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奪う者 奪われる者  作者: mino


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415/417

第415話:嫌がらせ

 修練場の一般立見席エリアでは、賭けに負けて悲しむ者と勝って喜ぶ者――――もっとも、喜んでいるのは一割にも満たず。ほとんどの者は金を擦って嘆き悲しんでいるのだが。


 一方で貴人エリアでも、勝者と敗者の喜劇のような一幕が見られた。


「話が違うではないかっ。私はフーゴとやらが勝つと聞いていたから、多額の金銭を賭けたのだぞ! ええい。早う責任者を連れてこぬか!」


 一部の貴族が従者や護衛に当たり散らかしている姿に、まともな貴族や富裕層たちは冷ややかな視線を送る。


 見苦しい姿を晒す貴族をよそに、老貴族と顔見知りの貴族はなにやら困った表情を浮かべていた。


「これは予想外の結果となりましたね」

「うむ……」


 いつもの老貴族らしからぬ歯切れの悪い受け答えである。


「まあ、それも無理はありませんか」


 そう呟く顔見知りの貴族であったのだが、内心ではこちらも普段の飄々とした姿からは想像できないほどに動揺している。


 なにしろ、この二人は老貴族が5億マドカ、顔見知りの貴族は10億マドカもの大金をレナが勝つほうに賭けていたのだ。結果は知ってのとおりで、大勝ちした二人の払戻金は数百億マドカにまで及ぶ。この金額は彼らの領地で収められる税収――――それも数年どころではない。優に十年を超える金額であったのだ。


 他にも、この二人のおかげで結構な金額を稼がせてもらっていた一部の貴族などは、最終戦も便乗してレナに賭けていたので、大穴のレナが勝った際には驚喜し、地面に這いつくばらんばかりの態度で感謝するほどであった。


「これはこれで良かったのかもしれぬな」

「と、言いますと?」

「なに先ほど申したことと同じことよ。もしネームレス王との謁見が叶えば、その場で儂の思惑を包み隠さず話す。きっとネームレス王は大いに笑ってくれるであろう。その上でさらに商談を進めるまでよ」

「あいも変わらず強かですね」

「弱小領とはいえ、これでもまだ当主の身なのでな。領民のためにも少しでも尽くさねばならん」

「どこぞの血と恵まれた領地を引き継いだだけの、貴族とは名ばかりの者たちに聞かせてあげたい言葉ですね」


 顔見知りの貴族は扇で口元を隠さずに、ハッキリと口にするのであった。



「ご主人様、ティンとネポラは向かわせました」


 ユウのために特別に用意された席で、マリファが報告する。


「悪いな」

「とんでもございません」


 これは激戦を終えて消耗しているレナに、余計なちょっかいをかける者がいないとも限らないので、ユウからの指示であった。無事に模擬戦も終了したので、関係者以外は立入禁止の控室にティンたちが立ち入っても冒険者ギルドから文句は出ないだろう。


 そこまで気を遣う必要があるかと問われれば、間違いなくある。事実、単独で第9位階という魔法を行使したレナとフーゴの二人に関心を寄せる貴族は、想像よりも多いのだ。すでに、どうにかして会うことができないかと動いている貴族までいる。


 それほどの魔法戦であったのだ。

 戦場で戦況を一変させるだけの威力と範囲を誇る魔法を放てる術者がいることが、どれだけ自軍にとって有利であるかを貴族は知っている。仮に敵軍にそのような術者がいればどうなるかを想像すればわかるだろう。なにがなんでも確保したい人材なのだ。


