第419話:このままで
「ふぅ……」
ウードン王国内の森の中を進むフフは、付かず離れずの距離を保つ今回の相方を一瞥すると、露骨に溜息をつく。
「ここからはゴッファ領っす」
「ほぅ……」
いまいち状況を理解していない男に冷たい視線を向けつつ、フフは説明せねばならないと振り返る。
「ゴッファ領――――ムッス侯爵は『食客』と呼ばれる手練れを抱えてるっす」
「ふむ……」
「それぞれがAランク冒険者に匹敵する戦闘力を――――」
「それが?」
フフの眉間に皺が寄る。
「まさか……お前はたかがAランク冒険者とやらに怯えてるのか?」
虚を突かれたかのように、フフの眼が見開く。仮にもAランク冒険者をたかがなどと、まともな者ならば口が裂けても言えない言葉である。だが――――
「あんたにとっては、そうかもしれないっすね」
――――この男が言うのならば、そうなのだろうとフフは納得した。
「そのムッスとやらがどれほどの食客を抱えているのかは知らんが、百も二百も抱えているわけではあるまい。精々、数十と言ったところだろう」
「戦うことを恐れているわけではないっす。あんたと一緒にいるところを見られると、今後の任務に支障がでることを危惧してるっす」
「なるほど……」
本当に理解しているのだろうかと、フフは全身甲冑の男を見る。とにかく全身が甲冑で覆われているので、観察しても外からではなにを考えているのかがわからないのだ。わかるのは、異様に悪臭を放っていることくらいであった。
「ところで、サトウとやらは俺に似てるらしいな」
「はあっ!?」
突然の突拍子もない言葉に、フフの口が大きく開く。
「それなりに酷い生い立ちなんだろ? 奪われ続けてきたそうじゃないか。まあ、そういう者を選別して召喚したそうだがな」
おそらくは笑っているのだろう。男の肩が上下に動く様から、フフはそう判断する。
「それを誰から聞いたっすか?」
「誰って、オリヴィエからに決まってるだろう」
(どうして、ドゥラランド様はこんな奴にっ)
心の中で葛藤するフフをよそに、男は饒舌に話を続ける。
「今回の件、サトウのためだとか宣っているが、それもどうだかな」
「ドゥラランド様は、サトウを助けるためだと仰っていたっす」
「ならば、どうして今になって動く必要がある。異世界召喚を未然に防げばよかっただろうに」
「異世界召喚はドゥラランド様に伏せられて、バタイユ枢機卿とその一派が秘密裏に動いていたからっす。こちらが把握したときには、すでに異世界召喚は行われたあとっすから。だから、ドゥラランド様はすぐにサトウのもとへ、ニーナさんを送り込んだっす」
「ニーナ? 誰だそれは」
「二百十七番っす」
番号を聞くと、男は馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「二百十七番でニーナか……。二十七番でニナといい、名付けのセンスはないな」
名付けに関してはフフも同意見なのか。特に言い返すことはなかった。
「それにしてもだ。なぜそのニーナとかいう奴を送り込む必要がある。死徒でもなんでも送り込んで、さっさと回収すればよかっただろう。それを力をつけたあとに取り込もうなんて、なんとも回りくどい。俺が思うに、サトウを助けるって言葉もどこまで本当やら。あのオリヴィエのことだ、なにか利用しようと企んでるに決まってる。
そもそもオリヴィエの野郎は昔から胡散臭い。なにが種族による差別のない楽園のような国を創りたいだ。俺はそういう耳ざわりの良い言葉を使う奴で、まともな者に出会ったことがない。
他にもあるぞ。イモータリッティー教団に自分が人族であるどころか、創設者であることすら隠しているじゃないか」
「ドゥラランド様にはドゥラランド様のお考えがあるっす。あんた程度がどうこう言うなんて身の程しらずっす。
それにサトウは奪われ続けてきた少年、奪い続けてるあんたとは正反対っす」
「…………そうか。そうかもな。だが、今は奪う側になってるんだろ? ならば、俺と一緒だ」
男の言動の一つ一つが、フフの気に障る。今も男はフフを挑発するかのように両肩をすくめていた。
“殺したい”
フフの心の中は、その衝動で埋め尽くされていた。
「お前はオリヴィエのことを盲信し過ぎだ」
「ケンカ売ってるっすか」
「俺は親切心で教えてやってるんだ」
「どの口がっ。余計なお世話っす」
「その証拠に――――」
突如、凄まじい殺気が四方八方へ放たれる。男を中心に周囲に潜んでいた鳥や獣などの生き物が、一斉にその場から逃げ出す。それは――――フフも同様であった。
「なんの真似っすか」
アイパッチに仕込んでいるアイテムポーチから、爆炎の魔眼に付け替えたフフが男を睨む。
「――――なぜ?」
「は?」
「なぜ、俺たちは殺し合わない」
目の前には仇である男、本来であれば即座に――――そこでフフの思考はかき消される。
「哀れな。それは俺もか」
自嘲するように、男は嗤う。
その男の佇まいに、フフは理解のできない怪物を見るかのように、身体を強張らせた。
「心配しなくても仕事はやる。先ほどは威勢のいいことを言ったが、『食客』を同時に全員相手取るつもりはない。もし、ジョゼフがいるなら、今回の仕事も断っていたからな」
(こ、こいつっ、『食客』のことを知っていたっす!)
