ一行だ。先頭は――――もちろんレナである。
「恥ずかしいからやめろよな」
「やめろよな!」
「……なにも恥ずかしいことなんてない」
珍しく困った顔を浮かべるユウの言葉に、レナは鼻をふんすっ、と鳴らして否定する。その後ろではマリファが小さな溜息を、ニーナは苦笑していた。
「あっ、ユウさん」
業務中のコレットが、ユウを見つけるなり笑顔で声をかける。
「コレットさん、随分と荒稼ぎしたそうですね。噂になっていますよ」
「噂になってるんだぞ。でもコレット姉ちゃん、荒稼ぎってなに?」
「コレットさん?」
石化したかのように固まるコレットは笑みを浮かべたままだ。
「あっ。ユウちゃん、ごめんなさいね。コレットってば、賭博の話になると固まっちゃうのよ」
「困ったもんだわ」と言いながら、フィーフィは慣れた手つきでコレットを回収していく。
「……レベッカ、冒険者カードを受け取りに来た。そう、Bランクの!」
そのあからさまなアピールに、一階フロアにいた冒険者たちはまんまと乗せられてしまう。
「聞いたか?」
「ああ、ついにBランクになったのか」
「Aランクのフーゴを倒したんだから、当然っちゃ当然の話だよな」
「『ネームレス』にユウ以外の高ランク冒険者の誕生か」
「ちっ。大騒ぎしすぎなんだよ。言っても『ネームレス』にいる高ランク冒険者はたったの二人じゃねえか」
「高ランク冒険者でもねえお前が言うと、説得力ゼロだよな」
「なんだてめえ! ケンカ売ってんのかっ!」
「男の嫉妬はみっともねえって言ってんだよ」
「やめろって。冒険者ギルドで暴れるな」
「そうそう。冒険者クビになってもいいのか?」
くだらない諍いが起こるも、多くはレナの昇格に納得と称賛を送った。
「あんま騒ぎを起こさないでよね」
「……私は悪くない」
レベッカの小言にも、レナはなんのそのである。
「レベッカ姉ちゃん、Bランク冒険者って凄いの?」
なんともまあキラキラした目で問いかけてくるナマリと、その頭の上に座るモモの視線を前に、レベッカは「うっ、眩しい」とでも言いたげな顔である。
「そりゃそうよ。Cランクになることすらできずに、冒険者の殆どは生涯を終えるんだからね。十代でBランクになったレナは大したもんね」
「へえ」
興奮した様子でレベッカの話に耳を傾けるナマリの姿に、レナは満足げに頷く。
「そうだ。ユウ、あんたが来たら話があるってギルド長が言ってたわ。面倒だけど行ってくれないかしら?」
「わかりました」
別にユウもモーフィスと話すことがあったので、ギルド長室に足を運ぶくらいなんともない。後ろのマリファがなにか言いたげだったのだが、ユウがなにも言わないのであれば特に口出すつもりはないのだろう。
「あ、そうだ。これどうぞ」
「おやつなんだぞ!」
そういうと、ユウはアイテムポーチの中から大きなバスケットを取り出す。元々はコレットに渡そうと思っていたのだが、あの状態では渡すこともできなかったのだ。
「おほっ」
普段のレベッカからは想像できないほど下品な声が漏れ出る。
「私に任せておきな」
そのやり取りを目敏く見ていた何人かの受付嬢が「げっ」と声を漏らす。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから――――問題ないよな?」
「……ない」
冒険者ギルドにユウと一緒に来ることが目的だったレナは、目的は達成したからなのか、駄々をこねることはなかった。
「レナちゃん、Bランク昇格おめでとう!」
「俺たちも応援してたんだぜ!!」
「そうそう。周りの連中はごちゃごちゃ言ってたけどよ、俺らは勝つって思ってたんだ」
「俺も俺も! ニーナちゃんの横で応援してたんだ」
ユウがナマリやマリファを連れて上に行くと、それを待っていたとばかりに冒険者たちがレナやニーナを囲む。
「……ありがとう」
若干、照れながら感謝の言葉を口にするレナの姿に、一部の男たちはだらしのない顔を浮かべる。
「なんだい。情けない顔晒してさ。レナ、あんたのおかげで大儲けできたわ」
「いやー。私は負けるからって言ったんだけどさ。『金月花』の連中が地元の冒険者を応援しろってうるさいから、ダメ元で賭けたら大儲けさ」
「感謝感激レナ様って、な!」
「それはともかく、昇格おめでとう! 女ってだけで舐められる世界だからね。あんたみたいに若くして高ランク冒険者になるような女は、私たちにとっては憧れの存在なのさ」
女性冒険者までもがレナの周りに集まると、褒め称え始める。同性から褒めてもらうのは珍しいのか。レナは恐縮するように帽子を深く被って顔を隠す。
「頼もう~っす!!」
普段とは違う意味で騒がしい冒険者ギルドに一人の少女が入ってくる。
その大きな声に、皆の目が集まるのであった。




