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第409話:刮目せよ!

『次は特別試合となります。西より入場するのはムッス侯爵が誇る食客が一人『前衛要らずのランポゥ』――――』


 モフの案内が始まると、興奮した観客たちが歓声を上げる。

 なぜこれほどまでに盛り上がるのかと言うと、まず一つ目に他領どころか他国にまでその名が知れ渡っている『食客』の戦いが見れるからだ。そして二つ目が対戦相手が騎士――――貴族、それも成り上がり者などではなく、由緒正しい貴族だからである。平民VS貴族、これほどわかりやすい試合もないだろう。


 一般エリアで立ち見をしている観客はランポゥを、貴人エリアにいる貴族は相手の騎士に声援を送る。


 身分を隠すためにわざわざ冒険者ギルドに所属までして出場した騎士と貴人エリアにいる関係者たちは、意図的なのかそれとも無自覚なのか。モフが騎士の出自や仕える伯爵名まで読み上げると、苦虫を噛み潰したかのような顔となる。


「カマー冒険者ギルドも、酷なことをしますね」


 老貴族が席を外しているので、顔見知りの貴族は独り言のように呟く。


「特別試合、始めっ!」


 エッダが試合開始の合図をするとともに、観客から一斉に声援が飛ぶのだが、その声はすぐに静まり返ることとなる。


 試合が始まると同時に、ランポゥは得意のゴーレムを同時に数十体ほど展開したのだ。一体一体がレベル30の戦闘職に匹敵する強さを誇る。いくら相手が名の知れた騎士とはいえ、いくら騎士のレベルが30後半とはいえ、あまりに多勢に無勢であった。


 そこからは一方的な展開となる。

 相手を嬲るつもりも魅せる試合をするつもりもないのだろう。ランポゥは淡々と新たなゴーレムを追加しては配置していく。


 四方八方から襲いかかるゴーレムの攻撃を最初は受けきっていた騎士だったが、それも長くは続かない。なぜならゴーレムに疲労が蓄積することはないが、生物は動けば動くほど疲労が蓄積し、動きが鈍くなっていくからだ。


 唯一の勝機はゴーレムの相手をせずにランポゥを叩くことであるのだが、ランポゥの周囲には攻めを担当するゴーレムを上回る数のゴーレムが配置されているのだ。


「そこまで!」


 最後まで降伏せず、戦う意志を見せていた騎士であったのだが、ここは残虐な殺人を見せ物にする場ではない。エッダが制止すると、ランポゥはその言葉を待っていたかのように、ゴーレムの操作を停止させるのであった。



「おや、戻ってきましたか」

「うむ。最終戦を見逃すわけにはいかんからな」


 特別試合が終わったのを見計らって、老貴族は席に戻ってくる。


「賭け屋も騒がしくなっておったぞ」

「なんとっ。まだ締め切っていなかったのですか」


 圧倒的にフーゴへ賭ける者が多いことから、早々に締め切ると思っていた顔見知りの貴族であったのだが、予想外な老貴族の言葉にわずかに驚く。


「どうやらネームレス王と、なにか取り引きをしたようだ。おそらくは賭けが成立しないのでムッス侯爵に泣きついたものの、相手にしてもらえず……」

「代わりにネームレス王へ負担金の肩代わりを願ったと。余計な真似をしてくれましたね」


 ウードン王国の貴族が他国の王へ泣きつくなど、これほど情けない話はないだろう。同時に主催者であるムッスの顔に泥を塗る行為でもあることに、彼らは気づいているのだろうか、と。顔見知りの貴族はあまりに品のない行いに、深いため息をつく。


「では、今もフーゴ・ヒルシュベルガーへの賭け金は積み上がっているのでしょうか?」

「いや。さすがに儂が戻るときには締め切っておったが……。なんとも浅ましい光景であったわ」


 フーゴのオッズは最低の1.1倍とはいえ、確実に増えるならば誰もが有り金の全てを賭けるだろう。富裕層はまだいい。彼らの多くが商人で金を稼ぐためなら手口を厭わない者たちであるからだ。その行為を非難するほうがおかしいと指を差されるだろう。だが、貴族は違う。その尊き血に品位を求められるからだ。


 この老貴族と顔見知りの貴族がレナに賭けると知って、周囲の貴族が数人ほど全額ではないものの、数億ほどをレナに賭けていた。しかし、それでも圧倒的にフーゴ・ヒルシュベルガーへ賭ける者が多数であったのだ。