自分を馬鹿にしたのかと、フフは心の中であらん限りの罵倒を男に向けてする。
「ジョゼフと面識があるっすか?」
「いいや。だが、あいつと俺は同類だ」
(またわけのわからないことを。こいつのことは真面目に考えるだけ無駄っす)
「それより――――」
「なんっすか?」
「早くここから離れたほうがいい」
「それは……」
そこまで言いかけて、フフも遠くからなにかが高速で近づいてくるのを感じ取る。
「どうやら、先ほどの殺気で勘付かれたようだな。おそらくはムッス侯爵の手勢だろう」
「最悪っす! ここでわかれるっすからね!!」
「よかろう」
男が返事したときには、すでにフフの姿は木々の向こうへと消え去ったあとであった。
※
ユウの屋敷から一台の馬車が走り去っていく。この馬車にはさる老貴族が乗っていた。
「今の貴族について、知っているかしら?」
老貴族を見送っていたアリアネが、隣のポコリへ問いかける。
「さあ、あまり詳しくは知らないわ」
「ウードン王国の貴族で爵位は子爵だそうよ」
「領地は大きいのかしら?」
「それが大したことないって、ヴァナモが言ってたわ」
「なら、なぜご主人様はお会いになったのかしら。他にも同等の爵位や大きな領地を持つ貴族がいくらでもいたのに」
カマーに訪れた貴族の多くがユウとの謁見を望み、そのまま会談へと繋げることを望んでいたのだが、実際にユウが会談した貴族の数は片手で数えるほどである。
「それよ」
よくそのことに気づいてくれたわと言わんばかりに、アリアネはポコリに向かってウインクする。
「おじいちゃまだったでしょ?」
「ん?」
「さっきの貴族よ」
アリアネの言うとおり、子爵が老人であったのは間違いない。間違いないのだが、それがどうしたのだとポコリの垂れ下がった眼が物語っていた。
「ご主人様はお年寄りが好きなんだわ」
「まさか」
「そうとしか思えないのよ。あなたも言ってたでしょ? 他にも貴族は、それこそ爵位も領地も大きな貴族がいくらでもご主人様に会いたがっていたのに、お会いになったのは先ほどの貴族を加えても片手で数えれるほどよ」
「軽率な発言はやめたほうがいいわ」
「ポコリは真面目さんなんだから」
「最近のお姉さまは少し神経質になっているから、言葉には気をつけるのね」
「うっ……」
確かにポコリの言うとおり、最近のマリファは神経質になっており、今までなら見逃してくれていたような言動で叱られることが増えていたのだ。
スタスタと屋敷に向かっていくポコリの背を、アリアネは慌てて追いかけるのであった。
※
「お話はどうだったの?」
居間のソファーに座るユウの肩越しに、ニーナが尋ねる。貴族との会談の場に、ニーナがいても意味がないので自室に引っ込んでいたのだ。
「受けようと思う」
「へ、へえ~」
驚いた様子でニーナは声を漏らす。それはニーナだけではなく、マリファたちも同様で、思わず作業中の手を止めて振り返るほどであった。
「なんだよ」
会談が終わるなり、太ももの上に座り込んできたナマリの頭部をマッサージしながら、ユウはニーナを見つめる。
「え? だ、だって~。ユウってば、他の貴族の人にはすぐには返事できないって追い返してたんでしょ? それなのに、ね?」
「だから、なんだよ。なにか言いたいことがあるなら言えよ」
マリファは何事もないように作業に戻るのだが、その長耳は小刻みに揺れていた。興味津々なのだ。そしてティンなどは「ニーナさん、言っちゃえ!」と言わんばかりに目力を込めて視線を送っていた。
「おじいちゃんとかおばあちゃんが好きなのかな~って――――あいたっ!?」
ニーナの額に、ユウの放った魔力弾が当たる。
「ちょ、ちょっと聞いただけなのに~」
逃げ回るニーナの尻に向かって、ユウは容赦なく魔力弾を連発で放つ。
「オドノ様」
「ん?」
自分を見上げるナマリは珍しく真面目な顔をしていた。
「なにか悩んでるなら、俺が力になるからね」
それだけ言うと、ウンウンと頷いてマッサージの続きを促す。その姿に生意気な――――とは思わず、ユウは撫でるようにマッサージを再開する。
「も~う! いい加減に許してよ~。あっ、ほら! レナだよ! レナ、お帰りなさいっ!」
外から戻ってきたレナの顔は酷く腫れていた。
「その様子だと、エッダさんにボッコボコにされたんだな」
「……っ」