「レナが勝つとは驚いたよ」


 興奮して走り回っているナマリと、そのあとを飛翔しながら追いかけるモモを見ながらムッスは呟く。


「その割にはあまり驚いているようには見えないな」

「これでも大貴族だからね。軽はずみに感情を出すわけにはいかないのさ」

「へー」

「是非とも会いたいそうだ」


 その言葉にユウではなく、マリファの眦がわずかに反応する。


「レナにか?」

「両方さ」


 自分とレナに会いたい。

 意味はわかっていても、ユウは大して興味を持つことはなかったようで。


「へー」


 なんとも気の抜けた相槌を打つ。


「僕との会談よりも、君との謁見のほうに興味がある貴族が多いくらいだよ」

「適当に対応しておいてくれ」

「僕でも無碍にできない貴族もいるんだけど」

「礼儀を弁えているなら会ってもいいよ」

「爵位ではなく?」

「爵位でそいつの中身がわかるわけじゃないしな。それより――――」

「ご歓談中に失礼いたします」


 ユウとムッスの談笑を、ヌングが申し訳なさそうに割って入る。


「先ほどの方々がユウ様にお会いしたいと申し出ています」


 「いかがいたしますか」と、なんなら適当にあしらっておきますが、とヌングの顔にはありありと書いてある。


「会います」


 ムッスに対してはぞんざいな扱いをするユウであるのだが、ヌングに対してはどうも甘いようで、すぐさまに会うことを了承する。その対応に驚くと言うよりも、さらに申し訳なさそうにヌングは眉尻を下げた。


 そのまま黙したまま頭を下げると、件の貴族たちのもとへ向かったのだろう。すぐに騒がしい者たちが現れる。


「ご機嫌はいかかですかな」

「すでに知己は得ているのだ。融通を利かして、すぐに我々を通すべきだろう」

「まったく。これだから平民は」


 好き勝手なことを宣いながら、賭場の後ろ盾となっている貴族たちが現れる。

 その背後には、配下たちが大仰な箱をいくつも台車に載せて押していた。おそらくはユウが最終戦の賭けを成立させるために負担金を引き受ける際に、代わりにテラ銭を貰うという約束を果たしに来たのだろう。


「こちらがネームレス王陛下の取り分となります」


 どうだと言わんばかりに箱を並べる貴族たちを前に、ユウは椅子に座ったまま振り返りもしない。


 最終戦だけとはいえ、ユウが受け取るテラ銭は330億マドカを超える。それだけの金額を負担金を引き受ける――――実際にはレナが勝ったので、ユウは損どころか負担もしていないのだ。それなのに愛想笑いの一つも浮かべないユウの態度に、横柄な態度であった貴族たちは露骨に不機嫌な振る舞いを見せぬものの、こめかみが抑えようもないイラつきによってヒクヒクと動く。


「ん? 用が終わったのなら帰っていいぞ」


 相変わらずこちらに背を向けたままのユウの言葉に、貴族たちは絶句する。


「ご、ご確認しないので?」


 できるだけ感情を込めぬように、一人の貴族が問いかける。このあとユウと交渉するつもりなのだ。この場ではできるだけユウの機嫌を損なわないほうがいいと思っての考えである。


「ああ、それか。あとで確認するよ」

「大金ですよ?」


 悪辣非道で敵対者には容赦がないと聞いていた貴族たちは、あまりのユウの不用心さに心の警戒を緩めてしまう。これならばいくらでもテラ銭を誤魔化すことができたではないか、と。