「しかし、ネームレス王が肩代わりする負担金は数十億マドカでは利かないでしょう」

「ふむ。我らにとっては数年分の税収に匹敵する金額でも、ネームレス王にとっては小銭みたいなものであろう」

「まさか、と言いたいところですが、故バリュー財務大臣の遺産を引き継いでいましたね」

「それがなくとも、ポーションや他国では買えない品で荒稼ぎしているとも聞く」

「それでも為政者としては無駄なお金は使いたくないでしょう。そもそも他国の貴族の肩代わりなど……」

「肩代わりでないとしたら?」


 老貴族の言葉に、周囲で聞き耳を立てている貴族たちがざわつく。最終戦の不正を疑っているのだ。そうなれば自分たちが賭けた多額の賭け金が無駄となってしまうと。


「儂なら肩代わりの代償に、賭け屋が手にするはずの利益を寄越せと言うだろうな」

「ふふっ。あなたなら言いそうですね。ですが、それはレナ・フォーマが――――まさかっ」

「そのまさかよ。ネームレス王はレナ・フォーマが勝つと思っているとすれば、肩代わりをした件も納得がいくのではないか? 他国の貴族に貸しを作れて、そのうえ金まで手に入るのだ」


 いくら老練な老貴族の言葉とはいえ、顔見知りの貴族は素直に頷くことはできなかった。


 だが――――


「もし……もしもレナ・フォーマが勝つと、ネームレス王が考えているのなら、あまりに浅慮としか言えませんね。相手はフーゴ・ヒルシュベルガーですよ」

「レナ・フォーマに賭けた卿が、それを言うのか」

「それはっ」


 痛いところを突かれたのだろう。顔見知りの貴族は表情から感情を読み取られぬように、扇で目元から下を隠す。


「ふははっ。これでレナ・フォーマが勝つようなことがあれば、儂も困ったことになるな」


 この時点で貴人を対象とした賭けは締め切られており、総額は1330億マドカを超えていたのだ。老貴族や顔見知りの貴族がレナに賭けたことを知って動いた貴族が数人ほどいたのだが、それらの賭け金を足してもフーゴに賭けられた金額の足元にも及ばなかった。レナの最終オッズはなんと39.9倍である。


「まあ、なんだ。勝敗が決まる前から当たったときのことを悩むのは、貴族としてあまり行儀が良いとは言えん」

「仰るとおりかと」

「うむ。では、ここからは観客の一人として楽しもうではないか」


 周囲でざわついていた貴族たちも老貴族の言葉に倣って落ち着きを取り戻すと、試合会場へ目を向ける。



『それではこれより最終戦――――選手入場となります。

 東より、Aランク冒険者『巌壁』のフーゴ・ヒルシュベルガーの入場――――』


 会場内の照明が消え、暗闇となる。光魔法により東側通路の扉が照らされると同時に扉が開く。


『――――フーゴ・ヒルシュベルガー選手の入場です』


 東側の通路よりフーゴが姿を現すと、一般エリアからも貴人エリアからも大歓声が上がる。ほぼ全ての者たちがフーゴが勝つと信じて賭けているのだ。


 その歓声に応えて、フーゴが灰色の杖を掲げる。杖は灰色で、一見すると見窄らしいのだが、いくつも杖に走っている亀裂のような箇所からは淡い赤色の光が見える。


「あれが『灰燼』の二つ名を持つ輝赫竜の角から作った杖かっ」

「魔力を通してなくても、強大な力を秘めているのがわかるわ」

「あのマントも輝赫竜の革から作った逸品らしいぞ」


 目の肥えた観客たちが、フーゴの装備を見て唸る。


「竜だけでなく、天魔や巨人を単独で倒したって噂もある一流の冒険者だ」

「装備一つを見ても、そこらの冒険者じゃ逆立ちしても勝てねえぜ」

「レナって小娘もそこそこやるそうだが、相手が悪すぎるだろ」

「どんくらい持つかしらね?」

「3分も持てばいいほうっしょ」

「私は5分は持つと思うわ。実力ではなくメインイベントということをフーゴが考慮して、ね」

「ああ、そういう考えもあるか」


 レナのことをよく知らない者たちは、好き勝手にフーゴに対してレナがどれだけ粘れるだろうかと話し合っていた。


「こ、殺してやりてえっ……」

「アガフォンくん、ダメだよ~」

「そうにゃ。ここで暴れたら私たちまで追い出されるにゃ」

「わかってんよっ」


 近くでその会話を聞いていたアガフォンが歯軋りする。もっとも、ニーナたちもそのような会話があちこちから聞こえており、顔にこそ出さないものの内心では怒りを我慢していたのだ。


「ほら、次はレナの番みたいだよ」


 試合場に登ったフーゴが一頻り観客へアピールすると、再び会場内が暗くなる。


『続きまして――――』


 モフがレナの紹介をしようとしたそのとき――――


『……刮目せよ!』

『――――レナ……え?』


 選手紹介をしようとしたモフの言葉に、何者かが割り込む。そして同時に修練場の天井を無数の雷が走る。


「な、なんじゃこりゃっ!?」

「雷の魔法かっ」

「こりゃまたなんとも派手だね」


 天井を見上げた観客たちが、縦横無尽に動き回る雷に目を大きく見開く。


『……天知る、地知る、私知る』


 無数の雷が描く幾何学模様に、観客が見惚れる。


「うおおおおっ! オドノ様、見て! あれすっごい綺麗だぞっ!」

「あの馬鹿っ……」


 先ほどまで元気のなかったナマリが、興奮した様子で天井を指差す。


『……私こそ魔法を愛し、魔法に愛されし、すべての魔法を極めし者、誰が呼んだか超天才美少女魔術師レナ・フォーマ』


 天井の中央に雷が集うと、そのまま試合場へと落雷となって降り注ぐ。本来であれば、エッダの結界により弾かれるはずの落雷は、なぜか一部分だけ結界に穴が空いており、そのまま素通りして試合場へ落ちる。