悔しそうに顔を歪めるレナであったのだが、事実なだけになにも言い返すことはできなかった。
「え~。エッダさんって、そんなにお強いんですか?」
レナの顔を下から覗き込みながら、ティンが尋ねる。
「ティン、止めなさい。敗者の傷に塩を塗るような真似は恥ずべき行為ですよ」
「は~い。お姉さまの言葉のほうが酷くて、やんなっちゃう」
下唇を噛み締めながら、レナはソファーへと腰掛ける。
午前中に冒険者ギルドのエッダのもとへ赴いていたレナの目的は、手合わせである。結果は見てわかるとおり、散々なものであった。ギルドの仕事があるので時間制限を設けられたうえに、明らかに手加減をされて、それでも言い訳のしようがないほど叩きのめされたのだ。
Aランク冒険者――――フーゴに勝って少しだけ自信をつけていたレナにとっては衝撃的な結果だったのだろう。その顔は――――意外と、ニヤけていた。
「なにを厭らしい笑みを浮かべているのですか」
「マリちゃん、ちょっとその言い草は――――わっ!? 本当だ。レナってばニヤニヤしてる! どうしちゃったの!? 悪いところでも打ったのかな? 大丈夫?」
「……私は至って普通」
ニーナに身体中を擦られたレナは、その手を払い除けながら心外だと言わんばかりに、怒ろうとして――――またニヤけていた。
「ユ、ユウ! レナが、レナが変になっちゃったよ~」
「放っておけよ」
「でも~」
「こいつ、Bランクに昇格するからニヤけてるだけだからな」
「「え?」」
ニーナとマリファの言葉が重なる。
あれだけの権力者たちを前に力を示したのだ。冒険者ギルドとしても、戦闘力特化で冒険者としてはまだまだ未熟なレナとはいえ、いつまでもCランクのままにしておくわけにはいかなかったのだろう。
事実、少なくない貴族から冒険者ギルドのモーフィスのもとへ、なぜAランク冒険者に勝つような者がCランクなのだと問い合わせが来ていたのだ。
「冒険者カードは?」
「……まだ。午後になる」
そういうと、レナはチラリとニーナとマリファを見やる。
「あ、あ~! そういうの良くないよ~。ねえ? マリちゃんも、そう思うよね」
「あまり調子に乗らないほうがいいのでは」
「……乗ってない。むしろ今までCランクのままだったほうがおかしい」
か~っ! やっとBランクになれたわ~、と言わんばかりにソファーの背もたれに両腕をかけるレナであったのだが、その小さな身体では、子供が無理をして大人ぶっているようにしか見えなかった。
「私も負けていられませんね」
別に冒険者ランクの高さなどにはさして興味のないマリファであったのだが、レナが自分より上になったことには思うところがあったようで、レナがBランクになれるのであれば、自分もすぐになれるだろうと、もし冒険者ギルドの査定で力量に問題があるのであれば満たせばいいだけと考えていると。
「――――このままで」
「ニーナさん、今なんと?」
「だから――――マリちゃんは、このままでいいんだよって」
「そういうわけにはいきません。レナがBランクなら、私もBランクにならないと」
どこか困った様子でニーナは頬を掻くと。
「自分の役目を思い出して」
その言葉は居間にいた誰もが聞いていたのに、誰もが認識することができなかった。
「……ユウも着いてきて」
冒険者カードの受け取りに、ユウも着いてきてほしいとレナは言っているのだ。
「そうだな」
二つ返事で了承したユウに、少し驚いた様子でレナは小さく口を開くと。
「……惚れた?」
「な、な、なにを、レナ! あなたはなにを言っているのですか! ご主人様、そのようなことはありませんよね!?」
「落ち着けよ」
「マリ姉ちゃん、近いんだぞ」
「え? あ、ひゃっ!? も、申し訳ございませんっ!!」
焦るあまり、額と額が触れるほどユウに迫っていたことに気づいたマリファは、その場を飛び退く。
「……困った妹ほど可愛い」
「お姉さまってば、エッチだわ」
「レ、レナ! ティン! 待ちなさいっ!!」
からかう二人をマリファが追いかける。その騒ぎがうるさかったのだろう。惰眠を貪っていたモモが、ユウの飛行帽の中から顔を覗かせた。
「この前の模擬戦のこともあるからな。モーフィスと話すことがあるからついでだぞ」
「ニーナ姉ちゃん、ついでなんだぞ!」
「うん。わかってるよ~」
ナマリの両頬を揉みほぐしながらニーナは応えるのであった。