 それに彼らは交渉でテラ銭の二割、できれば三割を譲歩してもらうよう上から命じられていた。


 信じられない話かもしれないが、レナが勝ったのでユウが一切の負担金を支払うことがなかったのだから、それくらいの譲歩をしてくれても当然ではないか、と思っているのだ。


 無論、これが貴族同士の話ならば勝手が違う。

 貴族ならば口約束であろうと、たとえ一マドカの負担をしていなかろうと約束は約束で護らねばならない。


 つまり、彼らはユウのことを舐めているのだ。小さな島で亜人と蔑称する者たちを集めて王様気取りの愚かな少年だと。


「実はご相談したいこ――――」

「あとで」

「――――とが、は?」


 そこまで口にした貴族の男の言葉を、ユウは遮る。


「だから、あとで確認する。最終戦でいくら賭け金を集めたのかはこっちでも調べさせてるしな」


 貴族の一人が思わず唾を飲み込み、喉を鳴らす。


「1マドカでも足りなければ、代償は支払わせるさ。それは俺を舐めたってことなんだからな」


 依然としてこちらを向かないために貴族たちからはユウの顔が見えない――――否、見えないからこそ彼らは恐怖を煽られる。


「心配しないでも、お前たちだけじゃなく、上の連中にもきっちりと支払わせる」


 口調も声音も変わらぬユウの態度からは、怒りといった感情は感じられない。それどころかわずかな機微すらわからぬから、貴族たちは勝手に様々な憶測をし、震え上がる。


 財務大臣であったバリュー配下の非合法組織ローレンスが、ユウと敵対して最終的にどのような目に遭ったのかを――――いや、どのような目に遭ったのかを彼らは噂でしか知らない。知っているのは数日であれほど強大であった組織が壊滅したことだけである。


「こっ……こちらで確認を…………か、数えさせていただきます」


 そういうと、彼らは配下を総動員して、その場でテラ銭の入った箱を開けて一心不乱に数え始める。


 当然、親切心などではない。彼ら自身の身を護るため、第三者である――――大貴族であるムッスの前でユウに納めるテラ銭に1マドカの間違いすらないことを証人となってもらうためであった。


 顔にこそ出さぬものの、マリファたちも彼らのユウに対する態度には憤慨していたので、貴族たちの慌てぶりには内心ではいい気味だと思っている。


「マリファ」

「はい」


 すぐさまにマリファはユウの背後に移動する。


「一つ、頼みたいことがある」



 都市カマーの王道へと繋がる街道を数台の馬車が走っている。馬車に掲げられている屋号から、とある国の商会であることがわかる者にはわかるだろう。


「私共と一緒に帰還して、よろしかったのですか?」


 一台の馬車の中で、身なりの良い商人がいかにも冒険者か傭兵かといった風貌の男へ話しかける。


「ああ、問題ない。長生きする秘訣は危険な場所に近づかない。どうしても近づく場合は長居しないことってな」


 軽鎧を纏う男は、そう嘯く。


「そうそう。言葉遣いには気をつけてくれよな。なんたって、あんたと俺の関係は、建前上はあんたが雇用主で俺が雇われなんだ」

「そう心配せずとも、ここは都市カマーの街道とはいえ、周囲は見晴らしもよく、この馬車には防音の魔法が付与されています。ここでの会話が他者へ漏れることはありませんよ」


 彼の仕事上から警戒をするのはわかるが、それでも心配し過ぎだと、身なりの良い商人は和ませようと話を振る。


「ところで首尾はいかがでしたか? 私共のほうは散々でしたよ。表も裏もムッス侯爵と、あの――――」

「余計なことは喋らないほうがいい」


 軽薄な態度が一転して、男は身なりの良い商人へ注意する。


「――――ユウとかいう亜人の王に支配されていて、商いで食い込むのは難しいですね」


 それでも身なりの良い商人は喋るのをやめなかった。これから自国への長い帰還を一緒に過ごすことになる。快適に造らせた馬車の中とはいえ、二人っきりで一切の会話をせずに過ごすなど、耐えられるとは思えなかったのだ。