「これって……エッダさんっ」


 モフが試合場にいるエッダの様子を窺うと、頭を抱えていると思っていたエッダは頬に手を当てながら苦笑していた。


 そこでモフも理解する。

 これは打ち合わせ済みなのだと、風魔法を応用してモフの選手紹介に割り込んだのも、派手な雷を使っての登場もすべてが予定どおりなのだと。


 だが、真相は違ったのだ。

 事前にエッダがレナに頼まれていたのは、試合前に天井を覆う結界の一部を空けておいてほしいだけであった。


「……推参っ!」


 雷が四方八方に飛び散ると、その中から現れたレナが決めポーズを取る。この派手な演出には一般客だけでなく、富裕層や貴族までもが大喜びで、フーゴに匹敵するほどの声援がレナへと送られた。


「お前は馬鹿だ。試合前に無駄に魔力を消費して、余裕のつもりか?」

「……つもりではなく、余裕」


 静かに怒るフーゴに向かって、レナはピースサインで応える。


「レナちゃん、ここまで派手な登場をしたからには負けないでほしいわね」

「……任せて」


 困った子供を窘めるように話しかけてくるエッダに、その心中を知りもせずにレナは自信満々の顔で応える。


「それでは試合のルールを説明――――」

「格の違いというものを、卑怯者の娘に教えてやる」

「……あなたはツイている。私という格上と戦えるのだから」

「お前が格上だと? 身の程知らずがっ」

「……恥ずかしがらなくてもいい。私に負けることは恥ではない」

「もう忘れたのか? つい最近、冒険者ギルドで俺に無様に負けたのをっ」

「……手の内を知るためにわざと負けたフリをした」

「嘘をつけっ!」

「……嘘じゃない」


 次第にエスカレートしていく口論に、エッダは小さなため息をつくと、早々にルールの説明をするのを諦めた。


「もういいわ。二人とも、開始線まで下がりなさい」


 両者が互いに背中を向け下がっていく。


(なにを考えているレナ・フォーマ。この模擬戦が君にとってどれだけ大事なモノかわかっているはずだ)


 試合前に魔力を消費するなど、愚か者の行いだと。フーゴは些かがっかりした様子で開始線の前に立つ。



「あのレナって女、強いんじゃないか?」

「あれほどの雷魔法を自在に使いこなすとはな」

「派手なだけで大したことねえよ」

「お前は魔法を使えないから、あれがどれだけ凄いかわからねえだろ」

「なら、お前が説明してみろよっ!」

「学のないお前に言っても理解できねえよ」

「ちっ。出たよ、魔法を少し齧ってるぐらいで賢ぶるなっての。小賢しいんだよ」


 よそから来た冒険者たちがレナの魔法を批評する。


「結局はフーゴが勝つっしょ」

「わからないわよ」

「なんでよ?」

「あのレナって子、噂以上に強いかもしれないわ。それに装備もフーゴと比べても劣っていないっ」

「嘘だぁ! だってフーゴはAランクの冒険者なんだよ? Cランク如きが装備で張り合えるわけないじゃん」


 女性たちの会話を聞いていた周囲のCランク冒険者たちが、如きという言葉に不快感を示す。


「ネームレス王のクランに所属してて、お金は無尽蔵に使えるって話じゃない」

「なーんだ。結局はパトロンのお陰で、贅沢な装備が手に入っただけじゃん」

「だから、レナって子も強いかもしれないって、言ってるでしょ」

「強いって言っても――――」


 そのとき、エッダの「最終試合、始めっ!」という開始の合図が聞こえるのと同時であった。


 試合場を埋め尽くさんばかりのファイアーボールが、レナによってフーゴ目掛けて放たれた。

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i901892
― 新着の感想 ―
レナ、「ジャースティース!!」忘れてるよ!!
ここまで調子乗ってるとあっさり負けねぇかなぁってなる。 この作品好きだけどレナだけはマジでクソガキ過ぎてイラつくから早くこの話終わらねぇかなぁとずっと思ってる。 どうせ死徒クラス相手の戦闘だと足手纏い…
あーーー、うんがんばれ!フーゴ レナの、父の汚名を、濯ぐ為に来た筈の、聖人って二つ名持ってるらしいのに、とんでもなくややこしくなった。残念な人
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