「そちらの首尾はいかがでした?」


 本音はこちらが聞きたかったのだろう。男は仕方がない奴だなと、頭をかきながらため息をつく。


「こっちのルートはなし(・・)だ」

「それほどでしたか」

「ああ、それほどだ。向かえば、負けぬまでも大損害を受けることになるだろう」


 雰囲気どころか見た目すら一変したかのような男の言葉に、身なりの良い商人の身体が強張る。


「いくら大国とはいえ、たかが一都市ですよ?」

「質・量ともに想像の上をいく。それも何段階もな」

「それは我が国をも上回る、と?」

「さっきも言っただろう。負けぬまでも大損害は免れない」

「ウードン王国など、五大国の一つというだけで増長しているだけの大国ではありませぬか」

「俺と一緒に現場で動くあんたが、そんな認識じゃ困るんだがな」

「ですが、事実ではありませんか」

「事実じゃなけりゃ、周囲の国は騙されてくれないからな。俺らもよく使う手だろ? 虚実の中に一握りの真実を混ぜることで、相手を騙す、油断させるってな」

「上は理解しているのでしょうか?」

「だから俺らが一生懸命に動いて情報を集めているんだろ? それを上がどう判断するかまでは俺たちの知ったことじゃねえし、そこまで責任は持てねえよ」


 どこか疲れた表情で男は語る。

 身なりの良い商人が言葉に詰まっていると。


「おいおい。さっきまでのお喋りはどこにいったんだ? ただでさえ狭い馬車の中でむさ苦しい男が二人で過ごすんだ。ちょっとは気の利いたことを――――


 そのとき、馬車の小窓が叩かれる。


「どうしました?」


 小窓を開けると、そこには馬に跨る護衛の一人が身を寄せていた。


「はっ。なにやら妙な二人組がいるので、念のためにご報告を」

「妙な二人組?」


 身なりの良い商人に合わせて、男も椅子に立てかけておいた二本のショートソードに手を伸ばし、小窓から外を覗くと。


「メイド? それも亜人の……まさかっ――――」

「顔を引っ込めろ!」


 慌てて男は身なりの良い商人の腕を引っ張って、小窓から遠ざける。

 身なりの良い商人が無礼を働いた男を叱責することはなかった。それは彼も知っていたからだ。その二人のメイドが――――ユウに仕えるヴァナモとグラフィーラであることに。


「わ、我々のことが知られたのでしょうか?」

「わからねえ。だが、一刻も早く帰還するべきだ。これ以上の活動は命がいくらあっても足りねえ」


 その言葉に同意するように、身なりの良い商人は深く頷く。


 小高い丘の上から馬車に向かって、カーテシーで見送ったヴァナモたちはずっと去っていく馬車の一団を見ていた。


「これになんの意味があるのだ?」

「お姉さまからの指示よ」

「だから、その理由を聞いているのだ」


 傍で行儀よくお座りしているシャドーウルフのエカチェリーナの頭を撫でながら、グラフィーラは問いかける。


「そこまでは聞いていないわ」

「少しもか?」

「…………お姉さまも疑問に思ったのか。ご主人様に理由を尋ねていたわ」

「なんと?」

「嫌がらせらしいわ」

「嫌がらせ? なぜ私たちが二人仲良くお辞儀して見送れば、嫌がらせになるのだ。そもそもあの馬車には誰が乗っている? 先ほどちらっと見えたのは、エッカルトさんを嬲るように半殺しにしていた男だろう」

「私はあなたほど目が良くないからわからないわよ」

「むー。ヴァナモの虫で馬車内の会話を聞くことはできなかったのか?」

「距離が開き過ぎてるわ。私の虫だってそれほど便利なわけじゃないのよ。簡単な命令ならともかく、複雑な命令は虫の頭では理解できないんだから」


 手元で使役する蜂をあやしながら、ヴァナモは頬を少しだけ膨らませる。


「あの者たちの目的はなんだったのだ」


 気になって仕方がないとばかりに、グラフィーラは狼人特有の立派な尻尾をブンブンと振ると、その尻尾が容赦なくエカチェリーナの顔を叩いた。


「あー、そう言えば――――」


 思い出したかのようにヴァナモは言葉を続ける。


「――――ご主人様は威力偵察(・・・・)みたいなもんだって、おっしゃっていたわ」

「なんだそれは?」

「さあ?」

「むー。余計に気になっただけじゃないか」


 機嫌の悪くなったグラフィーラを放っておいて、ヴァナモは姿が小さくなっていく馬車をいつまでも眺めるのであった。

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メイドだからと迂闊に扱えば冥土行き わかっている相手には威力偵察が成り立つけれども…
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